静岡県清水港における遺伝子組換え植物の自生について
(文責: 遺伝子組換え情報室 河田昌東)
● はじめに
今年7月に農水省による茨城県鹿島港周辺における遺伝子組換えナタネの自生が公表されて以来、私たちは大きな関心を持ってその事実を確認し、国内の他の穀物輸入港周辺でも地元市民団体の協力を得て追跡調査を行ってきた。これまでGMナタネについては、茨城県鹿島港、神奈川県横浜港、愛知県名古屋港、三重県四日市港、兵庫県神戸港、福岡県博多港などでの自生が確認されている(詳細については後日報告書を作成)。そうした事実の流れのなかで、ナタネその他の穀物輸入港の一つである静岡県清水港での実態を確認するために今回の調査を行った。
GM作物はすでに食用や家畜飼料用としてアメリカやカナダなどから大量に輸入されているが、国内での商業栽培はいまだに行われていない。それは、GM遺伝子による国内の栽培作物や野生植物の遺伝子汚染が懸念されるからである。2001年4月にGM食品の表示義務制度が施行されたが、豆腐や納豆など直接食用となるものについてはいまだに店頭にはGM食品は見当たらない。それは安全性についての消費者の懸念が払拭されておらず、また「地産池消」運動に見られるように、国内作物を育て自給率向上を目指そうという国内世論に応えるものである。現在、北海道はじめ各自治体によるGM作物の栽培を条例で規制しようとする動きは、こうした消費者や生産者の声に自治体が応えようというものである。
一方、食用や加工用、家畜飼料用として輸入されるGM穀物は、それ自体発芽能力を持つ種子でもある。そのため港での荷揚げ作業や外部の搾油工場や飼料工場への搬出のためのトラック輸送に伴う、いわゆる「こぼれ落ち」による周辺での自生が起こることは当初から予想されていたことである。しかし、現実に港および港周辺での自生が起こればナタネやトウモロコシなど他家受粉性植物の場合は国内での繁殖と伝播によるGM遺伝子汚染が起こる可能性があり、国内農業の保護にとっても重大な懸念材料となる。特に現在盛んになりつつある有機農業への影響は大きいと思われる。また、野生近縁植物への伝播と生態系への影響も長期的には考えざるを得ない。GM作物の多くが除草剤耐性、害虫抵抗性であることからもそれは明らかである。従って、港および港周辺での自生の実態を明らかにし、有効な対策を立てることは緊急の課題である。
● 調査に参加したグループ、個人
今回、清水港での調査に参加・協力した団体、個人は次のとおりである。
遺伝子組換え食品を考える中部の会(中部地区の生産者、消費者、流通業者、研究者などが参加する団体)、遺伝子組換え情報室、中部よつ葉会、反GMイネ生産者ネット、ストップ遺伝子組換え汚染種子ネット、遺伝子組換え作物を考える静岡ネット、アキコ・フリッド(在スエーデンGM活動家)
● 調査日時 2004年12月6日(月)午前11時〜16時
● 調査の方法
静岡県清水港のうち、ナタネその他の穀物が陸揚げされている豊年埠頭(J―オイル・ミルズ専用
埠頭)および富士見埠頭周辺での、ナタネ、大豆、トウモロコシなどの自生状態を確認、採取しそれがGM遺伝子を持つかどうかを簡易キットで調べた。GMの検査に使ったのは、一般に「ラテラル・フロー」方式と呼ばれる抗原抗体反応を試験紙上で行い、目的の抗原タンパク質を検出する方法である。具体的にはまず少量の植物の葉や茎などの組織片を試験管内で壊し、水で抽出する。その中に想定される組換え遺伝子が作る組換えタンパク質(除草剤耐性、害虫抵抗性など)があれば試験紙上の当該タンパク質に対する抗体と反応し発色する。反応感度は0.1%である(大豆種子であれば1000粒に1粒あれば検出可能)。この試験紙は我々がアメリカのStrategic
Diagnostics 社および、Neogen社から輸入した。こうした簡易検査キットは国内の各港湾施設でも輸入作物の一次スクリーニングに使われている。
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調査結果
(1)セイヨウナタネ
豊年埠頭のアスファルト道路脇のわずかな土壌がある場所などに、セイヨウナタネの自生が確認された。全部で6箇所9株を確認、採取されたがその中でモンサント社の除草剤ラウンドアップ耐性(ブランド名RT73、CP4EPSPSタンパク質を作る)はNo5の3株が陽性でその他は陰性だった。バイエル社の除草剤バスタ耐性(PATタンパク質を作る)のものは検出されなかった。富士見埠頭では5箇所で6株の自生が確認されたが、No9の1株のみがラウンドアップ耐性で、他は陰性だった。バスタ耐性のものは検出されなかった。富士見埠頭では具体的なナタネのサイロは特定できなかったが、埠頭から外部に通じる道路脇にわたる広い範囲にセイヨウナタネの自生が認められ、船からの陸揚げ時ばかりでなく外部への搬出時のこぼれ落ちが疑われた。
