遺伝子組み換え作物の現状と課題

 

(名古屋大学理学部 河田昌東 2001.3.1

 

(1)はじめに

 昨年秋から話題になっている遺伝子組み換えトウモロコシ「スターリンク」は遺伝子組み換え作物のもつ様々な問題点を明らかにした。「スターリンク」はアメリカで家畜飼料には認可されているが食用には認可されていなかった。それがアメリカでタコスの皮から、日本では製菓原料粉から検出された。混入の原因 (A)分別流通が機能していなかったこと。(B)圃場でのスターリンク・コーンの花粉による汚染、の両方があった。何故食用に出来ないかといえば、スターリンクのもつ「殺虫遺伝子Cry9Cが作る蛋白質が人間にアレルギーを起こす危険を排除出来なかったからである。スターリンク事件で政府による輸入の際の安全性チェックが機能していないことも明らかになった。今後ますます増加すると見られる遺伝子組み換え食物による私たちの健康と環境への影響を基本に戻って考える必要がある。

 

(2)遺伝子組み換えの二つの目標

        遺伝子組み換えは今後増加する世界人口の食糧供給を担う重要な技術と云われる。

また、同時に批判の多い農薬を減らし、環境に優しい農業を可能にする、とも云われてきた。世界最大の大豆とトウモロコシ生産・輸出国のアメリカでは、現在、遺伝子組み換えで作られた「除草剤ラウンドアップ耐性大豆」が全作付けの60%、

殺虫遺伝子を組み込んだ「Btコーン」が30%を占めている。これらは1996年頃から本格的に栽培され始め、短期間にシェアを拡大した。そうした中で推進の理由に掲げられた二つの目標は果たして達成されたのだろうか。栽培の本格化によってこの二つの目標は検証可能になった。結果は否定的である。除草剤耐性大豆は在来種に比べて平均56%減収、Btコーンは害虫発生程度にもよるが過去23年の実績では増減なし、である。農薬使用量も減少せず、単一の農薬使用量増加によって耐性雑草の出現など、将来に問題を投げかけている。遺伝子組み換え作物は、大農場をもつアメリカの農業企業によるのコスト削減・省力化農業の手段である。

 

(3)遺伝子組み換え作物と環境

単一種類の薬剤を連用すれば、それに耐性をもつ生物が発生するのは避けられない。このことは「抗生物質耐性菌」の出現で良く知られた事実である。遺伝子組み換えでラウンドアップのような除草剤を広範囲に撒けば、耐性生物(雑草)が発生する。カナダやアメリカではこうした事実が最近明らかになった。耐性雑草と除草剤散布はイタチゴッコであり、散布量の増加や新たな除草剤とその耐性作物の開発、という悪循環を招く。

Btコーンは害虫を殺すが、それに対する耐性昆虫出現を防止するるため、アメリカEPA(環境保護庁)は、Btコーンの畑には隣接して非組み換えコーンを20%以上作付けするよう指導している。スターリンク混入事件は、こうした作付けのあり方にも原因があった。花粉による遺伝子の汚染が起こったのである。

アメリカ・コーネル大学の研究者らによる、Btコーンの花粉による標的外昆虫(オオカバマダラ蝶)の被害は良く知られているが、その他にもスエーデンの研究者らによる、益虫(クサカゲロウ)の被害も報告されるなど、殺虫遺伝子による生物多様性への脅威と生態系の撹乱が問題になっている。

シカゴ大学のM.バーガソンの実験は示唆に富んでいる。除草剤ST耐性のシロイヌナズナに対する自然突然変異株から遺伝子を取り出し、遺伝子組み換えによってST感受性の野生株に挿入したところ、本来自家受粉性のシロイヌナズナが他家受粉性に変わった、という報告である。この実験は、自分の遺伝子であっても、人工的に外部から挿入された場合、生殖機能が変わることを示唆している。他家受粉性植物の花粉による人工遺伝子拡散とともに、こうした生殖機能の変化による遺伝子の拡散もまた、今後大きな課題となろう。

 

(4)遺伝子の水平伝達と予期しない遺伝子拡散

遺伝子の水平伝達とは、通常ならば起こらない遺伝子の種間移動を指す。自然界でもウイルスやトランスポゾンと呼ばれるウイルス様遺伝子の働きでまれに起こるが、長期的なスケールでは、生物進化の原動力とも考えられている。

遺伝子組み換えは、こうした遺伝子の水平伝達を人工的に行う。例えば、ラウンドアップ除草剤耐性大豆の遺伝子は、プロモーター(遺伝子のスイッチ)にカリフラワー・モザイクウイルスのものを、除草剤耐性遺伝子は土壌細菌から、耐性遺伝子産物の蛋白質を大豆の葉緑体に運ぶためにペチュニアの遺伝子を、遺伝子読みとり終止信号には植物のガン・ウイルスの一部をつなぎ合わせた複雑な構造をしている。こうした遺伝子の組み合わせは、自然界では起こり得ないもので、この大豆のラウンドアップ耐性遺伝子が、遺伝子の水平伝達で自然界に広がった場合どのようなことが起こるか想像も出来ない。遺伝子組み換えは生物進化に対する挑戦である。

