骨格筋の中のプリオン
Prions
in skeletal muscle
Patrick J.Bosque, Chongsuk Ryou,
Glenn Telling, David Peretz, Giuseppe Legnam,
Stephen J. DeArmond and Stanley B. Prushiner
Proc. Natl, Acad. Sci.,
March 19,2002 ,
vol 99, No6. p3812- 3817
要約 河田昌東
BSEに感染した牛製品の摂取で新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病になるという多くの議論がある。新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の新規発生防止のために、高タイタ−(訳注)のプリオンを含んでいると考えられる、例えば神経組織やリンパ組織を含む特定部位のクズ肉は、ヒトの摂取食品から排除されている(Phillipsら:The BSE Inquiry 2000,vol.6,p413−451)。
この論文で我々は、マウスの骨格筋がプリオンを伝播し、相当量の病原体を濃縮し得ることを報告する。
我々は、Me7株又はロッキー・マウンテン実験室株(何れも異常型)のネズミのプリオンを接種した野生型マウスの骨格筋に、高タイタ−のプリオン及びその発病原因である異常型プリオン(PrPsc)を検出した。特定の筋肉に明確なレベルの異常型プリオンPrPscが濃縮し、それは後足の筋肉で最も高いレベルであった。
(筋肉で)プリオンが新たに作られたのか、あるいは接種したプリオンが単に筋肉内に集まってきただけなのかを調べるために、我々はマウスのプリオンとハムスターのプリオン(正常型)を筋肉でだけ作る遺伝子組換えマウスを作った。これらのマウスの筋肉にプリオン(正常型又は異常型)を注射すると、その筋肉には高いタイタ−の(注射したものと同じ)プリオンが生産された。 逆に、肝臓で正常型プリオンを発現するようにした組換えマウスでは、(筋肉に注射しても)筋肉内のプリオン・タイタ−は低かった。
我々のデータは、発現されている正常プリオンの量に加えて、いくつかのファクターがプリオンの組織親和性を決めていることを示している。
いくつかの筋肉が相当量のプリオンを蓄積できるということは特に問題である。神経組織やリンパ組織を除去したとしても、肉の摂取を通じた食物からのプリオン暴露が起こるだろうから、BSEに感染した家畜の筋肉のプリオンの分布を調べる総合的な努力が必要である。さらに、筋肉を使えば、動物や人間の発病前にプリオン病の診断することが容易になるかもしれない。
(訳注:タイタ−は一般に「力価」と訳される。ウイルスの感染力や薬剤の効き目などを定量的にあらわす際に使われる単位。プリオンの場合、ID50が使われるが、これは実験動物の50%にプリオン病を起こすことが出来る異常プリオンの希釈倍率を表す)。
訳者注釈:
アメリカ・科学アカデミーの機関誌に掲載されたこの論文の著者は、プリオンで1996年にノーベル賞を受賞したS.B.プルシナーのグループである。マウスが材料だが、筋肉(特に後足)でプリオンが多量に作られ、しかも異常型プリオンの(脳ではなく)筋肉注射で、それが異常型プリオンに変換され感染性を持つようになる、というのは初めての発見である。もしこれが牛でも事実なら、牛のいわゆる「もも肉」も危険ということになる。
論文のデータによれば、最大でID50が107/gである (即ち1gの筋肉を千万倍に希釈すると50%発病率になる)。これは通常測定される感染した動物の脳内異常プリオンのID50(109/g)の100分の1に当たる、かなり高いレベルである。マウスでは後足で高いが、著者らによればこのプリオンの筋肉における発現場所は動物毎に違う可能性があり、これまで筋肉に検出されなかったのは、適当な場所を試験サンプルにしなかったからかもしれない。この論文のもう1つの特徴はプリオン接種にこれまで一般的に行われてきた脳内接種ではなく、腹腔内接種や筋肉内接種で試験しており、それでも十分な感染性がある。