食品安全委員会の「遺伝子組み換え食品についてご意見を聴く会」で述べた意見(03年10月24日)
安全審査をより科学的に、より厳格に
河田昌東(名古屋大学理学部大学院生命理学科 助手)
はじめに
遺伝子組み換え作物は国内で既に多くの食品・加工品として利用されているが、その安全性には基礎技術上未だに未解決の問題や、新たに分かった問題点も多い。また、今後登場するであろう医薬品生産・工業原料生産用遺伝子組み換え作物についても、現在の安全審査のシステムでは対応できないと思われる。こうした状況を踏まえ、今後の安全審査において解決すべき点を述べる。
1)
現行の安全審査の問題点
1−1)導入された外来遺伝子の不確かさ
現在、商品化された遺伝子組み換え作物(以下、GMO)において、挿入された外来遺伝子の安定性は必ずしも保証されていない。例示すれば、モンサント社のラウンドアップ除草剤耐性大豆では、1992年に米国で認可(日本は1996年)された当時、そのDNAの除草剤耐性遺伝子を含む遺伝子カセットは、1コピーしか存在しないとされたが、その後2000年には二つの断片が見つかり、2001年にはさらに新たな長い挿入DNA断片が見つかった。こうしたことは、検出技術が上がった結果とはいえ、認可当時に分かっていれば果たして安全と判断できたかどうか疑問である。この除草剤耐性大豆のあとで認可された、害虫抵抗性(Bt)遺伝子を含むジャガイモなどでは、挿入されたコピー数が複数個あるだけでなく、その断片も確認されている。現在は、企業側から新たな事実の提出があれば、個別に対応する、という安全審査のやり方だが、理論的に推測されることについては、安全審査時にデータの確認などさらに厳しい対応が求められる。こうした導入DNAの不安定性は、そもそも現在の技術では宿主植物への組み換え遺伝子導入の場所や数がランダムであり、その結果導入遺伝子カセット両端の連結部における塩基配列の並び替えがおこること、またカリフラワー・モザイク・ウイルスの35Sプロモーターを使った場合、この場所が組み換えのホットスポットになり、様々な配列が出来ること、など基礎的な問題点が未解決であることによる。遺伝子導入の標的問題が未解決である限り、事後の安全審査により厳しい視点が必要である。
1−2)導入遺伝子の発現における問題点
上述の遺伝子カセットとも関連するが、現在多くのGMOで導入遺伝子の終止配列として、NOS3’配列が使われている。最近になり、このNOS3’配列の遺伝子発現終止機能に疑問のある例が出てきている。02年2月、厚生労働省食品衛生バイオテクノロジー部会は、モンサント社から提出された追加報告書で、ラウンドアップ除草剤耐性大豆(40−3−2株)とラウンドアップ除草剤耐性トウモロコシ(NK603株)について、ラウンドアップ耐性遺伝子CP4EPSPSの作るmRNAがNOS3’で止まらず、その先まで読み取るリードスルーmRNAが出来ていることを確認したが、そのmRNAから作られると予想される新たなタンパク質が検出できないことを理由にこれを承認した。しかし、これも上述の例と同様、まず不完全なデータで認可申請し、認可が出た後で新たなデータが出される、という事例である。そもそも、2000年にDNA断片が公表された際、挿入DNAに新たなリーデイング・フレームはなく、リードスルーmRNAもない、というモンサント社の意見を認めたことが事実で覆されたことになる。この時、新たな長い雑種タンパク質が見つからないことをもってこの申請を認めたが、今後もし新たなタンパク質が見つかった場合、どのような言い訳をするのだろうか。雑種タンパク質は、非自然タンパク質であり、人間のアレルギーなどの原因になる可能性があるだけに、NOS3‘の終止機能について、現在認可済みの全てのGMOについて洗いなおす必要がある。
1−3)選択マーカーとしての抗生物質耐性遺伝子の問題
モンサント社のラウンドアップ耐性作物を除く多くのGMOで、組み換え体作出に大腸菌や放線菌由来の抗生物質耐性遺伝子が使われている。組み換え体が出来てしまえば、必要のないこの遺伝子は言わば必要悪として利用されているが、すでに多くの識者やWHOなども指摘しているとおり、抗生物質耐性遺伝子は動物や人間の体内における遺伝子の水平伝達によって、腸内細菌に取り込まれ、耐性菌発生の危険性がある。この危険性は、英国の食品基準庁がニューカッスル大学に委託した除草剤耐性遺伝子の安定性の実験によって、さらに可能性が高くなった。現在すでにGMO由来の耐性菌が出現している可能性があるが、遺伝子組み換えテンサイから抗生物質耐性遺伝子が土壌細菌に移行した、という例以外に人間や動物で実際に調査が行われたケースがない。人間の医療の安全性に関る問題だけに、実験や公衆衛生的な調査を行ってその危険性を改めて再評価し、危険性が明らかになったら抗生物質耐性遺伝子の利用を今後禁止すべきである。すでに国内ではこの遺伝子を利用しない組み換え体作出技術も開発されている。
