スイスでクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)が急増

 

Nature Online
2002年7月12日

ヘレン・パールソン

訳 河田昌東

 

スイスで弧発性クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)による死者が急増し,「狂牛病」が別の形で人間に広がったのではないか、という恐怖をもたらしている。イギリスでは、牛のBSEに感染した肉製品を食べた人々に変異型CJDと呼ばれる脳の病気の引き金を引いたと考えられている。変異型CJDは若い人々を襲った。イギリスでBSEが頂点に達した4年後からスイスの牛もBSEに侵されはじめ、1996年にピークに達した。今、スイスの疫学者たちは60歳以上の人々を襲う弧発性CJDが明らかに増加している、という警告を発した。1997年から2000年までの間、スイスの人口650万人うち毎年8から11人のCJDが発生した。2,001年には19人が報告され、2002年には前半の半年で7名がCJDで死んだ。これはイギリスを含む他のどこの国で報告されたよりも約4倍高い発生率である。この急増には様々な原因が考えられる。単純な統計的揺らぎ説や、あるいは病気の報告件数が増えただけだ、とする説などさまざまである。最も警告的な可能性は、BSEが人間に移り、弧発性CJDを発生させた、とするものである。いまのところ、科学者がそうだと判断できる材料はない。

 

ノイズか急増か?

 この増加はランダムな統計的ノイズの結果で、来年は数字が下がるかもしれない。こうした統計的揺らぎは、イギリスで過去数年間に発生した弧発性CJDの場合も観察されている。「数字はだんだん下がるだろうと期待しているよ」というのはこの研究をリードしているスイスのチューリッヒにある国立神経学研究所と人間のプリオン病参照センターの研究者アドリアノ・アガッシである。この病気に対する注意が行き届いた結果診断名が増えただけだろう、という説もある。ロンドンにある帝国科学・技術・医学大学の疫学者ロイ・アンダーソンは、「報告バイアス説」即ち医師や一般の人々の間にこの病気に対する注目度が高まり診断名が増えたのが原因だ、とする説をとる。

しかし、アガッシ は、報告件数増加説はあり得ないと考えている。彼の指摘では、他の国々、イギリスやオーストラリア、ドイツなどでも同様なCJD調査が多数行われたが、今回のような急激な増加は見られなかった、という。

CJDをもたらす感染性プリオン蛋白質は患者から手術器具、輸血その他の医学的処置を通じて別の患者に伝播した。「これは明瞭な可能性だ」とアガッシはいう。それが正しいかどうかは、診断記録の精密な吟味で明らかになるだろう。

 

最悪のシナリオ           

もし、BSEがスイスの弧発性CJDの原因だったら・・・最悪のシナリオだが・・・なぜ牛の病気が二つのタイプの病気、即ちイギリスその他のヨーロッパ各国で起こった変異型CJDとスイスで起こっている弧発性CJD、を人間にもたらしたか研究者達は解明しなければならない。もし、イギリスとスイスの牛が異なるタイプの感染性プリオン蛋白質を持っていることが分ればそれで説明できるだろう。 しかし、予備的な実験では両者は同じと示唆されている。

あるいは、スイスのCJDが牛の血清を使って作られたワクチンなど医薬品の注射を通じて急増した可能性もある、というのはオランダのロッテルダムにあるエラスムス医科大学でCJDに関するヨーロッパ協同研究グループのメンバーのコーネリア・ヴァン・ヂューインである。この病気の原因を見つけることはヨーロッパにとって最優先課題だ、と彼女は言う。

  研究者達は現在、弧発性CJDがBSEから来たのかどうか確定したいと願っている。彼らは、「ストレイン・タイピング」という方法を使う。それは、2種類の病気のプリオンでマウスを感染させ、発生する病気がそれぞれ合致するかどうかを観察するのである。 「両者に関連があるかどうか確かめるのはこれが最良の方法だ」とエジンバラの動物衛生研究所病理学部のモイラ・ブルースは言う。この実験には少なくとも1年かかる。

            

文献: Glatzel, M. et al. Sharply increased Creutzfeld-Jakob disease

       mortality in Switzerland. Lancet , 360, 139 - 141, (2002).

 

 

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