GM食品のリスク

 

デービッド・シュバート

ソーク生物学研究所細胞神経生物学研究室 教授

San Diego, CA,USA

02年7月

訳 河田昌東

 

細胞生物学者の一人として、私は遺伝子組換え植物を市場に出すことに関する現行の論議の内容にとてもがっかりしている。声高な懸念がいつもわけのわからない感情的な議論に終止している一方で、「遺伝子操作が通常の育種と少しも変わらない」とする、間違った考えを述べる人もいるが、私は確立された科学的基礎に基づいて最も心配しなければならない3つの問題がほとんど注目されず議論もされていないと思う。

 

その3つの問題とは;

 

1)            同一の遺伝子をタイプの異なる二つの細胞に導入すれば、非常に違った蛋白質分子を作ることが出来ること。

 

2)            ある遺伝子を、それが同じ種からであれ異なる種からであれ、導入すれば大抵、(宿主の)遺伝子全体の発現を変化させ、その結果宿主細胞の表現型が変わってしまうこと。

 

3 )  ビタミンのような小さな分子を合成するために導入された酵素反応(のための遺伝子)は、本来の内在する代謝反応と相互作用して新たな分子を作る出す可能性がある。こうした全ての撹乱の結果起こり得ることは毒性や発ガン性のある生体分子の生産であり、成果がアプリオリに期待できるわけではない。

 

いくつかの例をあげて何故GM食品が安全な選択肢でないか議論する。

 

蛋白質は、リン酸基や硫酸基、糖、リピド(脂質)などの付加による修飾によって、アミノ酸の一次配列に加えて立体構造や生物活性も変化しうる。どのような修飾が起こるかは、その蛋白質が作られている細胞のタイプによる。例えば、アルツハイマー病の原因にかかわるβアミロイド前駆蛋白質は、肝臓細胞で発現している時はコンドロイチン硫酸と共有結合しているが、同じ遺伝子が脳細胞で発現しているときにはもっと単純な糖と結合している。それは蛋白質が合成後に受ける修飾を行う酵素が各細胞のタイプごとにユニークだからである。ひとたび修飾されると、その分子の生物活性は変わってしまう。アミロイド前駆蛋白質の場合細胞の粘着性能が変わるが、現在の我々の知識では、こうした修飾でどのような生物学的影響があるかを事前に知ることは出来ない。

 

2の問題は、外来遺伝子を導入することで有毒化合物の合成が誘発される可能性があることである。

こうした観察事実は、一個の遺伝子を入れるだけだから全てはきっちり行われている、といいたい人には明らかに意外かもしれない。実際、たった一個の遺伝子を導入するだけで細胞全体の遺伝子発現パターンが変わり、個体や植物の各細胞ごとに様々に反応することは避けられない。最近報告された1つの例は、レセプター(受容)遺伝子を人間の細胞に組み込んだ。この場合、組み込んだ遺伝子は細胞内で発現しているある遺伝子に密接に関連のあるイソフォーム(訳注:機能は同じだが構造が少し違う分子)であった。

この遺伝子の発現パターンは遺伝子チップ技術を使ってモニターされ、遺伝子の作るmRNAレベルは(組み込む細胞によって)有意に5%上がったり下がったりした。同様に、細菌の酵素の遺伝子を一個組換え体細胞の選択に使ったところ、遺伝子の発現は3%変化した。遺伝子発現におけるこのタイプの予期しない変化は極めてリアルであるが、DNAチップ・ユーザー社会の外ではほとんど注目されていない。

その上、こうした変化は予期できないことではないのである。特定の細胞の表現型の維持には遺伝子の調節の厳密なバランスの上に成り立っており、いかなる撹乱要因も遺伝子の発現の全体的なパターンを変化させる。問題は、二次的な修飾の場合と同様、蛋白質合成にもたらされる変化がどのようなものか現在は予測できないことである。

 

3の問題は、植物に新しい酵素機能を持たせるために遺伝子を導入すると、内在する代謝経路との相互作用によって全く新しい、予期しない生成物が合成される可能性があることである。そうしたものの中には毒物もありうる。例えば、レチノイン酸(ビタミンA)とその誘導体は哺乳類の発生過程をコントロールする多くのシグナル系で利用されている。これらの化合物は水溶性で、超低濃度で働くため、ある遺伝子組換え植物がビタミンAを作っていた場合、発生過程の代謝経路における促進剤または抑制剤として作用する他のレチノイン酸誘導体も作っていて、その結果胚発生に異常が生ずるかもしれない。

 

もし遺伝子組換え植物が親の種と蛋白質生産量が違ったり、親の種と全く違う蛋白質をつくったりしたら、その結果もたらされるものは何だろうか。最悪のシナリオは導入された細菌の毒素が人間にも有毒なように修飾されることであろう。 直接的な毒性は生産物が市場に出されればすぐに検出されるだろう。しかし、発ガン性や他の食品との相互作用によって生ずる毒性はもし可能だとしても検出に何十年もかかるだろう。同じような結果は遺伝子の発現に起こる間接的な変化を通じた毒物や発ガン性物質の生産でも予想される。

 

最後に、もし上記の問題が事実だとしたら、こうした懸念をどうやって解決したら良いだろうか。二次的な修飾の問題は導入遺伝子の生産物をマススペクトルで連続的にモニターすれば分るだろう。問題はリン酸化や硫酸化のような修飾は分子の精製過程で失われるかもしれないことである。しかしながら、最も良いのは、私にとっては唯一の解決法だが、人間の食用にする全ての遺伝子組換え植物の作る生産物の毒性や発ガン性を、市場に出す前にテストすることである。こうした安全性概念は多くの化学物質や全ての医薬品では要求されているものであり、広く摂取される食品の中の毒物による被害の度合いは、単一の医薬品のそれよりも遥かに大きいであろう。

 

Professor David Schubert

Cellular Neurobiology Lab

The Salk Institute for Biological Studies

P.O. Box 85800

San Diego, CA 92186-5800

USA

 

Phone: (001) (858) 453-4100

Email: schubert@salk.edu

 

 

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