ウイルスに対する防御的適応としての遺伝子サイレンシング(沈黙化):要旨
Peter M. Waterhouse, Ming-Bo Wang & Tony Lough
Nature、 Volume 411、p834−841
2001年6月15日
抄訳 河田昌東
遺伝子サイレンシングは当初、植物に組換え遺伝子を導入した際に起こる予期できない、困った副作用だと受け取られていた。今では、これが植物のウイルスやトランスポゾン侵入に対する適応的防御メカニズムの引き金を偶然引いてしまった結果だと考えられている。最近解明されたこのメカニズムには、仕組みの違いはあるものの、動物における免疫システムと多くの共通点がある。
生物学の学生は、ワクチンの概念が、弱い牛ポックス・ウイルスに感染した搾乳婦や酪農家がスモール・ポックス・ウイルスの感染から守られる、というエドワード・ジェンナーの発見に由来する、と教えられる。植物も同様に、あらかじめ弱いウイルスに感染していると、関連した強いウイルスの感染による被害から守られる、ということはそれほど広くは知れ渡ってはいない。植物におけるこうした交差防御反応は1920年代はじめから知られてはいたが、そのメカニズムはミステリーであった。植物は動物のような抗体による免疫システムを持っていないからである。
この論文は、植物が本来持っているウイルス防御機構の恐らく最初の観察であり、75年たってはじめて解明の途についたのである。
過去にも組換え遺伝子によるウイルス耐性やコ・サプレッシオン(協同抑制)、ウイルス誘発性遺伝子サイレンシング、アンチセンス・サプレッシオンと遺伝子の転写時サイレンシング、など植物にかんする多くの研究が行われてきた。
また、ショウジョウバエや線虫におけるRNAによる干渉やカビにおける抑制などに関しても精力的な研究が行われてきた。これら一見無関係な探求は、一緒になったとき、ジグソーパズルのチップを作りだし、ウイルスやトランスポゾンDNAに対する植物の自然に備わった防護システムの存在を明らかにし、その性質を解明し始めたのである。
詳細の多くと枝葉に属することは今後の研究に残されているが、現在明らかになったその概要は、侵入者のウイルスやトランスポゾンを植物が遺伝学的に認識することが出来、それらに対する防御を構築する、というすばらしくエレガントなシステムだということである。