心臓の鼓動でBSE検査、英国研究者が開発 早期発見が可能に
04.6.8
ガーディアン紙の報道によると(*)、英国研究者が心臓の鼓動でBSE感染を発見できる検査を開発した。この技術は、医者に対しては血液銀行を感染供血者から護る方法を、農業者に対してはBSEの症候が現われるずっと前に牛群から病牛を排除する方法を提供するという。現在、BSEやそれが人間に伝達したとされる変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)など、いわゆるプリオン病を症候が現れる前に発見するためには、動物や人間の脳から取り出された組織を調べるほかない。開発された検査は、動物や人間を傷つけることのない初めての「迅速」検査という。開発したのはマンチェスター・ロイヤル病院の神経生理学者のChris Pomfrettとその同僚で、研究結果はVetenary Recordに発表される。
哺乳動物の心臓の鼓動は、頭蓋の基点に位置する脳幹によりコントロールされている。開発者は、最初はその皮質野について研究しており、手術の間麻酔をかけられた患者の心拍数の変動を調査していた。彼は、手術中に麻酔から覚める恐れがあるときの患者の心臓の鼓動の決定的パターンを発見した。これは、手術台で患者が麻酔から覚めるのを防ぐために現在使われているFathomと呼ばれる技術の開発につながったという。
ところが、脳幹はプリオン病の中心的病巣でもある。そこで、さらに研究を進め、感染した脳幹が心臓の鼓動にどんな影響を与えるかを調べた。動物と人間に装着されたモニターを使ってBSE感染牛とvCJD患者を研究した。BSEに感染していない48頭の牛と感染させた85頭の牛の心臓鼓動を検査した結果、どの牛がBSEに罹っているか、症候が現れる前に判別できたという。一つのケースでは、症候が現れる18ヵ月前に感染牛を発見できた。動物がプリオン病に感染すると心拍数の変動が激しくなる。心電図を5分間取り、特別のソフトウェアを装着したラップトップ・コンピュータにかける。数秒で感染牛かどうか判別できる。牛で研究した後、これが人間にも使えるかどうか調べたが、これは非常に簡単だったという。
つい最近、血液検査によるプリオン病発見の可能性が開けたという別の研究も発表されている(血液検査による異常プリオン検出に希望―英国企業が発表,04.5.26)。この研究も、心臓の鼓動による病気発見の可能性を示唆していた。これらの検査の信頼性が確認され、実用化されれば、BSEにかかわる安全対策は大きく変わる可能性がある。冒頭に述べたように、血液を通しての人間から人間への医原性伝達を防ぐのに大きく貢献するだろうし、農業者が症候を示す前の若いBSE感染牛を予め排除することも可能になろう。ガーディアン紙は、治療の研究も助けるだろうと言う。
それだけでなく、自然状態(農場)で感染した生きたままの牛を発見できるとすれば、牛のどの部位が、潜伏期のどんな時期にどんな感染性を示すかを調べることも可能になるのではなかろうか。今までは、これは実験動物によってしか調べることができず、「特定危険部位」の決定の根拠を不確実にしてきた。
BSE簡易検査の食品安全対策としての意味も大きく変わる。従来の検査も、直接的な食品安全対策としてまったく,無意味だったわけではない。発症はしていないが感染している潜伏後期(多分、発症前3ヵ月から6ヵ月)の感染牛を発見・排除することを可能にしたからである。だが、感染を見逃される牛も多いことから、それは特定危険部位の除去に次ぐ副次的な食品安全リスク軽減策と位置付けられてきた(少なくとも国際的には)。だが、発症18ヵ月も前から感染が発見できるとすれば、見逃される感染牛は大きく減る。今までの「全頭」検査は、多くの消費者が信じ込まされたような「安全保証」の手段ではなかった。だが、ここまで検査が進歩すれば、かぎりなく「安全保証」の手段に近づく。まさにそのとき、検査は安全保証の手段ではない、そのことを消費者に正しく伝えなければならないというマスコミ、専門家の大合唱が起きようとしている。これでは、日本のBSE安全対策は、またもや周回遅れになる恐れがある。
ただし、前にも述べたとおり、どんなに検査が進歩したとしても、BSE対策の基本目標は検査の必要性そのものをなくすこと、すなわちBSEを根絶することである。これは決して忘れてはならない。進歩した検査が若い牛に次々とBSEを発見するような事態となれば、牛肉産業は崩壊するほかなくなるだろう。最近は、日本でも、米国でも、人間が安全なら少々のBSEはあっても問題ではないと言わんばかりの風潮が見られるだけに、これは一層気がかりだ。何か失態があっても、役人や専門家は、人間の安全は確保されていると、批判の鉾先をかわす。
*BSE breakthrough as heartbeat test reveals first symptom,Guardian,04.6.6
農業情報研究所(WAPIC)