ISIS 特別論文
訳 山田勝巳

何の為の人クローンか?

そもそも何故人のクローンが考え出されたのか。不妊カップルに子供ができるようにするためか。移植用の細胞や組織を提供するためか。 Dr.メイ・ワン・ホーとジョー・カミンズ教授が、如何に学会が世論を操作して道徳的にも科学的にも弁解の余地がない研究を支持するようし向けているかを明らかにする。

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最初のクローン人間

昨年、宗教団体や動物のクローン作りをしている研究者からの強い反対をしりめに、受精学者の国際チームが不妊の夫婦のためにクローン人間を作ると発表した。 今年始めこのチームの一人イタリアの外科医セヴェリノ・アンチノリが初のクローン人間を誕生させたと発表した。だが、これはアメリカの同僚パナイオティス・ザボズによって否定されたものの、クローン人間を作るという決意は再確認された。

人クローンは5年ほど前クローン羊のドリーが公表されて以来構想されてきた。クローンとはある個体の全く同一のコピーのことだ。受精卵が二つ以上に分裂してそれぞれが胎児になり双子や三つ子になる自然なクローンもある。

ドリーが作られたのは違う方法で、体細胞核移植(SCNT)といい通常の細胞から核を取り出し、それを受精していない核を取り除いた卵子に移植することで、この卵子は胚に成長するように刺激される。

 マサチューセッツに本拠のあるアドバンスト・セル・テクノロジー社は、「最初の人胚クローン」作出に成功したと2001年の感謝祭の日に発表した。しかし、この会社は人胚の用途を別に考えていた。マイケル・ウェスト創業社長は、クローン人間の胚は丁度車が故障したとき修理するように交換用の細胞や組織が入手できる「全く違った医療の新時代」をもたらすと説明した。 胚成長を止め胎児に成長する筈の内部空洞にある細胞を胚幹(ES)細胞を作る材料として収穫される。 このES細胞は、損傷した身体部分を取り換えるものとしてどんな組織や細胞にでも分化するように培養して無限に増殖させることができる。 この目的の人クローンは、「治療用」人クローン技術と呼ばれ赤ちゃんを作る「生殖クローニング」とは別である。

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幹細胞とは何か?

幹細胞は人を含む哺乳類の細胞で無限に分裂でき分化した細胞に発達する。受精した卵細胞は、全ての細胞種を備えた完全な生命体に分化発育する機能があるのでこの能力が最高レベルで備わっている。 この全能性は卵子が2つ、さらに4つの細胞に分裂しても維持され、各細胞が完全な胎児に成長する。こうして双子や三つ子、四つ子ができ、彼らは自然な人クローンで遺伝的にも細胞組成も全く同一である。

胚が4−6日令になって何度かの細胞分裂を経た後、中心に内細胞塊という細胞の固まりのある胚盤胞と呼ばれる中空の球が形成される。外層は胎盤や胎児が子宮内で発育するのに必要なその他の補助組織になる。内細胞塊は、胎児の体を形成する全ての組織になってゆく。これらの組織はもはや全能ではなく、多能性(pluripotent)になっており、色々な細胞にはなれるが、胎児になるために必要な全ての能力は持っていない。

発育が進むと内細胞塊はさらに分裂して特定の組織になる細胞へと限定されてくる。例えば、血液幹細胞は、最終的に赤血球、白血球、血小板になり、皮膚幹細胞は色々な種類の皮膚細胞に発達する。 これらの特殊化した幹細胞は、多能(multipotent)であるという。

胚盤胞の胚から単離された多能性幹細胞は、胚幹細胞又はES細胞といわれるようになった。

幹細胞は子供にも大人にもあり、これらは成体幹細胞と呼ばれる。血液幹細胞を例に取ると、全ての大人や子供の骨髄と血流中にあり生きている間はずっと血球を供給し交換し続ける。最近の最も驚異的発見は、成体幹細胞が筋肉、肝臓、皮膚、その他の組織同様脳にも存在することだ。

胚幹細胞も成体幹細胞も細胞や組織交換に使えるのでバイテク企業や生医学学会の強い関心が寄せられている。

 人のES細胞は、同意を得た上で人工授精クリニックの試験管からスペアの人胚や中絶した胎児から得られるが、最も議論になっているのは”治療目的”の人クローン(本文参照)である。 推進派は患者からクローン用に核を取り出すことは組織や細胞の移植に伴う拒否反応を克服できると主張する。しかし、成体幹細胞も同様に免疫拒否のリスク無しで移植患者から取り出すことができる。

