Nature Volume423  p573(ニュース)

2003年6月5日

訳 森野 俊子

 

ウィルスベクターに潜む有害な作用が遺伝子治療にさらなる疑問を投げかける

 

スタンフォード大学の医師たちは遺伝子治療を試み、血友病患者を治そうとしている。しかしその治療法はどのくらい安全なものなのか。

 

論議をかもしている遺伝子治療分野は、今週新たな一撃をくらった。いくつかの治験で用いられた組み換えウィルスが健康上の問題を起こすかもしれない、ということが示唆されたためだ。カリフォルニア州スタンフォード大学の遺伝学者マーク・ケイが中心となった研究で、血友病とのう胞性線維症を治療する試みにおいて用いられた組み換えウィルスを調べた。その結果、昨年別のところで行われた遺伝子治療でガンを誘発したのと同じ問題を起こす可能性のあることが示された。

 

遺伝子治療において、医師は患者の細胞に矯正遺伝子を送り込むために「ベクター」(運び屋)として無害なウィルスを使う。しかし、もしベクターが細胞の遺伝子に自らを組み込ませてしまったら、細胞を変異させガン化させる可能性がある。このことは、昨年、重症複合型免疫不全症(SCID)の遺伝子治療を受けた二人の子供が白血病にかかったことで明らかになった。(Nature419,545-546;2002参照) 

 

科学者たちは現在なお、なぜSCID患者がガンを発病したかを正確に見極めようとしているし、今週ワシントンDCで行われるアメリカ遺伝子治療学会の会議でこの治療について討議する予定である。しかしほとんどの科学者が、遺伝子治療が原因だったことに同意する。ケイの研究は、ヒトに病気をおこさないが、ヒト細胞に感染するよう操作されたアデノ・ウィルスからつくられたベクターに焦点をあてた。6月1日にオンラインで発表された論文(H.Nakai et al. Nature Genet. doi:10.1038/ng1179;2003)で、ケイと同僚たちは、血友病とのう胞性線維症の治療で用いられたベクターが、遺伝子を含まないDNA領域よりは遺伝子領域に自身を多く組み込むことを示している。この発見は、SCID患者にガンを誘発したような細胞の欠陥を、ベクターがひき起こす恐れのあることを示唆している。

 

しかし研究者たちは、SCID治療に使ったベクターはレトロウィルスに由来するもので、アデノ・ウィルスベクターとはかなり異なっていると注意をうながしている。たとえば、レトロウィルスは活動するのにヒトDNAに自身を組み込まねばならないが、アデノ・ウィルス・ベクターがゲノムに組み込まれることははるかに少ない。

 

「アデノ・ウィルス・ベクターはたしかにレトロウィルスベクターより安全な性質をもっている。」とシアトルのワシントン大学の遺伝学者であるデイビット・ラッセルは述べている。「しかし、実際のところ、まだアデノ・ウィルス・ベクターがガンを引き起こさないとはいえない。」

 

ケイのチームは血友病の遺伝子治療を試みているのだが、マウスでアデノ随伴ウィルスベクターを追跡した。DNAにベクターを含んでいる肝細胞を抽出し、ベクターの周りのDNA塩基配列をみた。その後、そのDNAの塩基配列が既知の遺伝子のものと符合するかを分析した。チームは、72%の確率でベクターがひとつの遺伝子を妨害することをみつけた。かりにベクターが自身をランダムに組み込むとすると、40%の確率でしか妨害しなかっただろう。

 

昨年8月に、カリフォルニア州ラジョラのソーク生物科学研究所のフレデリック・ブッシュマンと彼の同僚たちが、レトロウィルスもDNAの別の領域より遺伝子領域により多くの頻度で自身を組み込むことを示唆した。(A.R.Schroder et al. Cell 110,521-529;2002)

 

このような結果は、研究者たちがDNAの特定部位へ入る標的ベクターを探したり、DNAにまったく組み込まれないベクターを開発するのに役立つ。しかし現在のところ、ケイは自分が治療してきた14人の血友病患者を守るため細心の注意をはらっているという。

 

「現時点では何も変更する必要はないと思う。しかし、これはベクターが一般的に使われるようになる前に公表しなければならないリスクである。」とケイは述べている。

 

 

 

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