ISIS レポート
2002年10月4日
訳 山田勝巳
有機農業からの反論
有機農業批判者は、有機農業が環境や経済的に利点があるというよりもむしろイデオローがその基盤だと主張する。 リム・リ・チンが証拠を提示・検討して批判者に返す。
有機農業は、農薬、除草剤、肥料の化学合成品の投入を殆ど排除して、堆肥やその他の土壌肥沃度維持による生物的方法を中心にしている。 有機農業は、慣行栽培が短期的生産性向上に熱心なのとは対照的に生物多様性や土壌の質、長期的生態の健全性を優先している。 有機農業は土地の利用効率が悪く、収量が低い上、健康危害の懸念があるとさえ言われてけなされてきた。ネーチャー誌に掲載された英国王立協会の会員アンソニィ・トレワバスは、「有機農業支持者は、他の農法よりも優れていると言うけれども、科学的研究がないということはこの主張が裏付けられないということを意味する。」と述べている。
しかし、彼は間違っている。 科学研究はあるし、同学の専門家が評価し、発表もされ、有機農業を肯定する結果が出ている。 それに、認証有機生産物は氷山の一角にすぎず、認証されていないだけで有機的に管理されている土地はたくさんある。
事実上有機であるというところは、資源の乏しい貨幣経済が限定的な小規模農業地域に多くある(「エチオピアが自給を目指す」を参照)。 伝統的知識に基づく輪作、土壌管理、病害虫管理の洗練されたやり方で持続的農業への方向を示している。
同等若しくはそれ以上の収量
有機農業の収量が低いというのは、誤解である。 慣行農法から投入物を引いたり、排除する単純評価研究では、代替農業を正確に表すことはできない。 それに、収量が増加するのに数年掛かるのに、有機に転換したばかりの時に抽象的比較をして事足れりとはできない。 だから、長期比較が必要なのだ。 4年間のトマト栽培を慣行農法(訳注;化学農法)と代替農法(訳注:非化学、生態農法)で調査したところ、有機で低投入農業は慣行農法と同等の収量があることが分かった。 窒素供給が収量を限定する最大の要因で、これも生物的に投入可能である。
別の実験では、ジャガイモとスィートコーンを3年に亘って比較調査している。 結果は、じゃがいもの収量とビタミンC含有量はどちらも変わりがない。 一品種では慣行農法が有機より収量が高かったが、別の品種では収量もビタミンC、Eの量も変わらなかった。 長期的堆肥施用では土壌肥沃度が高く植物の成長も良くなる。 同じ実験が7つの大学とペンシルバニアのロデール研究所とウィスコンシンのミシェル圃場センターで10年間行われたが、有機農法は工業的高投入農業と変わらぬ収量がある。
a.. コーン:全69収穫期で有機の収量は慣行の94%だった。
b.. 大豆:5州での延べ55栽培期のデータでは、有機の収量は、慣行の94%だった。
c.. 小麦:二つの研究団体による16収穫年に亘る実験では、有機は慣行の97%収量だった。
d.. トマト:14年間の比較研究で収量が同じだった。
有機農業の最も注目すべき結果は、途上国の小農民からのものだ。 有機的実践の事例研究では、収量が劇的に増加しているだけでなく、土の質、病害虫の減少と味や栄養価の全般的向上があった。 例えば、ブラジルでは緑肥やカバークロップ(被覆作物)の利用でトウモロコシの収量が20−250%向上している;エチオピアのティグレィでは、堆肥圃場の収量が化学肥料の圃場よりも3−5倍多かった;175%の収量増加が報告されたのは農業生態法を使ったネパールの農場;ペルーでは、伝統的インカのテラス法で高地作物全般に150%の増収があった。
セネガルで2000軒の農家が参加したプロジェクトでは、畜舎で肥育する家畜、堆肥化、緑肥利用、水の有効利用、燐光石の利用を推進している。 雑穀と落花生の収量がそれぞれ75−195%、75−165%へと劇的に増加した。 土の保水力が大きいため、雨季と乾季の差が収量に余りでなかった。 土の保全と有機肥料利用を強化したホンジュラスのプロジェクトでは、収量が3倍から4倍になった。
ブラジルのサンタ・カタリーナでは、等高線垣根を設け、等高線耕作と緑肥による土と水の保全に焦点が置かれた。豆科とその他約60品種が混作されたり休耕期に作付けされたりした。 これらが収量、土壌の質、生命活動、保水力に大きく効いてトウモロコシと大豆の収量が66%も増えた。
効率的生産
有機農法と慣行農法を比較した世界最長の実験では、前者に軍配が上がった。 この21年に及ぶ研究では、堆肥で育成された土壌は、投入した窒素等を考えるとより肥沃でより多く生産している。 投入養分は、有機方式の方が34−51%少なく、平均収量は21年通して僅か20%低いのみで、生産と資源利用が効率的であったことを示している。 環境に優しくて効率的であることが収量の低さを補って余りがある。 長期的に見て、有機的手法は商業的に成り立ち、エネルギーや投入資源が少なくより多く生産できている。
