オーストラリアのGM論争が頂点に

オーストラリアン・マガジン

02年9月28日

ビクトリア・ローリー

訳 河田昌東

 

オーストラリアにおける遺伝子組換え食品問題が緊迫している。数年間の試験栽培を終わって最初のGMの商業栽培が数ヵ月以内に始まるかもしれない。GM支持者達は、「これはもう一つの農法だ」と言うが、他の人々は密かに忍び寄る侵略者だ、と警告する。

6月のまだ肌寒く荒れた天気の夜、西オーストラリアの小麦ベルト地帯の町、ヨークの農民達が荘厳なタウン・ホールに集まってきた。年老いた北アメリカの一人の農民が300名の屈強な参加者達の前に立った。「紳士淑女諸君、私は皆さんに何かをしろと話すためにここに来たのではない。私達に何が起こったかを話すためにきたのです」と彼は言った。

 

 カナダの農民パーシー・シュマイザーはキャノーラ・ナタネについて話すためにやってきた。 キャノーラは彼がサスカチェワン平原で50年間も栽培してきた小さな黒いナタネである。カナダは世界の輸出入キャノーラの41%を生産している。オーストラリアは13%である。そのオイルを含んだ種子はポピュラーな低コレステロールのマーガリンになったり、スーパーマーケットの棚で食用油として売られている。しかし、カナダ産のキャノーラは1990年代半ばから大半が遺伝子組換え品種になっている。 「自分が地球を半周回ってここへ来たのはオーストラリアの農民の皆さんにこのGMキャノーラに対する警告を発するためです」、とシュマイザーは言った。彼の訪問はいいタイミングだった。彼が到着した週に、農薬企業のジャイアンツ、モンサントがキャンベラの遺伝子技術規制当局にオーストラリア最初のGM作物の商業栽培を申請した。 それが遺伝子組換えキャノーラである。これはオーストラリアがGM作物の試験栽培に首を突っ込んでから5年たち、政府がどうするかを見る画期的なステップである。早ければ来年2月にもモンサントともう一つの申請者アベンティスが遺伝子技術規制局の承認を得て、数週間後に農民達がその栽培を開始するかもしれない。大麦や小麦、ホップなどこれまでオーストラリアで試験栽培されてきた他のGM作物もこれに続くだろう。しかし、キャノーラはオーストラリアがこれまでのGMフリー大陸から遺伝子組換え作物栽培国、輸出国への変貌を象徴するかどうかを占うきわどい作物になった。

 

それがどうした、何が問題なんだ? とカナダの農民は言う。かつて市長を務めたシュマイザーは現在71歳で、とてもラジカルな人には見えない。 彼は生涯をキャノーラ栽培に費やし、次の年のために種子を確保してきた。キャノーラの種子はとても細かくて、指の間から流れ落ちてしまうくらいだ。キャノーラは他家受粉性の作物で花粉によって遺伝子を周辺に拡散させ、小麦や大麦よりもはるか遠くまで飛んでいく。シュマイザーによれば、GMキャノーラが市場に登場してから彼の問題が始まった原因はそれだ。

 

モンサントは土壌細菌から取り出して植物に挿入し、広く使われているラウンドアップ除草剤に対する耐性を植物に与えるこの遺伝子の特許を持っている。こうして出来たのが「ラウンドアップ・レディ・キャノーラ」である。これは除草剤を振りかけても死なない遺伝子組み換え植物である。畑の雑草は死ぬが作物は生き残る。遺伝子組換え作物の栽培はたった5年間で30倍にも増えた。14カ国が関わっているが、昨年度の栽培面積で言えばアメリカが68%を占める。モンサントはキャノーラから綿、大豆、コーンまで世界のGM作物の90%のオーナーである。同社は農民と契約し、同社の二つの製品、種子と除草剤を独占的に買い、特許を含む遺伝子の使用に対して技術開発費を支払うよう義務付ける。見返りに、モンサントは農民に二重の利益を約束する。高い収量と少ない除草剤である。

 