(2)大豆
今回の調査で特筆すべきは大豆の自生が多数確認されたことである。豊年埠頭ではJ‐オイル・ミルズ社の敷地外道路脇に多数の大豆の自生が確認され、39株を採取したがGM遺伝子の検査では、ラウンドアップ耐性、バスタ耐性のいずれも陰性であった。自生大豆の草丈は10〜20cmほどであった。富士見埠頭でも道路脇の雑草といっしょに大豆の自生が見られ、計8株が採取されたが、いずれもモンサント社のラウンドアップ耐性(ブランド名40-3-2)と確認された。
(3)トウモロコシ
トウモロコシの自生は豊年埠頭周辺では見当たらなかったが、富士見埠頭の道路脇では大豆の自生と混成状態で一株の自生が確認された。検査の結果、害虫抵抗性遺伝子Cry1Abが作るタンパク質が確認された。この遺伝子を含む組換えトウモロコシにはモンサント社のMON810、シンジェンタ社のBt11、パイオニア・ハイブレッド社のMON809などのブランドがあるが、そのどれかはこの検査では確認できない。このトウモロコシについてバイエル社のCry9C遺伝子(ブランド名スターリンク)もチェックされたが陰性であった。
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考察
ナタネの種子は粒子が細かくベルトコンベアでの陸揚げ中やトラック輸送での積み込み、搬送中のこぼれ落ちが生じやすく、風による飛散も起こりやすいことから、港周辺での自生が起こりやすいことがわかっているが、今回の調査でも、これまで我々が調査した国内他港におけると同様、セイヨウナタネの自生が確認された。豊年埠頭はJ-オイル・ミルズ社の専用埠頭で、陸揚げ後すぐにサイロに隣接する搾油工場で加工するので他所への搬出はないとのことであるが、現実にナタネばかりでなく、大豆の自生も確認されたことから、その原因をさらに詳しく調査する必要がある。豊年埠頭で確認された自生ナタネ9株のうち3株(30%)がラウンドアップ耐性であったが、これは輸入先であるカナダの栽培実績の割合を反映していると思われる。豊年埠頭で発見された自生大豆はGMではなかったが、この大豆は一箇所にクラスター状に集まって自生していたことから、今回の大豆が非GMであったことは単なる偶然と考えられる。現在アメリカから国内に輸入される大豆の約80%は除草剤耐性であり、今後も注意が必要である。
富士見埠頭は特定業者の専用サイロでなく複数の利用者があることから、その利用実態は明らかでないが、その周辺から外部に通じる道路脇に自生が見られたことは、何らかの形での外部への搬出があることをうかがわせる。特に大豆やトウモロコシの自生が発見されたことは、搾油後の油粕の形でなく、丸のままの大豆やトウモロコシの形で外部の搾油工場や家畜飼料への加工場へと搬出されている可能性があり、トラック輸送によるこぼれ落ち範囲の拡散が懸念される。
今回の調査で特筆すべきことは、これまで農水省などで公式には認められていなかったGM大豆とGMトウモロコシの自生が確認されたことである。いずれも食用あるいは栽培用の種子として認可されているものではあるが、栽培を目的とした場合と異なり管理が行われないままの状態で自生していることは、自生範囲が拡大すれば冒頭で述べたように国内栽培作物や野生近縁種への組換え遺伝子の伝播など環境生態系への影響をもたらしかねない。
幸い、今回の調査では自生の範囲は埠頭又は埠頭近くの道路脇に限定されており、三重県四日市港や茨城県鹿島港などのように埠頭から遠く離れた外部での自生は見られなかったが、今回の調査はあくまでも予備的、限定的なものであるので今後調査範囲をさらに広げ、全体像を把握する必要がある。
港でのこぼれ落ちによる自生は防ぎ得ないものではなく、すでに一部搾油工場などでは敷地内の徹底的な除草なども行われているが、一般には食物や家畜飼料として輸入された穀類はそれ自体発芽能力のある種子で自生の拡散の危険があるとの認識が不充分で、自生を放置している場合も少なくない。
国際的には、すでにメキシコにおいて輸入GMトウモロコシによる国内栽培種と野生トウモロコシの遺伝子汚染が深刻になっており、同国の栽培品種の10%が汚染され回復不能な事態になっていることを指摘したい。同国はトウモロコシの原産国でありこのことは種の保存や品種改良の未来にも大きな影響を及ぼすものである。ナタネは日本国内でも交配可能な近縁栽培種や野生種があることを考えれば、港周辺での自生を放置することなく、回復不能な状態になる前に防除のための有効な手立てを考える必要がある。
埠頭内の管理は、サイロや搾油工場など企業敷地内の管理と港湾施設や道路など公共敷地内の管理があり、GM植物の自生に対する対策もそれぞれの責任に応じた対策を立てる必要があると思われる。
以上