OIE、腸全体をBSE特定危険部位に 問われるわが国の対応

農業情報研究所(WAPIC)

04.6.21

 

 先月27日、国際獣疫事務局(OIE)が、日本の反対にもかかわらず、牛の腸全体を特定危険部位に指定する方針を決めた。従来はBSE高リスク国だけに適用されてきた基準だ。日本政府は、OIEの決定にもかかわらず、回腸遠位部だけを特定危険部位とする国内基準を変えるつもりはないと言う。

 亀井農水相は、28日の閣議後の会見で、「この背景につきましては、羊のスクレイピーにおいて腸に感染性が確認されていることや腸を食する習慣のない国、回腸遠位部のみを摘出管理することが実際的にないことと聞いているわけでありまして、牛のこの回腸遠位部以外の腸にBSE感染性は認められておらないわけでありますが、我が国においては腸を食する習慣もあることでありまして、現時点としてはこの規制を見直すということについては厚生労働省の問題にもなるわけでありますが、見直しをするということはなかなかこれ考えにくい話だ」と述べている。

 つまり、腸を食する習慣のない他の国はこの決定でほとんど影響を受けないが、わが国が受ける損害は大きいし、回腸遠位部以外の腸には感染性が確認されていないのだから、これを的確に取り除けば食品安全上の問題もないというわけだ。

 28日付の毎日新聞(インターネット版)は、「農林水産省によると、日本の小腸の年間消費量は約1万8000トン(02年度)。うち、輸入小腸は約9000トンで、その8割を米国産、2割弱をカナダ産が占めていた。両国のBSE発生に伴い、今年に入ってからは、豪州などからわずかに輸入されるだけの状態が続いている。今回の決定に対し、小腸の国内消費量の約8割を消費する焼肉業界は衝撃を隠さない。年間売上げ1兆1000億円といわれる焼肉市場のうち、ホルモン焼きの売上は700億円」にのぼると書く。米国牛肉の再開が決まったとしても、「もつ料理やホルモン焼きを抱える外食産業界は「輸入再開後も小腸禁輸が続けば、品不足は避けられない」と警戒を強めている」という。

 亀井農水相は先の会見で、「風評被害と申しますか、それらの問題につきましては、国民、消費者の皆さんに正確なリスクコミュニケーションと、こういうことも努めなければならないと思います」と言い、OIEの決定が「国民、消費者」に腸を危険と思い込ませ、焼肉業界が「風評被害」に曝されることを警戒しているようだ。だが、どのように「正確なリスクコミュニケーション」をするつもりなのだろうか。ヨーロッパは、BSEの教訓として、科学的根拠は確定できなくても、多少なりともリスクがあれば、すべて国民に知らせるのが最善の「リスクコミュニケーション」だと学んだ。つい最近も、英国政府は、ひょっとしたらBSEの新株かもしれない牛の新たな病気の発見について公表した(英国:未知の牛脳症、獣医学当局が緊急調査、BSEの新株の可能性も考慮,04.6.9)。日本政府、あるいは食品安全委員会は、このような態度を示すことができるだろうか。

 これまでにも何回か述べてきたが、ここでもう一度繰り返しておけば、フランス、続いてEUは、回腸遠位部以外の腸にも一定のリスクを認め、腸全体を特定危険部位に指定してきた。EUでも、従来はBSE高リスク国の英国、ポルトガルにのみ腸全体の排除を義務づけてきた。感染性は回腸遠位部にしか確認されていないとしながらも、屠畜の現場でそれだけを的確に摘出できないことを恐れたからである。

 ところが、フランス食品衛生安全庁(AFSSA)が2000年、回腸遠位部以外の感染性も否定はできないとする意見書を出した。@子牛の回腸の感染性は証明されている、A回腸遠位部以外の腸の諸部位も、程度はより低いが、プリオンの増殖が可能なリンパ組織、神経組織を含む。腸のクリーニングも、すべてのこれら組織を除去するには十分でないことが、顕微鏡分析で確認された。Bこれらの部位がマウスに病気を引き起こさなかったという若干の実験的証拠はあるが、マウスでの実験は牛から牛への実験よりも敏感ではない、というのがその根拠であった。

