東北大学による鉄欠乏耐性遺伝子組換えイネについて

 

河田昌東(遺伝子組換え情報室)

 

(1)   実験の目的:

アルカリ土壌においてイネの鉄吸収が悪く生育障害をおこすのを改善するために、アルカリ土壌でも生育する大麦の鉄吸収にかかわる遺伝子群を単離し、イネ(つきひかり)に導入した。これによりアルカリ土壌での生育が可能となったが、国内では事実上アルカリ障害による稲作不能地域は少なく、開発の目的は海外での稲作可能地域拡大にあると思われる。

 

(2)   導入した目的遺伝子

大麦の鉄欠乏耐性は、根からムギネ酸類と呼ばれる化合物を分泌し、アルカリで水不溶性になった鉄と錯化合物を作って水溶性鉄を作りこれを吸収する。ムギネ酸合成は鉄欠乏シグナルによってムギネ酸合成酵素系遺伝子群が発現誘導され、複数の関連酵素が合成されて可能になる。

 

       ムギネ酸合成経路は東北大学から環境省に出された第一種使用規程承認申請書によれば概略以下のとおりである。

メチオニン(含硫アミノ酸)   S-アデノシルメチオニン   ニコチアナミン    

(ケト型)    ムギネ酸類(46個の化合物)

 

今回栽培認可申請された組換えイネは6種類あるが、それぞれ大麦のムギネ酸合成関連遺伝子群の一部又は複数個を導入したものである。

 

       HvNAS1株:大麦ニコチアナミン合成酵素 

S−アデノシルメチオニン(SAM)からニコチアナミン(NA)を合成する

       HvNAAT-A, HvNAAT-B株:大麦ニコチアナミン・アミノ基転移酵素Aと同酵素B2種類

ニコチアナミンをムギネ酸前駆体のケト型に変換する酵素(AB

       HvIDS3株: 大麦2’−デオキシムギネ酸水酸化酵素

   ケト型から最初に合成される2’−デオキシムギネ酸からムギネ酸とその誘導体3−エピヒドロキシ2’−デオキシムギネ酸を合成する酵素

       HvNAS1,HNAAT-A,HNAAT-B株: 上記HvNAS1HvNAAT-A, HvNAAT-Bを同時に組み込んだもの

       APRT株 : 大麦アデニンリボースリン酸転移酵素

   S−アデノシルメチオニンからニコチアナミンを作る際に副産物として出来る

   メチルチオアデノシンを分解し、アデノシン−1−リン酸(AMP)を回収再利用する酵素

       HvNAS1, HvNAAT-A,APRT 株:上記HvNAS1, HvNAAT-A,APRT3遺伝子を組み込んだもの

 

(3)   目的遺伝子の発現に必要なDNA配列

(3−1)上記の各目的遺伝子の発現に使われたプロモーター配列:

                HvNAS1株:この遺伝子のプロモーター配列

                HvNAAT-A, HvNAAT-B株:それぞれの遺伝子のプロモーター並列

                HvIDS3株:この遺伝子のプロモーター配列

                HvNAS1, HNAAT-A,HNAAT-B株:それぞれの遺伝子のプロモーター配列

                APRT株:HvIDS3遺伝子のプロモーター配列

                HvNAS1,HvNAAT-A,APRT株:HvIDS3遺伝子のプロモーター配列

 

(3−2)各目的遺伝子の発現に使われたターミネーター配列

                HvNAS1株:この遺伝子のターミネーター配列

                HvNAAT-A, HvNAAT-B株:それぞれの遺伝子のターミネーター配列

                HvIDS3株:この遺伝子のターミネーター配列

                HvNAS1, HNAAT-A, HNAAT-B株:それぞれの遺伝子のターミネーター配列

                APRT株:土壌細菌Agrobacterium tumefsciensNOS3‘ターミネーター配列

                             HvNAS1, HvNAAT-A, APRT株:土壌細菌Agrobacterium tumefsciensNOS3’

