週刊『金曜日』No.454

2003年4月4日

バイオファーミング

危険な医薬品用遺伝子組換え作物

河田昌東

 

アメリカでは今、農作物と家畜を医薬品や工業原料を作るためのバイオ工場にする「第二世代、第三世代」遺伝子組換えの開発が急ピッチで進んでいる。何十兆円もの利益を約束するといわれる、この新しい生産技術の扉は今開けられようとしているが、社会はこれを受け入れることが出来るのか。

 

昨年1113日、ワシントン・ポスト紙はネブラスカ州で新たなタイプの遺伝子組換え混入事件が起きたと報じた。ところが農務省は、未認可の遺伝子組換えコーンの食品チェーンへの流出を未然に防いだとだけ発表し、どのような組み換え体か明らかにするのを拒否した。事件を起こしたのは「プロデイジーン社(以下P社)」。以前から動物の医薬品生産用GM作物を開発しているベンチャー企業として知られている。農務省は、この事件でP社が栽培した約16000トンの大豆にこの未承認GMコーンが混入したとして出荷を停止し、同社を厳重に処罰すると発表した。

 

後日明らかになった事実によれば、事件は以下のとおりである。テキサスに本社のあるP社は2001年にネブラスカ州の試験圃場(開放)で豚のワクチンを作るコーンを試験栽培した。2002年には同じ畑で販売用の食用大豆を生産した。アメリカでは、地力を保つためにコーンと大豆を交互に栽培する習慣がある。ところが前年のこぼれ種でこの薬用コーンがわずかに生えた。それは未承認ですぐさま刈り取るよう農務省は指示したそうだが、P社はそのままにした。大豆刈り取りの際、このGMコーンの葉や茎の残骸が大豆に混入したのだ。この違法行為が連邦法違反ならP社は数百万ドルの罰金と実刑を伴う刑事罰が下される。ところが事件が発覚した翌14日、農務省はP社がアイオワ州でも同様の事件を起こしていた、と発表した。農務省は早くからこの事実を知っていた疑いがある。この事件は、第二世代の遺伝子組換えが実用間近に迫っていること、にもかかわらず農務省や食品医薬品局、環境保護庁など規制当局が効果的な安全対策をもたず、今後も同様な事件が起こりうることを露呈した。

 

急速に開発が進む薬用組み換え作物

昨年7月、アメリカ地球の友(FOE)の政策担当ビル・フリーズ氏はアメリカの薬用GM作物開発の状況を調査し詳細な報告書を出した。それによれば、1991年から20021月までにアメリカで行われた薬用GM作物栽培試験は198件にのぼり、その数は年々増加している(図1)。事件を起こしたP社はその42%に当たる85件の認可を農務省から受けている(表1)。事件は、起こるべくして起こったのである。

その中で、利用されている作物は圧倒的にコーンが多く134件(68%)である。

この事件後も、P社はコーンを利用した開発継続を表明した。同社のアンソニー・ラオス社長は「色々試みたがコーンが最適だった。ここまで来るのに20数年かかった」と語っている。コーンが医薬や工業用バイテク原料に選ばれるのは、遺伝子組換え操作や栽培管理、貯蔵、輸送などが簡単であることによる。  遺伝子組換えは目的とする性質を持つタンパク質を見つけ、その遺伝子を取り出す。それをコーンや大豆の遺伝子に組み込む。従って、その外来遺伝子が作るものは基本的にタンパク質である。P社の開発中のものを列挙すると、エイズ・ワクチン、血液凝固剤、消化酵素、工業用接着剤、B型肝炎ワクチン、豚伝染性胃腸炎ワクチンなどである。何れも成功すれば世界的なニーズがあるものばかりである。他に他社や大学が開発中の物には、糖尿病治療薬インシュリン、免疫タンパク質(ラクトフェリン)、制癌剤、関節炎治療薬などタンパク質やそれから二次的に作られるものはほとんどある。

中には、精子を殺す避妊薬をコーンで作ったり(食べる避妊薬)、ジャガイモでスパイダー・シルク(蜘蛛の糸)を作るというものまである。現在、ジャガイモの中に蜘蛛のシルク・タンパク質はできているが、それを糸に紡ぐには至っていない。蜘蛛の糸はステンレスの5倍強く、直径1ミリの糸が紡げれば乗用車一台を吊り下げることが出来るという。しかもタンパク質であるから生分解性である。軍事用、工業用としての利用価値は高いと考えられている。

 

