不要な悪・治療用人クローン

 

メイ・ワン・ホー、ジョー・カミンズ

訳 山田勝巳

 

イギリス上院は、昨夜圧倒的多数で、細胞や組織の交換に使える胚性幹細胞(embryonic stem cells )を作るために人の胚を作ることを許可した。 イギリスは、EUの中でいわゆる治療用人クローン(therapeutic human cloning)を承認する唯一の国になった。 治療用人クローンが何故倫理的に受け入れ難いのか、科学的に正当でないのか解説する。

 

幹細胞(stem cells)とは何か

幹細胞は、人を含む哺乳類の細胞で、分化し、特化する能力のある細胞を言う。 受精卵の細胞は、全てのタイプの細胞があり分裂して完全な生命体に成長する力があるので、最もこの能力が高い。 受精卵は分化全能(totipotent)である。

 

分化全能性は、2分割から4分割の時期でも維持しているため、胚を各細胞にばらしても、完全な胎児に発育できる。 こうして双子や三つ子、四つ子が出来、彼らは遺伝的にも細胞的にも同一で自然な人間のクローンである。

 

胚が4日令の時、そして数回細胞分裂した後、胚盤胞(blastocyst)と呼ばれる中空の領域が形成され、その内側には内細胞塊(inner cell mass)という細胞の塊ができる。 外側の層は紐帯やその他子宮で胎児が育つために必要な補助組織になる。 内細胞塊は、胎児の体の全組織になって行く。 これらの細胞は既に分化全能ではなく、多能性(pluripotent)といって色々なタイプの細胞になるが、胎児の発育に必要な全てではない。

 

発育が進むと、内細胞塊は更に分裂して徐々に形成出来る細胞範囲が限定されてくる。

 例えば、血液幹細胞は最終的に赤血球、白血球、血小板になるし、皮膚幹細胞は、色々な種類の皮膚細胞になる。 これらの専門化した幹細胞は、多能(multipotent)と言われるようになった。

 

胚細胞中の多能性(Pluripotent) と多能 (multipotent)幹細胞は、胚幹細胞又はES細胞として知られるようになった。

 

幹細胞は、子供にも大人にも見られ、成熟幹細胞(adult stem cells)として知られている。 血液幹細胞を例に取ると、全ての子供や大人の脊髄にあり、血液中にも僅かにあって、一生の間血液細胞を供給し続ける。 最近では、成熟幹細胞は脳や筋肉、肝臓、皮膚その他の組織でも見つかっている。

 

治療用人胚クローンを支持する側の主要な言い分に、成熟幹細胞は、ES細胞よりも違う細胞になる能力がかなり限定されているという点がある。 しかし、成熟幹細胞は、これまで予測していたよりも遥かに多くの細胞になる能力があることが明らかになりつつあり、驚くべき結果も出ている。 更に、人クローン以外にES細胞を得る方法がいくつもある。

 

胚性幹細胞は全て同じではない

ES細胞には3種類ある。 第一は、内細胞塊から得られるもので、試験管受精クリニックの余った胚を使ってウィスコンシン大学のジェームズ・トンプソン博士のラボで開発された方法だ。 第2は、生殖細胞胚で、卵子や精子になる領域の胚から分離される。 これは堕胎した胎児を使って、ジョン・ホプキンズ大学のジョン・ゲアハート博士のグループが最初に行った。 2つのラボからの細胞は、極めて似通っていると思われる。

 

第3のES細胞は、成体羊の細胞からのクローン羊ドリーを産んだ、体細胞(somatic cell )核移植による技術である。 研究者は、正常な人(動物)の未受精卵を取り出し、これから核を除き、人のドナーの体細胞核を入れる。 この方法の有利と思われる点は、体細胞だと組織移植が必要な患者が体細胞ドナーとなれば、細胞や組織移植の際に拒否反応が起こらないことである。

 

これから明らかなように、最初の2種のES細胞は人の胚を作らない。 そしてこれらのES細胞研究は過去2年間行われてきている。 多くの人には、この幹細胞研究は倫理的に受け入れやすいと思われるが、最近発見された成熟細胞(後述)のとてつもない発生学的潜在力のため、ES細胞が完全に不必要になっている状況では研究を正当化するのは難しい。

