GM論争で科学を真摯に考える

農業バイテク、健康と環境に関するアメリカ科学アカデミー・ワークショップでの報告

 

メイ・ワン・ホー(社会の中の科学研究所:ロンドン)

2001年4月16日 

抄訳   山田勝巳

 

危機的状況の科学

もし第3世界と工業化の進んだ社会を区別するものがあるとしたら、それは我々がGM論争でやっていることよりもはるかに大切な科学を持っている、ということである。

 

 

私は、1970年代半ばから1980年代初期まで大学で遺伝学を教えてきた。当時は、毎週のように液体ゲノム(注:細胞から抽出されたDNA)に関するニュースで賑わっていた。

遺伝子は安定で環境中では変わらないという考え方が崩れ、遺伝的決定論は過去の物となってきていた。また、遺伝子で特許を取れるなどとは誰も思っていなかった。そんなことを云おうものなら冗談と思われ、無視された。

遺伝的決定論が依然支配していた学会では、今では人クローンのような技術まで突き進み倫理的問題を生みだしてしまった。 

80年代は、分子遺伝学の質を犠牲にし、基礎科学と改革を犠牲にして公益に応えることをせず、特許争いに明け暮れた。それも、意識的にか無意識にか、危険性があるという科学的証拠を無視して。

どうしたら良いかを述べる前に、現在分かっている遺伝子工学の問題と危険性について述べてみたい。

 

遺伝子操作によるスーパーウイルス

 1月13日オーストラリアでマウスの不妊ワクチンを作ろうとして、偶然致死性ウイルスが出来てしまった。マウス・ポックスウイルスにインターロイキン4(IL4)の遺伝子を組み込んで免疫力を向上させようとしたのだが、これを投与されたネズミは、もともとマウスポックスに遺伝的抵抗力を持っていたにもかかわらず全部死んでしまった。IL4はナチュラル・キラー細胞とウイルス感染に反応して作られる細胞傷害性リンパ球を抑制してしまったのだ。マウス・ポックスウイルスのワクチンを打ち、かつ遺伝的に抵抗力のあるマウスでも5割も死んでしまった。  

そればかりではなく、ワクシニア・ウイルスに組み込んだIL4は、抗ウイルス能力も減少し動物の抗ウイルス力を弱らせた。ワクシニアとマウスポックスは共に人間の天然痘と同じ科に属し、生物兵器を連想させた。 

 

 もっと問題なのは、ごく普通の遺伝子操作実験で致死性病原菌を意図せずに作り出してしまうことだ。それができることを示すために、わざとウイルスを実験室で作ったり、ウイルスのクローンを作る学者もいる。 エイズワクチンを遺伝子組み換えで作るときにも、危険なウイルスやバクテリアが出来る可能性がある。 ユーゴスラビアのウイルス学者Veljkovicは1990年以来そのことを警告している。

 

 遺伝子組み換えの基本ツールは、バクテリアとウイルス、その他病気を起こしたり薬剤や抗生物質耐性をもたらすプラスミド(遺伝的寄生体)である。 

抗生物質耐性遺伝子等の危険な遺伝子を混ぜたり、かけ合わせたり組み換えたりと遺伝子工学者は利用できる物は何でも使う。遺伝物質を組み換えることで新たなバクテリアやウイルスの株を産みだし、その一部は病原性のこともある。 

更に過去20年間に起きたことは、種の壁を越えてゲノムに侵入するベクターや人工的な遺伝子を作り出したことだった。この危険を予見した科学者達が、アシロマで70年代に会議を開きモラトリアムを発表したが、それも商業的要求から短縮され、ガイドラインも様々な発見が続く中でなし崩し的に消えていった。

 

2つ重要な発見がある。先ず、核酸が動物の腸内を含むあらゆる環境で安定だということ、そして核酸が遺伝子治療研究で見られるように細胞、特に人間の細胞にいとも簡単に入り込めるということだ。

 

監督機関はガイドラインを強化すべき所を逆に緩めてしまった。ECの組み換え体封じ込め利用のガイドラインのもとで現在、組み換え実験ゴミは食べ物、飼料、肥料、埋め立てなどに再利用されている。アメリカも事情は似たものと想像する。 

遺伝子治療では逆効果だった例が、数例の死亡も含めて650例強もある。人間だろうが動植物だろうが、同種の遺伝子組み換え体が作られ、相も変わらず第一世代の粗削りの技術が利用されている。

 

