高まる遺伝子組換え食品反対、しかし遺伝子汚染は広がっている

 

――――有機農業研究会機関誌「土と健康」910月号掲載――――

 

(河田昌東: 名古屋大学理学部生命理学科 助手)

 

 

はじめに

昨年9月に始まったスターリンク事件は、日本やアメリカばかりでなく世界中の消費者に遺伝子組換え作物のはらむ問題を明らかにした。この7EUは新たな規制案をつくり、今後の遺伝子組換え作物・食品の生産と流通に厳しい監視の目を向け始めた。アメリカのコーン輸出はスターリンクをきっかけに大幅に落ち込み、消費者の声を無視しては遺伝子組換えの今後は無いことが明らかとなった。そうした点から見れば、GMO反対運動は大きな成果を収めつつあると思われる。

しかし、遺伝子汚染という観点からみれば、組換え遺伝子の拡散は今や世界中に起こっており、人工的な組換え遺伝子は今や人間の管理を離れてしまったかに見える。遺伝子汚染との闘いに我々はすでに敗北してしまったのかも知れない。そうした現実を見据えつつ我々は今何をしなければならないのか。

 

それはモンサントの工場廃水から始まった

 現在、世界でもっとも沢山生産されている遺伝子組換え作物は、アメリカのモンサント社が8年かかって開発し、1996年からアメリカで本格的に栽培が始まった「ラウンドアップ耐性大豆(以下RR大豆)」である。開発したモンサント社はRR大豆の販売と共に除草剤の売上も飛躍的に伸ばし、同社のドル箱となっている。ちなみに、2000年度、RR大豆はアメリカの大豆作付けの68%に上る。これがいかに大きなシェアを占めるかわかるであろう。モンサント社はもともと大豆の突然変異によるラウンドアップ耐性大豆の開発を目指していたが、その試みはことごとく失敗した。しかし、その苦境を救ったのは、同社の除草剤生産工場の廃水中で見つかった一匹の土壌細菌であった。この細菌はラウンドアップの中でも増殖した。

それを支えている耐性遺伝子CP4EPSPSを分離し、大豆に組み込んだのである。この遺伝子は輸入大豆を通じて今では世界中の家畜や人間の体内にとりこまれている。それは将来どのような影響を私達の健康や環境に与えるのだろうか。

 

始まった耐性雑草との闘い

RR大豆が増えれば当然ラウンドアップの散布面積や散布量も増加する。その結果何が起こるだろうか。RR大豆を栽培しているアメリカ中西部では今、除草剤耐性雑草が問題になっている。ラウンドアップを葉面散布すれば、RR大豆は生き残り耐性遺伝子を持たない雑草は枯死するはずである。しかし、2年ほど前からラウンドアップをまいても死なない雑草が現れ始めたと言う。モンサントが失敗した耐性突然変異が雑草に起こったのである。考えればこれは当然で、昨今話題の「病院における抗生物質耐性菌の蔓延」と同じことが野外で起こったに過ぎない。同一の薬剤を多用すれば、それに対抗して必死に生き延びようとする生物の生命力を感じざるを得ない。除草剤という遺伝的圧力が新たな生命を生み出したのである。

これは、雑草と人間の際限の無い闘いの始まりである。新たな除草剤とその耐性作物の開発、その耐性雑草出現・・・。除草剤耐性ナタネの畑で3種類の除草剤すべてに耐性をもつスーパー雑草まで発見されている。耐性雑草とは知らない農家は、次第に除草剤散布回数を増やす傾向がある。

 

