Nature News Service
2003年3月6日
ヘレン・ピアソン
訳 河田昌東
抗体でプリオンを不活性化
脳疾患をやっつける最良の治療法か。プリオン病は正常の脳タンパク質の変形と異常によってもたらされる。
変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の治療に抗体を使える可能性が今週明らかになった。動物実験から得られた最初の見込みある方法である。
狂牛病の人間版である致死的脳疾患はプリオンと呼ばれる正常なタンパク質が、捩れて互いに繋がり合うことによって生ずる。恐らく感染牛を食べて発病したと思われるが、この病気を治療する方法は今のところ知られていない。ロンドンの研究者チームはマウスにプリオンを捕まえる抗体を注射した。このマウスはスプレーピーと呼ばれる別の形のプリオン病にかかっており、何もしなければ7ヶ月で死亡するが、この注射で少なくとも2年間健康に生きた。これは、発病した動物に対しそうした効果を見せた最初の治療法である。「これはプリオン病の治療法における飛躍的進歩だ」とインペリアル・カレッジの研究チームリーダー、サイモン・ホークは主張する。
先陣争い
この新しい結果はプリオン病に関する別の優れた報告が出た後で明らかにされた。その研究とは、今後予測される変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の発生数はこれまでの予想より少ないだろう、というものだ。
新たな推計では英国の新たな患者数は2000年の28人をピークに、2002年は17名に下がるだろうという。
仮にそうだとしても、最近の予想では将来の死者数は英国だけで10人から7000人の間になる。「これらの人々は治療手段がなく、ほとんど死亡する」とプリオン研究者のカナダ・トロント大学のナイル・キャッシュマンは言う。
抗体による治療法以外に、抗プリオン薬も開発されつつある。2001年に一人のvCJD 患者が、抗マラリア剤のキナクリンと抗精神病薬のクロルプロマジンの試験投与の間、奇跡的な回復をした、と報道された。しかし、この女性患者はその後死亡し、最終的な試験結果は期待にそむくものだった。「化学療法には決定打はない」とキャッシュマンは言う。彼は抗体が最も望みがある治療法になるだろうと言う。
ホークのチームは抗体を(スクレーピー病原体接種から)30日後にマウスに注射した。この時期にはまだ臨床症状の出る前であるが、異常プリオンは猛烈に増殖している。抗体は恐らく正常プリオンが病気の元になる異常型に変形するのを妨害したと思われる。抗体は人間で試される前に、マウス・バージョンを人間型に変えるる必要がある。また、その抗体は直接脳内に注入しなければならないかもしれない。なぜなら血液を通じてはそこまで届かないからである。
ホークは彼の結果が異常型タンパク質で生ずる他の病気に対する抗体の開発も促すと期待している。 例えばアルツハイマー患者の脳はタンパク質の糸が詰まっている。医師らは、2001年にアルツハイマーの脳の斑点に対する抗体を作る目的で人間にワクチンを試験投与し、失敗して以来アルツハイマーに抗体を使うことに慎重になっている。この研究の過程で何名かの患者が脳に炎症を起こした。「今回の研究が新たな研究の弾みになってくれると良いが」と新発見をしたコークは言う。
文献
White, A. R. et al. :Monoclonal antibodies inhibit prion
replication and delay the development of prion disease. Nature, 422, 80 - 83, (2003).
Andrews, N. J. et al .: Deaths from variant Creutzfeld-Jakob
disease in the UK. Lancet, 361, 751 - 752, (2003).
Ghani, A. C., Ferguson, N. M.,Donnelly,
C. A & Anderson, R. M.: Factors determining the pattern of the
variant Creutzfeldt-Jakob disease (vCJD) epidemic in the UK. Proceedings of the
Royal Society B, published online, doi:10.1098/rspb.2002.2313 (2003).