発症例皆無の遺伝子型患者にvCJD潜伏輸血感染発見、高まる人→人感染のリスク

農業情報研究所(WAPIC)

04.8.5

 輸血を通じて変異型クロイツフェルト・ヤコブ(vCJD、BSEの人間版とされる)に感染した疑いが濃厚な第二のケースが発見され、しかも感染者の遺伝子型が今まで発見されたvCJD患者には一人として見られず、vCJDに抵抗性が強いと見られてきた遺伝子型であったという先日報じた英国の研究(輸血によるvCJD感染第二例、遺伝子型は異型型 高まる多数の感染者潜在の恐れ,04.7.24)がランセット誌に公式に発表された(*)。

 オンラインで入手したこの報告によると、著者たちは、後にvCJDを発症した供血者の血液成分(赤血球)を輸血されて5年後に神経症ではない病気で死んだ患者に、vCJDを発見した。やはり輸血を通して感染したと見られる昨年末の第一例は、患者がvCJDを発症し、死亡した後に行われた解剖で発見されたものだったから、今回の発見は、輸血を通して感染しながら潜伏していたvCJDの最初の発見例となる。

 患者の様々な組織をウエスタン・ブロット法、パラフィン固定組織ブロット法、免疫組織化学的方法で調べた。ウエスタン・ブロット法の検査で脾臓に異常プリオン蛋白質が検出され、孤発型CJDの場合とは異なり、vCJD発症者の脾臓や脳に見られるのと似た特徴が観察されたという。しかし、脳には年齢相応の変化が見られただけで、脳と脊髄には、どの検査でも異常プリオン蛋白質は検出されなかった。脾臓の少数の肺中枢には、発症例よりは低度のプリオン免疫反応が見られ、これは頸部リンパ節の胚中枢でも見られた。ウエスタン・ブロットでは、扁桃、その他の頸部リンパ節、背根神経節、筋肉に異常プリオン蛋白質は検出されず、また免疫組織化学的方法での扁桃、虫垂、大腸の中のリンパ小節の検査でも異常プリオン蛋白質は検出されなかったという。

 さらに、この患者の遺伝子型はプリオン蛋白質遺伝子のコドン129が異型であった。これはvCJD感染はメチオニン同型の遺伝子型に限られないことを示唆する。従って、この発見は、英国におけるvCJDの将来の推計とサーベイランスにとって大変大きな意味を持つと言う。このような遺伝子型の人は、英国人口の多数派を占め(同型の人の約40%に対して、ほぼ半数)、BSE感染牛によってか、輸血によって感染した後、様々な潜伏期間をもつ可能性がある。vCJDと診断されるケースがなかったのは、潜伏期間が非常に長いことで説明できようと言う。従って、このような潜伏感染のケースは、供血によってか、リンパ組織に接触する手術具による医原性の感染源になる恐れがあると指摘する。

 ただ、この患者は英国居住者だから、BSE感染牛からの感染の可能性もないではない。しかし、輸血がなくて感染した確率は、昨年末の第一例の場合の15,000分の1から30,000分の1と分析する。異常プリオン蛋白質が脾臓と頸部リンパ節に限られていることも、経口ではなく、静脈を通しての感染とする方が辻褄が合う。また、コドン129の遺伝子型が異常プリオン蛋白質の様々な組織への分布に影響を与えると考えることも可能と言う。

 要するに、この発見は、@理論的可能性として言われてきた輸血を通しての感染の現実性、A発見不能な感染者が大量に潜在している可能性を確認したと言えよう。ということは、BSEの牛を食べるだけでなく、輸血や手術、臓器移植などの医療行為を通じてのvCJD感染のリスクが、二重の意味で大きく高まったことを意味する。

 この発見は、4日に行われた食品安全委員会プリオン専門調査会の「日本のBSE対策」検討報告案(たたき台)をめぐる意見交換会(食品安全委、BSE対策で意見交換会、科学の名で消費者の要望に応えず,04.8.5)の前にマスコミ報道で知られるところとなっていたから、この会合では、日本のvCJD感染リスク評価の基となる英国の予想vCJD感染者数は大きく増える可能性があるという指摘が出た。だが、金子専門委員は、日本人のほとんど(90%)はvCJDに罹りやすい遺伝子型であり、リスク評価にはこれが既に織り込まれているから、今回の発見によって日本人の感染リスクが大きく動くことはないと答えていた。確かに、感染源がBSE感染牛だけであるとすれば、これは正しい。

 英国人の40%を占めるメチオニン同型遺伝子型の人のみが感染すると仮定して導かれる最大5000人という英国人感染者数予測が、他の遺伝子型のすべての人も同等に感染する可能性があると単純に仮定して、2倍半(1+60/40)に増えるとしても、日本人の感染者数は、同型遺伝子型の人口比の日英差を勘案して3倍以上の係数(1+90/40)をかけて計算されているのだから、すべての人に感染の可能性があるとすれば、この計算には却ってお釣りが来るほどだ。

 だが、この発見は、感染源がBSE感染牛だけではなく、死後検査によってしか分からない潜伏感染者の血液や血液成分でもあり、しかもそれが必ずしもマイナーな感染源ではないかもしれないことを示唆しているのだ。人や血液・血液成分は世界中を駆け回っている。BSE非発生国でさえ、vCJD発生の恐れが高まることになる。こうなれば、今までのリスク評価など、完全に吹き飛んでしまう。

 「たたき台」のリスク評価は、人→人感染のリスクは、完全に度外視していた。日本人は一人もvCJDにならないだろうというこの評価は即刻、大声で撤回しなければならない。そして、このようなリスク評価に血道をあげるよりも、現在のvCJD感染防止策が十全なものであるかどうかを再検討することが喫緊の課題である。理論的可能性にとどまっていた輸血を通しての感染が現実性を帯びてきたことを示すこの発見は、「予防原則」適用の重要性を改めて浮き彫りにする発見でもある。

 なお、同じランセット誌は、白血球除去によってはリスクは40%しか減らないという研究(**)、異常プリオンに汚染された医療器具の感染性除去の新たな技術を確認したという研究(***)も、同時に掲載している・

 *Alexander H Peden, Mark W Head, Diane L Ritchie, Jeanne E Bell, James W Ironside,Preclinical vCJD after blood transfusion in a PRNP codon 129 heterozygous patient,Lancet 2004; 264.
 **Luisa Gregori, Nancy McCombie, Douglas Palmer, Paul Birch, Samuel O Sowemimo-Coker, Antonio Giulivi, Robert G Rohwer,Effectiveness of leucoreduction for removal of infectivity of transmissible spongiform encephalopathies from blood,Lancet 2004; 264.
 ***Guillaume Fichet, Emmanuel Comoy, Christelle Duval, Kathleen Antloga, Capucine Dehen, Aurore Charbonnier, Gerald McDonnell, Paul Brown, Corinne Ida Lasmézas, Jean-Philippe Deslys,Novel methods for disinfection of prion-contaminated medical devices,Lancet 2004; 264. 

 関連ニュース
 Blood Transfusion Linked to 2nd Human Case of Mad Cow,The Washington Post,8.6
 Experts warn of wider vCJD threa,BBC News,8.6
 Epidemic of vCJD may be on the way, scientists warn,The Independent,8.6
 Scientists post new warning on vCJD,The Guardian,8.6
 Nouvelle épidémie de Creutzfeldt-Jakob possible en Grande-Bretagne,Le Monde,8.6

 

 

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