 

ES細胞を得るためだけに胚を作り、その過程で胚を廃棄するので、核移植で得られるES細胞研究は、最も深刻な倫理問題を投げかけている。

 

1998年12月、韓国の京幾道大学の不妊クリニックは、30才の女性の体細胞から取った核を彼女の未受精卵に移植して、人のクローン胚を作ることに成功したと発表した。 この胚は移植時に4分割段階まで発達していたと報告されている。 だが、倫理的配慮でこの胚は廃棄された。 一方、アメリカとオーストラリアの研究者は、人の細胞核を牛と豚の卵細胞に移植して‘人’の胚を作り出した。 勿論、このような胚を人と呼べるのか、倫理的に正当化できるのかは疑問である。 これらは14日目で廃棄されている。 しかし、ES細胞が廃棄前に胚から取り出されたのかは不明である。

 

推進者は、ES細胞の大きな利点は株化細胞がES細胞からしか得られず、成熟幹細胞からは得られないことにあると主張する。 だがこれも最早通用しない(後述)。

 

ES細胞は健康リスクを持っていて、核移植クローン技術には大きな技術的困難がある。

 

  a.. ES細胞は、移植することで無秩序な奇形種(分化細胞の塊である悪性腫瘍=ガン)を生む可能性がある。

  b.. 核移植クローンでは大量のドナー卵が必要で、失敗率が高く極めて効率の悪い技術である。

  c.. 人の核を牛や豚の卵に移植して作るクローンは、種間の核と細胞のハイブリッドは正常に発育しないことは良く知られているのでリスクはより以上に大きい。

 

ES細胞研究は、公益ではなく、商業利益に仕えるものだ

ES幹細胞には、大きな商業的関心がある。 カリフォルニア・メンロゥパークのゲロン社は、商業的に細胞を利用する最初の権利を取得して、胚生殖細胞の分離にも資金を出している。 2000年に全部で10社が幹細胞技術と幹細胞開発に関わっている。 ゲロン社は既に数十のES細胞特許を所有している。

成熟幹細胞技術に投資している企業には、カリフォルニア・アービンのネクセル治療社(Nexell Therapeutics)とアン・アーボーのアナストロム・バイオサイエンス社も入っている。 バルチモアのオシリス治療社は、骨髄を支える組織の中に間充織幹(mesenchyme stem)を識別し、この細胞を分離、作出システムを特許登録し、2つの臨床試験を始めている。 間充織細胞は分化して軟骨、筋肉、また神経にさえもなる。 神経幹細胞は、後から出てきたが、既に臨床試験が始まっている。

 

ESや成熟幹細胞研究の原動力は、バイテク企業、及びバイテク企業と共働している科学者であることは明らかだ。 治療は細胞や細胞株だけでなく分離法に対して多数の特許料を払わなければならないので非常に高くなるだろう。

 

治療用の人胚クローンに対する市民の反対はすさまじい。 廃棄される運命である人胚の製造に対する倫理的反感以外に、治療用人クローンはクローン繁殖への危険な道であり、優生思想の再来であると感じている団体が多い。 クリントン政権は、連邦拠出のプロジェクトでそのような研究を禁止し、イギリス以外のヨーロッパの国では、このような研究に賛成しているところはない。 

 

イギリス政府は、初め人胚クローンの法律を緩めて、ES細胞が出来る14日令までの人胚の製造を許可すると発表した。 議会はヨーロッパ科学と新技術の倫理グループ(EGE)の助言に反して12月に新法を成立させた。 上院は議会の決定を圧倒的多数で昨夜承認した。

 

EGEは、幹細胞療法の研究のために体細胞核移植(治療用クローン)で胚を作ることは、時期尚早であると警告し、成熟幹細胞研究の急速な進展に注目するよう促した。EGEはEUがクローン以外の幹細胞源、特に成熟細胞を探求し、そのような研究結果を「誰でも使える」ようにするための予算を組むべきだと勧告した。

 

成熟幹細胞の有望性

哺乳類は、約20種の体幹細胞があるようだ。 幹細胞は、脳、肝臓、膵臓、骨、軟骨にある全ての細胞を発生できると記述されている。 これらの成熟幹細胞は、ES細胞と同じくらいの違った細胞になれる能力のあることが次第に分かってきている。 

