致死性ウイルスは楽々と種の壁を跳び越える
遺伝子操作で致死性肺炎の起源の解明
Nature News Service
2003 年4月2日
ヘレン・ピアソン
訳 河田昌東
SARS(サース)コロナウイルスは動物と人間のウイルスが遺伝子を交換して生じた可能性がある。たった1個の遺伝子の変化がこの致死性ウイルスを作り出し、1600人以上に感染し、50人を超える人々を殺した可能性がある、と新たな研究は示唆している。
この新しいタイプのコロナウイルスは肺炎のような症状をもたらす、重篤な急性呼吸器シンドロームと考えられている。今、たった一晩の実験で研究者らは猫の致死性コロナウイルスの1個の遺伝子を置き換えただけで、マウスに感染性を持つように形質転換させることができた(1)。 この結果はSARSコロナウイルスが、動物と人間のウイルスの遺伝子交換によって生じたというアイデアを強化するものだ、とこの研究のリーダー、オランダ・ユトレヒト大学の科学者ピーター・ロッテールは言う。「これは非常に可能性のある説明だ」と彼は付け加えた。
ロッテールのチームは、猫に対し5%程度の致死性をもつごくありふれた猫感染性腹膜炎ウイルス(FIPV)をもつ猫の細胞に マウスのコロナウイルスから取った遺伝子断片を注入して、この新たなコロナウイルスを作り出した。この遺伝子断片はコロナウイルスの殻タンパク質を作るもので、マウスの細胞にコロナウイルスが 侵入するのを助ける働きがある。 数時間後、猫のウイルス粒子のあるものは自分の殻タンパク質をマウスのウイルスの殻タンパク質で置換し、マウスの細胞に感染するようになった。これは、もし2種類のウイルスが同時に同じ細胞に感染すれば起こり得ることだ。
コロナウイルスはこうしたやり方で遺伝子を再配列する能力を通常は持たない、と南カリフォルニア大学のマイケル・ライは説明する。
「この研究はウイルスが容易に宿主を変える事が出来ることを示した」と彼は言う。SARSウイルスは既存の動物または人間のコロナウイルスがより致死性の高い型に突然変異を起こして生じた可能性もある、とライは言う。この二つの説明のどちらが本当かは、今週中に恐らくウイルスの全遺伝子配列が決まれば、明らかになるだろう。
ロッテールのチームは既に同じテクニックを使ってコロナウイルスに対する生ワクチンを作りつつある。 彼らはマウスに感染するFIPVをスクリーニングし、遺伝子の再配列で無毒化したものを選別した。これらの株の一つに対するワクチンは、元々の猫の致死性FIPVから猫を守ることを彼らは見出した。
理論的にはバイオテロリストがこうした遺伝子操作で動物のコロナウイルスを変えSARSのような人間に危険な病原体を作るのに悪用することもありうる。しかし、こうした類の同様なウイルス変換技術は特に新しいものではない、と専門家は言う。例えば、2000年にその専門家のチームは同様な技術でマウスのコロナウイルスを猫に感染するように改変したことがある。 「こうした自然の大流行をしっかり理解する唯一の道は一流の科学による解明とその結果を公開することだ」とジャーナル・オブ・ヴィロロジー(Journal of Virology)の編集者リン・エンクィストは言う。最後に挙げた彼の研究はこの雑誌に掲載されている。
文献1:Haijema, B.J., Volders, H. &
Rottier, P.J.M.
Switching species tropism: an effective
way to manipulate the feline coronavirus
genome. Journal of Virology, 77, 4528 - 4538,
(2003).