1−4)替え玉サンプルを利用した安全性試験は禁止すべきである
安全性試験や組み換えタンパク質の分析において、現在行われている「替え玉タンパク質」の利用は禁止すべきである。現在、モンサント社のラウンドアップ耐性大豆や害虫抵抗性トウモロコシの安全性試験では、組み換え遺伝子のつくるタンパク質のアミノ酸配列決定や動物を使った急性毒性試験に際し、実際の組み換え大豆や組み換えトウモロコシから抽出した組み換えタンパク質でなく、「組み換え遺伝子を含むプラスミドを使い大腸菌で合成したタンパク質」が使われている。これを仮に「替え玉タンパク質」と呼ぶ。このやり方は一見科学的のようでいて実は全く非科学的である。ラウンドアップ耐性遺伝子や害虫抵抗性遺伝子の多くは、原核生物の土壌細菌由来である。この遺伝子を真核生物である大豆やトウモロコシ、ナタネに導入した場合、DNAの遺伝情報がそのまま反映されず、アミノ酸配列が一部変わったり、あるいは合成後に糖鎖の結合やユビキチン化その他の化学修飾が起こる可能性がある。土壌細菌由来の遺伝子を大腸菌で発現させても原核生物同士の組み合わせではこうした合成後修飾は起こらず、その構造分析や毒性試験を行っても、実際の組み換え食品の安全性を反映しない恐れがある。また、1996年に認可されたラウンドアップ耐性大豆の安全性試験では、大豆の成分分析や動物実験で使われた大豆サンプルは、実際にはラウンドアップを散布しないで栽培された物である。この場合も、除草剤による成分変化や残留農薬の影響など栽培技術変更に伴う実際の食品への影響を反映できない。こうした「替え玉」の利用は非科学的であり、偽装表示に類するものであって全面的に禁止すべきである。過去に認可されたものについても、改めて実物の分析結果の再提出を求め安全審査をやり直すべきである。
1−5)組み換えタンパク質の分析は全構造解明を
除草剤耐性をはじめとして、害虫抵抗性などほとんどの組み換え作物における導入タンパク質のアミノ酸配列は、上述の大腸菌を使った替え玉タンパク質を検体としているばかりでなく、そのアミノ酸配列の決定も不十分で、組み換え遺伝子の遺伝情報が正確に反映されている証拠はない。例えば、安全審査申請書によればモンサント社のラウンドアップ耐性大豆の組み換えタンパク質のアミノ酸配列は、大腸菌で合成したCP4EPSPSタンパク質を使っているが、そのアミノ酸配列は、DNAから推定される455個のアミノ酸のうち、N−末端からわずか15個しか決定されていない。残りの440個はDNAの塩基配列からの推定である。上述の1−4)で述べたように、合成後の化学修飾もこれでは検出できない。アレルギー性の有無についてもこの架空のアミノ酸配列と既知アレルゲンのアミノ酸配列との比較であり、そもそも意味がない。申請書では、これをカバーするものとして、電気泳動による分子量の推定を行っているが、その精度は悪く、アミノ酸10個程度の増減やアミノ酸の変化は検出できない。抗原抗体反応による同一性チェックも行われているが、そもそも抗体を作る際に使われた抗原は大腸菌製であり意味がない。結局、実際に食品として流通しているラウンドアップ耐性大豆の組み換えタンパク質はブラックボックスのままである。ラウンドアップ耐性大豆の認可を前例に、その後の遺伝子組み換えトウモロコシ、ナタネなど全ての組み換え体で、全アミノ酸配列決定は行われず、N-末端から10〜15個の決定でよしとするようになった。以前問題になったスターリンク・コーンの場合、推定アミノ酸配列から期待されるよりも大きな分子量をしめし、合成後の糖鎖の結合が示唆されたが、それ以上の追求は行われないままになった。こうした前例は廃止し、全ての組み換えタンパク質の構造解析は実物タンパク質で全構造決定を求めるべきである。
1−6)動物実験は慢性毒性も含めより長期間実施を
現在、ラットやマウスをつかった動物実験が行われているが、その飼育期間は概ね3~4週間である。その間の体重増加や試験終了後の解剖による臓器観察などが行われている。しかし、満税毒性や発ガン性を考えた場合、これでは十分とは言えない。コーデックス委員会の諮問を受けたWHO/FAOの合同専門家会議報告(2000年)にも勧告されているように、亜慢性毒性を評価するためにも動物実験を最低3ヶ月以上行うべきである。
1−7)アレルギー性チェックは生化学的検査を含めより厳格に
