プリオン・タンパク質は記憶保持に関係?
二つの顔を持つタンパク質が生命維持に不可欠な機能を持つことを示唆する研究
Nature News Service
http://www.nature.com/nsu/031229/031229-2.html
03年12月30日
ヘレン・ピアソン
訳 河田昌東
アメリカの研究者らによれば、二つの異なる型の間を行き来するプリオンと呼ばれる不思議なタンパク質は、脳の記憶を保存するのを助けているかもしれない。 この発見はこのタンパク質の全く新しい働きを示唆している。
プリオンはタンパク質の世界では異例な存在である。プリオンはひとたび変身すると自分自身を再生産し、仲間のプリオンを同じ型に変身させる。そうした増殖中のプリオンはしばしば毒性を発揮する。即ち、それは狂牛病の牛や人のクロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)の患者の脳に蓄積している。
今回、ニューヨークのコロンビア大学のエリック・カンデルが率いる研究チームは、CPEBと呼ばれるプリオン様タンパク質に脳細胞がメモリーを蓄えるのを助ける働きがあることを発見した。脳に一時的な電気刺激を加えるとCPEBを励起し、プリオンのような型に変わり、永久的なメモリーを作り出す、と研究者らは示唆している。この発見は他のプリオン様タンパク質も全てのタイプの本質的な生物学的機能を担っているかもしれない、という期待を抱かせる。「私はその可能性は大いにあると思う」とマサチューセッツ州ケンブリッジのホワイトヘッド研究所プリオン専門家で研究チームのメンバーであるスーザン・リンクイストは言う。ある細胞の中で遺伝子のスイッチを入れたり切ったりするプリオンは、例えば、他のプリオンにもそれを伝え、DNAをバイパスする一種の遺伝的形態でありうる、とリンクイストは言う。 「私は、それはタンパク質生物学が始まって以来恐らく存在した見方だと思う」と彼女は言う。
強力な関連
CPEBはナマコの神経細胞同士を結び付けるシナプシスのタンパク質である。活性化するとCPEBは他の(同種の)タンパク質の生産を急激に増加させ、神経細胞と近隣のニューロンとの間に新たな強い結合をつくり維持させる。この過程はメモリーの基礎である。カンデルと彼の共同研究者らはCPEBがどのように働くかを酵母細胞に導入して調べた。 その結果、彼らは、CPEBはスイッチが入るとプリオン様の型に変化し、それが増殖して他の細胞に伝達されることを発見した。「それはまさにプリオンのように働く」とカンデルは言う。この発見は彼らに記憶がどのようにして形成されるかというモデルを作らせた。ある経験が電気信号を速やかに神経細胞に送りあるシナプシスの引き金を引く。そうするとCPEBにスイッチが入り、それはプリオン型の活性化された形に変わる。こんなふうだとカンデルは示唆する。 プリオン・タンパク質は
複製し、協同して次のニューロンとの結合を強化する。「このメカニズムは大変面白い」と言うのはサンフランシスコのカリフォルニア大学でプリオンを研究しているジュゼッペ・レグネムだ。レグネムはこのモデルの大半はまだ証明されていない、と指摘する。研究チームはCPEBが実際にナマコの中でプリオンのように働くことを証明していないし、人間でもそうだ。しかし、人間と他の哺乳類も一種のCPEBを持っており、それがどんな働きをしているか調べることは非常に興味がある」とレグネムは言う。
参考文献
Si, K. et al. A neuronal isoform of CPEB regulates
local protein synthesis and stablizes synapse-specific long-term facilitation
in Aplysia.
Cell, 115, 879 - 891,
(2003).
Si, K., Lindquist, S. & Kandel, E.R. A neuronal
isoform of the Aplysia CPEB has prion-like properties.