しかし、オーストラリアを縦断し、何ダースもの田舎のパブやホールで繰り返し語った彼の話は、そうしたハッピーな結果ではなかった。 彼は言った。自分は決してモンサントのラウンドアップ・レディ・キャノーラは買わなかった。しかし遺伝子組換えの花粉と種子が彼の在来種の畑に入り込んだのだ。彼は、花粉や種子が風や蜂、穀物トラックやこぼれ種から自分の農場に運ばれてきたのだ、と主張した。しかし、結局それらがどのようにして運ばれてきたかは問題でなかった。 シュマイザーが――― 意図的にしろ無意識にしろ――特許付の種子を収穫し、再播種していると隣人がモンサントに密告し、モンサントが彼を裁判に訴えたからだ。2000年にシュマイザーは15万米ドルの罰金と科料を言い渡された。 裁判所は彼が遺伝子組換え種子を植えた罪を認め、「彼はこの種子が植物特許法下にあり、他人のものであることを知っていた、あるいは知っているべきであった」と判決した。

 

演壇のシュマイザーに付き添っていたのはトム・ウィリーである。彼はノースダコタの大豆生産者で、「彼がある日私のトラックに座っていた時ブローカーから電話がかかり、私の作物が1.5%のGM陽性と出た、と知らされた」という。ウィリーではない別の隣人がGM大豆を植えていた。 しかし、ウィリーの大豆は汚染していて海外の買い手から排除された。純粋なキャノーラや大豆の種子をアメリカとカナダでは見つけることは今では極めて難しい、と二人は聴衆に言った。この二つの国は現在、事実上GM産物の輸入を締め出しているEUから排除されている。「どこの農民も自分の権利のために立ち上がるときだ。なぜならGM作物のために脅威を受けるようになったから」とシュマイザーは言った。 オーストラリア政府と農業団体による、GMとノンGMを厳密に分離栽培する「共存政策」の宣言は無駄なゼスチャーである、とカナダ人は警告した。「三つのことを考えよう。それらを封じ込めるものは存在しない。共存できるものはない。そして市場を失う。この三つだ」。会場から異議の意見が出た。伸び盛りのGMキャノーラをカナダが単純に非GM国のメキシコや中国に広げたというのは間違いではないか。 GMが有害だという証明がないのに消費者はそれが組換え食品かどうか本当に気にしているのか・・・など。「90%のカナダ人は分かっていればGM食品を選ばない、と言っている。 これを最終的にストップするのは消費者だ」とシュマイザーは言った。この講演旅行は「疑惑の種子」と名付けられた。講演が終わると聴衆はGM作物に疑問を持つ人と、シュマイザーを疑う人の二つのグループに分かれた。

 

ギル・ロジーは中部ビクトリアの町からバンを運転してやってきた農家出身の教師である。彼女は「GMフリー・ベンヂゴ」キャンペーンのメッセージを広げて来た。出会ったとき彼女はベンヂゴから少し西の小さな町ビーリバの農民集会に行く途中だった。彼女の話を聞く聴衆の中の多くの農民は、遺伝子組換え全面反対のロジーには批判的だった。彼らは、輸入食品には、はっきりとGMの表示がある、キャノーラ製品もある。それらはすでにスーパーの棚に並んでいるではないか、と指摘した。彼らは、植物の遺伝子組換えも作物の品種改良の一つの手段だと受け入れている。オーストラリアで栽培されている大半のキャノーラは従来の交配で除草剤耐性になっているのだ。ある人々によれば、オーストラリアはすでに食品ではないが、綿でGMと交配している。 国内で栽培される綿の3分の1は害虫抵抗性の遺伝子組換え綿である。しかし、ロジーと彼女の聴衆はGMキャノーラのような特許食品に話が移ったとき、多くの部分で意見が合った。 「これは犠牲者払いの原則を導入するものでフェアじゃない」とロジーは言う。彼女はシュマイザーの講演旅行を助け、ビクトリア地方を組織化した。「農家の人たちは、企業の特許権が農民の権利を犯すこと、そうしたことを農民は望まない、というメッセージをもって帰った」と彼女は言った。

 