 EUの科学運営委員会(SSC)は2000年11月、このAFSSAの意見を認める意見書を出した。それは、「腸から作られたケーシング(ソーセージ等の皮)の組織学的分析が回腸以外の部位に神経・リンパ細胞を発見した(しかもケーシングの調整後にも)というAFSSAの新たな情報に鑑み、SSCは腸全体(及びそれから作られるケーシング)が、屠殺される動物が感染していることは高度にありそうもない場合でも、特定危険部位と見なされるべきである」と結論した。こうして、フランスに端を発したBSE危機が深まるなか、EU全体で腸全体が特定危険部位とされることになった。

 食品安全委員会は、少なくともこのような意見の正否だけは、しっかりと検討しなければならないはずだ。腸の感染性に関するわが国独自の研究があるとは聞いていない。

 ついでながら、特定危険部位を腸全体に拡大することは、ヨーロッパに大きな負担を課したことも指摘しておきたい。「腸を食する習慣」がないというのは、少なくともヨーロッパについては言いがかりだ。そういう習慣があるからこそ、特定危険部位に指定する必要があった。例えばフランスでは、AFSSAが意見を出した当時、2万トンにのぼるソーセージなどに牛の腸が使われていたという。これを全面禁止されては中小企業経営はもたないと激しい抗議が起きた(Menaces sur l'andouille, alsapresse.com,00.5.19)。牛の腸は獣医外科用の縫合線としても広く使われきた。それも禁止となった。大きな利用価値のあった腸が、大量のゴミ、その処理に多大の費用を要する危険な廃棄物となったわけだ。損害を受けるのはわが国だけではない。

 腸をめぐるリスク分析とリスク管理は、これらのことを考慮してもらいたものだ。わが国の腸の消費がとりわけ大きいとすれば、一層「予防的」な姿勢が必要になる。だが、現在の政府にそれは期待できそうもない。安全対策の焦点が特定危険部位の除去にはないからだ

 検査に限界がある現在、BSEにかかわる最優先の安全対策は特定危険部位の排除であるというのが国際的常識だ。だが、わが国政府は「全頭検査」こそ最善の安全対策としてきた。そのために、特定危険部位の排除を軽視しがちであったし、今でもそうである。今回のような特定危険部位の範囲の問題だけではない。屠畜の現場で、特定危険部位が本当にきちんと除去されているのかどうか、部外者は誰も知らない。屠畜現場に立ち入ることは、専門家でも不可能な状態だ。今月18日、食品安全委員会のプリオン専門調査会が実態を探ろうと、初めて東京都と北九州市の食肉処理担当者から解体や特定危険部位の除去方法を聞いたという(日本農業新聞、9.19)。問題意識は強まっているようだが、これでは実態はつかめるはずがない。なぜ予告なしの立ち入り検査ができないのか。

 屠殺後に牛の足が跳ね上がるのを防ぐためにワイヤーを突っ込んで脳組織を破壊する「ピッシング」は、破砕された脳組織が血流に入って食肉部分を汚染する恐れがあるために、欧米では禁止している。だが、日本ではこれもお構いなしだ。厚生労働省の調査では、最近でも162カ所中48カ所が中止しているにすぎない。ようやく規制に乗り出そうとしている有様だ。 これでは、日本の安全対策は「世界一厳しい」どころか、世界最低かもしれない。

 要するに、政府には、特定危険部位の排除に真剣に取り組む姿勢がないということだ。今回も、先に述べたようなヨーロッパの情報など知らん振り、ただただ回腸遠位部以外では感染性は確認されていないと言い張るだけだろう。それでは、「正確なリスクコミュニケーション」も不可能だろう。

 

 

 

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