ターミネーター配列

 

(4)   選択マーカー遺伝子

組換え体と非組換え体を選別するための選択マーカー遺伝子

全ての株に大腸菌由来の2種類の抗生物質耐性、ハイグロマイシンとネオマイシンに耐性の遺伝子が組み込まれている。ハイグロマイシン耐性遺伝子の発現にはカリフラワー・モザイクウイルスのプロモーター(CaMV35S)と土壌細菌Agrobacterium tumefsciensNOS3’ ターミネーター配列が使われている。カナマイシン耐性遺伝子の発現には、土壌細菌Agrobacterium tumefsciensNOSプロモーター配列とNOS3’ ターミネーター配列が使われている。

その他に、各遺伝子の発現を組織化学的に目視で確認するために、大腸菌のGUS(β-グルクロニダーゼ)遺伝子が組み込まれ、そのプロモーターにはCaMV35Sが、ターミネーターにはNOS3’ が使われている。GUS遺伝子にはトウダイグサ科の植物ヒマRicinus communisのカタラーゼ遺伝子の第一イントロン(CAT-1)が挿入され、原核生物でのGUS発現を抑制している。

 

(5)   導入遺伝子の作るたんぱく質のアレルギー性検索

申請書によれば、組換え体に導入された遺伝子が作るたんぱく質のアミノ酸配列には、以下のアレルゲンと6個以上の共通のアミノ酸配列がある。

HvNAAT-Aたんぱく質中の配列(HGEAAA):  ブタクサ花粉アレルゲン(Amb-a1

(ESSEIC) :  ブタクサ花粉アレルゲン(Amb-a5

HvNAAT-Bたんぱく質中の配列(AVAAAA,VAAAAN): シラゲガヤ花粉(Hol-15)

                                              (AAAAAE):  コウジカビ・アレルゲン(Asp-n14

               ESSEIC):   ブタクサ花粉アレルゲン(Amb-a5

HvIDS3たんぱく質中の配列(GFFQVVN):   ブタクサ花粉アレルゲン(Amb-a1

GUSたんぱく質中の配列(KQSYFH):     イエカのアレルゲン(Aed-a2

 

問題点1: 選択マーカー遺伝子の存在

4)で述べたように、この鉄欠乏耐性イネは6株全てに、組換え体の選択マーカー遺伝子として、大腸菌由来のカナマイシン耐性とハイグロマイシン耐性遺伝子が入っており、全ての組織でこれらの遺伝子は発現している。その他に、大腸菌由来のGUS遺伝子が、導入遺伝子の発現を目視で確認(発現していれば、特殊な試薬で青く染まる:レポーター遺伝子という)するために組み込まれている。抗生物質耐性遺伝子は、組換え体が単離出来てしまえば無用の長物であるばかりでなく、食べた場合に、腸内細菌を抗生物質耐性菌に形質転換する危険が指摘され、WHO(世界保健機構)においても組換え体を作る際にこうした抗生物質耐性遺伝子を使わない技術開発を進めるよう指摘しているものである。また、実際にはこの組換え体作出には、カナマイシンによる組換え体選択は行われず、もっぱらハイグロマイシン耐性を指標として選択が行われている。にもかかわらず二つの抗生物質耐性遺伝子が入っているのは、もっぱらこの二つの抗生物質耐性遺伝子を持つ既存の遺伝子導入用プラスミドが使い易いためであって、必ずしも選択に必要だったからではない。同様に、GUS遺伝子も、組換え体における導入遺伝子の発現を色素で染めて確認するには便利であるが、必ずしも組換え体作出に必要な遺伝子ではなく、完成した組換え体には全く不要のものである。なお、各種の動植物の実験室実験を除けば、GUS遺伝子が組み込まれた遺伝子組換え作物はこれまで認可されていない。これら3個の遺伝子は、組換え体作出のいわば必要悪として利用されたものであって、本来の米にとって必要なものではない。

 

