植物は遺伝子の塩基配列を超えて形質を遺伝する

ワシントン大学(セントルイス)

2002年2月11日発表

訳 河田昌東

二つの植物が、同一の種で、同じ環境で育ち、同じ遺伝子の配列を持つにも関わらず、一つは正常で、野生の辛子菜の一種のシロイヌナズナで、もう一つは小さく萎縮し捻れた植物で、遺伝的には同一の仲間の単なる影のような存在だ。この二つの植物の環境と遺伝的構成が多くの点で類似しているのに、なぜそんなに形質が違うのかが解明された。

セントルイスのワシントン大学の大学院生トレバー・ストークスと彼の指導者でワシントン大学生物学助教授のエリック・リチャード博士は、この萎縮型の植物の何が悪いのかを調べた。彼らは、その形からbalと呼ばれる萎縮型の植物が、普通型の植物と全く同じDNAを持っているのに、継続的に病原体の攻撃に対抗していることを見出した。彼らは二つの間の違いが遺伝子ではなく、遺伝子以外の因子にあることを発見した。さらに、その因子は遺伝子同様遺伝することも出来る。ストークスとリチャードは彼らの発見をGenes and Development(遺伝子と発生)の2002年1月15日号に、共著者のバーバラ・クンケルと連名で発表した。彼女は植物と病原体の相互作用を研究する生物学助教授である。リチャードの研究室は、「遺伝子を超えたもの」という意味のギリシャ語に由来する「epigenetics:エピジェネテイックス」を研究している。これは遺伝子の外に蓄積されている情報を取り扱う生物学の一分野である。

彼らはbal萎縮型植物が、たった一個の遺伝子の活性の増加によって起こっていることを見出した。それ以外は、健全に見える植物と基本的な遺伝子の塩基配列は同一である。「従って、一見突然変異のように見え、突然変異のように振舞うが、実際にはDNAの配列ではなく、DNAのパッケージの違いによって起こっている何かがある」とリチャードは言う。

bal変異型で影響を受けているのはR遺伝子と呼ばれる耐病性に関与する遺伝子である。この研究は植物には耐病性のコストがあることを示した。 bal植物ではR遺伝子が活発に働いており、その結果植物の防御システムが過剰反応をおこし、脅威を与えるような病原体が無いのに絶えず病気と戦っているのである。その結果、萎縮型植物は細菌感染に対しては普通型よりも耐性を持っている。

それでは植物は何故感染に対してそれほど病的に反応しているのであろうか。ストークスとリチャードは、bal萎縮型の存在は、これらの植物に抵抗性にはコストがかかる証拠を与えるものだと説明している。「balは沢山の種子に起こるわけではないが、この構成的活性化によって萎縮型になり、葉は明らかに障害を受けている。従って、病原耐性になるには明らかにコストがかかる」とストークスは言っている。こうしたR遺伝子の活性増加をもたらす詳しい分子メカニズムはまだ明らかではないが、グループはDNAのメチル化に変化が起こったのではないかと疑っている。

DNAのメチル化はDNAの4種類の塩基の一つであるC(シトシン)の化学修飾である。DNAの適切なメチル化が無ければ、高等生物は植物から動物にいたるまで、植物では萎縮型や、動物ではマウスの死など発生上の問題を生じる。しかし、メチル化はエピジェネテイックスで研究されているDNAの化学修飾の一つのタイプに過ぎない。その他にもいくつかある。

エピジェネテイックスで研究されている遺伝子調節の次の段階は、DNAのパッケージングである。DNAは糸が糸巻きのまわりに巻きついているように、蛋白質に巻きついている。緩く巻きついたDNAはアクセスし易く、タイトに巻きついているDNAよりも容易に発現する。それによって遺伝子の発現の調節のもう一つのメカニズムが可能になる。核の中のDNAの位置もまた遺伝子の発現に影響を与える。

ストークスは遺伝子の働きについて風景と比較する。

「何事も起こっていない砂漠のような場所が核の中にもいくつかある。多くの活性が働いている森林のような場所もある。」と彼は言う。砂漠の遺伝子は森林の遺伝子よりも遺伝子の活性化が遥かに少ない。

後生的変化(エピジェネチック)は従来の遺伝的変化同様に、遺伝することが可能である。ある生物の表現形質、即ちその生物のすべての物理的特性は、DNAの塩基配列だけによるものではない。「遺伝子は一つの結果だけをもたらすわけではなく、その働きは修飾されたり、パッケージによって、押したり引っ張られたりによって、どのように翻訳され利用されるかが決まってくる」とストークスは説明している。こうした後生的遺伝子調節が遺伝するという発見は、かつて従来の遺伝学の王国では単なる例外と考えられてきたこの分野に興味を寄せ集めつつある。

「人々はこの種のこと―エピジェネテイクス―に関しては昔から知ってはいたが、怪しげな遺伝学という倉庫に閉じ込められてきたのだ」「ある人々はそれを珍奇な現象として研究したがったが、今ではもっと評価されつつある。今日エピジェネテイックスの研究は広範な研究分野に洞察を提供しつつある。作物に抵抗性遺伝子を導入するような、外来遺伝子を生物に入れる研究をしている分子生物学者は、しばしば「遺伝子サイレンシング」という問題に出会う。それは、外来遺伝子が宿主遺伝子に適切に挿入されているにも関わらず、発現せず求める遺伝子産物が作られない現象である。エピジェネテイックな観点からみれば、遺伝子のサイレンシングの原因はDNAの正しくない修飾やパッケージング、あるいは挿入された遺伝子の核内の位置に帰せられる。こうした場合、耐性作物にはならないが、遺伝子のサイレンシングを理解することは植物生物学者以外の人々にも興味をもたらす。エピジェネテイックな変化はガンをもたらすことを示唆する証拠もある。「人間のガン化には多くのステップが必要で、ガンにつながる多くの遺伝子の不活性化が必要である。」「研究は過去10年間にこれらの遺伝子が遺伝学的に機能停止されたのでは無く、エピジェネテイック(後生的)に機能を失ったのだということを示している。」

 

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