遺伝子組換え食品の安全評価に疑義あり

・・・安全性は確認されているか・・・

 

(河田昌東:遺伝子組み換え作物安全審査申請書点検グループ)

 

はじめに

 アメリカで遺伝子組換え大豆が本格的に栽培された1996年から5年経った2,001年4月、日本で輸入や販売が認可された組換え食品はすでに35品種に上る。それに伴い4月から組換え食品の表示義務化が施行され、消費者は表示によって非組み換え食品を選ぶことが出来るようになった。消費者は厚生省の安全認可を信頼して組換え体を使用した食品を買い、あるいはあえて選ばない消費者もいるだろう。未認可遺伝子組換えジャガイモの加工品が店頭で見つかり回収騒ぎも起こっている。人工的に遺伝子を操作し、健康や環境に対する未知の危険が指摘される遺伝子組み換え作物の安全審査は、慎重すぎるほど慎重でなければならない。我々は、日本の安全審査の実態を検証するために1996年に厚生省が食品として認可し、同年農水省が家畜飼料としても認可した、米モンサント社の除草剤耐性大豆の安全審査申請書を点検した。その結果を報告する。

 

(1)情報公開について

 現在、厚生省に出された遺伝子組み換え作物・食品の安全審査申請書は東京と大阪にある財団法人「日本食品衛生協会」の一室で閲覧する事が出来る。但し東京の場合、月・水・金の10時〜12時、13時〜16時の一日5時間のみ。コピーや写真撮影は禁止である。従って、正確に検討しようと思えば、江戸時代さながらに筆写するしかない。モンサント社が提出した「ラウンドアップ耐性大豆」の申請書は全10巻、厚さが1メートル近くある。第3部以降は全て英語である。こうした条件下、限られた時間内で全てを筆写することは不可能であった。我々は、10日間、延べ80人で膨大なデータを含む約500頁を筆写した。それを独自に分析し、安全性が科学的に納得できるかどうか検討した。こうした検討は本来、厚生労働省の認可が下りる前に一般に公開し、多くの市民や専門家の論議にかけるべきである。実際、オーストラリアとニュージーランドは、遺伝子組換え食品の認可にあたり合同の安全審査委員会(ANZEFA)の審査結果を一般に広く公開し、一般からの疑問、質問を集め、それに更に答える、という手順を踏んでから認可している。こうした認可手続きの透明性は、市民の信頼を高めるのに是非とも必要である。今後、日本でも検討すべきである。現在のような、結果だけの公開では安全性は確保できない。

 

(2)モンサント社の除草剤耐性大豆とは

 大豆栽培に限らないが、農作物の充分な収量をあげるには適切な水や肥料のほかに、病害虫や雑草にあわせたきめ細かな農薬散布が必要である。モンサント社はもともと農薬企業であり、同社のヒット商品「ラウンドアップ」は世界で最も広く使われている汎用性の除草剤である。この除草剤の有効成分である「グリフォサート」は有機リン系の化合物で、植物細胞がフェニルアラニン、トリプトファン、チロシンなどの芳香族アミノ酸を合成する代謝経路(シキミ酸経路)の酵素の一つ、EPSPS(5-エノール-ピルビルシキメート-3-リン酸合成酵素)を阻害し、蛋白質合成をストップさせて植物を枯死させる。当然、この除草剤は大豆など作物も殺すので、一般には植えつけ前の畑で雑草を枯らしたり、公園や団地の土手の雑草退治に多用される。

ところで、大豆自体が除草剤耐性であれば、発芽後に気兼ねすることなく除草剤を散布し、雑草だけを枯死させる省力化農業が可能になる。同時に、耐性株は除草剤とセットで売ることが出来るので、除草剤の売上増につながる。こうした目的で、モンサント社は1990年代はじめまで、ラウンドアップに耐性の大豆の突然変異株を作製しようと努力したが、それはことごとく失敗に終わった。 耐性株は出来るものの、この除草剤の標的酵素である大豆のEPSPSの酵素活性のグリフォサート耐性は不完全で、大豆自体の成長障害をもたらしたからである。

