スギ花粉症緩和遺伝子組換えイネの問題点

 

遺伝子組換え情報室 河田昌東(2004511

 

はじめに

 独立行政法人農業生物資源研究所が開発中の、スギ花粉症予防効果ペプチド含有イネ(いわゆるスギ花粉症緩和遺伝子組換えイネ)について、これまで同研究所から公表された論文、新聞記事、および同研究所と共同開発している全農が2004年度に同イネを隔離圃場における栽培試験を行うために農水省と環境省に提出した「第一種使用規定承認申請書」(カルタヘナ条約関連)、200458日に全農が栽培試験に当たって平塚市の全農・営農技術センターで行った説明会での説明などを検討した結果、以下の問題点があると思われる。

 

1)スギ花粉症予防効果ペプチド含有イネとは。

スギ花粉症の原因物質はスギ花粉中の二種類のアレルゲンCryj1Cryj2だといわれている。このアレルゲン・タンパク質の中で実際にアレルギー反応の引き金を引くT細胞と結合する活性部位はアミノ酸12個〜19個からなる短いペプチドで、これをエピトープと呼ぶ。Cry1には3個、Cryj2には4個のエピトープがある。同じ花粉症患者でも、どのエピトープが発症の原因かは人によって違うらしい。この研究ではこれら7個のエピトープに対応するDNAの塩基配列を合成・連結し、96個のアミノ酸に相当する人工的なDNA7Crp DNAと呼ぶ)を合成した。これをイネ細胞中で発現させるために、イネの貯蔵タンパク質であるグルテリンの遺伝子(Glu-B1)のプロモーター配列(注)とシグナルペプチド配列(注)、ターミネーター配列(注)に連結した。また、出来た7Crpタンパク質の細胞内蓄積量をふやすために、7Crp遺伝子の先にタンパク質の局在化シグナル(注)となる4個のアミノ酸、KDELを連結した。図示すれば下記のようになる。

 

DNA

 

                                           

                                                                                                            

               合成されるタンパク質

                                             7Crp-KDEL

 

コメの中に蓄積された 7Crp-KDELタンパク質が、人のT細胞に結合し、その働きを失わせると期待されている。

(注:プロモーターは構造遺伝子の発現を調節する遺伝子のスイッチ、シグナル・ペプチドは細胞質で合成されたタンパク質をそれが機能する場所に運ぶ(この場合小胞体)役割をする。運び終われば、シグナル・ペプチドは切断される。ターミネーターは構造遺伝子の終わりを告げる信号。局在化シグナルは、小胞体に局在するタンパク質のC末端にある短いペプチド、この場合のKDELはアミノ酸名で示せば、K:リジン、D:アスパラギン酸、E:グルタミン酸、L:ロイシン、である。)

 

2)問題点1: 7Crpは自然界に存在しないタンパク質であり医薬品として安全評価すべきである。

これまでの除草剤耐性や害虫抵抗性遺伝子組換え作物は異種生物のもつタンパク質の働きを利用したものであり、自然界に存在する遺伝子を利用した。しかし、この7Crpタンパク質(以下KDELを省略し、7Crpタンパク質と呼ぶ)はスギ花粉のアレルゲンの活性部位のみを分離し互いに連結したもので自然界には存在しない全く新しい人工タンパク質である。そうした意味でこれまでの遺伝子組換え作物とは違う安全性評価が必要である。すなわち、このスギ花粉症緩和イネは食品としての安全評価ではなく、医薬品としての安全評価をすべきである。このことは、このイネの開発目標であるスギ花粉症緩和という医学的目的からしても当然である。従来も、明らかな医学的治療を目的とした薬草利用は薬事法の対象となってきた。

 

3)問題点27Crpタンパク質自体が新たなアレルゲンにならないかどうか評価されていない。

7個のエピトープを連結した7Crpは単に個々のエピトープの性質の集積としてだけでなく新たなひとつのタンパク質としてアレルゲンにならないかどうか評価しなければならない。何故なら、7個のエピトープの連結によって、アミノ酸配列のフレームをずらせば、全く異なるアレルゲンのエピトープを構成する可能性があるからである。

 

4)問題点3:エピトープ・ペプチドによる花粉症の免疫療法はまだ確立された技術ではない。

理論的にエピトープ・ペプチドを利用した免疫療法の有効性は考えられるが、これはいまだに医療技術として確立された療法ではない。免疫抑制は免疫反応の複雑なメカニズムから、場合によっては危険な副反応を起こす危険がある。

 

5)問題点4:農業生物資源研究所のマウス実験は7Crpペプチド免疫療法の有効性を証明しない。

同研究所で行ったマウス実験は、7Crpペプチド含有米を健康なマウスに投与し、その後スギ花粉アレルゲンを点鼻し、花粉症認識T細胞数とスギ花粉アレルゲン誘導抗体IgEの量を調べたもので、いずれの場合も7Crpペプチド含有イネ投与マウスでT細胞数とIgE抗体が減少した。これをもって、この免疫療法があたかも有効であるかのような主張をしている。しかし、この実験からいえることは、健康なマウスにあらかじめ組換えコメを投与すれば事後に花粉アレルゲンが入ってきても効果が見られるということであって、逆に花粉症マウスに対する治療・予防効果があることの証明ではない。これをヒトに当てはめれば、いまだ花粉症にかかっていないヒトが食べれば、花粉症にかかりにくい可能性はあるが、その逆に花粉症患者が食べて効果があるかどうかはわからない。すなわちこのコメは、現時点では、多数の非花粉症の人が食べて初めて患者数減少をもたらすかもしれない、ということしか言えない。

