遺伝子組換え食品・飼料の表示義務化に関するEU委員会の提案と日本の表示義務

 

(解説 河田昌東)

 

 

725日、EU委員会は遺伝子組換え食品・飼料の表示義務化に向けた基準の草案を発表した。2003年までにはEU参加国の議会承認を得て、正式にEU共通の表示義務化が発効する。

一方、日本では今年4月にすでに遺伝子組換え食品の表示義務化が効力を持ったが、スーパーマーケットでは「遺伝子組換え体」の表示のあるものはほとんどない。アメリカの生産現場では大豆の約70%が除草剤耐性、トウモロコシの約30%が害虫耐性の組換え体である。その世界最大輸入国の日本でまったく表示されたものが見当たらないのは何故だろうか。その秘密は、日本の表示制度にある。EUの案と日本のそれを比較して問題点を洗う。

 

(1)EUの新たな規制案の特徴

大まかに言えば、今回のEUの規制案の特徴は4つある。

1は、表示義務化の対象となるのは、食品だけでなく家畜飼料にも同じ表示義務を課すこと。勿論対象となるのは安全審査を終え認可された組換え体である。

2は、油やその他の加工品についても、製造工程で遺伝子組換え体を使っていればDNAや蛋白質が検出できなくても表示義務があること。

3は、組換え体食品と飼料については、農場から店頭までのすべての生産・流通過程で組換え体の扱いについて文書を作成し、問題が起こったときに組換え体の流れを把握できるように義務付ける「トレーサビリテイー(追跡可能性)」の保証である。これは日本ではまったく問題にもならなかったが、遺伝子組換え食品・飼料に対するEU委員会の基本姿勢をもっとも良く表す規制である。

4は、遺伝子組換え農産物がすでに市場に出回っている現実を踏まえ、意図しない、技術的に不可避の混入を食品・飼料の1%以下なら認め、表示義務を課さない、としたことである。但し混入が許されるのは、すでに認可済みの組換え体を含むものか、又は未認可だがすでに安全審査にかけられ人体や環境への影響についてリスク評価が行われ、安全性が確認されたものに限る。それ以外のものは、1%以下といえども許されない。

 

(2)日本の表示義務化制度の特徴

2,00041日に告示され2,0014月に発効した日本の表示義務化の特徴は大まかに次の4点である。

1は、表示の対象になるのは食品だけで、家畜飼料は含まれない。しかも、対象農産物は限定5品目である(大豆、トウモロコシ、ジャガイモ、ナタネ、綿実)。

2に、食品でも、現在の分析方法で検出できないと思われるもの、例えば加工品のうち、食用油、醤油、ジャガイモ澱粉など、加工の過程でDNAやその蛋白質が分解されたり除去され、混入の可能性が低いので、原料に遺伝子組換え体を100%使用していても、表示義務はない。

3に表示には2種類あり、遺伝子組換え原料を使っていて、加工後も組換えDNAや蛋白質が残る(検出できる)場合は「組換え体使用」、組換え体と非組換え体が分別されていない場合は「組換え不分別」と表示する義務がある。生産流通過程で分別され又は生産段階から非組換え体の場合は「表示義務なし」、あるいは任意で「非組換え体使用」と表示してもかまわない。

4に、対象農産物以外のもの及び対象農産物が加工品の主原料(上位3つまで)で無い場合、表示義務は無い。

5に、対象農産物でも、加工品原料中上位3位以下で、組換え体の混入が重量の5%以下なら「非組換え体」と表示、又は表示義務は無い。これは輸入先のアメリカにおける両作物の遺伝子組換え体栽培が大規模になり、事実上5%以下の混入は避けられない、という政策的配慮による。

 

(3)日本の表示制度の問題

こうして見ると、日本の表示制度は一見キメ細かいように見えるが、表示義務化の生じた品目について、実際上如何にして「非表示」または「非組換え表示」とするかに腐心した結果であるかが良く分る。例えば大豆やトウモロコシ、ナタネは遺伝子組換えの3大農産物であるが、その大半の家畜飼料や食用油、醤油、コーンスターチなどが、上記の表示制度に従えば、非表示可能な対象になってしまう。

「不分別」も実態に即した如何にも親切な言い方のようでいて、実際は分別流通の徹底化などを後押ししない、現状追認のための姑息な手段である。これは、EUの「表示義務化」の思想の中には存在する「非GM化へのステップ」の理念が日本の表示義務制度には無いからである。

