組み換え植物によるワクチン生産の可能性と限界
ダニエル・チャージリーグ、パトリシア・オブレゴン
パスカル・M・W・ドレーク
HMSビーグル:第112番
訳 山田勝巳
安くて信頼できるなワクチンが、21世紀の今も緊急に必要とされている。 これまでのワクチン(生産、保管、流通)の価格は途上国で広く使うには高すぎることが多い。 組み換え植物による組換え蛋白質の発現は現地で安いワクチンが生産できる可能性を示唆している。 組み換え食用植物を使った経口ワクチンの開発データが最近まとまった。 過去2年間に植物での発現が成功し、免疫原性を見るために動物や人間に経口投与されているものには次のものがある。 大腸菌の熱不安定毒素蛋白質のBサブユニット[1]、B型肝炎の表面抗原[2]、呼吸器シンシチウムウイルスのF蛋白質[3]、麻疹ウィルス・ヘマグルチニン「4」、ノーウォーク・ウィルス・外皮蛋白質[5]である。 この技術の更なるアピールは、一つの植物に多数の病原菌に対する経口ワクチンを組み込める可能性であるとジェ・ユとウィリアム・ラングリッジが最近書いている[6]。
キメラ構造
ユとラングリッジは、世界の死亡率で急性呼吸器症の次に高い急性胃腸病に対する経口ワクチン数種を植物で発現させた。 コレラ毒素のサブユニットA2(CTA2)とB(CTB)を、2つの抗原を含むキメラ蛋白質の経口アジュバント(補助剤)として使っている(アジュバントは抗原の免疫原性を向上する)。
コレラ毒素は、活性毒素領域A1と短いA2配列からなるAサブユニット一個と、A2に繋がる5つのBサブユニットからなる。 ユとラングリッジは、CTBに融合したロタウィルス免疫優勢(immuno dominant)エピトープ(NSP4)と、CTA2に融合したエンテロトクシジェニック大腸菌抗原(CFA/I)からなるキメラ遺伝子の設計に成功した。
この複合抗原は、組み換えジャガイモの組織で合成され、コレラ・ホロトキシンと似た構造に組み上げられた。 マウスは、3gのジャガイモ(平均10μgのキメラ蛋白質含有)5回を56日に亘って給与された。 この蛋白質による経口免疫付与によって、CTB,NSP4,CFA/Iに対する組織及び粘膜抗体反応を引き起こした。
筆者らは、NSP4抗原の存在が、この種のワクチンには非常に望ましいヘルパーT1細胞型反応を引き起こしたことを示唆している。 このマウスをロタウィルスに感染させたところ、キメラ蛋白質を経口摂取された母マウスから間接的に免疫を受け継いだ子マウスは、明らかに下痢に対する防御能力を持っていて、抗体による防御と思われた。 残念ながら、大腸菌のエンテロトキシンとコレラ毒素に対するワクチンの防御活性は見られなかった。 しかし、この報告は、数種の病原菌に対して経口ワクチンが開発できる可能性を示している。
限界
組み換え体作物で発現する遺伝子組換え抗原で重要な限界は、人に完全な防御能力を与えるだけの高含量ワクチンを達成することだ。 抗体は可溶性蛋白質の総計が8%の含量があれば発現するが[7]、他の蛋白質での発現レベルは可溶性蛋白質の0.01%と低く、0.40%を越えることは稀である[8]。 植物体毎の発現蛋白含量のバラツキも気がかりなことだ。 これより前の実験では150gのジャガイモに、215-751μgの組換え蛋白質が含有されている例がある。 ユとラングリッジの現在の研究では、経口ワクチンは防御活性を引き起こすものの、27%の受動接種を受けた動物は、3日後にロタウィルスを感染させたところ防御できなかった(下痢が最もひどい時)。 この結果は、芋における発現量が低いか、芋組織間で発現量のバラツキによるものと思われる。 従って人に試験する前に、植物体毎のバラツキを減らすために発現量のコントロールが達成されなければならない。
植物体で無味換え蛋白質を格大幅に増やすには、葉緑体を形質転換すれば可能だろう。 この方法で人のソマトスタチン[9]とBt毒素[10]がそれぞれ7%と46%の含量が得られたという2つの報告が最近あった。 この方法は簡単にバクテリア抗原の発現に応用できるが、糖蛋白(例えばウィルス表面抗原)の生産には向かない。 事実、葉緑体で合成された蛋白質は、小胞体とゴルジ体(蛋白質のN-糖化が起こるところ)を通過しない。 従って、核内遺伝子の形質転換植物で糖蛋白の発現量を向上させる別の方法を見つける努力が必要だ。
植物特有のグリカン
植物に於ける糖蛋白質の発現で懸念されるもう一つの重大なものは、植物特有のグリカン(例:1−3フコース残基と1−2キシロース残基)の存在で、これが組み換え蛋白質の性質を変える可能性があることである。 植物N-グリカンを人間に適応させる方法が最近開発された。それには、細胞質内ゴルジ体のグリコシル転移酵素の抑制、又は哺乳類のグリコシル転移酵素IIを追加する方法がある。 おもしろいことに、哺乳類型グリカンをもつ抗体の発現は、タバコの植物体で人の1−4ガラクトシル転移酵素の安定した同時発現によって達成された。 植物の複合グリカンを含む組み換え体ネズミのモノクローン抗体は、マウスでは免疫原性がないことが既に示されているが、この技術は、活性や抗原性を見るのに必要な糖蛋白を作る為に哺乳類型グリカンが役立つ可能性があることを示している。
終わりに
組み換え抗体から経口ワクチンまで、医療関連の組み換え体植物内でのワクチン分子の生産の研究は、飛躍的に増えている。 しかし、ユやラングリッジが書いたような経口ワクチン類は、人での使用はCTBやCTA2等の経口補助剤のライセンス次第である。 発現レベルや糖化(グリコシル化)の分野ではまだ改善の余地がある。 植物がもたらす生産コストの低減と農業生産レベルまでの拡大は、人類全体に抗体、ワクチン、治療用分子の供給源になるはずである。
文献
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