暴かれる遺伝子治療のリスク
ISISレポート
メイ・ワン・ホー、ジョー・カミンズ
訳 山田勝巳
スタンフォード大学の遺伝学者マーク・ケイとそのチームが血友病と嚢胞性線維症の遺伝子治療実験で使われたウィルス・ベクターを調べた結果、このウィルスは昨年パリで重症の複合免疫不全SCID(重症複合型免疫不全)実験で白血病に至らしめたのと同じ問題を起こす可能性のあることが分かった。この試験には、これまで人に病気を起こしたことのないアデノ随伴ウィルス(AAV)でできた別のベクターが使われたが、これらの試験では、ベクターがDNAの他の部分よりも遺伝子に入り込みやすいことを示している。
SCID実験でベクターとして使われた細胞ゲノムに入り込みやすいレトロウィルスと違い、AAVが入り込む頻度はかなり低い。いずれにしても遺伝学者には入り込んだ場合ガンを引き起こさないという確信はない。AAVベクターを注入されたマウスの生きた細胞からDNAを抽出したところ、侵入した72%の領域が遺伝子のある領域であることを見出している。これがランダムであれば、ベクターが遺伝子を邪魔する可能性は40%以下だろう。
また、検査した14箇所全ての侵入領域で最大2kbの染色体削除が検出されている。殆どの削除は0.3kb以下だった。AAVベクターが標的とした全ての遺伝子が発現していた。エクソン(暗号領域)よりもイントロン(非暗号領域)が多かった。これ以前にHIV-1のようなレトロ・ウィルスにも同じ様に遺伝子に入り込む傾向が見出されている。試験管での合成試験では、標的DNAに結合したDNA捕捉蛋白質は合成複合体を妨害して合成を阻止できるのが分かった。ところが、ヌクレオソーム(DNAをクロマチンに畳み込む蛋白質複合体)のようなDNAを曲げる蛋白質は合成を促進できることが分かった。ヌクレオソーム上では最大のDNA歪曲位置が特に合成に好ましかった。この研究者等は人のリンパ細胞株をHIVまたはHIVベースのベクターで感染させ、524のウィルスDNAと細胞DNAの接合部をクローン化した。その後配列が決定され人のゲノム上での位置を決定した。対象として試験管で111の裸の人DNA結合座を作り、これを体内結合座のゲノム分布と比較した。
体内では遺伝子が組み込みの好標的であるのは明らかだが、対象の裸のDNAではそうではない。遺伝子活性と組み込み標的の間には強い相関がある。HIVベクターに感染して活性を得た細胞では特にそうだった。組み込みのホットスポットも1%の組み込みイベントのある2.5kb領域等が検出できた。69%近くの組み込みサイトが遺伝子領域にあり、これは、ランダムとは極めて言いがたい。 試験管内の裸のDNA対象では、35%が転写ユニット内(遺伝子領域)だった。人ゲノムでは約33%が転写ユニットであるから試験管内での遺伝子への組み込み頻度はランダムといえる。
組み込み位置は集中する傾向がある。対照では集中は見られなかった。100kbのホットスポット領域が7ヶ所あり、そのうち4箇所に遺伝子が入っていた。局部の遺伝子密度はホットスポット領域と関係がある。4箇所とも標的遺伝子には活性があり、感染後はどれも2-3倍活性度が上がった。 Alu因子(短い可動遺伝因子で、自然なゲノムの遺伝子組み換えでは重要な役割を担っていると最近認識されるようになってきている)では、HIV組み込みで上手く行く。これはAlu因子が濃遺伝子領域で多くなるためだろう。遺伝子内では、エクソンよりもイントロンでの組み込みが多い。
このように人ゲノムでのHIV組み込み位置はランダムではなく、活性遺伝子やホットスポット領域では多くなるが、これは転写領域の染色体DNAへの可触性が高くなるため、若しくは、HIVの再組み込み複合体と局所固定の転写因子間での好ましい相互作用が活性遺伝子で促進される為だろう。このような結果は研究者にベクターをDNAの特定の領域へ打ち込むもっとよい方法を探すように仕向けると同時にDNAに入り込まないベクター開発へと向かわせている。
