『米は命』シリーズ:

公共と個人のパートナーシップは便利さのために密接すぎないか?

ISISニュース

ジョー・カミンズ

訳 石川豊久(道長)

 

 イネゲノムの塩基配列の解読作業が進んでいる中、公私の関係が便利さのために密接になりすぎているのではないだろうか。Mae-Wan Ho博士は疑問符を投ずる。

 

 ふたつのグループが同時にイネゲノム(全遺伝子情報)の塩基配列の概略的解析を完了したことを発表した。北京遺伝子研究所(BGI)のインディカ亜種(中国、アジアではもっとも広く栽培されている)についてのYang Huamingのグループと、スイスの大手バイテク、シンジェンタのジャポニカ亜種(温暖な気候の日本その他で栽培されている)を研究するステファン・ゴフチームである。

 

 昨年、ヒトゲノムの塩基配列の発表が“生物学の新時代の幕開け”として喝采をあびた。イネゲノムも同様に、農業科学を変革するものとして期待されている。そのような意義付けにより、その発表がなされた。サイエンス誌はヒトゲノム配列の場合のように、塩基配列の完全な公表を要求することなく、シンジェンタによる塩基配列を発表している(このシリーズ『サイエンスは科学に妥協したか』を参照)。

 

 にもかかわらず、公私間での共同はより活発におこなわれている。その新しい都合の良い関係は、関わりあった科学者には好都合かもしれないが、遺伝子特許の存続を通して共同所有の脅威が存在する限り、社会の平静に対してどのように影響があるのかが明確ではない(参照:国際農業研究協議グループの、貧民のための科学か、富民のための援助交際屋か?)。

 

BGI(北京遺伝子研究所)の役割は決定的である。

 後進であった中国は低い精度でのイネゲノムの解読を完了しようと、進出してきている(参照:『知の独占を破る』本誌)。そして知識はすべてにアクセスしやすくあるべきであるという、Yangの主張のとおり公的データベースにいち早くそのデータを預けた。しかしながら、塩基配列解読の完結を加速する目的で、すでにシンジェンタはすべての公と私のグループの併合を試みている。

 

 日本によって導かれる、IRGSP国際イネゲノム塩基配列解析プロジェクト(ヒトゲノムプロジェクトとも幾分類似した公的な研究所の協会)はジャポニカ種について5年近く研究していている。その解読の完結は2008年の予定であった。しかしながら、2年前、米国モンサントはシアトル、ワシントン大学との共同でジャポニカ種のゲノムの低い精度での解読を完了したことを発表した。モンサント社はIRGSPの個々の研究者とのデータの共有を約束した。IRGSPとモンサント社両者の塩基配列の解析へのアプローチは、どちらかといえば慣例的なものであった。その方法は、まずゲノム地図の作成をし、異なった染色体に位置するクローンの塩基配列の解析をし、連続的な配列をつなぎあわせるのである。

 

 BGIとシンジェンタの両者は、より新しい全ゲノムショットガン法を選択した。とくにBGIは低精度の塩基配列の解読を超高速で完了するため、2000年5月までにインディカ亜種の塩基配列の解読と、2001年10月までに低精度の設計図を得るという計画を発表した。

 

 ショットガン法では、全体のゲノムはバラバラに破壊され、塩基の配列が解析される。そして、超強力なスーパーコンピュータとソフトウェアプログラムにより、共通部分のある端から端を塩基の連続的な配列に組み立てられる。もちろん、多数の塩基配列の設計図ができあがり、公的な遺伝子銀行のデータベースに預けられているという事実は、作業がかなり簡略化されることを意味する。

 

 このショットガン法は異端者クレイグ・ヴェンターによりヒトゲノムの塩基配列の解読に使われたもので、彼自身の会社セレラが公的協会に衝撃をあたえ、後々にも驚異を与え得たけれども、今日ではヴェンターは非難批判されているのである。

 

 IRGSPは、もう3年かかるであろう膨大なギャップの埋めあわせ、誤りの訂正以前に基金が尽きてしまうのではないかと懸念している。

 

 なぜイネゲノムに関心が? それは第三世界へのその重要性のためだったといえるのだろうか? 実際、イネゲノムの第三世界への重要性についての関心などまったくなかったのは明らかである。

 

 中国と日本の民間の研究者たちは、まだまったくの業界も、欧州や米国の研究所もほとんど興味を示さなかった20年も前に、イネゲノムについての研究をはじめていたのである。

 

 状況が一変したのが1990年代で、そのときになって科学者たちは、イネが穀物類の『ロゼッタストーン』なのだということに気づき始めたということを、スタンフォード大学の分子生物学者、クリス・サマーヴィルは語る。イネは通常の穀類のうちで、最小のゲノムサイズで、同じ配列の同じ遺伝子を持っている傾向がある。したがって、イネゲノムの塩基配列を知ることによって、研究者たちは裕福な国々にとって重要な穀類のはるかに大きいゲノムを解読することを可能にすることができる。

 

 サマーヴィルはイネの種子で利益を得ようというものはなく、業界はトウモロコシ、大麦、ソルガム(モロコシ)の種子の市場での潜在的利益ゆえに興味があるのである、と主張する。しかしながら、それは誤りである。米国はイネを栽培し輸出している。そしてモンサントのような会社もすべての穀類の第三世界の市場を攻撃的なまでに目標としている。