 1980年代から盛んになり始めた遺伝子組み換え技術を使って、目的に合致した異種生物のグリフォサート耐性遺伝子を大豆に導入しようと試みたのはある意味で必然であったろう。EPSPSは植物とバクテリアに含まれるが、通常はグリフォサート感受性である。探索の結果、目的の耐性菌はモンサントのグリフォサート製造工場の排水中から発見された。土壌細菌の一種であるAgrobacterium tumefaciens CP4株と名付けられたこの細菌のEPSPSは、完全にグリフォサート耐性であり、グリフォサート存在下でも芳香族アミノ酸合成能は低下しない。 通常の植物やバクテリアの酵素とアミノ酸配列も大幅に違い、クラスIIのEPSPSと命名された(以後CP4EPSPSと略記)。この酵素をAgrobacterium tumefaciens CP4株から分離し、大豆の遺伝子に挿入したのである。

 

(3)遺伝子発現のための工夫

 一般に、細菌の遺伝子を高等植物細胞に導入しても、そのままではほとんど機能しない。プロモーターと呼ばれる遺伝子発現のためのスイッチの構造が細菌など原核生物と真核生物である動植物とは異なるからである。そのため、強力なプロモーター機能を持つ「カリフラワー・モザイク・ウイルス」のプロモーターがCP4EPSPS遺伝子に連結された。その他、出来た蛋白質(EPSPS)を機能する場所(この場合葉緑体)まで運搬するために必要なシグナル・ペプチドと呼ばれる蛋白質を作る遺伝子(この場合ペチュニアから分離)や、遺伝子の読みとり停止を指令するNOSと呼ばれる植物のガンウイルスの遺伝子なども連結された。こうして作り上げられた「ラウンドアップ耐性大豆」の遺伝子は全く自然界に存在しない組み合わせの合成遺伝子である(図1ラウンドアップ耐性大豆の遺伝子構成)。さらに、土壌細菌のCP4EPSPSの遺伝暗号を効率よく読みとるために、モンサント社はこの合成DNAの塩基配列をさらに人工的に変換した。総塩基数1365個の中239個(17.51%)が手作業で他の塩基に変換された。これは遠く離れた種の壁を越えて、大豆の細胞に土壌細菌の遺伝暗号を解読させる工夫である。こうして、大豆の中に組み込まれたCP4EPSPSは本来の土壌細菌とも大豆のそれとも全く異なる遺伝子を持つことになった。過去の生物進化のいかなる過程でもこうした遺伝子同士の組み合わせはあり得なかった、まったく人工的な遺伝子構成である。モンサントの排水溝の中で発生したたった一匹の突然変異体のバクテリアの遺伝子が、今ではアメリカの大豆の約70%に含まれ、世界中に輸出されて動物や人間の体内に入っている。欧米では遺伝子組み換え植物を「フランケンシュタイン植物」と呼ぶが、故なき事ではない。こうした人工遺伝子を持つ大豆が、従来の大豆と同じかどうかが安全審査の焦点である。 以下、モンサント社から厚生省(現厚生労働省)に提出されたデータを我々が独自に解析した結果を解説する。

 

(4)「分析・試験試料は除草剤非散布」で作成の問題点

 農場では当然ラウンドアップを散布して大豆を作り、これが市場に出回る。安全性試験では当然実際と同じものを使うのが原則である。ところが、我々は点検作業をはじめてすぐにおかしな事に気がついた。安全審査のための成分分析や、動物実験などに対照として使われた非組み換え体大豆A5403株は勿論だが、組み換え体大豆40-3-2株も、栽培に際してはラウンドアップを散布しなかった。モンサントは、グリフォサートの残留試験をするためにわざわざラウンドアップを散布した試料も200グラム程度は作っている。にもかかわらず、それ以外の実験に使った数千キログラムの大豆はすべて非散布で作られたのである。 理由は分からない。ただ、こうした試料を使って得られた全てのデータは現実に人間や家畜が食べる大豆の安全性を保証するものではない、ということである。

