動物飼料の抗生物質―――増大する公衆衛生の危険性

マーク・カウフマン記者
ワシントンポスト・スタッフライター
2,000年3月17日(金)
訳 河田昌東

66歳の女性が突然呼吸困難になり重大な感染症になったのは、デトロイト近くの病院で心臓のバイパス手術から順調に回復しつつあった時であった。医師はすぐさま抗生物質を与えたが、通常は良く効くこの薬がこの時は効かなかった。彼女は抗生物質耐性菌に感染していたのである。

医師はすぐさま新たに認可された、危険な抗生物質耐性菌にも良く効くと言う強力な薬剤に換えた。しかし、彼女の細菌はこれにも耐性をもっていた。女性はまもなく死んだ。

こうしたケースは国中の医師や公衆衛生の専門家たちに警告を発した。それはまた、抗生物質がどのように使われているか、特に家畜の成長促進剤として農家が使っていることに対して、FDAを巻き込んで厳しい論争を巻き起こしている。

医師や患者が抗生物質を使いすぎると感染症の治療に支障をきたすことは専門家なら昔から知っている。今や、家畜の飼育で使われている抗生物質が人々の命を救う重要な抗生物質の働きを失わせている、という証拠が山ほど出ている。

家畜の飼料に抗生物質を混ぜると、家畜の体内の細菌が耐性になる。それで、人間がその耐性菌のついた肉を食べると人間も耐性菌に感染することになる。

「我々の多くは、動物用の抗生物質が恐るべき過剰使用だと信じている」とミシガンのウイリアム・バーモント病院の感染症専門家のマルクス・ゼルボスはいう。「動物用の抗生物質は人間より少ない、と強力に反対する人々がいるが、この分野全体が再検討されるべきだ」

農場で使われる抗生物質の大半は病気の家畜の治療用には登録されない。そのかわりに、農家は低濃度の抗生物質を含む飼料を家畜に与え、動物の成長を妨害するバクテリアを殺す。 そうすれば成長が促進され、畜産家から見れば効率的だということになる。

しかし、このやり方は次第に心配の種になっている。研究者達はすでに、農場での抗生物質使用で人間に抗生物質耐性のカンピロバクタ―やサルモネラ菌が増えている、という証拠を得ている。

先に述べたミシガンの女性が投与されたシナーチドという抗生物質は、命にかかわる感染症の最後の頼みの綱の重要な薬剤だった、と医師や研究者達は指摘し、研究の結果彼らの懸念があたったことを認めている。

シナーチドは昨年秋に人間だけに使うために認可された、バージニアマイシンという抗生物質に良く似た薬剤であるが、バージニアマイシンは1974年以来家畜にも使われてきた。

研究者達は、バージニアマイシン耐性菌がスーパーの鶏肉や七面鳥、豚肉などの50%も汚染していることを見出している。 このことが、シナーチドがすでに人間に効かなくなっているのではないかと言う懸念をもたらしている。

家畜の成長促進にバージニアマイシンを使うのは人間の健康に危険なのは自明だ、というのは疾病予防センター(CDC)のフレデリック・アングロである。「動物のバージニアマイシンが人間のシナーチド耐性をもたらしている、ということを言うための証拠をたどるのは難しいだろう。だがシナーチド耐性菌の種が農場で撒かれ、病院で花開いていると我々は信じている。」

動物用抗生物質の擁護者達は、動物のバージニアマイシン耐性菌と人間のシナーチド耐性菌を結びつける科学的根拠はまだないし、動物の抗生物質が一般に人間にとって直ちに危険だという証拠もない、という。彼らは、人間のシナーチド耐性菌は1〜4%であるのに対し、動物のバージニアマイシン耐性はそれよりはるかに多い、と指摘する。

「バージニアマイシンが人間のシナーチド耐性の原因だというデータに我々は全く納得していない」というのは、バージニアマイシンを開発し、後にシナーチドの権利をアベンテイス社に売却したファイザー社のカール・ジョンソンである。「我々はシナーチド耐性の原因は病院だと信じている」

緊急な行動が必要だという人々もいる。ヨーロッパでは、政府がすでに農場でバージニアマイシンとその他3種類の成長促進用抗生物質を使うのを禁止している。 これは世界保健機構(WHO)の勧告による。合衆国でも同様の禁止をしようという提案が昨年共和党のシェロッド・ブラウン議員(オハイオ州)から下院議会に出された。消費者や健康関連のグループが人間の病気治療に使う薬剤を動物の成長促進に使うのを停止するようにという請願書をFDAに出した。

これに応えてFDAは動物用抗生物質の人間に与えるリスクに関して十分な理解を得る努力を試みている。この春にはシナーチドとバージニアマイシンの正式なリスク評価を行うだろう。

「シナーチド耐性は確かめられているし、それが動物のバージニアマイシン利用から来ているに違いない、と専門家たちも言っている」とFDAの獣医学センターのシャロン・トンプソンは言っている。 「それはまさに我々が懸念していたことで、今、情報を集めており、十分なレビューが出来るだろう」

一年以上前、FDAは抗生物質耐性菌の蔓延を防ぐための新たなガイドラインを提案した。また、昨年末には製薬会社に新たな動物用抗生物質が人間に耐性を増やさないことを証明するよう要求する命令を出した。将来は、FDA当局が言うには、すでに市場に出まわっている動物用抗生物質も調査し、人間用のものと関連の深いものには新たな試験と基準を要求することになるだろう。