増える残留農薬と私達の健康

除草剤散布が増えれば農作物への残留が問題になる。私達は、昨年7月以来、モンサント社がRR大豆の安全審査を求めて厚生省に提出した「安全審査申請書」を市民の立場からチェックする運動を続けてきた。積み上げれば1メートルにもなる文書を丹念に読み、書き写すなかで、思いがけない発見があった。モンサント社はRR大豆の開発にあたり、ラウンドアップの有効成分である「グリフォサート」の散布試験を行ったが、RR大豆で葉面散布すれば明らかにグリフォサートが大豆や植物体の中に残留する結果となった。そして、散布方法によっては、アメリカの飼料基準である15ppmを大幅に越え40ppmにも達する場合がある(アメリカでは大豆の植物体全体を飼料に使う)。モンサントは結論として「基準の方をあげるべきだ」としていたのである。この部分は企業秘密だったらしいが、なぜか我々は閲覧出来た。アメリカは、その後この基準を100ppmに上げた。この申請書では、大豆への残留も調べている。やはり、試験の約半数は日本の基準である6ppmを超える、とされている。

アメリカは1999年にアメリカから大豆を輸入している各国に、大豆のグリフォサート残留基準を20ppmに上げるように要請し、日本政府は199911月これを20ppmに変更した。

しかし、20003月、アメリカの癌学会機関誌「キャンサー」はラウンドアップなどの農薬と非ホジキン性白血病の増加に相関がある、というスウェーデンの研究者らの論文を掲載した。

こうした流れを見れば、安全性審査がいかにずさんで、消費者の利益よりは開発企業の利益を優先しているか分かるであろう。その他、この安全審査申請書は、RR大豆の安全性について多くの問題を抱えていることが明らかになったが、紙面の都合で省略する。

 

人間の管理を離れた組換え遺伝子・・・始まった種子の遺伝子汚染

私が、遺伝子組換えでもっと深刻な問題と感じているのは、「遺伝子汚染」である。スターリンクがアメリカで問題になる前、20005月にヨーロッパでは遺伝子組換えをめぐって新たな問題が生じていた。 未承認の遺伝子組換えナタネが、EU各国のナタネ畑で見つかったからである。それまでの健康への安全性をめぐる論争とは一段違った地平に消費者も生産者も立たされることになった。原因はすぐにわかった。EU各国は、遺伝子組換えナタネの栽培を認可していなかったので、カナダから非組換えナタネの種子を大量に購入した。ところが、いざ栽培してみるとあちこちでモンサントの除草剤耐性(RR)ナタネが生えてきたのである。混入率は12%だったが、EUのほとんどの国で見つかった。問題のナタネの種子はカナダの種子会社アドバンタ社から購入したものであった。スウェーデン政府は、栽培したこれらのナタネの廃棄をいち早く決定、フランスも続いた。原因が究明された。7月になり、カナダの採種現場で厳重な管理のはずの非組換え種子圃場の数キロ先にRRナタネ畑があり、そこからの花粉の飛来による、というものであった。組換え遺伝子の自立的な伝播と拡散が実験ではなく、初めて栽培現場で証明されたのである。アドバンタ社はカナダ国内での非組換えナタネの採種をあきらめ、来年度以降は圃場を組換え体の栽培を禁止しているニュージーランドに移転すると伝えられた。

その後ギリシャでもアメリカから輸入した非組換え綿の種子に未認可の遺伝子組換え体混入が発覚し、ギリシャ政府は作付けした9000haの綿畑の廃棄を決定した。被害はは350万ドルに上る。

9月になりアメリカでタコスの皮からスターリンクと呼ばれる新たな組換え遺伝子を含むコーンが見つかった。これはコーンの害虫として有名な「アワノメイガ」を殺す蛋白質Cry9Cを作る遺伝子を持つが、アメリカのEPA(環境保護庁)は人間にアレルギーを起こす危険があるとして、家畜飼料としてのみ認可していた。開発したのは、アベンテイス・クロップサイエンス社である。10月には日本でも市民団体「遺伝子組換えいらないキャンペーン」の調査で菓子原料からスターリンクが検出された。本来、家畜飼料であるデントコーンにのみこの遺伝子は組み込まれているのだが、食用コーンに混入したのである。

 