 それは、あとで述べるグリフォサート残留の危険性だけの問題ではない。グリフォサートは通常の植物の酵素EPSPSの機能を阻害し、植物を枯死させる毒物である。当然、他の代謝経路にも何らかの影響を与えることを予想しなければならない。また、上記のような人工的遺伝子を無理に導入した場合、それ自体で他の大豆遺伝子の発現に影響を与えることも考えられるのであるから、試験試料として除草剤散布で生産したものを使うのは当然ではないだろうか。消費者の立場からするなら、現実の商品と異なるものの試験結果はほとんど意味がないと言える。

 

(5)前例を作った不完全なアミノ酸配列分析

 大豆に組み込まれた遺伝子から作られるCP4EPSPS蛋白質は、土壌細菌のそれと同じアミノ酸配列を持つことが期待される。しかし、それは実際に大豆で作られた蛋白質を分離し、アミノ酸配列を決定して初めて証明されることである。なぜなら、細菌と高等生物の遺伝子を交換した場合、遺伝暗号の読みとり機構の違いから、アミノ酸配列が部分的に変わったり、出来た蛋白質があとで化学修飾を受けたりする現象が知られているからである。

我々は大豆で作られた蛋白質CP4EPSPSのアミノ酸配列は当然全部決定されたと考えていた。が、その期待は見事裏切られた。安全審査申請書でモンサントが提出したのは、この遺伝子を大腸菌に導入して、大腸菌に作らせたCP4EPSPS蛋白質の、しかもN末端から15個のアミノ酸配列だけである。CP4EPSPS蛋白質のアミノ酸配列) あとはDNAの塩基配列からの推定である。分析で配列が決定したのは、455個あると予想される全アミノ酸のたった3.3%にすぎない。しかも、大豆ではなく大腸菌が作った蛋白質である。この大腸菌が作った蛋白質と大豆が作る蛋白質との同一性を証明するのは、ELISA法と呼ばれる抗原性の類似を調べる方法であるが抗原性が似ていることは、アミノ酸配列が同一の証明にはならない。我々が食べている大豆の中のCP4EPSPS蛋白質がいかなるものか本当は分かっていないのである。この部分的アミノ酸配列の決定で良しとする方針は後に提出される他の遺伝子組換え作物にも踏襲された。我々は、モンサント社が提出した殺虫遺伝子組換えトウモロコシ(イールドガードMON810)の安全審査申請書も一部チェックしたが、ここでもやはり毒素蛋白質のアミノ酸配列はN末端から10個のアミノ酸しか決定されていなかった。ラウンドアップ耐性大豆の安全審査で、この程度の構造決定で良しとする前例が作られたとすれば、これを認めた審査委員会の責任は大きい。今後、未解明のアミノ酸配列が原因で、例えば未知のアレルギー反応などの事例が起きた場合、責任はモンサント社だけでなく、国の安全審査委員会にもある。安全性審査の正しさの根拠として「実質的同等性」が主張されるが、そもそも分析試料が大豆ではなく大腸菌製で、分析も3%程度でどうして同等といえるであろうか。こうした、問題のすり替えは、今回のチェック作業の至るところで発見された。科学的に装いながらまったく科学とはかけ離れた内容である。

 

(6)ラットの急性毒性試験サンプルも大腸菌製

 CP4EPSPS蛋白質のラットに対する急性毒性試験もまた大豆で発現・抽出されたものではなく、この遺伝子を含むプラスミドを感染させた大腸菌で生産されたものである。その理由として、モンサント社は申請書の中で、大豆から大量のCP4EPSPS蛋白質を抽出するのは大変だから、と述べている。しかし、これは理由にならない。前述のように、大腸菌は土壌細菌と同じ原核生物であるから、大豆での発現蛋白質は同じとは限らず、合成後の化学修飾なども考えられるからである。そもそも同申請書によれば、組み換え大豆40-3-2株の大豆中にはCP4EPSPS蛋白質が0.238mg/gの濃度で発現しており、大豆の他の蛋白質と比べても特別に低濃度とは言えず、特段に抽出が困難とは考えられない。これもまた、先に結論あり、の安易なやり方の典型といえよう。大豆で発現されたCP4EPSPS蛋白質のアミノ酸配列が全て決定され、細菌のそれと同一が確認されていればこの問題は生じなかったはずである。