“治療目的”の人胚クローンを認めるもう一つの議論は、成体幹細胞がES細胞に比べると違う細胞タイプになる能力が限定されているというものだったが、これも既に有効なものではなくなった。

この発表は、報道が集中していると同時に主流のサイエンス・アメリカン誌を賑わせていた頃に丁度重なった。しかし、この研究の発表そのものは無名の電子ジャーナルで行われた。

この会社は、1998年に人の体細胞核を牛の卵子に移植している。クリントン大統領は国家生命倫理審議会にこの研究の意味するところを諮問した。「部分的に人で部分的に牛という胚幹細胞を作ることは倫理的、医学的、法的に極めて憂慮すべき事だ。人と人以外の種を混ぜ合わせるこの実験のニュースには非常に不安を覚える。」とクリントンは書いている。 にもかかわらず、この会社は2年後に人の核を豚の卵子に移植している。

実際には、この会社が作ったものは“人胚”とは似ても似つかぬものだった。この卵子が分裂したのは最高で六分割期までだった。化学的に刺激された未受精卵でも停止までは遥かに発育しているので、この実験は完全な失敗だった。

無謀な新世界をもたらそうとしている科学者達

すぐさま学会から非難が起こった。“治療用”人クローンに反対だからではなく、実験が粗雑で大げさに喧伝されたことで“治療用”人クローンが一般的に受け入れられなくなるのを懸念したからだった。

ロンドン帝国大学受精研究教授ロバート・ウィンストンは“治療用”人クローンばかりでなく生殖目的のクローンも支持している。DNAの二重螺旋で有名なノーベル賞学者フランシス・クリックも他の学会の名簿に載っている人達と共に支持者である。ウィンストンは、自然に生まれる双子と同じように出来る「人クローンを作ることにどんな問題があるのか議論するのは難しい」という。 彼が、セベリノ・アントノリのような人を心配するのはこのような不手際で「貴重なDNA科学が世論の不評を買うこと」だった。

ウィンストンは、クローン作りには科学者の不適格性と関係のない基本的で克服できない技術的問題があることに触れられたはずだ。 良く分からない要因の組み合わせのために異常が避けられない。 その中に細胞の遺伝的不安定性と卵子の細胞核後生リプログラミング欠落がある。 ドリーは277の核移植中唯一の成功で、かつ関節炎を患っており、ドリーを作ったイアン・ウィルマートはクローン作出工程のせいだといっている。 似た様な異常がどんな種のクローン動物にも出ていて、代理母さえ病気になることが時々ある。

成体幹細胞を退けES細胞を吹聴する。

そればかりではない。“治療用”人クローンを支持する研究者は健康面でES細胞よりも可能性がある成体幹細胞を退け中傷している。それと同時にES細胞の有望性を誇張し癌や無秩序な増殖の危険性を軽んじている。

昨年サイエンス誌にES細胞からのマウスのクローンは、細胞の遺伝子が不安定なことによる遺伝子欠陥が多く出るという記事が載っていた。 “臨床応用を制限する”という胚幹細胞の遺伝的不安定性を表す鍵となる言葉は、発行の数日前に削られている。

全米生命倫理諮問委員会(NBAC)は、“研究を進めるに当たってこれ以外に道徳的問題の少ない代替案がない場合にのみ認められる”という重要な但し書きを付けて胚幹細胞の研究を支援するようクリントンに勧告した。

現在は、このような道徳的に問題の少ない別の方法が確実に存在するのは明らかだ。

成体幹細胞の方がES細胞より科学技術的に数段優れている

成体幹細胞は、胚幹細胞同様開発上自在性があり、損傷した組織の修復や病気の治療には遥かに有望で、既に確立した細胞株が多くあることが、優れた権威ある出版物に発表されている。 さらに、治療の必要な患者から簡単に取り出すことが出来、免疫拒否の問題を回避でき、それ自体リスクの多い免疫抑制剤を使わずに済む。

成体幹細胞の開発可能性は、多くの文書に出ている。 造血幹細胞(HSC)を多く含んだ骨髄細胞は、ネズミと人の肝臓で成熟した肝臓細胞に分化する。 マウスの骨髄細胞は体内の骨格筋細胞を発生することが出来る。 骨髄は脳を培養することで再構成でき、グリア細胞と神経細胞は骨髄から得られる。

