新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病:感染症ではない

 

ジョージ・ベンター、公衆衛生学顧問

ランカシャー保険委員会、ハミルトン

2001年6月21日

訳 山田勝巳

 

新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(nvCJD)は、1996年に記載され、暫定的にBSEが原因であるとして関連づけられた。 以来、BSEを起こすプリオンの摂取がnvCJDの原因であることを確認しようといくつか研究が行われている。 当初、推測であったものが現在ではヨーロッパ全土とは言わないまでもイギリスの医学界では定説となってしまった。 アメリカではこの原因論はまだオープンである。

疫学では病気の原因と結果についての因果関係を評価するのに一定の基準がある。 nvCJDの原因としてBSEプリオンを考えた場合、それを支持する証拠は薄弱なようだ。 この評価基準に照らすと、これが新しい病気なのか疑問がある。 BSEプリオンが、人に感染する事と症状の新奇さは密接に結びついていなければならない。 この論文は、nvCJDとBSEプリオンの因果関係を検討した結果、プリオンによって発生する変異種は新型ではないという仮説に組みするものである。

 

 

 要旨


BSEプリオンとnvCJDのリンクは疑問である。


証拠を疫学基準に照らして評価してみるとリンクは根拠が薄い。


nvCJDの発生件数の伸びは、食品由来(訳注:食中毒症)としては低すぎる。


伸び率は、これまで稀な病気として誤診された数と合致しており、英国CJD調査委員会による疑わしい症例をCJDと確認する努力の結果と見られる。

 

 

 

  原因評価の基準

病気と原因のつながりは自明であることが多いが、それを確立したり、異議を唱えるばあいには広範な観察、仮説の試験、そして実証というプロセスを経た後でなければならない。 基準を系統的に適用する事で原因の様々な側面が検証でき、仮説を確固としたものに出来る。

生物学的妥当性 現段階の生物学的、病理学的経過の認識と原因が結果を生じる可能性がどれくらい合致しているか

関連性の強さ:原因に曝した場合どれくらいの頻度で病気につながるか。

一貫性:別の集団、別の時期に調査してどれくらい一貫した関係が得られるか。

経時性:病気の発生に先立って原因への曝露がなければならないか。

特異性;推定上の原因が対象の病気だけを起こすか、また対象の病気は、その原因のみによって起こるか

曝露量と反応の関係

証拠の質:与えられた証拠がどれほど確定的で妥当性があるか。

可逆性―原因を取り除くと病気発生を防げるか

これらの基準を牛海綿状脳症プリオンが新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の原因であるという事例に適用してみた。

 

生物学的妥当性

BSEプリオンは、別の種に摂取されるとプリオン脳症を起こすとして知られて居り、人間にも起こす可能性が考えられている。しかし、このプリオンが人に感染性を持つことを示す直接の証拠はない。 感染性を持つには調理、消化そして免疫機構を生き延びる必要がある。

人と有蹄類からのプリオンでは明らかに強固な種の壁があるという証拠がある。 人と有蹄類のプリオンではアミノ酸の配列が違う。 人はスクレイピーには罹らない。 人のプリオン蛋白を運べるように遺伝子操作したマウスの脳内にBSEプリオンを注入しても伝達性プリオン脳症は起こさない。 また、摂取というのは共食いでもしなければプリオンを伝達する手段としては非常に非効率的である。 従って、人がBSEプリオンを食べて感染することはありそうもない。

 

関係性の強さ

各個体のプリオンへの曝露とそれに伴う病気の発生の詳細が分かっていない。

 

一貫性

この診断では、最初の問題提起者と最終的判定者が同じ機関であることと、英国での状況が類例がないため比較研究が難しい。 しかし、研究結果には一貫性がない。 英国国民全般に海綿状脳症プリオンに曝されたと仮定できるが、病気は、圧倒的に若い人に現れている。 更に、プリオンにさほど曝されていないフランス人にも報告されている。

 

経時性(temporarity)

経時性には2つの要素がある。 先ず、病気の新奇性、次にBSEプリオンに曝された人達のパターンと検知されたケースの関係である。

 

