GM作物はより”緑”になるのか?
アン・シモン・モファット
サイエンス 10月13日
抄訳 山田勝巳
次世代の組み換え作物は、外部から全く異質のものを導入するのではなく、その作物自体の遺伝子を操作するようになるだろう。バクテリアの遺伝子で虫を殺す綿やコーン、バクテリアで除草剤に耐える大豆やキャノーラ、ウイルスの遺伝子で病気に耐えるパパイヤなど、フランケン食品と呼ばれるこれらの技術は過去のものとなり、植物自身の遺伝子を操作することが第2世代の遺伝子技術になる可能性がある。
最近まで外部遺伝子を組み込むほかに、十分な遺伝子の知識がなかったため方法がなかったが、今は洪水のように遺伝子情報があるため、他の植物、又は自身の遺伝子で組み換えたり、位置変えをすることなどで植物の特性を向上できるようになるだろう。「今まで育種家がやってきたことが遺伝子の分子レベルで理解できるようになってきている。」と植物分子生物学者Richard Flavellはいう。
この新しい知識を武器に研究者達は、単にバクテリアやウイルスの遺伝子を挿入するだけではなしえなかった植物改造に取りかかっている。例えば、開花時期を早めて穀物や果物の育つ期間を長くしたりする。植物の遺伝子を操作することで葉を大きくして光合成能力を高めたり、強力な根茎を形成して干魃を生き抜くなどである。
ニューヨーク・ロングアイランドのCold Spring Harbor 研究所の植物分子生物学者であるRob Martiensenによれば、生命工学者が今やろうとしていることは、何世紀も前にアステカ人がやっていた野草のブタモロコシを一本立ちのトウモロコシに育種したのと原理的には同じ事だという。「唯、新しい方法はずっと早く出来、染色体全体を混ぜることによる不確かさがないことだ。現在の技術は古くからの育種よりも1000倍は正確です。」
現在最も探求されているのが開花時期の調整で、ほうれん草やレタスなどでは遅らせることにより塔立ちを遅くでき、逆に開花を早めることで果実や種子の形成を促進できたり、一回以上生産できるようにもなる。研究者達は花を分化する遺伝子を特定することに先ず取りかかった。
これまで80の遺伝子が様々な研究所で明らかにされた。最近ではJohn Innes Centreのキャロライン・ディーンと彼女の同僚らによるFRIGIDAと呼ばれるアラビドプシス(シロイヌナズナ)の遺伝子のクローンで、自然の突然変異でFRIGIDAの機能が失われると開花が早くなる。これは寒い気候で有効な適応だ。
FRIGIDAを操作することで、他の植物品種でも開花時期を早めることができるかどうかは、まだ言える時期ではないが、別の遺伝子でLEAFYと呼ばれるのは見込みがありそうだ。これは、Caltec研究室のWeigelと、Salk InstituteのOve Nilssonは、LEAFYでも特に活性の高い物をポプラの木に組み込んで、通常12-15年掛かる開花を6−8カ月で成し遂げた(Nature,10月12日1995年)。またスペイン・マドリッドの国立生命工学センターのホセ・ミゲル・マルチネス・ザプターとバレンシア農業研究所の同僚は、LEAFY遺伝子を操作して通常5−7年掛かるハイブリッド柑橘類のCitrangeを1年目に開花させることに成功した。
開花時期を僅かでも早めることは、特に米が主食である途上国の農家にとっては恵みだ。「米は成熟するのに6カ月と少しかかるところもある。だから、開花時期を早めて、その少しを縮めれば、年2回収穫できる。」とDeanは話す。実はJohn Inns centerのWeigelとChrisはTransgenic Research の6月号でLEAFYを米に導入すればまさにそのようなちょっとした早生化ができ、かつ犠牲にする収量は僅かだと発表している。
好まれる矮化
他の研究者が目指しているのは、より基本的な植物の特質である高さだ。求めているのは短くて頑丈な矮小品種。これは多くの作物で望まれる特性で麦や米などは、植物が茎よりも穀粒の生産により多くエネルギーを使うようになり、また倒伏して風や雨の被害に遭うことも少なくなる。”緑の革命”では従来の品種改良法で米と麦の矮小種を開発して穀物の生産量を上げることができた。ニック・ハーバードと彼の同僚は、新しい矮化品種をより直接的に開発した(Nature,7月15日1999)。