遺伝子の水平伝達が直接我々に影響するのは、おそらく抗生物質耐性遺伝子が体内で腸内細菌と組み換えを起こし、病気の際に抗生物質が効かなくなる、といった事態であろう。こうした事態はすでに起こっているかもしれないが、確認のための実験はない。昨年、ドイツの昆虫学者H.カーツ教授は、除草剤耐性菜種の花粉を食べたミツバチの腸内細菌が除草剤耐性になっている事実を発見した。また、遺伝子組み換え砂糖大根から抗生物質耐性遺伝子が土壌細菌に転移する事実も発見されている。最近(20011月)、遺伝子組み換えに最も良く使われる土壌細菌Agrobacteriumが人間の細胞に抗生物質耐性遺伝子を安定的に伝達させ、抗生物質(ネオマイシン)耐性に出来た、という研究がアメリカ科学アカデミーの機関誌に掲載され話題を呼んでいる。この研究の著者らは、これが実験室で行われたとしながらも、遺伝子組み換え作業を行う現場の研究者らに注意を呼びかけている。抗生物質耐性遺伝子は遺伝子組み換えの技術上、必要悪として利用されている物である。

 

(5)遺伝子組み換えと健康影響

遺伝子組み換えによる健康への影響には様々な様態が予想される。最も単純なものは、薬剤耐性作物の採用によって散布薬剤量が増加し、作物の農薬残留量が増えることであろう。 20004月、厚生省は各種作物の農薬残留量の基準を改定したが、グリフォサート(除草剤ラウンドアップの有効成分)については、大豆が6ppmから20ppmに、トウモロコシは0.1ppmから1.0ppmに、サトウキビは0.2ppmから2.0ppmに大幅に引き上げられた。これは、アメリカでラウンドアップ耐性作物の生産が増加し、輸入の際に従来の基準ではこれを超過する可能性が出てきたためと思われる。事実、アメリカは同国から大豆を輸入している世界各国に対し、グリフォサートの残留基準を20ppmに引き上げるように要請している。しかし、皮肉にも同じ時期に、アメリカのガン学会機関誌「Cancer」は、ラウンドアップなどの農薬利用と非ホジキン白血病の増加に相関があるという論文を発表している。

スターリンクは、Cry9C蛋白質が人間に食物アレルギーを起こす可能性がある、として認可されなかった。この蛋白質は多くの食物アレルギー蛋白質同様、胃腸消化液に対する消化抵抗性、耐熱性などが問題になったが、その他、グリコシレーションと呼ばれる、Cry9C蛋白質の合成後の細胞内修飾(多糖類の付加)を示すデータもあった。こうした合成後修飾も異種生物間遺伝子組み換えでは問題になる。アレルギーは人体が異物を認識し排除する生体防御機構である。したがって、遺伝子組み換えにより、人間がそれまで食べた事のない蛋白質(土壌微生物のような)が食物の中に入り込んでくることは、アレルギーのチャンスを増やす事であり、今後も安全性におけるチェックポイントとなる。

遺伝子組み換えによって、宿主の遺伝子にどのような影響が生ずるかは慎重に調べなければならない。例えば、イネのグルテリン蛋白質を押さえる遺伝子組み換えによって、プロラミンという蛋白質の合成が増加することが知られているが、これは米アレルギーの原因物質である。遺伝子は相互に連関しており、単一目標のための遺伝子組み換えが、食物の栄養成分全体に影響を与える可能性もある。そうした点で「実質的同等性」の考え方だけでは、安全性の保証にならない。

 

(6)遺伝子組み換え食物の安全審査の実態

遺伝子組み換えによる人間の健康への影響はまだまだ未解明である。にもかかわらず、すでに多くの遺伝子組み換え食品が政府の認可を受け、市場に出回っている。4月から表示義務化が始まると云っても、安全審査のシステム自体が変わるわけではない。私たちは、日本における安全審査の実態を知るために、モンサント社から厚生省に出された、「ラウンドアップ耐性大豆の安全審査申請書」の閲覧を行った。そこに見たのは、企業のデータだけが頼りの、極めて不十分な審査の実態であった。