汚染の原因は分別流通の不備と花粉の飛散

 当初、混入の原因は流通段階の不完全性にあると考えられた。家畜と人間に対する「差別認可」をする以上、厳しい「分別流通」が前提だが、倉庫や輸送船の船倉などで、完全なクリーンアップは不可能とされたのである。政府も輸入業者もそのように主張した。ところが、アメリカでは、非組換えコーン種子を買った農家の畑でもスターリンクが見つかり、原因が調べられた。種子を売ったガースト社の調査で、非組換えコーンの種子圃場への近くのスターリンク・コーンの畑からの花粉による受粉が原因とされた。

 また、この殺虫遺伝子(いわゆるBt遺伝子)を含む作物の栽培方法にも問題があった。アワノメイガは23年で殺虫遺伝子に対して耐性を獲得する。それで、EPABtコーンの栽培に際しては、隣接して非組換えコーンを面積の20%以上作付けするように指導している。こうすることで、耐性害虫の出現を遅らせることが出来る。しかし、他家受粉性のコーンは花粉を飛ばし、この緩衝帯のコーンにもBt遺伝子が入りこむため、緩衝帯コーンも組換え体として出荷しなければならない。ところがそうした配慮をした農家は少なく、非Btコーンとして出荷してしまったという。こうして、汚染の原因は流通段階だけでなく、生産現場自体にもあることが明らかとなった。

 今年に入り、アメリカ農務省は、今年度作付け予定のコーン種子へのスターリンク混入調査を全米281の種苗会社に命じた。3月に発表された結果は驚くべきものだった。種子の約25%に15%のスターリンク混入が認められたのである。アメリカでのスターリンク生産量はたった0.4%に過ぎない。その中の遺伝子が全体の25%にまで混入・拡散したのである。スターリンクはカナダや韓国などでも見つかり、アメリカのコーンの最大輸入国である日本が輸入を一時凍結、韓国はコーンの輸入先を変更した。輸入量の少ないEU諸国もアメリカからのコーンの輸出を自粛した。その結果、アメリカのコーン輸出は大幅に下落し、コーン全体の価格下落を招く結果となった。アメリカ農務省発表では、スターリンクの影響でコーン輸出は予定より150万トン落ち込み、農家の出荷価格は1980年代半ば以来最低の1ブッシェル(約30Kg)当たり1.85ドルとなった。

 

種子汚染は日本にも上陸

 7月、国内での遺伝子汚染を懸念する有機農業家や市民でつくる「ストップ遺伝子組換え汚染種子ネット」が国内で入手したコーン種子の組換え遺伝子の検査結果を公表した(表1参照)。問題が起こるまで、私も知らなかったが、国内で栽培されている作物の種子の多くは輸入品で、約90%はアメリカ産であるという。日本は狭く、厳重な品種管理が必要な採種圃場の確保が難しいから、というのが農水省の説明である。「種子ネット」が検査した15品種のコーンのうち、アメリカ産の8品種の中4品目(50%)から0.1%以下3検体、及び1%以下1検体で、国内栽培は許可されていない組換え遺伝子(殺虫遺伝子:Bt11, Bt176MON810、除草剤耐性遺伝子:T25, GA21)が検出された。1品種から2種類の異なるBt遺伝子が検出されたものもあった。 ヨーロッパ産を含むそれ以外の7品種には汚染は無かった。国内ではすでに作付けが終わっていた。種子のほとんどは家畜飼料用のデントコーンで食用ではないが、畑では隣接する食用コーンにも花粉による伝播がありうる。政府は早急に事態を把握し、来年度の安全な種子の確保に全力を尽くすべきである。さもなければ、汚染は更に広がり、現状追認の敗北宣言を余儀なくされるだろう。「種子ネット」は独自に来年度のための非汚染種子を確保し、試験栽培と在来種の国内採種を呼びかけている。