 つけ加えれば、こうした実験は、CP4EPSPS蛋白質さえ毒性がなければ、他の大豆蛋白質は非組み換え体と同じはずだから問題ない、という考え方に裏打ちされている。しかし、この考え方は単純で一方的に過ぎる。そもそも、異種生物の遺伝子を挿入されたことで、本来の宿主である大豆の遺伝子の発現に影響がないかどうかが問題なのである。一連の実験は、こうした基本的な問題意識に欠けている。

 

(7)不十分な動物実験と都合の悪いデータの無視

 安全性を見る上で、動物実験のウエイトは大きい。医薬品の認可で最もお金がかかり、長期的実験が必要なのも動物実験である。モンサントは大豆が飼料として利用される可能性のあるラット、乳牛、ニワトリ、ナマズ、うずらについて飼育試験をした。しかし、その実験規模は極めて小さく不十分である。例えば、ラットについては非組み換え大豆と組み換え大豆ついて、それぞれ生大豆と加熱加工大豆を与え飼育したが、各グループのラット数はたった10匹ずつ、飼育期間は28日(4週間)である。これでは、次世代毒性はもちろん、慢性毒性さえ検出不可能である。これらの条件で飼育したラットの体重増加と飼育後の解剖で肝臓、腎臓、精巣(オス)の重量増加を調べた結果が記載されている。

 こうした不十分な実験でも、非組み換え大豆(A5403)と組み換え大豆(40-3-2)について、オスでは明らかに成長の度合いに違いが生じた。生大豆を与えた群では差がなかったものの、加熱加工大豆を与えたオスでは40-3-2株を与えた場合、4週間後の体重増加がA5403株を与えた群より平均体重で6.7%少なく、市販配合飼料と比べると13%も少なかった(表1ラットの飼育試験)。

 問題は、このデータの扱いである。データシートには、この差が統計的に有意な差であると記述しながら、本文結論部分ではこのデータを無視して、「統計的に有意差はなかった」と結論した。都合の悪い実験データは無視し、目的とする結論を強引に導くやり方には驚くばかりである。メスにはなぜ有意差が出なかったのだろうか。この疑問に対する答えは、餌の摂取量の違いにあると思われる。すなわちオスでは平均毎日25〜30g摂取しているのに対し、メスでは18〜20g(約70%)しか摂取していない。実験規模が大きく、飼育期間が長ければメスにも有意差が出た可能性は高いのである。

 国際貿易に関連し農産物の安全性を議論しているコーデックス委員会特別部会の諮問を受けたWHO/FAO(国連世界保健機構/食糧農業機関)の合同専門家会議は2000年5月に遺伝子組換え食品の安全性に関する検討結果を報告書にまとめた。会議の目的は「実質的同等性」の考え方が適当かどうかを再検討することである。同報告書によれば、「実質的同等性」は今後も中心となる考え方だが、それ自身では安全性を証明するものではなく、安全性評価の入り口となる考え方だ、としている。同報告書は動物実験が必要な場合、最低でも3ヶ月以上の実験が必要としている。安全性評価の考え方自身が変わってきているのであり、モンサント社の安全審査申請書は、新しい概念に基づき再検討する必要がある。

 

(8)成分分析におけるデータ無視と強引な解釈

 成分分析はいわゆる「実質的同等性」を証明する手段として重要である。除草剤耐性大豆(40-3-2株)とその親株である非組換え大豆の成分分析が行われ、比較データが載っている。生大豆では両者に違いは見られなかったが、成分の違いは加熱加工後に生じた。分析では、水分や蛋白質、脂肪、粗繊維、灰分、など主な成分の他に、飼料として使った場合に有害な影響を与える可能性のある生理活性物質としてトリプシン・インヒビター(注:消化酵素阻害剤)や整理毒性物質レクチンの他に、加熱による蛋白質の熱変性の指標であるウレアーゼなども測定された。これらの分析結果を表2に示す。実際の飼料作製条件である加熱加工後(108度C、30分)には明らかな違いが見られる。蛋白質や灰分などには違いがないが、前述のトリプシン・インヒビターやウレアーゼ、レクチン濃度には明確な差が出ている(図2活性のデータ)。 