 

6)問題点5:組換え体選択マーカーとして抗生物質耐性遺伝子が入っている。

同研究所によるマスコミ発表では、これまでたびたび花粉症緩和米には過去の遺伝子組換え作物で問題になっている抗生物質耐性マーカー遺伝子が入っていない、と説明されてきた。しかし、今回平塚の全農技術センターで試験栽培する2種類の組換え体7Crp17Crp10のどちらにも、抗生物質ハイグロマイシン耐性遺伝子が入っており、この遺伝子はイネのすべての組織で発現している、としている。すなわち可食部のコメにもこの遺伝子とハイグロマイシンを不活性化するhptタンパク質は入っている。58日に平塚の全農技術センターで行われた説明会では、農業生物資源研究所側から「実用化段階では排除する」と説明されたが、すでに抗生物質耐性遺伝子を排除した組換え体が開発済みならそれを使うべきである。これまで行われた閉鎖実験室から、隔離圃場とはいえ初めて野外で行う栽培試験であり、この栽培試験の目的が動物実験などのための量的確保であるなら、なおさら本番で利用する組換え体を使うべきである。せっかく動物実験を行っても、それが抗生物質耐性遺伝子を含むなら、実用化に当たっては再度同様の試験を繰り返さなければならないことになる。

 

7)問題点67Crp遺伝子導入による他のイネ遺伝子への影響は無視できない。

農業生物資源研究所の行った実験によると、7Crpペプチド含有米のタンパク質の電気泳動パターンでは、対照の非組換えコメに比べてある種のタンパク質は多量に増加し、別のタンパク質は減少するなど、明らかに宿主の他の遺伝子の発現または蓄積に影響を与えている。58日の全農平塚技術センターにおける説明会で同研究所側から明らかにされたところによると、多量に蓄積しているのはコメの貯蔵タンパク質グルテリンの前駆体とシャペロニン・タンパク質である。発表されたデータは極めて限定的でかつ定性的なものである。今後他の多くの遺伝子やタンパク質への影響も検証し公表すべきである。その理由は、例えば、グルテリンは腎臓病患者やコメ・アレルギー患者にとっては有害なタンパク質である。もし、花粉症緩和を目的(これ自体証明されていないが)とする消費者が偶然上述のような疾病を抱えており知らずにこれを食べれば、その有害性は明らかである。医薬品であればこうした副作用は明記されるが、今回のような「健康機能性食品」といった曖昧な目的で商業化されれば、予期しない被害が生ずる恐れがある。

 

8)問題点7:実用化における非組換えコメとの交雑の危険性。

イネは自家受粉植物であるといっても、イネ同士の交雑は日常的に観察されるところである。研究レベルでは1%以下なら問題にならなくても、実際の農業現場では問題になる。この7Crpペプチド含有イネが実際の田んぼで栽培されるようになれば、周辺の在来種との交雑は避けられない。現在さまざまな品種のイネが商業栽培され、実際の圃場で交雑が起こっても大きな問題にならないのは、それらがいずれも食品として認知され、わずかの混入は問題にならないからである。しかし、今回のような医薬機能を持つ人工的な成分を含むイネが交雑を起こせば、これまでとは次元の違う問題が生ずると思われる。有機農業農家にとってはもちろん、通常の在来農法の農家にとってもこのイネの商業栽培は大きな脅威となろう。

 

9)問題点8:医薬用作物の栽培と摂取における安全性評価方法が確立していない。

厚生労働省は現在のところこの7Crpペプチド含有イネを食品として認めていない、と報道されているがこれは上記の諸事実からも当然である。また、内閣府の食品安全委員会でもこうした医薬用遺伝子組換え作物の安全性評価については全く白紙の状態である。医薬用作物の開発の盛んなアメリカにおいてもFDA(食品医薬品局)やEPA(環境保護庁)でも安全性評価方法は定まっていない。

こうした状態での栽培は開発先行で規制基準があとから追認する、といったパターンになり易く、将来に問題を残す可能性がある。今回の7Crpペプチド含有イネに限らず、インシュリン含有米やヒト・ラクトフェリン含有米など今後さまざまな医薬用作物の開発や栽培が見込まれることを考えれば、政府は早急にこうした医薬用作物の規制基準策定に取り掛かるべきであり、それまでこの種の医薬用作物栽培は凍結すべきである。

 

10)       7Crpペプチド含有イネの栽培は、農業と医薬品製造の双方における歴史的な転換であり、健康機能性食品といった曖昧な定義はすべきでない。

今回の花粉症緩和米始め各種の医薬用作物の開発の最大のねらいは、作物を利用した医薬品の大量生産とコストダウンだが、「健康機能性食品」という曖昧な定義によって医薬品を通常の食品と一緒の食習慣の中に持ち込む、というこれまで無かった医療行為を確立する結果をもたらす。これは歴史的にみても農業生産と医薬分野における大きな転換点であり、そのことが持つ科学的・社会的意味について社会の認識はまだ浅く、社会的合意形成は行われていない。安易に「役に立ちそう」といった感性や「特許取得」といった打算だけでことを進めるならば将来大きな混乱をもたらすかも知れず、さまざまな角度から徹底的な議論と検証を行うべきである。7Crpペプチドを単に医薬品として利用するためならば、この遺伝子を大腸菌や酵母菌に導入し、すでに行われているインシュリン生産のようなスタイルで生産するほうが技術的にははるかに容易でかつ安全と考えられる。

                                                                                              以上

 

 

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