組換え遺伝子がさまよい歩くとき、我々は心配しなければならないのか?

 

ノーマンC.エルストランド

カリフォルニア大学遺伝学教授

掲載誌:Plant Physiol. EDITOR'S CHOICE April 2001, Vol. 125, pp. 1543-1545

http://www.plantphysiol.org/cgi/content/full/125/4/1543

訳 河田昌東

 

作物バイオテクノロジーの影響に対する昨今の、しばしば感情的な一般の人々の議論を無視することは出来ない。極端な誇大宣伝の1つは、独善的なパニックであり、あと1つはいいかげんな楽観主義である。新聞紙上でこうした矛盾した議論が出まわっている一方、何ダースもの科学ワークショップ、シンポジウム、その他の科学者達の会議が開かれ、遺伝子組換え作物の潜在的な危険性について厳しく思慮深い見方が採られてきた。声高な論争の陰で、直裁的で科学的に根拠のある懸念が生まれ、農業の将来にとってベストな選択を作り出す慎重なアプローチも生まれてきた。

 

植物生態学者と集団遺伝学者は従来の品種改良作物の問題を、遺伝子組換え作物の予想されるリスクと絡めて考えてきた。これまで最も広く行われてきた議論は;

(a)作物と野生植物の雑種が野生植物の雑草性を強化しないかどうか。

(b)病虫害駆除のための戦略がかえって新しい技術に対する耐性病害虫を発生させないかどうか。

(c)関連する生態系の中の非標的生物に影響を与えないかどうか(益虫にたいする意図しない害;論文はSnow and Palma, 1997; Hails, 2000参照)

 

そうした問題を詳細に検討すれば本が一冊書けるだろうし、実際にその種の本も書かれている( 例えばRissler and Mellon, 1996; Scientists' Working Group on Biosafety,1998)。 しかしながら、ここでは過去10年間遺伝子組換え作物に関する懸念がどのように発生してきたかを検討してきた私の研究の中心となってきた疑問について考えてみたい。

その疑問とは、組換え遺伝子が自然界の植生の中に入りこみ、存続するのかどうか。もし組換え遺伝子が野生生物の中に入りこむとしたら、何が問題なのか、ということである。在来作物に関する経験と実験がこうした疑問に答えるための大量の情報を与えてくれる。

組換え遺伝子が近縁野生種に移行し、望ましくない結果をもたらす可能性については何人かの科学者によって独立に議論されている(例; Colwell et al., 1985; Ellstrand, 1988; Dale,1992)。そうしたアイデアを最初に論文にしたのはカルジーン社の二人の科学者で、彼らは「遺伝子が性的に野生種に伝達され、より強力な雑草が作り出されることが、新たな作物品種を栽培するに当たって恐らく最も大きな環境リスクであろう」と書いている (Goodman and Newell, 1985)。 好ましからざる作物遺伝子が環境に流出することは有害な農薬よりも大きな管理上のジレンマを生ずるであろう。 たった一個のDDT分子[111、トリクロロ‐2,2‐ビス(パラ‐クロロフェニル)エタン]は一個の分子として残留し、あるいは分解するが、作物の一個の遺伝子はそれ自身で繰り返し自己増殖し、封じ込めが難しくなるからである。

 

1990年代初め頃の一般的な見方は、作物とその近縁野生植物の間の雑種は接近して栽培されてもめったに起こらない、というものであった。この考えは飼いならされた作物とその野生近縁植物の進化的な道筋はきっちり異なっており生殖分離が進んでいる、という信念に支えられ、また育種家がしばしば挑戦した作物と野生種の雑種を作る挑戦がうまく行かなかったことにも支持されてきた。 それで、私の研究グループはカリフォルニアで重要な雑草の野生ラデイッシュ(Raphanus sativus)とカリフォルニアの重要な作物である栽培ラデイッシュ(同じ種)の間の自然発生的な雑種形成を調べることにした (Klinger et al., 1991)。 

 