昨年、ハーバードのグループは、シロイヌナズナの遺伝子でgaiと呼ばれるものが、米と麦に矮小化を起こす突然変異遺伝子の一つと同じ働きをすることを突き止めた。この遺伝子は植物の成長を促すホルモンであるジベレリンを作る組織の蛋白質の暗号をもっている。遺伝子銃でこれを短時間に作れる。例えば、インドのバスマティ・ライスは、その香りと白さで人気があるが、茎が細くて倒れ易いため作りづらい。従来の交配では一度に何千もの遺伝子を交換するため、小さくなっても味が損なわれたりして上手くゆかなかった。しかし、遺伝子銃ではアラビドプシスの遺伝子をバスマティの細胞に打ち込んで再生することで矮小化できて味も保持できた。この有望な結果は、多くの品種で収量を増やすのに突然変異ジベレリン信号系が使える事を示している。
他のグループでは光への反応を変えるのに、もう少し間接的方法を用いている。日陰に育つ作物は、茎を長く伸ばして生長するが、これは伸びるのにエネルギーを使って実を作るのがおろそかになる。チトクロム蛋白質は色素を持っていて日陰になったことを感知する。光は、葉を透ったり、反射すると赤外線が多くなる。ある種のチトクロムはこの違いを感知でき、この情報を成長に関わる核内遺伝子に伝える。
USDA(アメリカ農務省)とカリフォルニア大学・バークレー校で植物科学を担当しているピーター・クエィルは、今年初めチトクロムbが赤い光でPIF3という蛋白質と結びつく事を突き止めた。PIF3は、転写因子で色々な遺伝子の発現を制御していて光合成や植物の慨日時計に関わるものも含んでいる。チトクロムbの活性を落とすと植物遠赤外線感度が鈍り、茎が伸びなくなる。これをジャガイモで試験中である。
逆に伸ばす方向の研究もある。バークレー校のロバート・フィッシャーとユキコ・ミズカミは全体が大きくなるアインテグメンタ(Aintegumenta(ANT))というシロイヌナズナの遺伝子を特定した。タバコとシロイヌナズナでは確認済み。これを使って茎が太くなるとか根が良く張るなどで干魃に強い植物ができないか実験している。
莢を強くしたり、弱くしたりして収量を増やせる植物がある。例えばキャノーラ菜種は莢が開くのを防げば、天気の悪いときに弾けて50%ものロスになることもない。逆に綿はもう少し莢が弾けやすい方がよい。カリフォルニア大学デービス校のマーティン・ヤノフスキー達は、これを可能にする莢のリグニン生成を制御するシロイヌナズナのSHATTERPROOF 1,2を特定した。
耐病性
植物の形質を変えることに集中する一方で、研究者達は植物の病原性ウイルス、菌、バクテリアへの抵抗力を高めることにも挑戦している。バークレー校の植物病理学者ブライアン・スタスカウィックスは、フロリダや中西部の湿気の多い地域で唐辛子やトマトに大きな害をもたらす黒点病のバクテリアに対して抵抗力のある(10年前に発見された)唐辛子の遺伝子をトマトに移してこれを克服した。このトマトは圃場試験中である。
DIR-1は全身獲得抵抗性(systemic aquired resistance)を持つ遺伝子で、病原菌を細胞壁で防いだり、感染した細胞を殺すことまでもできる。数年前、DIR-1がシロイヌナズナで感染した病原菌に反応して、全身獲得抵抗性を活性化する信号経路の重要な部分をコード化していることを発見した。他の植物もかなりこれと似た経路を持っているため、シロイヌナズナのこの遺伝子が使えるだろうという。これを麦、米、コーン、アルファルファに導入して病原性カビへの抵抗力を強める試験をしている。
今はまだゲノムを僅かに知り始めたばかりだが、知れば知るほどもっと知りたいという欲求を駆り立てている。この欲求は今年の暮れに期待されているシロイヌナズナの全ゲノムが解析されると一部果たされるだろう。他の植物のゲノムはこれより更に大きく、もっと多くの有用な遺伝情報が得られることになる。「植物のゲノムを良く理解する時期ですよ。」とPurdue大学の植物学者ジェフリー・ベンツェンはいう。