論説 メキシコの野生コーンのGM汚染は間違いか?
河田昌東
当ホームページの「2,001年度の3大ニュース」でも取り上げた、カリフォルニア大学のチャペラらの研究が批判の的になり、論文を掲載した「Nature」編集部は同誌の論文のレフェリーらに論文の再検討を依頼した結果、この論文を載せたのは間違いだった、と撤回を表明するなど論争を呼んでいる。最近号のNature(11 April 2002 Volume 416 No. 6881)にチャペラらの論文に間違いがあった、と指摘する論文2編とそれに対するチャペラの回答が載っているのでこれらをかいつまんで紹介し、筆者の見解を述べたい。
批判論文を書いたのは、ワシントン大学微生物学部のMATTHEW METZ らと、チャペラと同じカリフォルニア大学バークレー校の植物・微生物学部のNICK KAPLINSKYらの二つのグループである。
METZらの批判は要約すれば、(1)チャペラらが検出し、CaMVPM(カリフラワー・モザイク・ウイルス・プロモーター)と一緒に入りこんだと主張する野生コーンの中のDNAの塩基配列は、もし検出が事実だったとしても、野生株のコーンの遺伝子の中に組み込まれたのではなく、野生株との間の単なる一代雑種(即ちF1)だったのではないか。何故なら、組み込まれたのであれば、野生株との交配を繰り返し、特定のコーンの株をとればそのコーンの粒には全てCaMVPM遺伝子が含まれている(100%)はずであって、数%などという中途半端な混入の検出は無いはず。(2)チャペラが使ったi-PCR法は間違った配列を増幅し、検出したと主張するコーン中のDNAの塩基配列は検討の結果、組換え遺伝子(Bt)からのものではなく、コーンの中に良くあるトランスポゾン由来の配列である。
KAPLINSKYらの批判は、やはりMETZらの批判と同じく、使ったi-PCR法に問題があり、チャペラらがCaMVPMに連結している組換え遺伝子(adh-1:訳注)と主張する配列は、実際には良く似ているが別の配列(bronze-1)であり、そもそもコーンに前からあったものである。その他の配列も良く調べるとコーンに既存の配列であり、組換え遺伝子が持ちこみ、コーンの遺伝子の中で、不安定になり断片化した、とするのは間違っている。i-PCR法で増幅させる場合、プライマーとして使うCaMVPM配列の中の5〜7個程度の塩基配列だけでコーンの遺伝子のあちこちに結合して、その近隣のDNAを増幅するので、検出した配列はCaMVPMに連結して一緒に持ち込まれた組換え体のDNAではなく、本来野生のコーンにあったものの可能性が高い。従って、チャペラらが主張する野生コーンのGM遺伝子汚染は間違いである。
これに対して、チャペラらの反論は以下の通りである。我々はNatureの論文で二つのことを主張した。第一は、野生コーンの中にCaMVPMの配列があるということ、第2は(それと一緒に入った)組換え体のDNAが野生コーンの中にはいり、配列が変わって本来の組換え体の中のものとは違った配列になった、ということ。批判者らは、後者に関するデータの解釈の間違いを指摘している。批判者の言うとおり、確かにiPCRは間違った配列を増幅した可能性があり、我々がadh-1配列と思ったのはbronze-1であることを認める。しかし、他の配列も全てが組換え体とは無関係とする主張には納得できない。過去の論文にも、CaMVPMと一緒に採りこまれたDNAは、宿主のDNAとの境界領域で配列が変わり、本来のものとは違ったものになる例が報告されており、我々の指摘した配列が全て元からあったものかどうかは、今後の研究で確かめなければならない。 iPCR法が間違った配列も増幅する、という指摘に関しては、改めて前回のNatureの論文で使ったものと同じ試料で、DNA−DNA直接ハイブリダイゼーション(ドット・ブロット法)により、同試料のDNAが確かに元の論文で主張したように、CaMVPMのDNAと結合することが確認された。ペルー産やその他の組換え体を含まないことが確認できる試料にはこうした反応は見られなかった(この反論の中で、その写真データが示されている)。従って、我々の第1の主張、すなわちメキシコの野生コーンの遺伝子の中に、CaMVPMのDNA配列が入っていることは確かであり、野生種のGM汚染に関しては批判者らの主張に同意できない。単なる1代雑種ではないか、という批判に関しては、最初の論文の趣旨が、メキシコの野生コーンに確かにGM遺伝子があるかどうかを確かめるために行ったもので、特定の組換え体に的を絞った分析ではない。それで同一地域のコーンを混合して試料としたので、混入率数%ということはありうる。