‘多能性の神経幹細胞’は成熟したマウスの脳から分離された。 脳内の全ての細胞を発生しただけでなく筋細胞株と一緒に培養すると筋肉細胞を発生した。 これらの神経幹細胞は培養で無限に成長させることが出来る。

より顕著なのは、成体幹細胞が一つあれば多くの違った細胞を発生させることが出来るという確固とした証拠をイェール大学、ニューヨーク大学、ジョン・ホプキンズ医学校の研究者が出している。 マウスの骨髄からの一個の幹細胞は、放射線照射によって破壊されたマウスの骨髄を再構築し、事実上全ての身体組織に発達する。

これらの結果は、ミネアポリスにあるミネソタ医科大学ガンセンター医学部幹細胞研究所の第2グループが追試しさらに展開している。 ここでは被験者から骨髄の幹細胞を分離し、培養下である物は最大細胞分裂80回まで大規模に発達させることが出来るのを示した。 また、分裂した細胞一つ一つがさらに107  細胞まで生育させ骨形成細胞、軟骨形成細胞、脂肪細胞、骨格筋細胞、内皮細胞へと培養条件を変え適正なサイトカイン(局部繊維ホルモン)を添加することで発達させることが出来る。

同様の幹細胞がマウスとラットの骨髄から見つかっており、培養液中で100回以上の細胞分裂まで増殖できる。 マウスの初期胚盤胞に注入したところ、一つの細胞が全部とはいわないまでもほとんどの成体細胞タイプに成りうる。 照射していない又は最低限照射した成体宿主に移植したところ、合体して造血細胞、肝臓上皮組織、肺、腸に分化した。 その上、これらの細胞は培養しても規則的成長特性でも高度に遺伝的安定性がある。

簡単に得られる成体幹細胞には皮膚がある。皮膚幹細胞で神経、グリア細胞、平滑筋、脂肪細胞が出来る。これまた、多能性を少なくとも1年維持した細胞株である。

要するに、成体幹細胞は人や他の種で骨髄、皮膚、その他(後述)から簡単に得られるのだ。 これらの細胞は発生学的に胚幹細胞と同じくらい柔軟性に富んでいて、今のところ発生学的に越えられない境界は存在しない。 人の成体幹細胞株は既に確立されている物があり、ES細胞と違い遺伝的安定性はかなり高い。

ES細胞は、発生学的により柔軟であるという理由で推進されている。しかし、柔軟すぎるのは望ましくないだろう。 パーキンソン病の患者の脳に胚細胞を移植してこれが無制限に増殖して取り返しのつかない悪夢になっている。 胚幹細胞は遺伝的不安定性も示しており、また発癌性も非常に高い。 特定のマウスの皮下に注入したところ、腸や皮膚や歯といった色々な組織がごちゃ混ぜになった腫瘍の奇形種になってしまった。 同じ事が脳に注入した場合にも起こる。

もう一つの問題は、これまで治療用に使えるES株が一つもないということだ。 この理由はES細胞株が支持細胞層を必要とすることで、これまでに確立された人のES細胞株はマウスの繊維芽細胞からなる支持細胞が必要で、マウスのウィルスを人に移す危険性がある。

それでも成体幹細胞を否定するキャンペーンは続いている。 イギリスの最有力誌ネーチャーの2002年5月号’最先端オンライン誌’に次のようなニュースで始まる二つの記事がある。 「成体幹細胞が交換組織を発生させる能力が高いというがこれに疑問が呈されている。 既存の細胞と融合して遺伝的混合組織ができ未知の健康影響が起こりうる。」

これは事実ではない。 この論文でいわれている成体幹細胞の他細胞との融合は、起こる頻度が低く、それも細胞融合を促進することが分かっている薬剤を加えなければ起こらないのだ。 その上、どちらの論文も現存する成体幹細胞を全く検討していないのである。

この反−成体幹細胞報道は、パーキンソンネズミへのES細胞移植の成功がアメリカ国立科学アカデミーの内部誌で報告された直後に出されている。 実際には、移植を受けた25匹のネズミの中5匹は、良く知られたES細胞の危険性”奇形腫様腫瘍”が脳にできて死んでいる。 6匹のネズミは、移植片が”生き残らなかった”。 5匹のネズミは、“充分な行動試験を受けずに組織学的分析を受けている。” 残りのネズミの行動学的改善は40%と低い。