病気の新奇性

この病気が新しいことを証明するためには、他の可能性を検討して正式な手続きを経て否定する必要がある。 牛海綿状脳症の蔓延に続いて新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病が発見されているが、食べ物が原因のプリオンによる流行病としてそれまで知られていたクールー病の半分の潜伏期で発生している。 クールー病は、パプアニューギニーのフォレ族が共食いした事によるプリオン脳症である。

クールー病に見られる臨床的、神経病理学的所見は新変異型CJDにも見られ、どちらもリンパ細胞網に関係している。 神経病理学的な違いは、種類よりも程度の差であり、新変異型CJD患者の生存期間の方がクールー族より長いがこれは単に患者が治療を受けた事によるものである。 更に、クロイツフェルトの最初の患者ブレスロウは23才で死んだが、臨床所見と全体的神経病理は、完全に新変異型CJDと一致する。 従って、この病気の新奇性は疑問である。

 

曝露と感染パターンの関係

食品由来の感染症を限られた時間で分布のパターンを見ると特徴的なカーブを描く。 始めは少ない発生数が加速度的に頂点にまで達する。 頂点までの上昇は、感受性のある人達が曝露し感染する比率と比例する。 頂点の高さは曝露し感染する人の人数によって異なる。 カーブの継続時間は、病原が感染力を維持する時間によって変わる。

 


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1。 ランカシャーで1996年に発生した大腸菌O-157の流行病曲線−全発生件数

 

この曲線は、潜伏期間がO-157のように数日でも、プリオンのように数年でも食中毒には共通している。 この曲線が牛海綿状脳症の発生数を予測する指標となり、1983年から1988にかけて幾何級数的に増え1988年にピークに達し35万頭近くに達すると考えられた。

これらの牛が人の食物連鎖に入り伝染病の病原になってきて、人の感染者の発生はこのカーブに添って増えるはずであった。 感受性のある人達がこの病気に曝され保菌者となり、発生件数はこの曲線をなぞると予測するのは当然である。 発生は1994年から現れ始めた。 それ以来の上昇割合は、食中毒であるとは到底考えられない僅かなものである。 原因と結果の経時的関係(temporality of association)は、良く言って不確かである。

 


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2。 2000年までの英国に於けるクロイツフェルト・ヤコブ病の照会数と死亡件数。

 

特異性

種の壁を越えるこれまでの感染症では、感染源がとりついた細胞や動物で増殖すると考えられてきたが、プリオン感染ではこれと違っている。 細胞はその種に独特のプリオンしか生成できない。従って、牛海綿状脳症プリオンは、宿主が別の種であっても牛プリオンと同様の物理化学的特徴を持ったプリオンしか生成することが出来ない。 牛海綿状脳症プリオンは、牛以外の種や人では決して検出できない。 病原の特異性を支持する議論は、BSEプリオンとnvCJDプリオンが物理化学的特性や他の種との株特定(strain typing)のラボ実験において強い類似性があることに基づいている。 従ってプリオンと病気のつながりの特異性は推測の域を出ず疑問である。

 

摂取量−反応相関

人に於ける摂取量―反応相関は分かっていない。

 

証拠の質

BSEプリオンが人に感染性があるという事を証明するのが不可能だとすれば、その証明は間接的なものにならざるをえない。 これまで積み上げられた証拠は、仮説を確認しようという意図のもので 仮説を検証するためのものではない。 卓越した反対論は、もみ消されるか無視されてきた。 

クロイツフェルトと名を冠した元の論文は引用されたことがなく、クールーの可能性も考慮していない。 クールーとnvCJDの類似性が、感染のルートとして摂食を正当化するのには利用されているが、これらが同じ病気である可能性については取り上げられたことがない。 

英国CJD監視委員会が1990(図2)年に全プリオン脳症の検査法と報告法に明らかな改善を加えたのに、新しいとされるこの病気の出現を説明するために十分考慮されていない。 元の論文では、指針症例となる10のケースは、「委員会に必ずしも照会されなかった。」 これは、BSEプリオンの感染性に対する一般に広まった不安を反映したためだった。 その結果、委員会へ報告された患者に質的変化を来たし、照会されたものの中には一部指針症例も含まれていた。

 