問題点2:導入遺伝子の作るたんぱく質にアレルゲンの可能性

(5)に示したように、鉄欠乏耐性を持たせるために導入した大麦の遺伝子が作るたんぱく質(3種類)と大腸菌のGUS遺伝子が作るたんぱく質は、ブタクサの花粉アレルゲンや、イエガヤの花粉アレルゲン、コウジカビのアレルゲン、イエカのアレルゲンなど、既知のアレルゲンと共通のアミノ酸配列(6個以上)がある。これらが全てアレルギーを起こす活性部位(エピトープ)を形成するとは限らないが、構造的に疑いがある以上、これらのたんぱく質について血清反応など生化学的チェックが事前に必要である。

 

問題点3:国外での栽培における野生種との交配

この鉄欠乏耐性イネは石灰質アルカリ土壌における栽培を可能とすることを目的とするが、国内でのこうした土壌による鉄欠乏障害は少なく、国外での利用を目指したものである。一方、この圃場実験では国内において交配可能な野生イネなどが存在しないことを持って安全性を主張している。しかし、このイネが実際に海外で栽培されることになれば、野生イネと交配する危険性は現実のものとなり、国際的な視野で見れば生物多様性を損なうものである。野生イネOryza.nivaraはアジアとオセアニアに、O.rufipogonは中南米やアジア、オセアニアにおける交配可能野生種である。その他に交配可能な O.GlaberrimaO.barthiiはアフリカ大陸の野生イネである。この組換えイネの開発目的は、今後の世界的な食料不足への対策と主張されているが、この組換えイネの栽培が期待されている多くの国で交配可能な野生種が存在することは、国外における危険性をも考慮すべきことを示している。また、こうした危険性を有する遺伝子組換えイネがこれらの相手国で認可を得られる可能性は少ないと考えられる。

 

問題点4:海外の野生種との競合における優位性

このアルカリ土壌耐性イネは、通常のイネ科植物が生育不可能な土壌において、根からムギネ酸を分泌し、鉄分を吸収することで生育可能になるものである。従って、海外のアルカリ土壌地域において栽培された場合、他の自生植物、特にイネ科の植物に対して優位性を発揮することは明らかである。また、前述のように交配可能な野生種との雑種が出来た場合もその交雑種がそれまでの野生種に対して優位性をもち繁殖して雑草化する可能性が大である。このことは、現地での生態系に明らかな影響を与え、カルタヘナ法に定める野生生物の保護についても問題になる。国内で近縁野生種が無いことや栽培イネに対して優位性がないことが、目的とする海外での栽培に際して安全性を保障するものではない。

 

問題点5:カドミウムなど有害重金属濃縮の可能性

           鉄欠乏耐性イネは鉄吸収能力を向上させたことによって、鉄以外の有害重金属の吸収も同時に増加する可能性がある。これは、鉄イオンを吸収するシステムが、鉄以外の銅やカドミウムなどの有害重金属も吸収すると思われるからである。実際、鉄吸収に関わる遺伝子IRT1がカドミウムの吸収にも関わっている、という報告がある。

また、石灰岩などの堆積岩が120ppm程度のカドミウムを含むことは良く知られており、石灰岩土壌がたまたまカドミウムを含んでいれば、鉄欠乏耐性イネの栽培がカドミウム米の生産につながる恐れがある。従って、この鉄欠乏耐性イネが、カドミウムなどの重金属の濃縮を行わないかどうかを事前にチェックすべきである。

 

問題点6:複数ある組換え遺伝子のどれが鉄欠乏耐性に有効かが明確でない

2)で記載したように、試験栽培の認可申請に出された遺伝子組換えイネは6株あり、それぞれ大麦のムギネ酸合成酵素を単独で、あるいは複数個同時に導入しているが、申請によればいずれもムギネ酸の分泌が増加し、鉄欠乏耐性になったとされているが、耐性の度合いがどのように違い、最も効果的な組換え体が何であったかが不明である。異なる組換え体6株を同時に圃場栽培する前に実験室規模のデータ収集が必要ではないか。