我々は作物ラデイッシュをあたかも商業用の種子を増やすかのように栽培し、そのまわりを様々な距離をおいて雑草種で取り囲んだ。花が咲いた時、媒介者(註:昆虫)たちは仕事をした。我々は雑草から種子を採り子孫を調べた。我々は作物にはあって雑草にはないアロザイム遺伝子Lap6(訳注1)を雑草の子孫の中の雑種の検出に利用した。我々は最短距離(1m)に植えた全ての雑草の種子が作物の花粉で受粉され、最遠距離(1Km)に植えたものでも低レベルながら雑種が検出されることを発見した。少なくともこのシステムでは作物の遺伝子が自然界の集団に入りこむことが出来るのは明らかであった。

 

しかし、こうした雑種は持続できるのか? 

当時の一般的な見解は、作物と雑草の雑種には栽培には適しているが野生では有害な作物の特徴に由来するハンデキャップが常にある、というものであった。我々はこの考え方を、我々が最初の実験で作り出した雑種と、その兄弟である非雑種(野生種)との適応性の比較で検証した (Klinger and Ellstrand, 1994)。我々はお互いをフィールド条件下で隣り合わせで栽培した。雑種はもとの栽培作物特有の大きく肥大した根をもち、純粋な野生株(雑草)はそうではなかった。二つのグループは発芽も生存率も種子を作るための受粉能力も違わなかった。しかしながら、雑種は野生種よりも種子を15%多く付けた。このシステムでは、こうした雑種の活力が作物の遺伝子を自然界の集団内に拡散するのを加速するだろう。

この結果を発表すると、この結果が一般的なことかどうか、という疑問を発する人々の反論にあった。

ラデイッシュは例外ではないのか? ラデイッシュは他家受粉性で虫媒花である。その野生近縁種の雑草も同じ種である。もっと重要な作物でも同じなのか? もっと重要な雑草では? といった疑問が出された。 我々は、こうした全ての批判に応えるために新たなシステムを採用することにした。ソルガム(Sorghum bicolor)は世界で最も重要な作物の1つである。ジョンソングラス (Sorghum halepense) は世界で最もたちの悪い雑草の1つである。この二つは異なる種に属し、染色体数も違い大半が自家受粉性又は風媒性である。二つのソルガムは考えられる限りラデイッシュとは全く違う。

 

我々はソルガムをラデイッシュと並べて植える実験を行った。ソルガムとジョンソングラスはラデイッシュと比べて割合は低いものの、自然発生的に雑種を形成することが分った。そして、100m離れた場所に植えた野生種の種子に作物の遺伝子を検出した (Arriola and Ellstrand, 1996)。雑種の適応能力はその兄弟である野生種のそれと違わなかった (Arriola and Ellstrand, 1997)。ソルガムとジョンソングラスの実験結果は定性的には栽培ラデイッシュと野生ラデイッシュの実験と同じであった。他の研究室でもヒマワリ(Helianthus annus)、コメ(Oryza sativa)、ナタネ(Brassica napus)、パールミレット(Pennisetum glaveum)などで同様の実験を行った。(総説参照: Ellstrand et al., 1999)。

さらに、繰り返し行われた記述的研究からも、両者を近接して栽培すれば作物特異的遺伝子が野生近縁種の中に見出されることを報告している (総説参照: Ellstrand et al., 1999)。そうした実験及び記述的研究のデータからは、野生近縁種との自然発生的な雑種形成は世界の重要な作物の最も一般的な性質のように見える、という広範な証拠が得られる。それはラズベリー(Rubus idaeus)からマッシュルーム (Aqaricus bisporus )に至るまで広く当てはまる(Ellstrand et al.,1999と比較)。

 

この実験結果をセミナーで話すと「もし、作物から遺伝子が野生近縁種に移行することが問題なら、在来農業システムでもすでに同じことが起こっているのではないか?」という新たな質問が出された。これは良い質問である。私は、世界の最も重要な作物とその野生近縁種との間に自然の雑種が出来た結果どうなるかについて知られている限りの文献を徹底的に参照した。