結果を要約すれば、これら生理活性物質の蛋白質は、組み換え体では熱変性を受けにくく失活しにくい、といえる。この濃度では組換え体大豆は飼料としての基準値を外れてしまう恐れがある。 この結果をモンサントは「組み換え体だけ加熱不十分」と解釈した。そして、この試料を加熱加工したTexas A&M大学に差し戻し、再加熱試料の作製を依頼した。その際、モンサント社は現実の飼料製造条件(110度C,10分程度)とははるかにかけ離れた220度C、25分という加熱条件を指定した。その結果得られた「再加熱試料」の分析結果もまた、これら生理活性物質は組み換え体で活性低下が少なく、非組み換え体との差はますます開いた。未認可の組み換え体(61-67-1株)では更に活性の残留度合いは大きく、失活しない、という結果が出た。こうした結果がでれば、通常は、両者に何らかの成分の違いがあると結論するのが科学的態度というものである。しかるにモンサントは、この再加熱でも組み換え体だけが加熱不十分と主張した。結局、更に2回加熱を繰り返した結果、全ての活性蛋白質は熱変性し失活した。これをもって、非組み換え体と組み換え体には違いがなかった、と結論づけたのである。

 加熱を繰り返せば、いかなる頑丈な蛋白質も最後には変性失活する。これは蛋白質化学の常識である。現実の飼料作製条件での違いこそが問題である。モンサントの議論は、まさに「両者に違いがあるはずがない」という先入観と、「違いが有ってならない」という倒錯した思考の結果である。まさに「安全であるという結論が先にありき」の実験解釈であり、到底科学的態度とは相いれない。

 そのうえ、英文データ編では3回目と4回目の加熱大豆の分析データは掲載されていないにもかかわらず、日本文要約版ではあたかもデータが有るがごとくに、失活後のグラフを作製掲載し、「加熱不十分のデータは採用しない」「両者に有意差はなかった」と記載した。英文データ編を見ず、日本語要約版だけを見れば、「安全」の結論へと誘導される仕組みである。

 我々は、1回目と2回目の加熱分析データ自身の中に、加熱が正常に行われたことを示唆する事実を発見した。結果をグラフにして示す(図3灰分・水分の含量)。粉砕した大豆を加熱すれば、水分やその他揮発性成分が蒸発し重量は減少する。その結果、非揮発成分、例えば蛋白質や灰分の濃度は相対的に上がる。このグラフを見れば、非組み換え体(A5403)も組み換え体(40-3-2、61-67-1)もともに同程度に加熱された事は明らかである。水分の減少を見てもそのことは言える。実験事実を虚心にみれば真実が語りかけてくるのが科学である。モンサント社の実験データ解釈は虚偽に満ちている。日本の安全審査委員会の専門家たちは、何を見たのだろうか。それとも何も見なかったのだろうか。この疑問は次の事実で決定的な不信感となって我々を放さない。

 

(9)モンサントの企業秘密:ラウンドアップ耐性大豆では残留除草剤が基準を超える

 ラウンドアップは植物の葉に直接かからないと効き目が無い。従って従来の使用方法は作物の播種前にラウンドアップを散布し雑草を枯らしてから目的の種子を蒔くのが通例であった。しかしRR大豆はラウンドアップ耐性であるから、発芽して大きくなってから散布し、雑草だけ枯らすことが出来る。これが省力化農業を可能にする。このことはしかし、同時に除草剤の葉面吸収を意味し、大豆の植物体や大豆種子への薬剤残留の危険を増やすことにつながる。そこで、モンサント社は安全審査の申請にあたって膨大な実験を行い、栽培条件とグリフォサート(とその分解物AMPA)残留の関係を調査した。10冊の申請書の中、2冊はこの実験に当てられている。問題はラウンドアップの散布時期と回数である。こうした実験が必要な理由は、アメリカでは家畜試料として、大豆の全草を利用するからである。

従来のような播種前散布では生育した大豆へのグリフォサート(+AMPA)残留は極めて少なく、平均0.249ppmであった。次に播種前1回、発芽後早期に1回では2回散布では平均2.918ppmとなり、明らかに葉面からの吸収が認められた。これが播種後2回(計3回)では平均11.575ppmとなる。散布時期は残留濃度に大きな影響がある。播種前1回、播種後1回でも最後の散布が遅くなれば残留濃度は平均で16.316ppm、栽培場所によっては39ppmのものもあった。

