遺伝子組換え蚊は自然に不適応
マラリア抵抗性昆虫の繁殖を
Nature News Service / Macmillan Magazines Ltd
2003年2月21日
Tom Clarke 記事
抄訳 田中しのぶ
年間100万人もの人々が、蚊によって媒介されるマラリアによって命を落としている
(WHO/ S.Stammers)
蚊の遺伝子工学がマラリアを防止する…そんな最新の研究について報告する。実験室で近親交配を繰り返した遺伝子組み換え蚊は、野生の蚊との生存競争に勝てないことがわかった。「遺伝子組み換え蚊には、勝ち目がありませんね」と著者らは言う。この蚊に組み込まれた遺伝子は、蚊の体内に生息するマラリア原虫のライフサイクルを阻害するたんぱく質をコードする。この「抗マラリア遺伝子」を持つ蚊の体内ではマラリアは生存できないため、人間がこの蚊に刺されても、マラリアには感染しないことになる。理論上は、遺伝子組み換え蚊が野生の蚊と交配をはじめて数世代後には、すべての野生の蚊が「抗マラリア遺伝子」を持つことになるという。
マラリアを媒介する蚊がいなくなれば、マラリアによる年間100万人もの死者(そのほとんどが子供)が激減するだろう。しかし実際には、目印として赤眼・緑眼になる遺伝子も同時に組み込んだ遺伝子組み換え蚊は、野生の蚊との競合実験においては、アフリカでのひと夏にあたる、たった4世代で観察できなくなってしまった。しかし、「一見、自然界で遺伝子組み換え蚊が消えているように見えたとしても、それは野生の蚊の遺伝的多様性が研究室で近親交配を繰り返した蚊に受け継がれているだけなのかもしれません」と研究者は指摘する。つまり、赤眼になる遺伝子が消えただけで、抗マラリア遺伝子は確実に広がっているかもしれないというのだ。
実際に、遺伝子組み換え蚊と野生の蚊が交配してきた結果、生まれてきた蚊が「抗マラリア遺伝子」を持っているかどうかは、遺伝子組み換え蚊を自然環境に放出し、その子孫のマラリア媒介率を調べてみなければわからない。それに、大量に放出することによって、遺伝子組み換え蚊が野生の蚊を圧倒する力を持つことができるかもしれないのだ。
結論として、自然環境で遺伝子組み換え蚊が野生の「マラリアを媒介する蚊」に取って代わるためには、それこそ何億もの蚊を育てて放つ必要があるという。「遺伝子組み換え蚊が自然界で生き残れるようにするためには、遺伝子組み換え蚊の自然放出を大量に、しかも継続的にやらなければなりません」このような大規模でコストのかかる実験は、実質上かなり難しいと言える。
(訳者注:しかし、沖縄でのウリミバエ根絶事業同様、これは決して不可能ではない。我々にはガンマ線照射によって不妊化したハエを自然界に放出し、沖縄諸島のゴーヤをはじめとするウリ類の重要害虫、ウリミバエを根絶した歴史があるのである。)
参考文献
Catteruccia, F., Godfray, C. J. & Crisanti, A. Impact of genetic
manipulation on the fitness of Anopheles stephensi mosquitoes. Science, 299,
1225 - 1227, (2003). |Homepage|
Catteruccia, F. et al. Stable germline transformation of the malaria
mosquito Anopheles stephensi. Nature, 405, 959 - 962, (2003). |Article|