最大のボーナスは、土壌の質が向上したことだ。 有機土壌は最大で3.2倍ものバイオマスがあり、ミミズは豊富で節足動物(貴重な捕食動物であると同時に肥沃度の指標でもある)は2倍居て、植物の根には菌根菌が40%も多かった。 この肥沃度の向上と生物多様性が、有機圃場での持ち込みが少なく長期的な環境保全につながっている。
良質の土
事実、有機農業は農家の最も貴重な財産である表土の保全を助けている。 表土が固くなったり、養分が流亡したり浸食したりを防ぐために、南の有機農家は樹木、潅木、豆科植物を使って土を固定し、栄養を与え、畜糞や堆肥で養分を与え、段畑やダムで浸食を防ぎ、地下水保全をしている。
1996−1997に有機と慣行のそれぞれ3軒ずつの農家で化学肥料と堆肥を含む代替土壌補助剤の効果を調べる圃場試験が実施された。 トリコデルマ属(植物病原菌の生物抑制剤になる土壌有益菌)の珠芽の密度と好温性微生物(疫病菌を抑制する放線菌が主体)は有機土壌には豊富だった。 それに対し、疫病菌とピシウム菌(どちらも植物病原菌)の密度は低かった。
有機土壌における腸内細菌の数は増えていたものの、研究者はこれの生存率は極めて低いので問題ではないことを強調している。 有機農業を批判する人達は、畜糞を使うことによる人間への健康影響を陰湿に指摘しているが、未処理の畜糞利用は認証有機では禁止されており、処理された畜糞(広義の堆肥)は安全で、有機農業で使われるのはこれだ。慣行的やり方(畜糞が使える)と違い、法的有機認証団体は基準にあっているかを検査する。
最初の年は、ほとんど収量の違いは見られなかった。 二年目になるとトマトの収量は、土壌改良材の種類に関係なく、おそらく長期にわたる有機資材の蓄積によるのだろうが有機生産をしたことのある農場の方が多くなった。 ミネラル濃度は有機土壌の方が高く、慣行農場の土壌の質は有機肥料の投入で著しく改善された。
有機方式で土壌肥沃度を回復するもう一つの方法は豆科植物による方法がある。 トウモロコシ/大豆農業エコシステムを比較する15年研究がある。 一つは慣行農法で窒素肥料と農薬を使う。 他の二つでは有機的管理を行う。一方は畜糞中心で、草と豆科植物が輪作され牛の餌にしている。畜糞がトウモロコシ用の窒素を供給している。 もう一方は家畜が居なくて豆科植物によって窒素を固定した。
驚いたことに、三つの方法での10年間のトウモロコシ収量の違いは、1%以下だった。 土壌有機物と窒素含量は畜糞方式の所は著しく増加した。 豆科植物方式の所はさほどではなかったが、増えた。しかし、慣行方式では変わらないか減少した。 最後の方法は環境影響が大きく、有機方式に較べて5年間で60%より以上に窒素が地下水に浸透した。
ホンジュラスでは、急で浸食しやすい斜面の痩せた土壌でムカナ豆の収量が向上した。 農民は、先ずムカナを播くと勢い良く大量に成長して雑草を抑える。 豆を刈り倒してマルチにし、トウモロコシを蒔く。 結果的に豆とトウモロコシが同時に成育する。 土が良くなると短時間で収量が倍、時には3倍になった。 ムカナは1ha当たり100トンの有機物を生産し、2−3年で団粒に富んだ土が出来る。 また、空中窒素を固定して独自の肥料を生産すると同時に他の植物が使えるように土の中に蓄積する。
増えない病害
有機農業では化成農薬を使わないので、病害による減収があると批判されている。 しかし、カリフォルニアのトマト生産研究では、殺虫剤使用を止めても害虫による被害で収量が落ちることはなかった。 有機認証農家と慣行栽培農家半々の18戸の生産農家比較では病害による有意な差はなかった。
節足動物の多様性は、平均して30%有機の方が慣行よりも良かった。 害虫の数はどちらも有意差がなく、天敵では有機圃場の方が多くあらゆる種類(草食、肉食、寄生)が存在している。 だから、有機圃場でのある害虫種は他の草食種が多く存在する中でのもので、多くの寄生種や肉食種も豊富にいるということになる。
また、害虫対策は農薬を使わずに出来る研究があり、収量損失を防いでいる。 例えば、東アフリカでは、トウモロコシとタカキビの害虫、シンクイ虫と寄生植物のストリガがある。 圃場の周辺にシンクイ虫を捕捉する作物ネピアグラスなどを植えておく。 害虫は作物よりも捕捉草におびき寄せられ粘着成分がシンクイ虫の幼虫を殺す。 作物は、サトウキビ草(デスモデアム・アンシナタム)と豆2種:葉が銀色のものと緑色のものが混作される。 豆類は窒素を固定し土を肥やす。 デスモデアムはシンクイ虫とストリガを寄せ付けない。
韓国の研究者が最近報告したところでは、田圃で農薬を使わないことでドジョウが増え、マラリヤや日本脳炎を媒介する蚊を抑制する効果があるという。 ボウフラの数は有機圃場では極めて少ない。
