プリオン病の治療に要注意
抗プリオン抗体は脳細胞を殺すことが研究で明らかに
Nature News Service
http://www.nature.com/nsu/040126/040126-16.html
04年1月30日
ヘレン・ピアソン
訳 河田昌東
BSEの人間版(クロイツフェルト・ヤコブ病)の治療を目的とする抗体治療は逆効果だとアメリカの科学者が警告している。このグル―プは、希に起こる脳の異常である変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)をもたらし、農場ではBSEの原因であるプリオンと呼ばれるタンパク質を研究した。プリオンは形が異常に変化し、脳に蓄積して神経細胞を殺すと病気を発症する。いくつかの研究グループが正常プリオンと結合して有害な形態変換を起こさないようにする抗体を利用してこの病気の予防を研究している。
今回、カリフォルニアのラ・ホイアにあるスクリプト研究所のアンソニー・ウイリアムソンと共同研究者はそうした抗体が健康なマウスの脳に注入された場合、神経細胞自体を殺してしまうことを発見した。ウイリアムソンはプリオンをターゲットにした抗体治療を研究している研究者らに、脳を損傷から守るよりは脳を破壊する場合もある、と注意を促した。
ウイリアムソンの警告は抗体治療が、見込みがある、という報告とは矛盾する。 昨年行われたある研究では、感染性プリオンを脳に注入したあと抗プリオン抗体を注入したマウスは対照と比べて数ヶ月長生きした。しかし、この研究では抗体は脳に入らなかった、とウイリアムソンは指摘し、研究者らは神経細胞に対する副作用に気が付かなかったのだろう、という。
死につながる
ウイリアムソンは、抗プリオン抗体はある意味ではBSEやvCJDで異常プリオンが脳を破壊するのと似たような働きをすると考えている。異常プリオンは細胞膜内にある正常プリオンに結合し、細胞を死に至らしめる信号の引き金を引く。これらのプリオン病ではさらに異常プリオンが寄り集まって毒性のある固まりを作ることで生ずる問題もある。正常プリオンの機能はまだ良く分かっていない。遺伝子操作でプリオンを全く作れないようにしたマウスでは健康上に問題があるようには見えなかった。プリオンは自然の加齢に関係しているかもしれない、とウイリアムソンは推定している。恐らく、我々が年をとるにつれ、プリオンは細胞を殺し始める引き金を引くのだろう。
ウイリアムソンの発見は抗体治療の希望を全面的に打ち砕くものではない、とカリフォルニア大学のプリオン研究者、ジュゼッペ・レグネムは言う。彼らは異なるタイプの抗体で治療試験をしていて、抗体の種類によっては神経細胞を殺さないかもしれない、と言う。「我々はより可能性があって毒性の少ないものを探し出す」と彼は言う。
今は、vCJD患者の治療は行っていない。この患者はイギリスでは約150名かそこらが感染した。抗体の研究と同時に、他の研究グループはプリオンが脳内で固まってしまうのを止める薬品を探している。
文献:
1)Solforosi, L. et al.
Cross-linking cellular prion protein triggers neuronal apoptosis in vivo.
Sciencexpress, doi:10.1126/science.1091273 (2004).
2)White, A. R. et al.
Monoclonal antibodies inhibit prion replication and delay the development of
prion disease. Nature, 422, 80 - 83, doi:10.1038/nature01457 (2003).