 更に、分化した成熟細胞も幹細胞に驚くほど似た細胞まで戻すことが出来、細胞培養で長期間に亘って分裂する能力があるようだ。 いくつか分かっていることを以下に示す。

 

  a..  マウスの骨髄幹細胞は、骨格筋や脳細胞になれる。 肝臓・膵臓幹細胞は、血液細胞と脳細胞。 脳細胞は、末梢神経系と平滑筋を含む前記の全てのタイプの細胞。 脳細胞は筋肉、血液、腸、肝臓、心臓に分化できることが分かった。

  b..  ミネアポリス、ミネソタ大学のキャサリン・バーフェイルは、子供と大人から分離した骨髄細胞が脳、肝臓、そして筋肉細胞にも成れることを報告している。これらは45―50才の成人で見つかっている。 この研究は、まだ文書では出ていない。

  c..  イタリア、ミラノの国立神経学会と幹細胞研究学会は、培養によるものと移植された幹細胞を受け入れた動物で、成体脳から取った幹細胞で骨格を養成することに成功した(Galli, R. et al (2000) Nature Neuroscience 3, 986-991)。

  d..  イギリスの研究者イルハム・アブルジャダヤ博士は、白血球細胞から大量の成熟幹細胞を得る効率的な方法を丁度発表したばかりだ。 この彼女の発見は、まだ出版されていないが、他の研究者によって再現されている。 この方法は、白血球が試験管で脱分化して幹細胞になるようにしている。(「時を逆行する幹細胞の発見」ザ・タイムス1月15日,2001 http://www.thetimes.co.uk/article).  細胞や組織の移植が必要な患者から幹細胞を得ることを実用化でき、手続きが簡素化でき、免疫反応を回避して費用を下げられる。

  e..  ロンドン大学の二つの研究チームが、適切に養分を配合することで、幹細胞の望ましくない特徴(抑制の利かない成長のようなもの)をもたらさずに、ラットの成熟細胞を何百回も分裂出来ることを発見した(latestnews@newscientist.com )。 人の成熟細胞も同じ能力があるだろう。  

  f..  他の可能性として患者自身の幹細胞で分裂刺激を施して体内で細胞や組織の入れ替えが出来よう。(McKay, R. (2000). Nature 406,361-364.) 

 

結論

我々は、以下の根拠で、人の治療用クローンによって作り出すES細胞研究を拒否する。

  a.. 細胞や組織移植に最も効果的に使える成人の幹細胞や細胞があるのに全く不要であ

る。

  b.. ES細胞を得るために人の胚を作るのは倫理的に受け入れられない。

  c.. 人の生殖クローンにとって危険な道である。

  d.. 核移植クローン技術は成功率が極めて低く多くの異常を発生する。

  e.. 人の核を動物の卵に移植するクローン工程は、更に大きな危険を伴う。

  f.. ES細胞は、試験管受精の残りや中絶した胎児から既に得ることが出来る。

  g.. ES細胞は、移植に伴ってガンを起こす危険性がある。

  h.. ES細胞は、細胞自体とクローン技術、分離工程が複数の特許対象となる。 これは、

細胞や組織移植治療を非常に高価なものにする。

  i.. 成熟幹細胞は、既に細胞や組織移植には、非常に有望で費用ももっと安くなりうる。

 

‘治療用’人クローンは不必要な悪である

 我々は英国政府に対し、他のEU諸国並にこれを拒否し、クローン以外の幹細胞源、特に技術特許や細胞特許の要らない方法を強調する成熟細胞研究を助成するよう要請する。

 

参照

欧州倫理委員会報告と胚クローンに関するプレス・リリース

http://europa.eu.int/comm/secretariat_general/sgc/ethics/en/opinions.htm

Greenwood, D. (1998). 人胚幹細胞の始めての単離。

ゲロン社 info@geron.com プレス・リリース1998年11月5日

人クローン・倫理www.religioustolerance.org/cloning.htm

幹細胞、サイエンス278巻、2000年2月25日

幹細胞入門、国立衛生研究所2000年5月

Dr. メイ・ワン・ホー

市民科学研究所(Institute of Science in Society)代表 m.w.ho@onetel.net

 

 

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