(解説:河田)
チャペラらの元のNatureの論文、今回の批判論文2編、そしてチャペラらの反論を読む限り、「メキシコの野生コーンにGM混入」というチャペラらの主張は覆らないと考えられる。即ち、メキシコの野生種コーンにカリフラワー・モザイク・ウイルス・プロモーターDNA配列が入っていることは疑いがない。 批判者らは、チャペラらがCaMVPMに隣接しているDNAを分析し、それがGMコーンから持ちこまれた物だと言うチャペラらの分析結果の「解釈」の間違いを指摘し、論文の趣旨全体が間違っているかのようにフレームアップしている。確かに、チャペラらはコーンに元からあるbronze-1配列を、外から持ちこまれたadh-1配列と見間違えたようである。これはチャペラらのデータ検索の不充分さによる。検出された配列とadh-1配列との多少の不一致を、組み込まれてからの配列変換による、と甘く解釈したふしがある。 実際、こうした配列変換はCaMVPMと宿主DNAの境界付近では良くある現象である。例えば、モンサントの除草剤耐性大豆のDNAでもそれは起こっており、昨年8月ベルギーの農業研究所の論文で指摘され、最近のモンサントの安全審査のデータ訂正でも、それを認めている。こうした現象が起こることは今では常識である。チャペラらがいわばこうした「常識」に惑わされて、この配列の読み間違いをしたために、全部が間違いであるかのように批判された。論文の本来の主張と違うところでの批判は残念である。こうした間違いを許さないほどNature誌に権威があるとも言えるのではあるが。
一方、批判者らの指摘が正しいなら、チャペラらの実験で、非組換え体DNAには何故CaMVPMのDNAプルーブが結合しなかったかを説明しなければならないが、この点に関して批判者らは一言も述べていない。これは不公平である。
チャペラらが、こうした間違いを起こすに至った経緯を見ると、今後のこの種の研究のための教訓が得られる。即ち、チャペラらが最初の実験計画で、特定のBt遺伝子(例えばMON801やBt11など組換え遺伝子それ自体のDNA)を検出していたならばこうした問題は起きなかっただろう。 CaMVPMに連結して検出されたDNAが、Novartis社の開発した害虫抵抗性Bt11の組換え遺伝子の読み取り効率を上げるための「イントロン」として使われているコーンのadh-1(アルコール脱水素酵素)のイントロンIVS-2、及びIVS-6と似ていたために、これが組換え体由来だと「早とちり」したと思われる。 何があるか分らない状態で、個々の組換え体の遺伝子を次から次へと全て分析する費用と手間は膨大なために、CaMVPMさえ見つかれば、それに隣接している配列は組換え体由来、と思いこみやすい落とし穴があった。しかし、実際はこの配列は、コーンのブロンズ色の発色に関わる第9染色体上のbronze(ブロンズ)という名前がついている遺伝子の作るUDPG-フラボノイド-3-o-グルコシル・トランスフェラーゼという長い名前の酵素のDNA配列の一部であった。こうしたことから、今後遺伝子組換え体の混入などを検査する場合、本来の細菌由来のBt遺伝子や除草剤耐性遺伝子(CP4EPSPS)などを直接のターゲットとしなければ、同様の批判にさらされるかも知れない。
尚、この事件の背景についても若干触れたい。最初の批判論文の著者M.Metzは、現在はワシントン大学だが、かつてカリフォルニア大学バ−クレー校でチャペラの共同研究者であった。また、第2の批判論文の著者6名は現在もチャペラと同じ大学のバイオサイエンス学部の研究者達である。これだけでチャペラの立場がわかろうと言うものである。しかも、カリフォルニア大学バイオサイエンス学部には数年前から遺伝子組換え企業Novartis(つまりBt11を開発した企業)の資金が導入され、研究の自由をめぐって論議の的になっているところでもある。チャペラは当初からこうした企業の支配について批判的な言動をしていたらしい。こうした経緯もチャペラが検出したDNA断片をNovartisのBt11のものだと早とちりした原因かもしれない。しかし、このチャペラの早とちりは、学部主流派にとってはまたとないチャペラ攻撃のチャンスとなったはずである。この問題は海外マスコミの煽りもあって科学的論争から、政治的論争になりつつあり、危険である。かつてイギリスのアーパッド・プシュタイ博士が、遺伝子組換えジャガイモをマウスに与える実験で、免疫系に障害がでると発表してローウエット研究所を解雇された前例がある。今後の推移を注目したい。 (2002年4月14日)