 725日、フランス政府は在来種子の中の組換え遺伝子混入の検査結果を発表した。それによると、ナタネ、コーン、大豆、など112検体のうち19検体に何らかの形の組換え遺伝子を検出した。特にコーンでは39検体のうち16検体、41%で汚染が見つかった。フランスも組換え体の商業栽培は認めていない。汚染が輸入種子によるものか、国内での実験圃場からの汚染かは不明である。いずれにせよ、遺伝子汚染が広範囲に拡散していることをこの事実は示している。アメリカに始まった遺伝子汚染は、今や世界規模で拡散している。

アメリカのコーンの約30%にはすでに何らかの形の殺虫遺伝子(Bt)が組み込まれている。いまや、アメリカを汚染源とし世界中の農産物にさまざまな組換え遺伝子による汚染が広がりつつある。それは遺伝子が自己増殖する生物の一部分であり、ひとたび人間の手を離れると管理の手が届かない、という本質的な性質に根ざしている。生態系や進化の過程に対する遺伝子侵略と干渉を始めていると言ったら言い過ぎだろうか。

 

企業秘密の支配する試験栽培も汚染源?

今年6月アメリカの市民団体が「増加するリスク・アメリカにおける遺伝子組換え作物の野外試験」という報告書を出した。それによると、アメリカで遺伝子組換え作物の野外試験が始まった1987年から2000年までに、約30000件の組換え作物の野外試験があり、こうした試験自体が周辺の農家の作物を汚染している疑いがある、という。もっとも多かったのはハワイ州で3275件、イリノイ州2835件、アイオワ州2820件、プエリトリコ2296件、カリフォルニア州1435件など、試験は膨大な数にのぼる。しかも、これらの試験は認可前のため、企業秘密で守られ近隣農家に汚染が起こっても、何が原因かわからない事が多い。実験の過半数は組換え作物開発大手のモンサント社とジュポン社である。この両社とも本来は農薬メーカーであった。開発が農薬販売の拡張と密接に結びついていることは明瞭である。開発が行われているEUでも野外試験は行われているが、その数はEU全体で2000件である。日本は2,0017月までに205件の野外試験が認可された。こうした野外試験が多くなるにつれて、花粉などによる遺伝子汚染も現実の問題になろう。特に耕地面積の狭い日本では、要注意である。企業や大学も含めた全国の野外試験の場所や試験の内容を国は公開すべきである。

 

遺伝子組換えと交配による品種改良

推進派の学者や研究者は、遺伝子組換えは従来の品種改良と変わらない、と主張する。従来の交配による品種改良でも組換えが起こる。しかも、現在の遺伝子組換えのような特定遺伝子のピンポイント組換えではなく、多くの遺伝子の組換えが一度に起こるので、かえって問題だ、と主張する人さえいる。しかし、こうした主張はいずれも詭弁である。従来の遺伝子組換えは、交配という自然に起こる生物の営みを利用したもので、組換える遺伝子はお互いに極めて類似した「相同遺伝子」同士であり、組み換わる場所も多くは二つの相同遺伝子同士の間である。いずれも生物固有の有性生殖という仕組みを利用したものであり、その枠を超える遺伝子の交換は不可能であった。生物の進化の過程で、種の壁を超える組換えは原則的に「禁止」されてきたからである。なぜ生物が有性生殖という一見面倒な仕組みを発達させたかは、現在も完全には解明されていないが、基本的には「遺伝子の安全保証」がその目的と考えられる。遺伝子は紫外線やさまざまな化学物質などで絶えずDNAの損傷を受けている。いわゆる突然変異である。突然変異の多くは劣性であり、生物の生存に不都合である。

そのために、すべての生物にはDNA修復酵素系が備わっているが、それでも長い間には傷が残り増加する。そうしたDNAの傷を「減数分裂」という仕組みで、2倍体のDNA同士が組換えを起こし、傷を修復し合うのである。さらに、精子と卵子の合体によって、傷は補完される。品種改良で良く言われる、雑種強勢というのはこうした仕組みによる。人間でも近親交配が進めば子孫は劣化する。「純系」は危険なのである。余談になるが、いわゆる「クローン」生物の出生率が悪く、生まれても死亡率が高いのは、上記の考えからすれば、傷だらけの遺伝子から出発する訳で当たり前である。有性生殖における「減数分裂」は「遺伝子の初期化機構」でもあるのである。

