パーシー・シュマイザーの最高裁裁判傍聴記
「実際の特許は細胞レベルにとどまるにも関らず、モンサントはその特許権を種子や植物、更には畑全体にまで商業化する選択をした。モンサントは自分達がカナダを所有するつもりはない、と言いながら一方ではカナダの全ての田舎や領土に権利を主張している」
E. アン・クラーク,
Ph.D.
カナダ・ゲルフ大学植物農学部
http://www.cropchoice.com/leadstry.asp?RecID=2370
04年2月2日月曜日
クロップチョイス紙による聞き書き
訳 河田昌東
私は感激屋ではないが、サスカチュワンの農家パーシー・シュマイザーの代理人、若いテリー・ザクレスキーがカナダ最高裁で04年1月20日行った弁論は素晴らしかったの一言に尽きる。 彼の主張は独創的であるばかりかレーザーのように切れ味が良いが、しかし話しぶりは静かで焦点がはっきりし、用意周到で明確であった。
9名の最高裁判事は赤い法衣を着てファイルを抱え、法廷の端の席に着席した。サスカツーンの背の高い細身の色白の弁護士は控訴人(シュマイザー)側の通路の席に座り、受け手側のモンサントの3名の弁護士が通路の反対側の席に着いた。ザクレスキーの後ろには二組の弁護士がおり、残りの席は空席だった。この二組はシュマイザーの立場を支持する二組の仲介者の代表である。第一は6つのNGO(カナダ議会、侵食・テクノロジー・集中反対運動、シエラクラブ、全国農民連盟、科学・テクノロジー・エコロジー研究財団、テクノロジー・アセスメント国際センター)代表であり、他の一つはオンタリオ州司法長官である。モンサントの代表団の後ろには、モンサントを支持する許可を得た他の仲介者の2、3人の弁護士の一団が連なっていた。モンサントの支持団体とはカナダ・キャノーラ委員会、バイオテク・カナダ、カナダ種子貿易協会である
法廷の後ろの聴衆は50名の堅固な精神の持ち主に限られていた。というのはその大部分は最高裁の階段で傍聴券を手に入れるために、骨も凍るような寒さの中で何時間も待った人々だからである。裁判は形式どおりで、まず控訴人と受けて側がそれぞれの主張を1時間ずつ行うことを認め、5人の仲介者らにはそれぞれ7.5分から15分の発言が与えられた。裁判官は弁護士の発言をいつでもさえぎることが出来る。控訴人は反論に5分が与えられた。判事が引き上げたのは午後1時すぎだった。
カナダ最高裁の審理に当って、ザクレスキーは3つの論点を示した。
1. 「グリフォサート耐性植物」と名付けられたモンサントの実際の用語法は、RR遺伝子それ自体と、その遺伝子を導入した結果出来たRR細胞の様々な特徴を包含する52の主張からなること。しかし、最も大事なことはモンサントの特許は種子や植物、作物に関しては何も述べていないこと。従って実際の特許は細胞レベルにとどまるにも関らず、モンサントはその特許権を種子や植物体、更には農場全体にまで及ぶと主張していること。ザクレスキーの弁論から引用すれば、モンサントは自分達がカナダを所有するとは言ってないと言いながら、実はカナダ国内の郡や地域に権利を主張している。
これは決定的な点である。なぜなら種子や植物は高等な生命体であり、昨年の画期的なハーバード・マウス(ガン・マウス)判決では、まさにこの同じ法廷が高等生命体はカナダ国内では特許の対象にならない、という判決を下したからである。ザクレスキーは他の証拠をあげてこの特許法が決して種子や植物に適用されることを意図したものではなく、種子や植物は植物育種法の下に含まれることを示した。従って、シュマイザーに対するモンサントの特許権侵害の主張を支持するために、法廷は必ずしも種子や植物体のような高等生命体が特許法の対象で、ハーバードのガン・マウスに対する判決と特許法自身の用語法の双方を犯していると結論する必要は無い、とうのである。モンサントの主張に対する見解は、モンサントやバイテク企業とその法的特許権を否定するものではない。しかし、それは、特許権は実際には特許に書かれている言葉どおりであり、それ以上でもそれ以下でもないことを確認する。
どちらにせよ、最高裁の判決は植物育種法の規定には影響を与えず、植物育種法は過去もこれからもカナダの植物育種家の知的財産権を保護する主要な手段であり続けるだろう。ザクレスキーのスピーチの締めくくりを引用すると、モンサントがその知的財産権を植物育種法によってではなく特許法によって保護しようとした選択は誤っている。
2. 特許法は「新たな発明品の製造、組み立て、使用と他社への販売についての権利」を与えるものである。
特許権の侵害は、誰かが特許の所有者の許可を得ずに特許案件を販売の目的で製造・組み立て、利用を行ったときに発生する。しかし、シュマイザーはRR遺伝子を製造したことも、組み立てたことも、利用したことも、あるいは売ったこともない。彼は1998年に畑に1030エーカーのキャノーラを
栽培したが、その中のいくらかが意図せずにRR遺伝子を含んでいた。彼が特許侵害の罪で訴えられたのはこの作物である。RR特許のあるRR遺伝子を使うためには、シュマイザーは自分の1030エーカーの畑にラウンドアップを散布する必要があった。しかし彼はそれをしなかった。RR遺伝子はたった一つのラウンドアップ耐性という性質をキャノーラに与える。 この性質はラウンドアップ除草剤が散布された時にのみ意味がある。判例によれば、シュマイザー氏の証拠には矛盾が無く、彼が1998年にキャノーラにラウンドアップを散布しなかったことを示している(Para.