後で、パブでビールを飲みながら、農民のデービッド・ヒーサーとスチーブ・イングリッシュは、GMキャノーラの花粉と種子をどうやったら風に乗って飛んでいくのをとめたり、偶然トラックからこぼれるのを防止したり出来るか、疑問を話しあった。「マリー台風が牧場の表土をさらっていくのを見ただろう?」とヒーサー。 「我々は契約者を使って自分の農場からキャノーラを運び出すけれど、トラックから水のようにこぼれ落ちるのを見たよ。それは小さな小さな種子だもの」とイングリッシュ。イングリッシュは在来種のキャノーラを栽培していて、彼の地域でアベンティスの極秘のGM試験栽培が行われていることが発覚したときに警告を受けたのだった。 「試験栽培が行われていてもヨーロッパの輸入業者からみればオーストラリアはまだノンGM状態だ。だから私はこれを守りたいんだ」イングリッシュは年内にも商業用GMキャノーラの栽培が自分の境界線近くまで来ないかどうか心配している。「そうなれば誰からもお呼びがかからなくなるだろう」

 

こうしたシュマイザーに喚起されたパニックは科学的根拠がないものだ、と言うのはアデライーデのオーストラリア雑草防除協同研究センターの助教授リック・ルーシュである。「議論の多くは技術や多国籍企業に対する恐れに占められている」と彼は言う。疑惑の種子講演旅行がオーストラリアを縦断しているちょうどその頃、ルーシュとCRCの同僚とマリー・ライガーがリーダーのチームによる研究結果がアメリカの科学雑誌サイエンスに発表された。 このチームはキャノーラの花粉の飛散を南オーストラリア一帯の63箇所の試験栽培圃場で調査し、望ましくない遺伝子伝達はわずか0.07%しか起こらないことを見出し、ノンGM作物は「危険でない」信ずる、と報告した。 しかし、シュマイザーの方がより大きく新聞の見出しを飾った。怒ったルーシュは自分達の発見は数百ヘクタール汚染した、というカナダの農民の主張に重大な疑問を投げかける、と記者会見で語った。

 

今月初め、シュマイザーはモンサントに対する控訴審で敗訴した。しかし、オーストラリア農業知的財産権センターの所長ブラッド・シャーマンはこの判決には問題が残る、という。 「遺伝子組換え種子の特許は、人々が自分の意志と無関係にそれを侵害して提訴される可能性がある。裁判の恐れから人々はプレッシャーを受け、バイテク企業に署名してしまうかもしれない」 

 

ベンジゴ市議会は最近モンサントとアベンティスにこの地域でGM作物の試験栽培と収穫を行わないように、という要求書を出した。「基本的には彼らは我々を無視するだろう」と市長アンドリュー・ポールは言う。ビクトリア州とニューサウスウェールズ州の政府は遺伝子テクノロジー法によって可能な(組換え技術)オプションを排除し、同州内にGMフリー・ゾーンを作る決定をした。ベンヂゴ市は「クリーン・グリーン」イメージのために5億ドルの農業支出をする、とポールは言う。彼の言うには、この考えはタコシェルやコーン・チップス生産者のロジタスのようなベンジゴ周辺の農産物食品企業とも共有している。 「オーストラリアはクリーンでグリーンな国だという宣伝を促進するチャンスだ」とロジタス社の支配人ピーター・マックアリスターは言う。彼は「一つの早まった決定が未来をだめにしてしまう」「自分は環境保護派じゃない。しかし、GMが自分の食物連鎖に入り込んだら海外市場を失ってしまう」と恐れている。オーストラリアが市場を本当に失うかどうかは不確かだ、と言うのはオーストラリア農業研究局。ために増大する遺伝子組換え作物の市場に対する影響を調査してきたマックス・フォスターだ。「GMフリー・オーストラリアはEU市場へのキャノーラ輸出でカナダに対する明確な強みだ」と彼は言う。しかし、他の国々は容易にGM作物を受け入れている。ある種のGM食品を禁止している日本でさえGMと非GM両方のキャノーラを輸入している。高収量のGM作物はオーストラリアの農業民にとって「農業上の利益を提供する」と彼は言う。農民達は現在、在来キャノーラでプレミアム価格を得ていない。しかし、この状況は変わるかもしれない。もし、遺伝子組換え食品に対する世界的な消費者の反対が起これば、オーストラリアのGMフリー作物はたちまち価値のあるものになる。「私にとって、両方の市場が確保できればもっといいんだが」 そんなこと出来るか? 農場からサイロまでGMとノンGMの両方を取り扱うシステムを作るのは莫大な費用がかかる。その結果GMであがる利益は帳消しになってしまうかもしれない、とフォスターは言う。

