「自然」なバイテク医薬の輝きを奪う人体の抵抗
2002年7月30日
アンドリュー・ポラック、
ニューヨークタイムス
訳 山田勝巳
沢山あるバイテク医薬品に期待されるのは、それが体の中の対策だということだろう。 人のインシュリンや成長ホルモンなどの蛋白質、体が毎日使うのと同じ成分が、遺伝子組み換えで作られ、体で十分に作れない人に与えられる。
しかし、貧血薬イープレックス(Eprex)による深刻な病気の多発は、遺伝子組み換え蛋白質に対し自然なもののようには反応しない患者がいることを示している。 これらの患者は、この蛋白質が細菌であるかのように反応し免疫システムがこれを滅ぼそうとする。
ジョンソン・アンド・ジョンソンが製造してアメリカ以外の国にだけ販売されたイープレックスの場合、この免疫反応が完全な赤血球無形成症を141件引き起こしたと考えられている。 この状態になると赤血球を作ることが出来なくなり、生存するために輸血を受け続けなければならなくなる患者もいる。
イープレックス事件は最も深刻だが、実際上全てのバイテク医薬は数は限られているものの特定の患者に免疫反応を起こす。 この反応は、このような蛋白薬が増えてきているのでますます気がかりである。 「時には奇跡を起こす薬にもなるが、深刻な副作用があるものも多い。」とオランダのユトレヒト大学教授フーブ・シェレケン博士は言う。 「今回のケースは、正直なところ驚きだった。」
時には、患者がアレルギー反応を起こしたリ、命に関わるものさえあった。 抗体がこの蛋白質を攻撃したケースも多く、クスリとしての効果が減少している。 血友病患者の1/3近くが血液凝固因子[に対して免疫反応を起こした。 絶望的な人の場合、薬の効力を再現するために100万ドルかけ1年間の治療を受ける人もいる。
多発性硬化症患者の5-40%がベータ・インターフェロンに抵抗力をつけるとクリーブランドにあるエドワード・J、ルイーズ・E・メレン多発性硬化症治療研究センター所長のリチャード・A・ルディックは言う。 抗体があることの重要性については議論があるが、ルディック博士によるとこのような患者は薬の恩恵には預かれないことが多いという。イープレックスによる症状が問題なのは、患者に出来た抗体が薬の効き目をなくすることだけではないからだ。
抗体が患者の同じ蛋白質を攻撃する。 だから、患者は赤血球を作ることが出来なくなり、薬を使わないときよりも貧血が酷くなってしまう。 血小板の生成を増加するための臨床試験薬アムジェンも数年前に同じ問題があった。 この会社は、その薬を中止したので販売されることはなかった。
免疫反応が起こる理由ははっきりしていない。 人の蛋白質遺伝子を細菌や動物の細胞に組み込んで出来た薬は、自然な蛋白質と微妙に違っている。 違いの一つとして蛋白質を覆う糖質がある。他の理由として不純物を含んでいるか蛋白質が固まる場合もあるだろう。
イープレックスの場合、原因は分かっていない。 プエルトリコにある工場は現在強制捜査を受けている。 ジョンソン・アンド・ジョンソンは、何も間違ったことをしておらず工場も最近2回検査に合格しているという。
これと同じ蛋白質がアメリカでジョンソン・アンド・ジョンソンからプロクリットとして、アムジェン社からエジェンとして販売されており、5件の赤血球形成不全との関連が言われている。 これら2つの銘柄の薬を開発したアムジェン社はコロラドに工場がある。
専門家は、バイテク医薬は生きた細胞で作るので、化学的に作ったものに比べて不確定要素があるという。 僅かな製造変更でも製品に影響が出る事があり、それも検出できない場合もある。
「製品の違いを検出して、製造法変更の影響を予測する最善の努力をしていても、このような不測の事態は必ず起こる。」とFDAの職員クリス・ジョネッキス博士は、この問題に関する5月のワークショップで話していた。 FDAは、この記事への協力を頼んだが拒否している。
免疫反応は、遺伝子操作によるクスリだけでなく血液や動物から抽出したものにも起きている。 馬の血液から作ったガラガラヘビ用の抗毒血清は、免疫システムが出来るとその毒を直ちに破壊できるようになるので一回しか使えない。
「蛇使いが、ガラガラヘビに噛まれてもそれがたいしたことがない場合は、抗毒血清を使わない。 大きく噛まれたときの為に取って置きたいという気持ちがあるからだ。」と、蛋白質クスリへの免疫反応を防ぐ技術を開発しているマサチューセッツ・ケンブリッジにあるトラーRx社の社長ダグラス・J・リングラー博士はいう。
141名の赤血球形成不全も、10年以上の間にイープレックスやアメリカの同等薬で治療を受けた人の数300万人から見ると極僅かに見える。 多くの患者は、貧血による疲労を無くする薬のおかげで普通の仕事や生活が出来るようになっている。
この薬は、酸素を運ぶ赤血球を生成を加速する体内で作られる蛋白質、エリスロポエチンの一種である。遺伝子工学が登場する前は、研究者は人の尿から分離しようとしていたが薬を作るほどの量は得られなかった。 多くの場合、遺伝子工学蛋白は動物や人の血液や組織から取り出すものに取って代わる。 バイテク医薬は、細菌感染の危険性が無いので一般的に安全と考えられている。
遺伝子操作のインシュリンは動物由来のものにとって変わった。 人工のもののほうが免疫反応をかなり少なく、また、糖尿病患者もインシュリンをコントロールし易い。 しかし、人工の物では害のある患者も僅かにおり牛や豚のインシュリンを維持する努力をしている。
血友病患者では、遺伝子操作による因子[の方が、若干の感染リスクがある人の血液を精製した蛋白質よりも安全だと一般的に見られている。 しかし、マウントシナイ医学校の教授ルイス・M・アレドート博士によると、35%近くの血友病患者が遺伝子操作した物に抗体が出来るという。 測定方法が違うので比較は出来ないが血液製剤では15%に抗体が出来ていると博士は言う。
イープレックスはバイテク業界の最も成功した製品(Eprexとアメリカ向け兄弟製品を合わせた売上は、年50億ドルを超えている)であるだけにこの問題は不名誉だろうが、長期的には類似薬品による競争の恐れを無くしてくれるものかもしれない。化学的に製造される薬に関しては、一般メーカーは大規模な臨床試験をする必要が無い。 ブランド品と同等であることを示せればそれでよいことになっている。
しかし、バイテク業界とFDAは、2つのバイテク医薬品が同等であるかどうかは全ての臨床試験をしてみないと分からないという。 Eprexは、この議論の試金石になる可能性がある。