組み換え体の非安定性

 組み換え体が不安定である事は1994年から良く知られていた。特に遺伝子抑制(gene silencing)  では顕著だ。不安定な組み換え遺伝子は水平伝達や組み換えを起こしやすい。特にカリフラワーモザイク・ウイルス(CaMV)の35Sプロモーターは、ほとんど全てのGM作物に使われていて、組み換えホットスポット(訳注:頻繁に突然変異や組み換えを起こす場所)を形成している。これは何度も警告してきた。 

CaMV35Sは、植物、バクテリア、藻、酵母だけでなく、動物や人間の細胞でも活性がある。人間の細胞でも活性があるという事は誰も認識していなかったことである。

  

イギリスのトップクラスの研究所(John Innes  Centre)の植物分子遺伝学者たちは、GM作物が不安定で遺伝子組み換えを起こしやすいことを年次報告で認めていたが、私がこれを指摘したところ、頑として聞き入れず、私が一部の文献を無視しているといった。その文献には組み換え体イネは安定であるとの指摘があり、これを詳細に検討したところ、18%は第3世代まで安定のようだったが、残り82%は不安定であった。これを指摘したが返答はこない。

同僚のジョー・カミンズ教授がGM作物が不安定である最近の知見をまとめている。

 

 ラウンドアップ・レディ大豆は非GM大豆よりも常に収穫成績が悪いが、今年は発芽が悪いという報告がミズーリ大学から出ている。

 

 野外のターミネーター作物

 英国で圃場試験しているGMの油用ナタネ株はターミネーター技術を使って作った物である。これはGM種子の企業特許を強化するためのものだ。 

アグレボ社の申請書によると、似たような作物の圃場試験は、1990年からヨーロッパで行われてきたとある。

アメリカでは、同様の雄性不稔種がターミネーター遺伝子とバーナーゼ(barnase)を使って92年には試験されている。115の試験圃場があり、最初の環境評価でFONSI(Finding  of No Signigficant Impact、有意な影響は無し)と出ていて、その後はほとんど危険評価がされていない。雄性不稔を持たせた物は菜種、コーン、綿、アブラナ、ジャガイモ、ポプラ、チコリ、ペチュニアそれとレタスである。

USDA(農務省)の商業販売データにはアグレボ社のコーンと菜種、ベホ社のチコリ、プラント・ジェネティック社のコーンの4つが登録されている。

 

これらとは別に、リコンビナーゼ(recombinase 組み換え酵素)を使ったターミネーター作物には コーンやパパイヤがあり、環境評価を一切行わずに'94−'98の間に14回もの圃場試験が行われている。 アメリカではバーナーゼと部位特異的組み換え(Site specific  recombinaton)又は両方の特許が150あり、最も古いのでは1987年に登録されている。  

 

最初に注目されたターミネーター特許は、農務省とデルタ・アンド・パインランド・カンパニー社のものでモンサントが買い取ろうとしていた。この特許の斬新なところはターミネーター・システムと部位特異的組み換えシステムを一緒に使っているところで、これを持つ企業は、組み換え体品種とそれに関連した遺伝子の発現制御をする化学薬品を完全に支配下における。このために、モンサントはあらゆる方面からの一斉攻撃と拒否を突きつけられてターミネーター技術を商業化しないことにした。

しかし、研究開発自体はその後も変わりなく続いている。一般には理論的にしか存在しないと思われているが、実は10年以上も実在している。

アメリカ農務省は、ターミネーター技術は組み換え遺伝子の拡散を防げる、と言って事業を継続し商業開発を目指している。これは間違いで、雄性不稔は花粉で非GM作物に移り、水平伝達は防ぎようがない。  

構造が複雑になるにつれて水平伝達と遺伝的組み換えが起きやすくなるだろう。ターミネーター遺伝子は、RNAを壊して細胞を死にいたらしめる。リコンビナーゼは理論的には、特定の位置でDNAを切断・再結合するのだが、正確からはほど遠くゲノムをゴチャゴチャにするだけだ。

組み換えでたった1個のCreリコンビナーゼを挿入されたマウスは100%不妊だったが、これは二つの娘精細胞がまだ細胞ブリッジでつながっている間にリコンビナーゼが両方のゲノムをごちゃ混ぜにするからである。マウスのゲノムは、Creリコンビナーゼが認識するlox  siteさえもたないのである。  

 

