金子プリオン調査会座長代理 米国産牛肉リスク評価の諮問に辞意
05.5.16
5月15日付の産経新聞(Sankei Web)が共同通信を情報源として伝えるところによると、食品安全委員会プリオン専門調査会座長代理の金子清俊東京医大教授が15日、東京農大で開かれたシンポジウムで「国内対策の見直しを利用された責任を痛感している」と述べ、専門委員を辞任する意向を示したという(http://www.sankei.co.jp/news/050515/sha080.htm)。16日付の日本農業新聞(一面)も同様なニュースを伝えている。
先に伝えたように、厚労省と農水省は12日、自民党の了承を得て、米国産牛肉の輸入再開について、食品安全委員会に@日本側の同じ定義のSRMの除去A20ヵ月齢以下の牛肉、内臓B成熟度による月齢証明などで米国農務省(USDA)が認証する仕組みに則した牛肉と内臓について国産のリスクと同じかどうかで諮問することを決めたという(農水省、OIE/BSEコード改正案へのコメント提出 具体性欠くリスクステータス決定の「厳格な要件」,05.5.12の注)。これに対し、金子教授は、
”両省がこれまで消費者らに「国内対策の見直しと米国産牛肉の輸入再開はまったく別の問題」と説明してきたにもかかわらず、国産の検査見直しに合わせ米国産について「リスクは国産と同等か」と諮問することを疑問視。
「これまで表向き別の問題と言いながら、結局一体の議論だったことが明確になった」と指摘した上で、「私自身、国内の議論が米国産の輸入再開に利用されるのではないかとの消費者の懸念に対し、それは違うと説明して回った。結果的に虚偽の説明になったことの責任を取りたい」と辞意の理由を話した。”という。
BSE国内対策の見直しに関する厚労省・農水省の諮問に答える5月6日の食品安全委員会の「我が国における牛海綿状脳症(BSE)対策に係る食品健康影響評価」(http://www.fsc.go.jp/bse_hyouka_kekka_170509.pdf)は、20ヵ月以下の牛を検査の対象から外すことについて、決して明確な回答を与えたものではない。この点に関する「結論」は、「検査月齢の線引きがもたらす人に対する食品健康影響(リスク)は、非常に低いレベルの増加にとどまると判断される」と言うだけだ。20ヵ月以下の牛を検査対象から外すことの是非については、何も言っていない。
また、「今後、より感度の高い検査方法を開発する必要がある」と言っていることは、より感度の高い検査方法が開発されれば、リスクの増加は「非常に低いレベル」にとどまるという結論自体の見直しもあり得ることも示唆している。
しかも、「おわりに」では、20ヵ月齢以下の牛を検査対象から外すことの是非に関する諮問に関しては、
「以下の2つの批判的意見に留意すべきである。
@生体牛でのBSEプリオン蓄積度に対する輸入配合飼料の影響は不明であり、その対策の実施はこれからの課題として残っている。SRM除去に関しては、その監視体制の構築、ピッシングの廃止を含めた対策強化がこれから実施される予定である。非常に低いレベルの汚染度がもたらす食品健康影響評価を判断するための科学的知見がきわめて限られていることから、月齢見直しはこれらの一連の対策の実効性が確認された後に行うのが、合理的な判断である。
ABSEに限らず感染症において検査感度を改良するための技術開発促進は当然のことである。しかし、21ヵ月齢以上を検査対象とした場合、混乱回避措置とされている自主的全頭検査がなければ、弱齢牛での検査成績の評価はできなくなる。」と述べる。
この評価が直ちに検査制度改変を認めたものでないことは明らかだ。そのうえ、この評価は「BSEの汚染度、と畜場における検査でのBSE陽性牛の排除、安全なと畜解体法とSRMの除去などの効率について評価」し、「このような様々な背景リスクから切り離して年齢のみによる評価を行ったものではない。従って、今後諸外国におけるBSE感染リスクの評価を行う際には、総合的な評価を行うための多様なデータの存在が必須になるものと考える」と念を押している。
それにもかかわらず、両省はこれらのことを考慮することなく、待ってましたとばかり、検査制度改変を前提とし、かつ、「様々な背景リスクから切り離して年齢のみによる評価」を諮問することに決めたわけだ。この決定が食品安全委員会の評価に背くと判断することには、決して不合理ではない。金子座長代理が「結果的に虚偽の説明になった」と悔いるのは完全に理解できる。”辞意”表明も無理からぬことと思う。
それにもかかわらず、小生も、「辞めるべき人間が間違っています。責任を痛感されておられるのならば、金子さんはこれからこそ戦うべきです」という「まりちゃん」に同意する。笹山登生氏がこれに答えて言うように、「政治に翻弄される食品安全委員会の現状に、科学者としての良心が許さなかったといえます。これを契機にして、品川先生など、まだまだ、辞任は続くでしょう。「そして、誰もいなくなった。」−−日本の食の安全にとっては恐ろしいことです。」(笹山登生の掲示 板、[1349]、[1351])
なお、金子座長代理は11日付の日本農業新聞のインタビュー記事(「BSE 今後の焦点 中」)で次のように述べている
・政府はBSE検査を最初は感染状況の把握と、牛肉の安全性確保を兼ねる「スクリーニング」と位置付けたが、最近のOIE基準見直しをめぐる専門家からの意見聴取では実態調査に絞る「サーベイランス」と説明した。「検査対する政府の方針はいつ変わったのか。国内外での説明がぶれるようでは、消費者の信頼を得るこはできない」。
・日本の専門家は、検査が万能でないことは全頭検査の導入時から認めているが、検査が感染状況の把握と安全性確保を兼ねるスクリーニング検査という立場は一貫している。検査へのスタンスが揺らいでいるのは厚労・農水両省だ。検査緩和に対する消費者の困惑は政府自らがまいた種で、専門家に押し付けるのではなく、きちんと対処すべき。食品安全委員会と本委員会とプリオン専門調査会の間で意見の違いがあることも問題を複雑にしている。本委員会の一部の委員などはSRMさえ除去すれば牛肉の安全性は確保できると主張しているが、これは人の健康よりも貿易や経済性を重視した危険な考え方だ。それで危険は回避できるという科学的証拠はない。
・米国はBSEの感染拡大を防ぐ飼料規制に抜け穴がある。課題は山積み。それでも政府が「特定部位さえ除去すれば検査をしなくても生後20ヵ月齢以下の牛の牛肉は日本と同等の安全性といえるか」と諮問するなら、「この前提がそもそも成り立つのかを審議する必要があるだろう」。