29, Court of Appeal)。この事実に加えシュマイザーは、下級審で自分が1998年にいつも使っている除草剤を購入したことを示す領収書を提出した。 モンサントは彼が1998年にラウンドアップを購入した事実も散布した事実にも証拠を示すことが出来なかった。
ザクレスキーは、単に販売目的でRR汚染植物を栽培した――シュマイザーのように――だけでは特許第830
の利用とは言えない、なぜならその遺伝子がシュマイザーの植物を育てたわけでも、違いが分かるほど良く育ったわけでもないのだから、と主張した。この遺伝子は販売時に何の価値も付加しなかった。実際、最近の市場動向が示すように、GM形質の存在はカナダのキャノーラの価値を事実上下げている。 ザクレスキーはまた特許法のもとに議会が与えた権利は、単に発明品の存在又は取り扱いに関るだけでなく、むしろその発明品の宣伝や効用に関るものだと指摘した。従って、シュマイザーはこの特許遺伝子を利用したのではないから、彼はモンサントの特許を侵害したとは言えない。
3. GM形質が制御不能なことは、下級審でモンサントの専門家が認めたように、モンサントの契約下にない、範囲外の畑の汚染
をもたらした。モンサント・カナダ社のバイテク・マネージャーのアーロン・ミッチェルは、モンサントがいつも遺伝子組換えキャノーラの畑が在来の非組換えの畑のキャノーラと交配するだろうと予測していた(AR
Vol. IV, p.600 (20-30))。 ザクレスキーは、RRキャノーラによる汚染がコントロールできないとモンサントが予測していたという沢山の例を証明する文書を提出した。
今回の裁判では、地域のあるRRキャノーラ栽培農家は下級審で、1997年に自分の収穫したキャノーラを市場に運ぶ際にシュマイザーの畑の横を通ったとき、(かけてあった)防水シートがめくれてサイクロンに吹かれたようにかなりの量の種子が隣接するシュマイザーの畑に飛んでいった、と証言した
(AR Vol. VI. pp. 1132-5)。 隣接するRRキャノーラ畑から風にのって何列もの種子が
シュマイザーの畑に飛んだことも下級審の判事は認めた。シュマイザーは自分の種子を次の栽培のために保管したので、こうした混入は次年度の栽培に持ち越され、特許が侵害されたと訴えられることになった。従って、最初の混入は非意図的であるばかりか、通常の農場の作業では避けられないものであった。
1998年の汚染の程度については意見が対立し、モンサントは試料を採取した27の畑で95~98%に混入があったと主張した。しかし、同じ試料をカナダ・マニトバ大学が分析したところ、混入は0~68%で試料によっては測定不能なほど少ないものもあった。もし、畑にRR植物があるというだけで特許の侵害を構成するに十分というなら、
大半の西カナダの農家は特許の侵害をしていることになる。それが無関心な傍観者であれ、不本意ながら汚染されたRR遺伝子を歓迎しない受身の農家であれ、特許侵害者である。だから、彼らの固有の権利を認めるために、農民には特許侵害の免責を認めるべきであり、自分の種子を保存し再利用するという―――法律に適いシュマイザーの農場では従来からやってきた農法の利用であるのだが―――ことを許すべきである、その混入が自分でコントロールできないものであろうとなかろうと、とザクレスキーは主張した。
彼はさらに、シュマイザーが汚染で如何なる利益も受けず、実際にはそれを防止する手段も無かったのであるから、RR遺伝子が農場に見つかったからという理由だけで、シュマイザーの作物の全ての価値がモンサントに属するというのは間違っている、と主張した。
作物の全ての価値が特許のついた汚染遺伝子の所有者に帰属するということのおかしさを示すために、ザクレスキーは仮定の、しかし実際に起こり得る例をあげた。それは、ある農家のキャノーラが意図せずに二つの異なる遺伝子によって汚染された場合である。恐らく隣接する二つの異なる遺伝子をもつ畑からの汚染が起こった場合である。それぞれの遺伝子の特許所有者はどちらもこの作物の全価値に対して権利を主張出来るのか? 言い換えれば、この農民はどちらの特許所有者にも100%の代金を支払わなければならないのか、という問いである。
ザクレスキーが着席すると、あたりは静まり返り、威厳にみちた法廷内は電気で打たれたようだった。彼の弁論がカナダ最高裁の判事達にも私に対してと同様に力強く説得力があることを祈る。