 

 イネの塩基配列解析のための国際的な協調の考えは、1997年前期の非公式の議論から起こった。その9月、ロックフェラー財団は、1991年より日本がジャポニカ種の塩基配列の解析を始めていたため、そのための分子生物学者のひとつのグループからなる、小規模ながらも戦略的な会議を後援した。

 

 5ヵ月後、初めてのIRGSP会議が日本のつくばで開催された。日本、米国、英国、韓国、そして中国の代表は、塩基配列の解析のため、イネゲノムについてガイドラインと12の染色体の分割をおこなった。

 

 発足当時、基金はロックフェラー財団とシンジェンタにより米国の研究機関に提供されたが、その研究機関は政府援助を1999年に得ただけである。しかしながら、日本を除いては、政府基金はほかのどのグループにもおこなわれることはなかった。仏国、台湾、ブラジルが後に賛助に加わった。

 

 IRGSPへの最初の打撃は2000年の4月で、モンサント社はジャポニカ種のゲノムの塩基配列を、ワシントン大学とシアトルのシステム生物学協会の協力で解読したと発表した時のことである。とても完全とはいえないが、その塩基配列の解読は有益なものであり、モンサント社は大学研究者やそれをおこなっているIRGSP(国際農業研究協議グループ)にも、その情報を提供することを約束した。この一件がIRGSPの奮闘を助長はしたものの、その情報は十分といえるものではなかった。

 

 シンジェンタもまた前述したように、2001年1月までにジャポニカ種の塩基配列の解読を終えた。シンジェンタは3000万ドルでのイネとその他の穀類の塩基配列の解析の契約をユタ州ソルト・レイクシティのマイリアド遺伝子とおこなった。

 

 驚いたことには、BGI(北京遺伝子研究所)はその仕事を初めて終えるまでにたった18ヶ月しか要さなかった。相当な努力がジャポニカ種に注がれ、「中国が自身のイネの塩基配列の解読をすべきだという心情でありました」と陽氏は語る。

 北京のグループがそのすべてのデータを公のものにし、遺伝子銀行に預けたのに対し、シンジェンタの場合は、限られたベースである自らのウェブサイトやCD−ROMを介して塩基配列データを利用できるものにしているにすぎない。

 

 その間、シンジェンタ社の研究者は、興味を持つ研究者たちと協力関係を結び、11カ国の約65の研究所がその情報を利用した。このことにより、塩基配列情報が遺伝子銀行に預けられて以来、BGI(北京遺伝子研究所)のデータを使用した350人の研究者を愚かしくも競合させた。

 

 IRGSPは、現在その仕事の終結のため切迫しており、自身による遺伝子地図を2002年の12月までに作成するとのことである。IRGSPは公共のデータベースに、すでに230メガ塩基対以上のデータを置いており、3つの染色体についてはほとんど完了している。

 

 おもな懸念は、イネが文字通り生活そのものであるという、貧しい人々にどう影響するのかということだ。

 

イネゲノムは何に似ているか?

 

インディカ種のゲノムには4.66億塩基対(ベースペアー)があり、そのうちたった430だけがアクティヴな活性のある(euchromatic)真性染色質領域である。

北京遺伝子研究所によれば、インディカ種のゲノムには46022から55615の遺伝子が含まれていると評価されており、またシンジェンタによるジャポニカ種は32000から50000の遺伝子からなるということになっており、ヒトゲノムの30000から40000遺伝子とくらべるとずっと多い。

反復的なDNAがイネゲノムの42〜45%を占めている。

もっとも豊富な反復はMITESで、98000またはそれ以上のコピーがあり、イネゲノムの約4%を構成する。

レトロトランスポゾン(逆転写を行うモバイル遺伝子)はもっとも大きな反復配列で、それはイネゲノムの15%以上を占めている。

アラビドプシス・サリアナ(訳注:シロイヌナズナ、通称ぺんぺん草)もっとも小さな双子葉植物であり、最初にそのゲノムの塩基配列が解析された植物)はイネゲノムに相当するカウンターパーツを持っている。(イネは単子葉植物。その他のすべての雑草を含む顕花植物のおもな門)

すでに知られているトウモロコシと小麦遺伝子の98%に相同の遺伝子は、イネゲノムの中で確認された。

予測されていた49.4%のイネの遺伝子だけがA.サリアナに相同した。言い換えれば、半分以上のイネ遺伝子が未知である。

ヒトの遺伝子と違い、選択的スプライシングは同じ遺伝子から数多くのたんぱく質をつくる。イネはヒトよりたくさんの遺伝子を持つというだけで、多様なたんぱく質を得る。

 

参考文献:

1.『イネ:本質明確化のための要約』デニス・ノーミル、エリザベス・ペニッシ共著

2.『イネゲノム塩基配列の研究者は共同する U』デクラン・バトラー(ネイチャー誌02年416、573号

3.Yu J, 他著『イネゲノム(オリザ・サティバ、インディカ)の塩基配列地図』サイエンス誌 02年296、79−92

4.Goff SA.他著

 

この記事に関して詳しくは:

http://www.i-sis.org.uk/RiceIsLife.php

The Institute of Science in Society

 

 

戻るTOPへ