内閣府食品安全委員会
委員長 寺田雅昭 殿
NOSターミネーターを使った遺伝子組換え作物の再審査を求める意見書
2005年9月29日
遺伝子組換え情報室 河田昌東
すでに認可されている遺伝子組換え作物の中、NOSターミネーターを利用したものについて、過去の安全性審査において重大な見落としがあり、以下の理由により安全性の再審査を求めます。
理由1
モンサント社のラウンドアップ耐性大豆(認可1996年)を始めとして、これまでに認可された遺伝子組換え作物には、Agrobacterium tumefaciens のTiプラスミド由来のノパリン合成酵素遺伝子のターミネーター配列(以下、NOS3’)が使われているのものが多数あります。ところで、このNOS3’の遺伝子転写における終止機能は不完全であり、NOS3’ より下流の塩基配列も転写する、いわゆるリードスルー現象が知られています。これについて、2002年にモンサント社からラウンドアップ耐性大豆(30-4-2)とラウンドアップ耐性トウモロコシ(NK603)において、リードスルーによるmRNA(二次転写物)の存在があらたに判明したとして追加資料が提出されています。当時の安全審査委員会は、モンサント社から提出されたデータに基づき、この二次転写物が量的に少ないこと、ウエスタン・ブロット分析の結果から、リードスルーから予想される本来のCP4EPSPSたんぱく質(46Kda)よりも長いたんぱく質が検出されない、などの理由で認可を再確認しています。しかし、この決定には重大な瑕疵があります。
理由2
そもそもラウンドアップ耐性大豆(40-3-2)は1996年に初めて認可された際に、大豆ゲノムに挿入されたCP4EPSPS遺伝子カセットは1コピーだけで、NOS3’ ターミネーターは正常に機能している、と判断されました。然るに、2000年にはNOS3’ 配列の下流に、新たに250bpのCP4EPSPS断片が検出され、他にも未知の大豆染色体上に72bpの同遺伝子断片の挿入が確認されました。この際、モンサント社は次のように主張しました(文献1)。即ち、断片は挿入されているものの、NOS3’には真核生物の終止配列であるポリA 配列が3箇所も存在し、終止機能は十分であること、仮にリードスルーが起こるとしてもそのmRNAはNOS3’の下流の250bpを含む長い転写物(CP4EPSPSのmRNAである1.5Kb以上)になるはずで、そのような二次転写物は検出されず、翻訳可能なORF(オープンリーディングフレーム)もない、というものでした。
ところが2001年には、ベルギーの研究者らによって、この250bp断片のさらに下流に大豆ゲノム由来の再配列した長いDNA断片(534bp)が連結している、と報告されました(文献2)。これに対しても、モンサント社の反論は、この部分から理論的に予想されるORFはきわめて短く、m−RNAや新たなたんぱく質が合成される可能性はない。また、これまで安全性の確認が行われた際にも、この新たな配列はすでに含まれていたのであるから安全性は証明済みである、という見解を発表しています(文献3, 4)。
理由3
上記の事実関係で分かるように、ラウンドアップ耐性大豆は当初の認可における安全性の確認条件からみれば、基本的な遺伝子構造が次々と変更されています。そのたびに政府は開発企業のデータのみに基づき安全性を追認してきました。こうした事実自体が遺伝子組換え技術の未熟さを示すものですが、企業データのみに基づく政府の安全性確認のシステムにも問題があることを示しています。
理由4
このたび、ドイツの研究者らによって行われたラウンドアップ耐性大豆(40-3-2)のCP4EPSPS遺伝子の転写に伴う新たな発見(文献5)は、再びこれまでの政府の安全性確認が不十分であることを示唆しています。 この研究を要約すれば、ラウンドアップ耐性大豆(40-3-2)のNOS3’の終止機能はやはり不完全であり、リードスルーで出来た長いm−RNAは更にスプライシングを受けた結果、CP4EPSPS遺伝子の終止コドンUGAを含む周辺配列とそれに続くNOS3’配列と250pb断片が削除され、新たに長さの異なる4種類の翻訳可能なORFを含むm−RNAが形成されている、というものです。 この新たな4種類のm−RNAの発見は、遺伝子組換え大豆40−3−2株が本来のCP4EPSPSたんぱく質に加え、CP4EPSPSたんぱく質のアミノ酸配列の一部とその下流の塩基配列(再配列した大豆ゲノム由来の配列)に由来する全く新しいアミノ酸配列を連結した、いわゆるヒュージョンたんぱく質(融合たんぱく質)を作っている可能性を示しています(添付図参照)。
この発見は、これまでのモンサント社による、NOS3’と250bpを含む長いm−RNAが検出されない、とする理論的な予想を覆すものです。また、モンサント社による、ウエスタン・ブロット法で新たなたんぱく質が検出されなかった、とする見解もこれらの融合たんぱく質形成を否定するものではありません。即ち、ウエスタン・ブロット法はCP4EPSPSたんぱく質に対する抗体との反応を利用してたんぱく質を検出するのであり、新融合たんぱく質がCP4EPSPSたんぱく質に対する抗体と抗原抗体反応をするかどうか分からないからです。
理由5
CP4EPSPS遺伝子から作られたm−RNAが転写後にスプライシングを受け、ORFを含むm−RNAが新たに4種類作られた、とする今回の発見はNOS3’ ターミネーター配列が単に転写終止機能が不完全なリードスルーのみならず、遺伝子の転写後発現調節として近年研究が進んでいる alternative m−RNA splicing のシグナル配列としても機能している可能性を強く示唆しています(文献6)。これは除草剤耐性大豆40−3−2株に導入されたCP4EPSPS遺伝子の発現調節に関わる問題でもあり、これら4種類の融合たんぱく質が合成されているかどうか、CP4EPSPSたんぱく質の合成がどのように調節を受けているか、といった基本的な問題に関わるものです。
理由6