ターミネーター昆虫はゲノムインベーダーに翼を与える

 農務省は、既に種間を飛び回ることで知られる移動可能な遺伝因子「ピギーバック」を持つGM桃色ワームをこの夏野外放出することを承認した。この遺伝因子は、キャベツ尺取り虫の細胞培養で初めて見つかったもので、細胞に感染しているバキュロウイルスのゲノムに飛び込んで頻繁に突然変異を起こす。カイコの実験で既に組み込みが不安定である証拠が出ており、世代を越えても動く傾向がある。

人工トランスポゾン自体が積極的なゲノムインベーダーなのに、それを昆虫に入れることは遺伝子インベーダーに翼を与えることになる。その鋭いくちばしで植物や動物等へ効率よく遺伝子をまき散らす。予測できるのはでたらめな遺伝子の水平伝達が起こるだろう事で、予測できないのは、いかなる致死性ウイルスが出来るか、と言うことと、どれくらい新たな突然変異源と発ガン源が出来るかと言うことだ。

 

 食品バイオテクは終わった

ここに挙げた発見とその問題点はほんの一部で、現場の人達や監督する立場の人達に無視されたり、退けられたりしたことがらである。

55カ国の科学者410人がこの懸念を表明して、全世界の国々に対しGMOは危険なので環境へ放つのは中止するよう、そして生命特許は道徳的ではないので禁止するよう要求した。また、食品の安全と健康をもたらすものとして、企業によらない、持続可能な有機農業を支援するよう要求した。企業でさえ「食品バイオテクは終わった」という見解に到達している。

アベンティス、モンサント、シンジェンタは、第3世界ではGM作物を押しつけているが、遺伝子操作とマーカーを使った在来育種に焦点を絞ると発表した(注:同種生物内での遺伝子組み換えのこと)。

 

 全世界が反対している

 タイとスリランカはGM作物を禁止した。インドネシアはモンサントの成績の良くない綿の種を運ぶのに護衛を付けねばならなかった。 

フィリピンでは、GMOと国際稲研究所(IRRI)への反対デモがあった。IRRIは過去40年に亘って化学物質を多用する品種で土着の農業を壊し、同じ企業が今度はIRRIの後押しでGMOを押しつけていると非難している。この感情は第3世界だけでなく、ヨーロッパやアメリカでも共通にある。

 

有機農業革命

 ヨーロッパでは、手に負えなくなりつつある恐牛病(BSE)や口蹄疫をもたらした集約的企業農業には皆うんざりしていて、有機農業を強く求めている。ヨーロッパでは'89から'99の間、毎年25%の勢いで有機農業が増えており、2005年には西ヨーロッパでは10%、2010年には30%になると予想されている。この傾向は全世界で起きている。

有機農業と持続可能な農業の実践と技術は、何億ドルも費やされているバイオテクに比べるとその研究費があきれるほど僅かにも関わらず、次々と成功の報告が出ている。

アフリカ、アジア、ラテンアメリカの耕地の3%, 約2890万ヘクタールが持続的農法で生産されており、社会、経済、健康に有益であると同時に見事な収量を上げている。

有機農業もアメリカとヨーロッパで成功しており、収量も化学農業と同じかそれ以上得られている。

野生生物にも良く、植物、鳥類、蝶々、ミミズなど多様な生物の生命を支えている。我々にとって食糧確保と地球の再生のために必要なのは、有機農業である。

 

持続可能な農業も、温暖化を元に戻せないまでも緩和するのに重要だ。また最近の報告では、持続可能な農業は、化石燃料の消費を減らすだけでなく、土中の炭素を吸収するのにも貢献している。

持続可能な農業は、総体的環境を意味し、還元主義的機械科学から忌み嫌われている。機械力学は20世紀を通して全く信用を失墜した。機械論的物理学は相対性理論と量子物理学がその根底にある。生物学はつい最近遺伝学とともに発展している。新しい遺伝学は完全に生態学的で有機的で全体的だ。だから遺伝子工学は、少なくとも今の形では絶対に成功しない。生命組織が機械であるという誤った認識に基づいており、有機的全体の複雑さや柔軟性を否定しているからである。

世界的な食糧保全と健康をもたらせるような、企業に依らない、様々な持続的農業と総合医学を再興できるような総合科学を作り出すのは、西洋科学にとっての大きな課題だ。  

 

 

 参考文献は、http://www.i-sis.org を参照。

 

 The Institute of Science in Society Londonia House 24 Old Gloucester Street

London, WC1N 3A1 UK Tel:44-020-7242 9831 >

 

戻るTOPへ