他の種では多くの実験が行われている。 理論的に鍵となる実験は、人のプリオン蛋白を組み込んだマウスにBSEプリオンを接種したものである。 始め成功したと思われていた実験だったが、結局失敗だった。 それで、BSEプリオンを組み込んだマウスに人のnvCJDプリオンを感染させる別の実験が行われた。 この実験によって起きた病変とBSEプリオン蛋白組み換えマウスに出来たBSEプリオンの病変が似ていることが、BSEプリオンがnvCJDの原因であるという議論に使われている。 しかし、人の脳を牛に食べさせることはないのでこの実験は誤った実験である。

この病気への証拠は確固としたものではない。 詭弁の強弁(faggot fallacy)とも言うべき選択的に組み立てたものといえる。(詭弁の強弁は、それらしい証拠や根拠に乏しい証拠がたくさんあれば、強固な証拠になるという信仰である。)

 

可逆性

英国において人の食物連鎖からBSEプリオンが排除された後に生まれた人にこの病気が発生した時点で、この仮説は信憑性を失うことになる。

 

 

考察

精密な医療診断への模索は、継続的に行われる革新的なプロセスである。 クロイツフェルトの報告以来80年以上に亘ってCJDとその亜型の境界を定義する努力が何回となく試みられてきた。 ヤコブの系統は診断の基準になり、彼の特異症例は、今でいう孤発性のCJDを定義するのに全面的に用いられた。 クロイツフェルトの症例は無視されるか忘れ去られている。

1960年代の英国の神経学者や神経病理学者は、血液病因論を考えていたせいもあって、亜急性の海綿状脳症とCJDは症状が違うと定義することを支持していた。 他のヨーロッパの神経学者はより包括的で、違いが見られるのは、同じ病気の程度の差によるもので、基本的な違いではないとしたが、結局時間が経つにつれてこれの正当性が認められてきた。 だが、新変異型CJDは明らかに孤発性CJDとは違っている。 新変異型がクールー病ともクロイツフェルト症例とも違うかは、これまた時間が決することになるだろう。

新変異型CJDの診断法を最終的に決定したのは、それを最初に記述した人達だ。 診断の基準はそれ以来進化してきており、この病気の対象年齢範囲が格段に広がっている。 これは、よりこの病気の診断を受ける人が増えることを意味しており、増加曲線に見られる割合は、これまで誤診されてきたこの病気の確認が改善されていることを示しているのと完全に呼応する。

クロイツフェルトの最初の症例やクールー病がnvCJDの前例であることを論駁できないことが、この病気の新奇性を決定できない理由であり、BSEプリオンが病原であるといえない理由である。伝染病学的証拠では、そのように関連づけることは極めて難しい。

人プリオン脳症に関しては分類し直しを検討すべきである。 遺伝によるものや医原性の疾患を別にすれば、良く知られている孤発性のもの(つまりヤコブ病)とクロイツフェルト症例のような若い人達が罹るものの2つの主な分類が出来るであろう。 これらの違いは、プリオン形態の違うものが特有の中枢神経全体への広がりパターンを持つ感染を反映しているのではないか。 リンパ網系統のこのプリオンは、臨床像の違いをもたらしている可能性がある。

 

 

結論

BSEが人にも同様の病気を起こすという恐ろしい可能性に対する一般の不安があるため、最大の関心事が当然の事ながら公衆衛生となり、BSEやCJDに関わる多くの人々が性急な結論に陥ったのは否めない。 私は、現在得られる証拠に基づいて検討するならば、BSEとnvCJDのつながりは極めて疑問であると考えざるを得ない。 医療の専門家は少なくともこの件について検討課題として公に議論すべきである。 この論文は、それを始めるためのものである。

 

 

 謝辞

私の論点を明確にし洗練するためにお手伝い頂いたディビッド・ドイル博士、ジム・ミラー博士、私の息子のアンガスとグレゴール両博士に感謝する。 また、ディビッド・オギルビー博士とサハヤ・ジョゼフィン博士には、原因論から外れないようにしていただいたことを、ラルフ・ホニンガーとアンドレアス・ウェザー博士には、クロイツフェルトの元論文のドイツ語を辛抱強く寛容に指導して頂いたことを感謝します。

 

 

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(Accepted 25 June 2001)

 

 

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