多様な生物
農業生物多様性を維持することは、長期的食糧確保に欠かせない。 有機圃場では、木が多く作物の種類も多く、害虫を抑え病気予防に役立つ天敵が多く、慣行栽培よりも生物多様性が高いことが多い。
色々な作物を栽培することの良さ(単作に比較して)の驚異的結果として、中国では何千軒もの米農家が化学物質や余分な金を使わずにほぼ完璧に壊滅的被害をもたらす病気を抑えて収量を倍にした。 学者の指導の下、雲南省の農家は、稲の斑点病を簡単な変更だけで激減させている。 これまでのように、一品種を大面積に植えないで、斑点病に強い標準米とそれに弱い貴重な粘りの強い米二品種を混作した。
抵抗品種は、空中胞子を寄せ付けないだけでなく、参加農家の数が増えるに従って効果が倍増していった。 胞子は、隣の列からも隣の農家の圃場からも来なくなり病気の急速な広がりを防いだ。 粘り種の米は、標準種よりも丈が高いため、日射しに恵まれ温度が高く乾燥した環境であるため斑点病を抑制できた。
更に、1994年から実施されている研究から経験的に多様性のある生態系の方が単作よりも二−三倍生産性が高いことが分かっている。 実験圃場では、品種が増えるほど地上バイオマスも全バイオマスも著しく増加した。 多様な圃場では雑草の生え方もかなり抑制されるが、単作や多様性が低い圃場では、抑制できなかった。 生物多様なシステムでは雑草も少なくなる!
決定的な持続性
ネーチャーに発表された研究では、リンゴ栽培で有機と慣行と混合(有機と慣行を併用)栽培をワシントンで1994−1999年に調査している。 三方式とも収量は同じくらいで、生理障害や病害虫被害に特に目に付く違いはなかった。
有機方式が、環境・経済持続性ではトップだった。 次が混合方式で慣行が最後。 持続的農場は、適度な高品質、収益性、慣行保全、資源保持、社会的責任が長期的に維持されなければならない。 調査指標は、土壌品質、園芸成績、収益性、環境の質とエネルギー効率が用いられた。
土壌品質では、マルチと堆肥投入により1998年と1999年に有機と混合方式が慣行方式よりも著しく高かった。 養分をどの方式も充分にあった。 消費者の食味試験では、有機のリンゴの方が慣行栽培よりも収穫時に酸味が少なく6ヶ月保存後ではより甘みが増していた。
有機リンゴは、値が良く投資収益が速いので収益性に優れている。 認証有機への転換までの最初の3年間は手取りが少ないものの、その後の3年間は慣行のものよりも平均50%高く売れた。 長期的には、有機方式が投資コストを速く回収できた。 この研究予測では、有機が9年後、慣行では15年後、混合では17年後に元が取れる。
三方式の環境影響は、農薬の悪影響と摘果を考慮した指標で評価し、数値が高いほど有害影響が大きい。 慣行方式の数値は、有機方式の6.2倍だった。 有機方式は、労力は掛かるが、肥料、除草、病害虫の生物防除で掛かるエネルギーが少なく最もエネルギー効率が良かった。
訳者注−−−−−
日本でも、有機栽培は、手間が掛かり、収量が少ないということが言われ、特に虫食いや不揃いで商業的に成り立たないことがいわれている。 大きな圃場で収量比較や労働力比較が出来ていないため、有機農業を推進したり説得する材料としてこの論文の意義は大きい。
この論文では充分にカバーされていない点は、他のどの研究や評価でもそうだが、生産物の質を検討していないことだ。 農産物は詰め物感覚、つまり、人や動物が食べて身体を大きくするというだけのものではなく、心身共に健康で何百万年と掛かって構築してきた遺伝子の生命能力を最高に発揮できるものでなければならない。 そのためのビタミン、ミネラル、酵素、蛋白質、炭水化物などがバランス良く配合されたものでなければならず、単にカロリー、収量、農毒の比較では不十分だ。 実際のネーチャーの論文を見なければ何とも言えないが、質については土壌のみが示されているのでおそらく原論文にもこの命の質の点はないものと思われる。
慣行栽培は、土壌消毒をして微生物を根絶やしにし、化学肥料、農薬でほとんど水耕栽培に近い土は単なる培地、作物を支える物理的意味しか持たない扱いを受けているのに、その生産されたものは、量としても形としても充分販売に耐えるものができる。 作物の質が問われ、人間の健康の質が問われなければならない。
寝たきり長寿、呆け長寿、医療費破綻、アレルギーの蔓延、犯罪の増加、残虐犯罪の低年齢化等の精神神経障害に見られるこれら心身の健康を蝕む最大の要因は食べ物の質である。 これがもたらす、様々な負のコストを無視して収量を比較するのは全くのナンセンスである。医療費と環境破壊分を修復するコスト(環境の治療費)を算入した農産物の経済性比較研究がなされるべきだと思う。