このFDAの行動に、薬品メーカーや飼料メーカーは心配し怒っている。動物用抗生物質は安全で何十年間も有用だったし、農家も彼らの家畜を健康に育て、出来るだけ早く成長させるために必要としている、と彼らは言っている。抗生物質がなければアメリカの畜産と養鶏は病原菌から安全でなくなり、値段も高くなる、と言う。FDAはガイドラインについてまだ議論中にもかかわらず、新たな動物用抗生物質に事実上モラトリアムをかけている、と彼らは非難している。

FDAは過去には一度も要求しなかった耐性情報を新たに要求しているが、現在そうした情報を集めるのは事実上不可能だ」と農業用薬剤を供給する医薬品企業を代弁する動物保健研究所のリチャード・カルナバルはいう。

「要するに、我々は何を証明しなければならないか分らないから、証明するべきものは得られないのだ」「ある企業は一年以上かけて抗生物質耐性の試験プロトコールを作ったが、FDAはそれに満足しなかったし、そのまま続けろ、と言っただけだった」 カルナバルによれば、FDAが動物用抗生物質の認可をスローダウンしたために、製薬会社は金のかかる人間用の抗生物質の開発も意欲をなくしてしまった。

家畜農家も抗生物質の制限にたいして戦っている。彼らは、抗生物質が彼らの仕事に不可欠だと考えており、製薬会社同様にFDAにたいして抗議を強めている。

「ヨーロッパと違って、我々は決定が科学的基礎だけに基づくよう求めている。」というのは全米育牛協会のガリー・ウェーバーである。「この観点からすれば、動物飼料の抗生物質耐性に何か問題があるという証拠は何処にもない。科学的証拠がない以上、利用を禁止したり制限するのは全くばかげている」

EUは加盟各国政府が、ある時点で科学的に十分証明されていなくても政府が健康上の危険があると考えれば、行動を起こすことを認めている。しかし、アメリカの通商代表はこの禁止提案に反対し、動物用抗生物質のリスクが科学的に十分証明されていない、というアメリカの製薬企業の立場を支持し、WTOに提訴するかもしれないという脅威をEU各国に与えている。

抗生物質耐性の多くの問題が未解明であることは研究者達も認めている。しかし、分子レベルで細菌を研究する厳密な研究手法で、少なくとも二つの細菌、カンピロバクタ―とサルモネラの耐性菌が動物から人間に移行した、ということを最近証明できた、と彼らは言っている。これらの細菌はフルオロキノロンとして知られている抗生物質に次第に耐性を増している。この中には、食中毒感染症の治療に最も広く使われている抗生物質のシプロフロキサジンも含まれている。

フルオロキノロンで処理されたチキンがこれに耐性のカンピロバクタ―で汚染しており、これが人間に移行した、ということを研究者達は発見した。12月に出されたFDAのリスク評価書では、少なくとも年間5000人のアメリカ人が、チキン由来のフルオロキノロン耐性菌のために長期間カンピロバクタ―食中毒にかかっている、と結論している。

シナーチド耐性菌による脅威は年々増加している。というのは、患者の免疫システムが酷く損なわれているとき、例えば器官移植や癌の化学療法などの場合、感染症を防ぐためにこの抗生物質が使われているからである。しかし、動物のバージニアマイシン耐性から人間のシナーチド耐性への道筋はカンピロバクタ―やサルモネラよりも複雑である。

飼料中のバージニアマイシン耐性菌はエンテロコッカスと呼ばれており、これは人間や動物の腸に住んでいる。これらは通常は病気をもたらさないので、抗生物質耐性になっても、それ自体はリスクを伴わない。しかしながら、もしこの耐性が人間の膿やカテーテルへの感染その他病院由来の伝染病を起こすエンテロコッカスに移行すれば極めて危険なことになる。 シナーチドは通常医師が使う最後の手段であるバンコマイシンという抗生物質に耐性をもつエンテロコッカスをやっつけるために認可されたものである。

研究者らは動物のバージニアマイシンが今、非常に危険なエンテロコッカスのシナーチド耐性として現れつつある、と信じている。しかし、これに関する科学論争は大変厳しく、最新の科学的手段でも人間のシナーチド耐性が動物のバージニアマイシン耐性から来ている、という決定的な証拠は得られていない。

「シナーチド論争はまだ始まったばかりだ」というのはこの分野の専門家でバルチモアのメリーランド大学のグレン・モリスだ。「我々は自分の病院で抗生物質耐性にかんする主要な問題が自分達にあることを知っている。シナーチドに関する問題は、我々がそれを防御するために今行動するか、あるいは抗生物質の動物使用のためにやがて効かなくなるリスクを受け入れるかどうかだ」

食物連鎖の中の薬剤
低濃度の抗生物質を食べた家畜は薬剤耐性菌を発生させ、人間への健康リスクをもたらす。

耐性菌の感染
研究者達はバージニアマイシンを食べた動物が抗生物質耐性のエンテロコッカスを人間に持ちこむことを心配している。

健康リスクと食中毒
動物由来の細菌、例えばカンピロバクタ―やサルモネラなどは抗生物質耐性菌による人間の食中毒をもたらす。

(疾病予防センター文書より)

 

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