現在行われている、いわゆる遺伝子組換えはこれとはまったく異なる。進化的に遠い生物の特定の遺伝子、例えば除草剤耐性や殺虫機能を持つバクテリアの遺伝子を「制限酵素」という遺伝子のハサミで切り取り、大豆やトウモロコシなど作物の遺伝子に挿入する。しかし、これだけでは挿入された遺伝子は機能しない。バクテリアのような「原核生物」と高等動植物などの「真核生物」では遺伝子の読取と遺伝暗号の翻訳機構が違うからである。この困難を解決するために、さまざまな工夫が凝らされている。技術的な詳細はさけるが、例えばRR大豆では、目的とする土壌細菌のCP4EPSPS遺伝子の他に、カリフラワーモザイクウィルス(CaMV)の遺伝子の一部をプロモーター(遺伝子のスイッチ)として使い、ペチュニアの遺伝子の一部CTP(合成されたCP4EPSPS蛋白質を葉緑体に運ぶ)と、植物にガンを作る細菌のプラスミドの遺伝子の一部(NOS3’)(遺伝暗号読み取りの終止信号)などが、前後に連結されている(図参照)。それだけではない。CP4EPSPSのDNAの塩基配列は、本来の土壌細菌のものとは違い、全体の17%は人工的に改変された人造遺伝子である。こうしてやっと目的の除草剤耐性を大豆に付与出来たのである。遺伝子組換え技術者からみれば、これはまさに芸術品の磨きがかかった作品といえる。

しかし、一つの生物として見れば、これはまったく不自然な生き物であることは自明であろう。こうした遺伝子の組み合わせは、これまでのいかなる進化の過程でも実現され得なかったものである。よく、人間とサルの進化的距離を測るために遺伝子の配列の比較が行われるが、通常の大豆とRR大豆では、こうした比較自体が意味をなさないほどかけ離れた存在である。欧米では、遺伝子組換え作物を「フランケンシュタイン作物」と呼んでいる。すべての遺伝子組換え生物はこうした人工的な遺伝子の組み合わせからなっているからである。

ダーウイン進化論では、有性生殖を基盤にした突然変異による(最近はトランスポゾンによる遺伝子の水平伝達もふくむ)遺伝子の変化と多様化、そして自然淘汰が進化の原動力とされてきた。しかし現在、広範な遺伝子組換え生物の作出、伝播と拡散によって、「自然淘汰」に代わって「人間の都合」が淘汰の圧力となって進化の行方を左右するかもしれない状況を人間はつくりだしてしているのである。

 

アメリカの遺伝子組換え作物戦略

本来農業国であったアメリカは、大豆やトウモロコシなど家畜飼料となる穀物の大量生産によって、輸出商品としての世界的な地位を築き上げた。現在アメリカの食糧自給率は150%、穀物自給率は140%であり、大豆、トウモロコシ、共に世界最大の生産・輸出国である。しかし、世界的にはますます激しくなる輸出競争に勝ち抜くために、コストダウンをはかるのが遺伝子組換えの狙いである。遺伝子組換え作物の中で、大豆(RR除草剤耐性68%)、コーン(殺虫遺伝子33%)が最大のシェアを占めるのはこれらがアメリカの戦略物資と位置付けられているからである。特にRR大豆に至ってはアメリカ政府の膨大な補助金(ファーマーズ・ウイークリー紙によれば70%の価格保証)に支えられ、シェアを伸ばしたと言われている。RR大豆は農家が損をしない仕組みである。WTOの場でアメリカが主張する自由競争の裏にはこうした裏付けがある。今や核に代わって食物がアメリカの世界支配の切り札である。農業分野におけるグローバリゼーションは世界のアメリカ化でもある。

 