 

問題点7NOS3’ターミネーターの機能は不完全である

組換え体、APRT株とHvNAS1, HvNAAT-A, APRT株のターミネーターには土壌細菌

Agrobacterium tumefsciensNOS3’ 配列が使われている。この配列はこれまでも除草剤耐性大豆その他の組換え体で利用されてきたものだが、そのターミネーター機能には問題があり、遺伝子コードの読み取り終止が不完全で、さらに下流のDNAの塩基配列まで読み取る、いわゆる「リードスルー」現象が起こることが知られている。除草剤ラウンドアップ耐性大豆(40-3-2株)とラウンドアップ耐性トウモロコシ(NK603)については、当初リードスルーなどが起こらないとされていたが、その後リードスルーの起こることが分かり、20022月に変更申請が行われた。リードスルーは、場合によっては必要な組換えたんぱく質の他に、さらに長いアミノ酸配列をもつ異常なたんぱく質を形成する可能性があることを示し、厳密なチェックが必要である。

 

問題点8:導入遺伝子が宿主イネの持つ同機能の遺伝子、その他の代謝への影響

           宿主のイネ(月の光)にもムギネ酸合成酵素の遺伝子があるが、鉄欠乏に際しその発現が十分でなく、耐性が発揮されないとして、発現の強力な大麦のムギネ酸合成関連酵素の遺伝子を導入した。大麦の遺伝子導入によって、本来のイネの遺伝子にどのような影響があったか、あるいは無かったか。

また、ムギネ酸合成経路のうちS-アデノシルメチオニンは、ムギネ酸合成の基質であるだけでなく、活性メチオニンとして細胞内で数多くのメチル化反応に関与しているため、ニコチアナミンを多量に合成するこの遺伝子組換えによって、細胞内のS-アデノシルメチオニンの関与する他の代謝反応に大きな影響があると考えられる。鉄欠乏耐性以外の他の代謝への影響をどのように評価したか。組換えイネの化学組成などに変化は無かったか。

 

問題点9:組換えによる有害物質産生性の実験の精度について

           組換えイネと非組換えイネを栽培した土壌に、何らかの有害物質が出来ていないかどうかを調べるため、それぞれの土にレタスを栽培する実験を行った。その結果、「レタスの根長には有意の差が無かったが、(全体の)乾物重については、反復数が少なく有意差が検出できなかったことが考えられる」と書かれている。同一の検体数を使ったにもかかわらず、統計的に「根長には有意差が無く」、乾物重には「有意差が検出できなかった」というのは何故か。実際には乾物重に差があったのではないか。

 

問題点10:センター報告305-92004)「Fe欠乏耐性遺伝子組換えイネの環境への影響」について

           組換えイネと非組換えイネについて、次の比較が行われ、結論はいずれもフィッシャーのLSD分析法で有意差なし、とされている。

(1)   植物体の乾物重(葉、茎、穂の乾物重)の比較

(2)   栽培土壌の微生物数(コロニー形成/g)の比較

(3)   跡地土壌で栽培したレタスの乾物重と根長の比較

これらの比較の表をみると、(1)植物体の比較では穂の重量は組換え体平均値が7.5±1.9gで非組換え体は11.5±1.0gである。これは平均値で明らかに倍近く違うのであり、統計分析の手法が正しかったかどうか疑問がある。平均値でなく生データを公開し、第三者による客観的な分析を行う必要がある。穂重量が倍近く違うことは、このイネの収量に直結する重要な指標である。

同様に、(2)土壌微生物数についても、細菌類と糸状菌類の数において、組換えイネを栽培した土壌の方が平均値で明らかに少ない(非組換えイネ土壌の62.2%68.6%)。この場合も

生データを公開し第三者の分析を待つべきである。この違いが明らかであれば、組換えイネの栽培によって土壌生態系に変化が生じたことを示すことになる。

 

 

 

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