科学 VOL.75 NO.1 JAN.2005
岩波書店
特集 食の安全【遺伝子組換え食品】
インタビュー:遺伝子組換え作物の何が問題か(抜粋)
玉置雅紀(国立環境研究所・植物生理学・分子生物学)
遺伝子組換え作物の作り方 (略) …P.18
組換え作物はどう栽培されているのか (略)
食べて安全なのか (略) …
P.19
環境への影響は? …P.20
(P.21より抜粋)
玉置―油を採った加工品のような形で入っている可能性はあるわけです。トウモロコシもお菓子になってしまうと分からないし、ナタネにいたっては、油を採るためなので組換え体はかなり入ってきているだろうと思われます。
ダイズとナタネには日本国内に交雑可能な野生種があるために、環境への影響がとくに気がかりです。‘Nature誌’に出た論文で、メキシコでは遺伝子組換えトウモロコシを栽培していないにもかかわらず、アメリカ由来の遺伝子組換えトウモロコシとメキシコの栽培品種との交雑が見られたという報告があります。国内で栽培していないからといって楽観視できないのです。
遺伝子組換え作物を生態系の中でどのように評価するのか、現在では法律で定められています。「生物多様性に関するカルタヘナ議定書」で提案されて日本も批准し、2003年6月に「遺伝子組換え生物の使用等の規制による生物多様性の確保に関する法律」という長い名前の法律が成立し、2004年2月19日より施行されています。この法律以前は、遺伝子組換え体の日本国内における栽培はいわゆる「農水省ガイドライン」で認められていました。法律が出来て大きな違いは罰則があることで、禁固や罰金の刑が科せられますから栽培に関してはかなり厳しく管理されると思います。
例えば、作物によって花粉の飛びやすさは違うので、組換え体を栽培する場合に、周りの畑から何メートル以上離すようにという値が作物ごとに決められています。実際に花粉が飛ぶと分かっている距離よりもかなりマージンを取って設定した厳しい栽培制限となっています。トウモロコシですと、800m以内にトウモロコシ畑がないことが条件になっています。
― 組換え体を生態系に入れた場合に、風が吹けば桶屋が儲かるではありませんが、想像外のことがドミノ式に起こり得るのではと心配されるのですが、組換え体が畑の外に出てはびこる可能性はありませんか。
玉置―基本的に作物は人間が天塩にかけないと育たないところまで品種改良されているので、野生に出て行って生きるたくましさはないと考えられます。日本で作られている作物が野生化したという話はあまり聞かないです。ですから、作物はある程度管理は簡単かと思っています。遺伝子が野生種に入ってしまうとやっかいなのと、今気になっているのは、作物ではないもの、具体的には芝の組換え体です。ゴルフ場の芝は農薬管理が大変なので、除草剤耐性の芝を作って芝だけが青々しているゴルフ場を作ろうと考えられています。しかし、芝というのはあちこちに繁殖する可能性があるので管理しきれなくなる恐れがあります。
遺伝子組換え生物の使用には第1種使用と第2種使用があって、第一種使用は野外における開放系での利用、第2種使用は研究レベルの閉鎖系での利用です。第一種使用は現状ではデータがありませんので、私はこれを調べています。
― どのように調査されているのですか。
玉置―まず組換えナタネの話を紹介しましょう。いわゆる菜の花です。ナタネは自家不和合性があるために生態系の中で生き残りやすい性質を持っています。普通の花では自分の花粉を自分のめしべで受けても種子を作れるのですが、自家不和合性があると、自分の花粉を自分のめしべに付いても種子はできません。ですからナタネは必ず他のナタネと交雑しないと種子を作りません。いわゆる他家受粉です。ナタネの花粉は虫によって運ばれるため、200mぐらい離れていても数%ぐらい交雑するというデータがあります。植物としては非常に高い値です。また、日本にはナタネの交雑可能種がかなりあります。アブラナ、カブ、ハクサイ、コマツナ、スグキナ、ヒノナ、カラシナ、タカナ、カイランです。春になるとちょっとした空き地があれば菜の花を見かけますが、そのほとんどはもともと国内にいたものではなくて、セイヨウナタネを輸入した時に外国から種子が広がって定着したものだろうと言われています。以上のことからもし遺伝子組換えナタネが野生化した場合、その交雑性の高さや交雑種の多さから生物の多様性に影響を与える可能性があります。