 

 翌朝、ベンヂゴ市の150Km西にあるドナルド・ホテルで心づくしの朝食をとり、ボブ・フェルプスはデヴィッド・モンローとの公開討論に臨んだ。フェルプスは遺伝子操作に反対するメルボルンのロビー・グループGeneEthics(遺伝子倫理)ネットワークの代表、モンローはモンサントのセールスマンである。 この集会の農家の聴衆は、GMキャノーラは単に「もう一つの農業手段に過ぎない」というモンローの見解に傾いているように見える。 モンローが、GM作物に関する騒動はモンサントがラウンドアップを「革命的に新しい」広範囲除草剤だといって最初に導入した1980年代を思い出させる、と言うと何人かが同意して頷いた。GMキャノーラをやるかやらないか決めるのは「農家の選択次第だ」とモンローはナショナル農民連盟の公式見解を繰り返す。モンサント側にとっては「農民の牧場規模での研究を継続する必要がある」というのが彼の意見である。

 

フェルプスが話し始めると、聴衆の中のキャノーラ生産者の一人が、彼のいうフェルプスの「隠されたアジェンダ」にいかにもイライラした様子になった。「彼は農業の門前に立つトロイの馬だ。理性的で合理的に見せかけているが。フェルプスの真の意図は全ての除草剤耐性植物を禁止することだ。全ての除草剤でさえ禁止するつもりだ」とジェラルド・フィーニーは言った。このGM討論会はフィーニーによれば「現実の農業と都市住民の考える農業との衝突だ。都市住民は小麦やキャノーラの畑をドライブで横切るとき、その背後にある作物のテクノロジーは机の上のコンピューターのように繊細だということを知るべきなんだ」とフィーニーは付け加えた。農民と消費者は規制のシステムとGMとノンGM栽培について行われつつある研究結果を信頼しなければならない、と彼は言う。しかし、反対派の全国スポークスマン、ケリー・オブライエンは、これらの機関やその研究のための時間はもう時間切れである。なぜなら遺伝子テクノロジー規制当局は申請書受理から決定までたった170日しかなかったからである。 「組換え作物と種子の分別が出来るのかどうか、どうやったら出来るのか、といったことがはっきりしないままモンサントに決定は出るでしょう」とオブライエンは言う。

 

 パーシー・シュマイザーの話がドナルド・ホテルの朝食ミーテイングに響き渡る。

(遺伝子汚染では)すでにいかなる形の損害賠償も認めていない保険会社にとって、近隣からの作物汚染、即ち意図しない遺伝子の利用でモンサントから農民は告訴される重大なリスクを負うことが出来るのか? 聴衆にたいしてモンローはすぐには答えられなかった。

「何が正しく何が間違っているか、法律家達の研究が必要です」 後に、モンサントのスポークスマン、ブリアン・アーネストは「ウィークエンド・オーストラリア・マガジン誌」に次のように語った。GM特許種子と知って利用した未契約農家は告訴される。「しかし、その種子が毎年毎年使われているかどうか、その技術を知った上で利用しているのかどうか、は我々の問題だ」と。たまたま汚染に見舞われた農民については「我々は感知しない。我々の理解では汚染は非常に低いレベルだ。非常に希な場合だ」 モンサントはGMの商業栽培導入についてはいかなる条件でも協力する、とアーネストは言う。規制当局の認可について、「認可が下りるかどうか、我々には秘密だ」という。

 

朝食の皿が片付けられると、農家の一人が立ち上がってGMキャノーラに対する対立意見を述べてくれたことに対し、遺伝子倫理論者とモンサントのセールスマンに感謝の言葉を述べた。「皆さんありがとう。我々は考えるための材料として皆さんの意見を持ち帰る。メッセージはことが起こる前に正しく理解すべきだ、ということです。」

 

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