アメリカの飼料(全草)大豆中のグリフォサート残留基準は当時15ppmであった。こうした栽培方法では約半数がこの基準を超えた。

大豆種子、即ち我々が食べる豆の残留はどうなるだろうか。平均値で5ppmを超えるものはなかったが、播種前一回散布、発芽後後期の1回散布では約半数が6ppm(当時の日本の食用大豆のグリフォサート残留基準)を超えるものがあった(図4残留グリフォサート)。

一連の実験から、RR大豆の採用は従来の栽培方法と比べて、残留グリフォサートを大幅に増やす結果になることは明らかであった。申請書のこの章におけるモンサント社の結論を見て我々は仰天した。「(ラウンドアップの)新しい使用方法では、大豆飼料中のグリフォサートとAMPAの合計は、現在の許容濃度15mmpを越える。従って、大豆飼料中のグリフォサートとAMPAの合計許容濃度はあげる必要がある」と書かれていたのである。これらのページには「企業秘密」の記載があったが何故か我々は閲覧できた。

その後、アメリカの大豆飼料中のグリフォサート残留基準は100ppmに引き上げられた。日本の厚生省は1999年10月、食品中のグリフォサート残留基準を改定した。大豆中のそれは6ppmから20ppmに、トウモロコシは0.1ppmから1.0ppmに、さとうきびは0.2ppmから2.0ppmに、綿実は0.5ppmから10ppmに引き上げられた。いずれもラウンドアップ耐性遺伝子組換え体の栽培がアメリカで盛んになった品種である。大豆については、各国政府に対してアメリカが残留基準を20ppmに引き上げるよう要請したことが分っている。こうして、わが国は安心してアメリカから大豆を輸入できるようになった。

こうしたいきさつを見れば、安全審査が国民の健康を守るよりは、開発企業の都合を優先しRR大豆を認可したことは明らかであろう。皮肉なことに、2000年3月、アメリカ癌学会機関誌「キャンサー」に一つの論文が発表された。これまで急性毒性は低く、分解性も早くて安全と考えられてきたグリフォサートに、非ホジキン性白血病の発生と相関がある、というスエーデンの研究者らの論文である。

 

結語

 モンサントは認可を急ぐあまり、穴だらけの試験結果や分析結果をつぎはぎして、強引に安全性を主張した。あたかもジグソーパズルの接点だけをつなぎ合わせて、全体が完成したと主張するようなものである。我々が限られた時間と条件で点検した結果からさえこれだけの問題点を発掘することが出来た。組み換え体遺伝子作製の過程やその他の動物実験結果にはほとんど手つかずである。

 2000年5月、モンサントはアメリカから大豆を輸入している各国政府に対し、ラウンドアップ耐性大豆のCP4EPSPS遺伝子構成は、申請書にかかれたものとは違い、新たにこの遺伝子の断片が2個余分に挿入されていることが判明した、と通告した。この断片は1992年アメリカでFDAの認可を受けた当初から入っており、世界中に出回っている全ての組み換え大豆に入っていると説明された。また、2,001年8月にはベルギー国立農業研究センターの研究者らが、RR大豆遺伝子には、第3の新たなDNA配列が挿入されている、との論文を発表した。この534個の塩基からなるDNA断片は、挿入されているラウンドアップ耐性遺伝子CP47EPSPSとも、本来の大豆遺伝子のものとも相同性がなく、どこから来たのか不明である。モンサントは、この断片には遺伝子の読みとり配列や終止信号がないので、未知の蛋白質を作らないので問題ない、としている。しかし、認可後8年以上経ってこうした初歩的な事実が明らかになるということ自体、遺伝子組み換え技術がまだ未完成であることを示すものであり、企業情報だけに頼る安全審査の危険性を示すものである。

 

 こうした不完全な申請書を根拠に安全性を認可した厚生省の安全審査担当者たちの良識を疑う。彼らは本当にこの申請書を自ら読んだのだろうか。モンサントのラウンドアップ耐性大豆の安全審査は再審査の必要がある。            (文責 河田昌東 かわたまさはる 名古屋大学理学部)

 

 

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