このナタネの組換え体が日本の環境に入ってきていないかということを調べ始めています。とりあえずナタネの輸入が認められる全国各地の港をターゲットにしています。これらの港にはナタネの油を絞る工場があって、原料であるナタネの輸送過程において種子が落ちる可能性があるからです。その中には組換えナタネも含まれているのではないかと考えられています。実際には初夏に種を付けたネタネを採取して、これらの中に組換え体があるかどうかを調査します。図4(略)は鹿島港の例で、道路脇にナタネ工場があってその空き地にナタネが生えています。
― 何だか危なそうな感じがしますね。
玉置―もしこのような場所で組換え体が生えていると確認された場合には、調査を全国的に広げようと考えています。またゆくゆくは近縁野生種(カラシナなど)に組換え遺伝子が移っていないかも調べたいと思っています。
― ナタネを調べてどこの会社の組換え体の種子だということは分かるのですか。
玉置―ナタネの組換えは除草剤に対する耐性を持たせたものですが、こういう遺伝子だという名前は分かっていても、組み込まれた遺伝子の配列までは公開されていません。ですから会社までは正確に特定できないと思いますが・・・。
以上は流通過程にこぼれ落ちるナタネの話ですが、さらに調査してみますと、一見すると河原に自然に生えているナタネでも、結構人工的に植えられていることが分かりました。よく自治体などが音頭を取って桜とセットで春の観光目的にナタネを植えることもあります。国内産のナタネの種子を蒔いたのなら問題はありませんが、安い種子を使うと組換え体が混じっている可能性があります。結実前に刈り取ってしまえば問題はありませんが、そのまま放置した場合には組換え体の混入には気をつけた方がいいと思います。
次にダイズの話をします。日本にはツルマメというダイズと交雑可能な雑草があり、これは全国に分布しています。ツルマメとダイズの開花期を比べると、全体的にツルマメの開花期が遅い傾向にありますが、品種によってはかなりの開きがあります。条件によっては自然交配が起きる可能性があります。また人工的にツルマメと組換えダイズの雑種を作ると、見た目には両者の中間的な性質が出ます。この雑種には除草剤耐性が受け継がれ、ツルマメも普通のダイズも除草剤をかけると枯れてしまうのに、この雑種には除草剤耐性が受け継がれ、ツルマメも普通のダイズも除草剤をかけると枯れてしまうのに、この雑種のツルマメはみごとに育ちます。
― 雑種の種子はまた芽生えるのですか。
玉置―雑種2世代、いわゆるF2moちゃんと発芽します。その時に驚くべき結果が出ました。開花期を見ると、雑種の第1世代はツルマメとダイズの中間にくるのですが、第2世代になると雑種の開花期はダイズより早いものから、ツルマメより遅いものまで非常に幅広く分布するようになります。これは開花期を決める複数の遺伝子が雑種第2世代の植物にいろいろなパターンで入る事で、開花期にバリエーションができるためです。このことは、もともとダイズとツルマメは開花期のピークがずれていて、交雑の可能性が低く抑えられていたのに、いったん雑種が出てしまうと、その雑種を介してツルマメの開花期とダイズの開花期がつながってしまって、ツルマメへの遺伝子汚染が進みやすくなることを意味しています。
もうひとつ私の研究室でやっていることを紹介しておきますと、実験レベルの話として、遺伝子組換え体を目で見て判別できるようにしようとしています。シロイヌナズナというよく使われるモデル植物に、GFPというクラゲの遺伝子を入れてやると、暗闇で青い光を当てたときに黄色っぽく光ります。この性質を使って交雑率がどれぐらいになるかというモニターをしようと考えました。野生型と組換え型が交雑した植物の子孫にどれだけ組換え遺伝子が導入されたのかを目で見てわかるようにしようということです。組換え体と非組換え体を交互に置くという実験を3回行って、約9万の種子を調べたところ、平均200個体くらいに組換えが出ました。0.24%の交雑率です。これまでの農水省の定めた組換え体の安全性評価では、交雑率を求める時の母集団は多くても1000ぐらいで、それで交雑率が0だったから安心と言っていたのですけれど、母集団を9万くらいに増やしてやるとこのように組換え体が結構出てくるのです。
遺伝子組換えが反対されるのは (略)…P.23
情報の質と量の不足(略) …P.24
もっと組換えは進んでいくのか (略)…P.25