ES細胞推進のもう一つの機会が2回ネーチャーオンライン先行版で6月にやってきた。 一つは胚幹細胞がパーキンソン氏病の症状を回復すること、もう一つは先述した全ての体細胞タイプを作り出せる骨髄からの成体幹細胞の分離記事である。

「倍増する幹細胞への期待」と題された添付ニュースレポートには、ES細胞と成体幹細胞の研究どちらもが異なる細胞に異なる療法として有望な治療法が出てくる可能性があり「殆どの研究者が両方の研究を支持している。」という見解が述べられている。

しかし、このような判断は倫理的配慮を排除するだけでなく、この科学を誤って伝え、まともな治療法を無視するものだ。

この論文を注意して読むと、ES細胞は安全に移植できるようになるまでに試験管内で多くの遺伝子組み換え作業が必要であることが分かる。 転写因子を過剰発現させるためにサイトメガロウィルス・プロモーターを使うが、これに伴うリスクは未確認である。 これに対し、成体幹細胞の報告(一連の発表の最新のもの)では、遺伝子組み換えや前処理無しで直接移植できることを確認している。 周囲の細胞からキューをもらい分化して行き、無秩序な増殖や腫瘍になることはない。 成体幹細胞はさらに培養時のゲノム安定性も高い。

ネーチャーもサイエンスも成体幹細胞による治療が安全で有効であることを記述したたくさんの論文や更なる治療の可能性を明らかにした慎重に行われた研究を記事にするのが遅い。

結論

成体幹細胞は全ての重要な判定基準で胚幹細胞に勝っている。

Box 2

 成体幹細胞vs.胚幹細胞

発生能力 どちらも広範な分化細胞になる能力がある。

増殖能力 どちらも同じ増殖能力があるが、人間が細胞や組織交換両方に使える確立した細胞株があるのは成体幹細胞のみである。

コントロール性 成長と分化のコンロトールは、試験管でも生体内でも成体幹細胞の方がES細胞より遥かに簡単である。

リスク ES細胞は移植されると奇形種になったり異常増殖を起こす傾向がある。

ゲノム安定性 成体幹細胞は長期間培養でゲノム安定性が高いが、ES細胞は不安定である。

単離の容易性 成体幹細胞は、人間から簡単に単離できるが、ES細胞は人の胚を壊さないと単離できない。

使いやすさ 成体幹細胞は単離後又は培養して増殖した後すぐに使え、移植した細胞は周囲の細胞からキュー(鍵)をもらって簡単に分化して行く。 一方、ES細胞を安全に使えるようにするには遺伝子組み換えを含む複雑な前処理が必要である。

拒否反応 ES細胞は拒否反応を防ぐために予備の人胚から作った幹細胞バンクから組織合わせをしなければならない。 さもなければ、このために患者の遺伝物質を空の卵子に移植して特殊な人胚を作らなければならない。 これに対し、成体幹細胞では移植の必要な患者から細胞が簡単に単離できるので免疫拒否反応の問題はない。

モラル性 成体幹細胞ではモラルの問題は起こらない。 ES細胞では人胚を壊す必要がありこれが多くの人に受け入れられていない。

健康効果 成体幹細胞は既に安全で有効な治療の記録があるが、ES細胞はまだ動物モデルでの実験段階である。

ES細胞研究の最大の障害は商業上の圧力である。 これは成体幹細胞研究とは比べものにならない。 細胞や細胞株、単離技術など特許を得る機会が多い。 ES細胞は、癌、異常成長、ゲノム不安定性その他のハードルがあって健康的にも経済的にも得るところは少ない。 それに対し、骨髄細胞や臍帯血細胞など広く使われている成体幹細胞では、特許が取れないし、そのため費用が少なくて誰にも恩恵のある治療ができる。

治療による介入が少ないほど副作用も少ない。 成体幹細胞はこれに該当し、既に幾人かの研究者が提案しているようにその場で再生するように幹細胞を刺激すればよい。 もう一つの方法として、患者から単離された成体幹細胞で人工的足がかり(artificial scaffolds)に種を蒔いて組織を再生するものがある。

研究者は、道徳的には科学的にも弁解のしようのない研究を推進するために世論を操作するのは止めるべきだ。 それと同時に、政府は国民の健康に純粋に貢献する研究に血税を注ぎ込むべきで、来るべき好況という空手形に振り回されないようにしなければならない。

 

 

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