明らかになった事実「収量は増えず農薬も減らない」

遺伝子組換えは、表向きは「増大する世界人口を養う」とか「農薬を減らして環境にやさしい」などのキャッチフレーズで農家と消費者を巻き込んできた。しかし、アメリカでも遺伝子組換え作物の本格栽培が始まって5年も経つと、さまざまな問題が明らかになってきた。組換え大豆の収量は在来種より数%10%少なく、Btコーンの収量増加は無くBt遺伝子の利用の意味が疑われている。農薬使用量も減らない、などが続々と明らかになってきた。こうした事実が明らかになって世界野生生物保護基金(WWF)は遺伝子組換え作物の利用に批判の声をあげ始めている。今年になって、RR大豆の収量低下の原因は、RR大豆採用により、ラウンドアップ散布量が増え、土壌中の根粒菌(ラウンドアップ非耐性)の発達が悪い上、外来遺伝子挿入自体が大豆本来の遺伝子の働きを阻害している、という研究も発表された。Btコーンは、収量減はないが、アワノメイガの害が極端にひどい場合を除けばあまり使用の理由が無く、農薬使用量もあまり減らない。その理由はアメリカのコーン畑の農薬の75%は線虫や根きり虫などのための土壌殺虫剤だからである。それに引き換え、開発費を上乗せされた高価なBt種子を使うメリットは少ない、という論文も出された。Bt作物については、アワノメイガ以外の非標的昆虫(オオカバマダラなど)にも害を及ぼすことが明らかになり、環境へのやさしさとは正反対の影響も懸念されている。

 

始まった消費者と生産者の反撃

前述のスターリンク事件は、世界の消費者のニーズを無視しては、輸出そのものも危うくなることを示した。今年2月、アメリカの会計検査院(GAO)は、アメリカが農産物のGM化を推し進めた結果、農産物輸出市場で他国との競争で孤立し、不利になる傾向があり、このままでは輸出が落ち込む危険がある、と将来に懸念を表明する報告書を議会上院に提出した。スターリンクによって損害を受けたアメリカのイリノイ州、ニューヨーク州など4つの州の農家がアヴェンテイス社を相手取り、損害賠償を求める集団訴訟を起こしている。スターリンクの混入したコーン製品を食べてアレルギー症状を起こした、という消費者10名も最近同社を相手取って裁判を提起した。

 過去数年間で、アメリカ人の食卓はすっかり変わった。サイエンテイフィック・アメリカン誌によれば誰もが知らないうちに食品の約40%が遺伝子組換え体やその加工品となっているという。しかし、スターリンク事件をきっかけにアメリカの消費者の意識は確実に変わりつつある。今年6月の消費者アンケートによれば(ABCニュース、1024名の成人無差別電話アンケート)、52%が遺伝子組換え食品は安全でないと答え、表示が始まれば買わない、と答えた人は57%に上った。代わりにオーガニック(有機食品)を買うと答えたのは52%である。景気低迷が問題となっているアメリカで、今もっとも成長率の高い産業はオーガニック・マーケットで年率20%で拡大中である。

これは大手のスーパー・チェーン店が消費者動向を見定めてオーガニックに乗り出したためで、今や80億ドル(8000億円)産業に成長しつつある。これら大手のスーパーはカナダにも進出し、カナダ最大手のスーパーと競争を展開している。カナダの消費者アンケートでは85%が表示を要求している。

事情はヨーロッパでも同じである。EU域内でのオーガニック市場の成長は年率26%である。2003年までには10億ドルを超える市場に成長すると予測されている。イギリスに始まった狂牛病騒動でヨーロッパの消費者は食品の安全性に特に慎重になった。遺伝子組換え食品には懐疑的である。WTOの場でも、表示を求めるEUと拒否するアメリカは最後まで対立を続けた。GM作物を輸出産業と割り切るアメリカ政府やモンサントなど巨大アグリビズネスと一般のアメリカ市民の意識は明らかに分裂している。アメリカにおいても、戸数で85%以上を占める家族農業の農家は遺伝子組換え作物で利益があるわけではない。アメリカでも小規模の家族農業農家は遺伝子組み換えに総じて反対であり、輸出作物を中心とする大規模アグリビズネスが、モンサント社など遺伝子組換え企業との契約農業に熱心である。結局、今後の行方を決めるのはアメリカのGM作物を輸入する海外の消費者動向であろう。