第一世代GMと利害が対立

薬用GM作物の多くがコーンであることは、スターリンク事件(注1)と同じ遺伝子汚染をもたらすことを示す。他家受精植物のコーンは、花粉にワクチンや避妊薬の遺伝子とタンパク質を乗せて近隣の非GMコーンや野生種に伝播するだろう。第一世代GM作物は「実質的同等性」という詭弁で安全性をうたったが、第二、第三世代GM作物にこの考え方は通用しない。そもそも、医薬品は患者にとっては利益があるが、健康人には危険な毒物に等しい。こうした危険物が登場直前にもかかわらず日本政府は勿論、アメリカのFDA(食品医薬品局)やUSDA(農務省)、EPA(環境保護庁)などもまったく対応策を提示していない。

この事件後、アメリカ国内ではやっと議論が始まった。有機生産者はもちろんこうしたGM作物の全面的な栽培禁止を主張しているが、これまで除草剤耐性大豆や害虫抵抗性(Bt)コーンを生産していた農家にとっても薬用GM作物による汚染は大きな脅威となった。彼らは第二世代GM作物の栽培をコーンや大豆の大規模栽培地帯であるアメリカ中西部で行なうことに反対している。

これまでGM食品を販売してきた大手食品業界も危機感をつのらせている。アメリカ食品製造業者協会と全米食品加工業者協会は薬用GM混入による売上への打撃を懸念し、消費者を巻き込んで反対運動をやろうとしている。

彼らは、コーンや大豆など食用作物での薬用GM開発に反対し、タバコなど非食用作物での開発を主張しているが、すでに開発段階ではコーン、大豆、ジャガイモなど食用作物が多く使われている。

こうしたことから、これら大手食品業界と薬用GM開発業界(P社だけでなくモンサント社なども含む)との利害対立が顕著になった。アメリカ最大のバイテク産業団体、バイオテクノロジー企業連合は、開発をコーンの主要産地であるアイオワ、イリノイ、インデイアナ、ネブラスカその他五州で行なわない、と声明を発表したが、具体的に他に十分広い土地を確保できる見通しはない。

第一、コーンの主産地アイオワ州は、州を上げて薬用GM作物の開発企業誘致に取り組んでおり、半導体のシリコンバレーのようなメッカを作ると意気込んでおり、バイオファーミングで農家の収入が更に増えるだろうと期待している。

バイテク企業はすでに農家に試験栽培を呼びかけている。遠隔地で開発を続けると発表したバイテク企業連合は、アイオワ州出身の大物上院議員チャールズ・グラスリーの反対ですぐにこの提案を取り消している。

 

開発中止こそ安全対策

2001年メキシコで起きたGM遺伝子による野生コーンの汚染(注2)を思い出すまでもなく、医薬用GM作物による環境汚染は時間の問題である。アメリカでは今こうした危機に臨み、さまざまな対策が議論され始めた。現在提案されているいくつかの安全対策は次のようなものである。

十分な緩衝帯を設ける。薬用GMを非食用植物で行なう。開放圃場でなくビニールハウスなど閉鎖空間で行なう。野外での栽培植物を使わずカルス(植物の培養細胞の塊)など組織培養で行う。最後の提案は市民団体から提案されているもので、従来の動物組織培養を利用したワクチン生産と本質的に違わない。

農務省は今年36日声明を発表し、薬用GM作物の栽培をコーンベルト地帯から移動する案は採用しないと強調し、37日に開発のためのガイドラインを発表する、と約束した。しかしその中身は「既存の食用作物の畑と薬用GM作物の間に十分な緩衝帯(少なくとも1マイル:1.6Km以上)を設けること、トラクターやコンバインなどの農具を共用しないこと」などお粗末なものであり、過去の経験からすればほとんど効果が期待できない。農務省の提案にバイテク企業連合の広報担当者は「我々はこの提案に十分満足している」と言っている。

 

こうしてアメリカ農業はますます危険なGM化に突き進んで行く。それによる食用作物の汚染は必定であり、また環境への遺伝子流出は避けがたい。最初の実験台は二億八千万人のアメリカ人である。一般市民が必要のないエイズ・ワクチンや血液凝固剤入りのコーンを知らずに食べる日は遠くない。これはまさにバイオテロである。際限のない利益追求の道具と化したバイオテクノロジーの未来は、壮大な人体実験と取り返しがつかない環境破壊が始まってから初めて明らかになるだろう。         (了)

 

 

 

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