こうした制度的欠陥が、実際には組換え体で生産された食品や加工品があふれているにもかかわらず、店頭に「組換え体」が見当たらない原因である。もし、GMOによる何らかの事故があれば、それは制度に原因があり、それを作った政府に責任があることをあらかじめ指摘したい。特に加工品の場合、組換え遺伝子やその蛋白質だけでなく、トリプトファン事件のような毒性のある低分子の代謝産物が出来た場合が問題である。

EUとの最も大きな違いは「トレーサビリテイー(追跡可能性)」を義務化しなかったことであろう。認可された遺伝子組換え体について、生産・流通の各段階で品質確認をし、記録の保存を義務付けたこの規制は、たとえ認可されたのもであっても、現在の科学的な未解明要素による結果的被害や事故があった場合、速やかにその原因を追求し対策をとるために欠かせない。この規制にはこの制度を考えた専門家たちの謙虚さが伺える。これはアメリカが最も嫌い反発した点である。

日本でこの規制が問題にならなかったのは、食糧自給率の低下、アメリカとの貿易構造などから日本政府による「アメリカへの思いやり」又は「アメリカの恫喝」の結果であり、マスコミや我々消費者の勉強不足の結果でもある。

   

(4)未認可GMOの混入率をめぐるEUと日本の違い

このEU案の発表に際し、国内各紙は一斉に「これで、98年以来新たな遺伝子組換え食品の承認を凍結していたEUでも新たな承認がどんどん加速される」「表示義務化とトレーサビリテイーはアメリカとの貿易摩擦を起こす」などと報じた。

また、家畜飼料の基準を定めていなかった日本で、農水省の専門部会は新たに「未認可GMO1%混入許容方針」を決めた。それに関連して、日経は「EUでは食品、飼料とも1%以下なら未承認組換え体の混入も許されている。 未承認組換え農産物は国際的にも排除から許容値による管理に向かっている」などと報じた。貿易摩擦のことはEU委員会が百も承知でやったことで、問題にすることもないが、1%混入率に関しては、EU委員会の意図とは違う、日本国民に対する世論操作の匂いがする。ロイター電がそのように報道したので、それを孫引きする日本の新聞各社が読み違えたのかもしれない。しかしこうした見解が政府筋から出たとなるとこれは問題である。

 

1%混入を許容する条件としてEU委員会の文書は以下のように述べている。「意図しない、技術的に不可避の混入が起きた場合、責任者はそれが意図的でなくしかも技術的に不可避であったことを証明しなければならない。また、この1%までの混入が許されるのは、すでに認可された(注:98年の認可凍結前に承認されていた18品目、このうち作物は11品目:後ろに添付する表参照)ものと、EUの科学委員会で安全審査を終わっている(が認可保留中の)もの(14品目)に限る。」 それ以外の、安全審査が終わっていないものや、安全審査の申請が出ていないものについては、1%以下であっても認められないのである。日本国内各紙の報道はこの点をまったく無視、誤解している。

飼料への混入率に関する農水省案はこの点が明らかでない。新聞報道だけをみれば、海外で安全性が確認されていれば日本で未認可のものも1%以下なら混入を認める、と読める。実際、アメリカで認可されているが国内未認可のものはたくさんある。そうしたものが、許容混入率以内ならどんどん入ってきても良いのだ、という雰囲気つくりの世論操作である。 現在、食品については5%といえども混入が許されるのは認可されたものだけである。ここで家畜飼料への未認可混入が許されれば、食品にも波及しよう。そもそも、家畜飼料と食品に対する認可基準の差別化が問題を複雑にし、結果的に汚染を広げることは、すでにスターリンク事件で経験済みのはずである。

食品に対しても未認可GMOの混入率設定が議論になる、と報道されているがこれは危険である。農水省や厚生労働省の現実追認による安全無視は許されない。ポリシー無き現状追認の政策はGMOに限らないが、業界と官僚の癒着、アメリカの圧力に対する際限の無い譲歩に起因する。

現状でもEUと日本では安全審査や対象GMの違いがあるが、一般的にいえば、EUでは流通禁止になる混入率の物でも日本では「非組換え体」と表示可能である。これに加えて「未認可の1%混入」が認められれば、EUで拒否されたものが堂々と日本に輸入される事態になるのは目に見えている。

 

リンク:日本で認可されたGMO

                EUで認可されたGMO

                EUで安全審査が終わり認可待ちのGMO

 

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