現在の安全審査では、組み換えタンパク質がアレルギー性を持つか否かを判断する際、コンピ
ューター検索によって既知アレルゲンとアミノ酸配列を比較し、8個以上の1次元配列の共通性があるものをさらに詳しく調査する手法を取っている。これでは不十分なことが最近明らかになった。ピーナツ・アレルゲンのエピトープ(官能基)が4〜6個アミノ酸配列であることからオランダのG.A.クレターらが6個のアミノ酸配列の共通性で再検索した結果、認可ずみの遺伝子組み換え作物から多数のものに既知アレルゲンと共通性が見つかった。勿論この中には偽陽性のものもあるはずだが、こうしたものについては血清反法など、さらに詳しい生化学的検査を要求すべきである。現行のアミノ酸配列8個以上の共通性という基準では、見落としの危険性が排除できない。さらに立体構造で構成されるエピトープについては、こうした1次元アミノ酸配列では対応できない限界を踏まえ、これまで人間の食物連鎖に入っていなかった組み換えタンパク質については、いっそうの慎重さが必要である。
1−8)後代交配種の安全審査は別種組み換え体として取り扱うべきである
厚生労働省は、今年6月30日除草剤耐性トウモロコシと害虫抵抗性トウモロコシの交配種を
実質的な安全審査なしで認可した。これは現行安全審査の指針にある「組み換え体と非組み換え体の交配種は実質的に違わない」という考えを拡大解釈したものである。これは以下に述べるような理由で不適当であり、GMO同士の交配種は、個別には認可ずみであっても新たなGMO品種として安全審査すべきである。
数万個ある遺伝子はそれぞれが単独で働いているわけではない。遺伝子産物のタンパク質や酵素、それがつくる代謝産物などを通じて互いに影響しあっている。1個の外来遺伝子を挿入してもその影響はある。従って、GM同士の交配による後代交配種では、既存遺伝子への影響に加えて挿入外来遺伝子同士の相互干渉の影響も評価しなければならない。例えば、ラウンドアップ耐性大豆ではCP4EPSPS遺伝子導入に伴い、その酵素が関与する芳香族アミノ酸の一つフェニルアラニンが原料なって出来るリグニン(木質成分)の合成が、20%程度増加すると報告されている。一方、害虫抵抗性遺伝子(MON810のCry1Ab)を導入したトウモロコシでは、リグニン合成が30〜100%増加する事実が報告されている(D.Saxenaら、2001)。後者の害虫抵抗性遺伝子は、CP4EPSPSと違い芳香族アミノ酸合成とは一見無関係であり、現在の知見では何故リグニン合成が2倍近くも増加するのかは不明である。厚生労働省の後代交配種の認可も、こうした現在の知見で二つの遺伝子の相互干渉がないと判断したと思われる。しかし、この研究結果から類推すれば、CP4EPSPSとCry1Abとはリグニンを通じて干渉しあい、単独では機能していない可能性がある。このように、後代交配種の認可に当たっては、遺伝子の相互干渉の有無を確かめる必要がある。前述のWHO/FAO専門家会議の報告書では、こうした外来遺伝子の宿主遺伝子への影響評価の必要性を認めつつも、具体的な手法の困難さを挙げているが、現在は数万個の遺伝子発現状態を一挙に調べるSAGE法(Kinzlerら、1995年)などのプロファイリング技術が可能になっており、今後はこうした遺伝子の相互干渉についても審査基準に導入すべきである。
2)
薬用・工業用遺伝子組み換え作物の基準
現在、アメリカをはじめ日本でも生産性向上を目指した第一世代遺伝子組み換え作物の開発から、医薬品などを安価に作る目的の第二世代遺伝子組み換え作物の開発が急ピッチで進められている。抗がん剤、エイズや各種感染病用のワクチン、避妊薬、花粉症対策など様々な効能をうたったトウモロコシや大豆、ジャガイモ、コメなどが開発されつつある。これらは食用を目的とした第一世代GMOとは目的が異なり、生産する組み換えタンパク質も本来食用とは認められないものである。こうした新たなGMOの安全性は、主旨からしても従来の「実質的同等性」の考え方から大きく外れるものであって、現在の安全性審査基準では対応できない。早急に新たな基準を策定すべきである。第二世代GMOもトウモロコシ、大豆、コメなど、第一世代GMOと共通の宿主がほとんどであり、野外における大規模栽培が始まれば、周辺の非組み換え作物との交配などにより人間による意図しない摂取も起こり得る。こうした事情を考慮すれば、基本的には、食用植物での第二、第三世代遺伝子組み換えは認めるべきでないと考える。
この問題は食品の安全性にとどまらず、環境生態系に及ぼす影響もいっそう深刻となることが予想され、食品安全、医薬品安全、環境生態系など各分野にまたがった総合的な安全性の評価が必要である。
(了)