NOS3’のリードスルー効果は、ラウンドアップ耐性大豆遺伝子(40-3-2)だけでなく、理由1でも述べたとおり、ラウンドアップ耐性トウモロコシ(NK603)でも確認されています。文献4によればNOS3’のリードスルー効果は、ラウンドアップ耐性大豆以外のNOS3’ 配列を終止コードに利用している多くの遺伝子組換え作物の遺伝子による転写物とそれによる新たんぱく質形成の可否を再検討する必要を示すものです。過去に認可された遺伝子組換え作物で、NOS3’ 配列をターミネーターに使ったものは多数あり、これらについてもリードスルーとそれに伴う新たなたんぱく質の形成が無いかどうか、その安全性について改めて再検討する必要があります。
以上の理由により、これまで認可された遺伝子組換え作物の中で、NOS3’配列を利用したものについて、リードスルーがなおかどうか、スプライシングに伴う新たなm−RNAとそれによる新規たんぱく質の合成が無いかどうかなどを改めて確認し、これらの遺伝子組換え作物の安全審査をやり直すよう求めます。下記に、NOS3’を利用した組換え作物をあげておきます。
● NOS3’を利用した遺伝子組換え作物
ナタネ: 除草剤耐性PGS1(BayerCropScience)
除草剤耐性MS8RF3(BayerCropSceince)
除草剤耐性・雄性不稔MS8(BayerCropSceince)、
除草剤耐性・稔性回復RF3(BayerCropSceince)、
除草剤耐性Oxy235(BayerCropSceince)
綿 : 除草剤耐性Roundup Ready1445(Monsanto),
除草剤耐性BXN10222及び10215(StonevillePedigreeSeed)
害虫抵抗性Inguard531及び757(Monsanto)
害虫抵抗性15985(Monsanto)、
除草剤耐性1445と害虫抵抗性531の交配種(Monsanto)
除草剤耐性1445と害虫抵抗性15985の交配種(Monsanto)
除草剤耐性LL25(BayerCropSceince)
ジャガイモ: 害虫抵抗性ニュ−リーフBT−6(Monsanto)
害虫抵抗性ニューリーフSPBT02-05(Monsanto)
害虫・ウイルス抵抗性ニューリーフプラスRBMT21−129(Monsanto)
害虫・ウイルス抵抗性ニューリーフプラスRBMT21−350(Monsanto)
害虫・ウイルス抵抗性ニューリーフRBMT22−82(Monsanto)
害虫・ウイルス抵抗性ニューリーフY、SEMT15−15(Monsanto)
害虫・ウイルス抵抗性ニューリーフY、SEM15−02(Monsanto)
大豆: 除草剤耐性ラウンドアップレディ40-3-2(Monsanto)
高オレイン酸形質260-05(Dupon)
テンサイ: 除草剤耐性T120-7(BayerCropSceince)
トウモロコシ: 害虫抵抗性・除草剤耐性Bt-11(Syngenta)
除草剤耐性ラウンドアップレディGA21(Monsanto)
除草剤耐性ラウンドアップレディNK603(Monsanto)
害虫抵抗性・除草剤耐性Bt-11スイートコーン(Syngenta)
害虫抵抗性MON863(Monsanto)
害虫抵抗性MON863と除草剤耐性NK603の交配種(Monsanto)
害虫抵抗性MON810と除草剤耐性NK603の交配種(Monsanto)
害虫抵抗性MON810と除草剤耐性T25の交配種(Dupon)
害虫抵抗性・除草剤耐性1507と除草剤耐性NK603の交配種(Dupon)
害虫抵抗性MON810と害虫抵抗性MON863の交配種(Monsanto)
害虫抵抗性MON863と害虫抵抗性MON810と除草剤耐性NK603の交配種
(Monsanto)
文献
1)MSL-16712: Updated Molecular Characterization and Safety Assessment of Roundup Ready
Soybean Event 403-2 (6/7/2000).
2)Characterisation of the Roundup Ready soybean insert:
P.Windels, I.Taverniers,A.Depicker, E.Van Bockstaele and M.De Loose
Eur. Food Res. Technol. (2001) vol.213. p107-112
3)Monsanto Comments on Windels et
al.(2001) Publication Regarding Roundup Ready Soybeans:
August 16, 2001
4)Additional Characterization and Safety
Assessment of the DNA Sequence Flanking the 3’ End of
the Functional Insert of Roundup
Ready Soybean Event 40-3-2.
Monsanto Company ( February 2002) : MSL-17632
5) Detection of RNA variants transcribed from the transgene in Roundup Ready soybean.
Andreas Rang, Bettina Linke and Barbel Jansen.
Eur. Food Res. Technol. (2005) vol.220. p438-443
6) Structural and Functional diversity generated by alternative m-RNA splicing.
Jorg Stetefeld and Markus A.Ruegg
Trends in Biochemical Sciences :vol.30, issue 9, September 2005, p515-521
添付資料1 ラウンドアップ耐性大豆遺伝子のリードスルーとスプライシングで生じたm−RNA(文献4より)
添付資料2 CP4EPSPSとリードスルーで出来る融合たんぱく質のアミノ酸配列