 

EUの新たな規制―――表示義務化と追跡可能性の保証 

725日、ブリュッセルで行われていたEUの委員会は、遺伝子組換え作物・食品に関する新たな規制案を公表した。それは、GM作物やその加工品はすべて表示を義務化し、生産と流通の過程を明確にする「トレーサビリテイー(追跡可能性)」を保証する、というものである。遺伝子やその生産する蛋白質の検出が困難との理由で醤油や油など加工品の表示を除外した日本とは大違いである。「追跡可能性保証」は日本ではついに議論にもならなかったが、問題が起こったときに責任の所在を明確にし、再発防止のためにおきな力を発揮すると期待される。今では、ゼロレベルの混入は非現実的となったとして、GMの許容混入レベルを1%としたが、日本では5%である。こうした規制は当初からアメリカが恐れていたものであり、前述の会計検査院報告でも、EUの規制の流れはアメリカのGM穀物の輸出下落を招く大きな要因と指摘している。もちろん、EUの規制はGMの禁止ではなく、厳しい規制を満たせば流通も販売も可能である。しかし、市民にとっては選択の自由が保障されたのであり、GMの将来は市民の手にゆだねられたのである。

 

市民は選択権の行使を、生産者は安全な作物で勝負を

不完全ながら、日本でも今年の4月から表示義務化が始まった。にもかかわらず、店頭の多くの商品には表示の無いものが多い。市民の反応も今一つのように見受けられる。その原因の一つは中途半端な表示制度にある。次々と明るみに出る、未承認遺伝子組換えジャガイモ加工品の実態は何よりもそれを表している。そして、既成事実を追認する形の認可の後追いである。政府も企業も、問題にならなければ制度を改善しない、という官僚体質が今やこの国の隅々にまで浸透しているように見える。政府はアメリカばかりを見て、日本の農業の将来を考えていない。すでに常識になっているが、日本の食糧自給率は1970年の60%から一貫して下降を続け、今では40%である。同じ1970年に日本より低かった(46%)イギリスは、その後着実に自給率を向上させ、今では80%である。ドイツも同様に上昇を続け97%、ほとんど自給している。穀物に限れば、日本は今自給率28%に過ぎないが、イギリス、ドイツは120%である。先進国でこの間食糧自給率を下降させてきたのは、日本とアメリカだけである。アメリカはそれでも140%を維持している。オーストラリアは70年代は食糧自給率200%だったが、今では290%である。こうして見ると日本がいかに長期的な農業戦略に欠け、国民の生活を海外に依存させるような政策をとってきたか一目瞭然である。EU諸国が遺伝子組換えに厳しい規制を敷けるのは、アメリカから農産物を買わなくても良いからである。

自分達が食べるものは自分達で作る、この当たり前の基本が失われたとき、消費者は危険を押し付けられ、生産者もまた食料でなく商品を作ることになる。

今後は、遺伝子組換え食品を一人一人の市民が選ぶか選ばないかが問われる。それはある意味では、世界的レベルの住民投票のようなものであり、極めて迂回的ではあるが、結局遺伝子組換えの未来を左右する原動力となろう。その世界的な動きはすでに始まっている。

しかしながら、遺伝子組換え作物・食品の人間の健康への影響や環境、生態系への影響に関する研究は極めて少なく、あるものはほとんどメーカーサイドのお手盛り論文だけである。これでは市民の自由な判断と選択は保証されない。政府や大学研究者は客観的な立場からの研究に早急に取り組むべきである。特許競争に追いたてられ、企業の片棒を担ぐことが先端的研究であるかのような昨今の風潮は危険である。  (了)

 

 

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