ケイによると彼は治療した14人の血友病患者を守る為にたくさんの予防措置をとったという。何故、治療する前に実験を行なわなかったのか。
同じ頃、大阪大学の黒田信一が率いるチームが6月29日の先発オンライン ネーチャー・バイオテクノロジーで、酵母を使って遺伝子運搬手段としてのナノメーター単位(平均80nm)のB型肝炎ウィルス(HBV)L蛋白を散りばめた脂質膜に取り込まれた中空の小胞を作るのに成功したと報告していた。これらの小胞は超遠心分離で簡単に純化できる上ウィルスゲノムがない。中空の内部に組み換えDNAを詰めたり電気穿孔(電場を使って幕に一時的にアナを作る)で薬を詰めたり出来る。これは体内、体外で試験されている。 緑色蛍光蛋白(GFP)を発現しているプラスミドを電気穿孔でL小胞に詰め込んだのを、人の色々なガン細胞に挿入するのに使っている。人のガン腫細胞株HepB12とNuEのみがほぼ100%に近い効率で小胞を取り込んでいる。しかし、別のガン腫細胞株L蛋白を持つHBV表面抗原分子を放出するPLC/PRF/5にはL/GFP分子を核酸に挿入する事が出来なかった。移植腫瘍を持つマウスに注射した場合、L/GFP小胞はNuE由来の腫瘍は取り込んだが、非肝臓細胞株由来の腫瘍では取り込まれなかった。
凝固因子IXをコード化している人F9遺伝子をL小胞に組み込んで別の細胞株からの腫瘍を持っているマウスに皮下注射した場合、採取した血漿では肝ガンNuE腫瘍を持つマウスだけが血液凝固蛋白を合成し、最低1ヶ月間続いた。小胞の表面蛋白を変えると他の細胞種へも薬剤やDNAを標的に送り込む事が出来るようになった。この方法を実施に移すには一つの障害があることを黒田は認める。それは小胞が無毒のようだが『いくぶん免疫原生がある』という。これは、同じ研究チームが同様の小胞をHBVワクチンに使っているのを考えると控えめすぎるだろう。 この遺伝子治療処方システムは見かけほど安全かどうか意見が分かれている。ウィルスベクターの良く知られた危険の多くは減るし、何よりもガンを引き起こしうる感染ウィルスの発生や遺伝子への組み込みが減る。更に、ウィルスベクターは特定の細胞株を標的に出来ないし炎症性の免疫反応を引き起こす可能性がある。免疫反応を最小限に抑える為に、黒田は「ステルス型」L小胞を開発しているといわれる。だが、免疫反応に関して知らない事がまだたくさんある上、これまで操作しようとしたが事態を悪化した例が余りにも多い。
例えば、2000年に第二段階臨床試験で多発性硬化症の免疫療法で特製のミエリン塩基性蛋白質ペプチドが使われた。ペプチドは殆ど拒絶され試験は中断せざるを得なかった。3人の患者が多発性硬化症を悪化させてしまった。
現在の研究にはどうしても消えない疑問が残る。マウスの生体実験では人の血液凝固因子を発現しているL小胞がうまく核酸に入れる事が出来たのに、30日目には蛋白質が消え始め42日目には完全に消えてしまった。L小胞を取り込んだ細胞に何が起こったのか。4週令のマウス5匹に毒性試験が実施され人の血液凝固因子9を発現しているL小胞500ugを注射したところ「2週間以上生存し」半数致死量が20mg/kgであることをしめす報告がなされている。つまり、マウスは間違いなく死んだのだ。死因はなんだったのだろう?
出典
1)ナカイ・H,モンティーニ・E、フエス・S、ストーム・TA、グロンペ・M、ケイ・MA。AAV血清型2ベクターは、マウスの活性遺伝子に選択的に組み込まれる。
ネーチャー・ジェネティ。2003,34,297−302.
『ウィルスベクターの有害性で遺伝子治療に広がる懸念』エリカ・チェック、ネーチャー、
2003,423,573−4
2)シュローダー・ARW、シン・P,チェン・H,べりー・C、エッカー・JR、ブッシュマン・F:人ゲノムへのHIV-1の組み込みは活性遺伝子と局所ホットスポットに起きやすい。セル,2002,110,521-9.
3)ヤマダ・T、イワサキ・Y、タダ・H等、人の肝細胞への遺伝子や薬剤輸送の為のナノパーティクル。ネーチャー・バイオテクノロジー、DOI:10.1038・nbt843、6月29日2003.