 問題点を列挙すれば以下の通りである。

 

a)成分分析や動物実験に使われた大豆サンプルの栽培で除草剤は使われなかった。

b)除草剤耐性遺伝子が作る蛋白質CP4EPSPS蛋白質のアミノ酸配列は決定され  

ておらず、DNAからの推定に過ぎない。これでは、合成後の細胞内修飾は分からない。

c)ラットへの急性毒性試験で使われたCP4EPSPS蛋白質は、組み換え大豆から

   分離された物ではなく、大腸菌で合成された代替え物である。これでは、真の

   毒性は分からない。

d)ラットの飼育実験で、除草剤耐性大豆を食べさせた雄ラットには、統計的に

有意な成長障害が見られたが、結論では影響がなかったとされている。その

上実験は28日間で、慢性毒性や遺伝的影響は判定出来ない。最近出された

WHO/FAOの遺伝子組み換え食物の安全性に関する勧告でも動物実験は最低

90日以上は必要と指摘されている。

e)加熱加工後の分析で、遺伝子組み換え大豆と非組み換え大豆では成分に大きな

   違いが見られた。消化妨害の原因とされるトリプシン・インヒビターやウレ

   アーゼ、レクチンなどの生理活性物質が、生大豆では100Cの加熱で速や

   かに変性失活したが、組み換え大豆では容易に失活しなかった。この事実を

   モンサント社の申請書では、組み換え大豆だけが加熱不十分と強引に解釈さ

   れ、その後220Cという非現実的な加熱を繰り返してやっと失活が確認さ

   れ、組み換えによる影響はない、と結論された。こうした、生データを無視

   した都合の良いデータ解釈は随所に見られたが、安全審査をした厚生省の食

   品衛生調査会はこれらの点を問題にしなかった。

 

 遺伝子組み換え食品の安全性審査のやり方は、このラウンドアップ耐性大豆の審査が基本になっており、その他の組み換え体についても日本の安全審査体制は企業データに頼った、極めて不十分なものである。

 

(7)「実質的同等性」概念の矛盾と限界

 これまで遺伝子組み換え食品の安全性について厚生省や農水省は「実質的同等性」の考え方に基づき審査している、と主張してきた。遺伝子組み換えは、基本的に従来食物とされてきた植物(動物)の細胞に、必要な外来遺伝子を付加しただけであるから、その外来遺伝子が宿主細胞内で安定的に発現し、目的とする蛋白質を作っていることが確認出来、さらに、全蛋白質、炭水化物、脂肪、繊維質、灰分などの様な食物の主成分の含量に大きな変動がなければ安全と認める、という主張である。

この「実質的同等性」概念は、遺伝子組み換え食品の認可が必要になった1993年にOECD(経済開発協力機構)の専門家会議が打ち出したものだが、その解釈と信頼性をめぐっては、これまで遺伝子組み換えに反対する市民ばかりでなく、科学者の間からも批判が絶えなかった。そうした中、政府関係者などからも「実質的同等性」に当てはまればあたかも安全性が証明されたかのような主張がなされ、混乱を招いてきた。 「実質的同等性」概念の基本的な欠陥は、宿主に導入された遺伝子(群)が宿主細胞の遺伝子の機能に大きな影響を与えない、という思いこみである。そのため、外来遺伝子の作る蛋白質を単体で動物に与える毒性試験などが安全の根拠をされた。栄養面からは主成分の大きな変動がなければ良い、という判断である。しかし、この議論では挿入遺伝子が宿主遺伝子の何処に挿入されるか分からない、という現在の技術的欠陥や、遺伝子が細胞内でお互いに連関しあい一つの生物としての機能を発揮しているという事実を無視している。また、何らかの代謝の変化の結果、挿入遺伝子産物とは直接関係がない有害な微量成分が作り出されたとしても、それをチェックする手だてがない。遺伝子組み換え技術の必要悪として容認されている「大腸菌の抗生物質耐性遺伝子」の挿入についても、細胞内での発現量が少ないので、胃腸消化液で分解されるだろう、という期待に依存しているに過ぎない。

 

こうした批判に対し、20005月に国連のWHO(世界保健機構)FAO(国連食糧農業機関)の合同専門家会議が「実質的同等性」概念の見直しとも云うべき一つの報告書を出した。その中で同専門家会議は、遺伝子組み換え食物の安全性評価の困難を指摘しながら、「実質的同等性」は在来植物とそれに外来遺伝子を組み込んだ遺伝子組み換え植物との違いを明らかにするための手段であって、それ自体は安全性を証明するものではなく、安全性評価の体系作りの入り口であり、終着点ではない、と結論した。特定の食物が安全かどうかは、それ自体長い歴史の産物であって、証明された事実ではない、という認識である。従って、これに新たな遺伝子を導入することによってどのような「意図せざる影響」や「予期せざる影響」があるかは別途科学的な追求が必要である、としている。前述したように、動物実験が必要な場合は、「亜慢性毒性」を調べるためには最低90日以上の飼育試験が妥当としている。抗生物質耐性遺伝子の利用については、これまで実害の例は報告されていない、としながらも出来うる限りこれを使わないように新たな技術開発をすべきである、と指摘している。

 こうした議論に照らせば、これまでに認可され市場に流通している多くの遺伝子組み換え食物の安全性には多くの問題点のあることが浮き彫りにされる。にもかかわらず、この報告書は、あくまでも遺伝子組み換え食物の推進を目指したものであり、これまでに認可された組み換え体については安全性が確保されている、という極めて政治的な判断と苦しい弁解によってこれを正当化している。しかし、「実質的同等性」概念の限界と問題点を明らかにした、という点でこの報告書は今後の指針となると思われる。

 

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