作物から雑草への遺伝子流出は新たな、あるいはより難しい雑草の出現を通じて農業に困難をもたらした。

野生近縁種との雑種形成で、世界の13種類の最も重要な作物のうち7種類がより強力な雑草の出現をもたらしたと考えられている (Ellstrand et al., 1999)。シー・ビート(Beta vulgaris subsp. maritima) とシュガー・ビート(B.Ývulgaris subsp. vulgaris) との雑種がヨーロッパの砂糖生産に壊滅的打撃を与えた新種の雑草を作り出したことは注目すべきことである (Parker and Bartsch, 1996)

 

作物から雑草への遺伝子流出はまた別の問題を起こす。良くある種と稀にしかない種との間の雑種形成は、適当な条件さえそろえば、希少種を数世代の中に絶滅に追いやることが出来る (例: Ellstrand and

Elam, 1993; Huxel, 1999; Wolf et al., in press)。作物とその野生近縁種との間の雑種形成が野生生物の絶滅リスクを増加させた、というケースがいくつかある (e.g. Small, 1984)。コメの野生原種の絶滅における雑種形成の役割は特に良く記載されている (Kiang et al., 1979)。作物から野生近縁種への遺伝子流出は、しばしば望ましくない結果をもたらしたことは明らかである。

 

遺伝子組換え作物の場合は従来の改良品種と違うのだろうか? 

答えはノーであり、それは必ずしも良いニュースではない。個々の品種からの組換え遺伝子流出による問題の起こる確率は極めて低いが、問題が一旦起こればとんでもないことになるのは明らかである。遺伝子組換え作物が多かれ少なかれ遺伝子流出問題を起こすかどうかは、一部はその表現型に依存するだろう。「第1世代」遺伝子組換え作物の大半は雑種に適応促進能力を与える傾向がある。例えば除草剤耐性や害虫抵抗性などがそうである。適応促進能力それ自体は雑草が増えることにつながらないかもしれないが、そうした表現型を持つ作物を遺伝子工学で作り出そうとする科学者達は、そうした表現型が自然の植物集団のなかで好ましからざる影響をもたらすかもしれないことを心しなければならない。実際、私はそうした懸念からある種の作物に別の生物の形質を遺伝子組換えで導入するのを科学者達が断念したケースが少なくとも3例あることを知っている。 遺伝子流出によって絶滅リスクを増加させるかもしれない作物は、それらが新しい場所で野生近縁種の近くに植えられ、近いがために雑種形成効率が増えるような場合である。例えば、耐塩性の増加した新しい品種が絶滅寸前の近縁種の近くに植えられことはあり得る。新しい作物を作り放出しようとする科学者は、それが遺伝子組換えであろうとなかろうと、遺伝子流出の可能性を利用しいかにして最良の製品を作り出すか選択することが出来ることは明らかである。

 

遺伝子組換え植物を含み、作物内遺伝子流出による損失について書かれたものがほとんどないのは興味深い。しかし、最近の二つの事件は作物から作物への遺伝子流出が作物から雑草への遺伝子流出よりも大きなリスクをもたらすかもしれないことを示唆している。最初の例は、カナダのアルバータ州におけるナタネの3重除草剤耐性の報告である (MacArthur,2000)。自然に生えたナタネがラウンドアップ(モンサント社)、リバテイー(アベンテイス・クロップサイエンス社)それにパースー(BASF社) という3種類の除草剤に耐性をもつことが分ったのである。この遺伝子型を説明するには二つの別個の雑種形成事象が必要だったことは明らかである。ラウンドアップとリバテイーに対する耐性遺伝子は組換え遺伝子だが、パースー耐性は突然変異による育種の結果得られた遺伝子だったことは興味深い。これらの自然発生植物は他の除草剤で駆除できるが、この報告が重要なのは、もしそれが正しければ、野生植物への遺伝子流出だけが次第に管理の困難さを増加させる植物の進化の唯一の道ではないことを示しているからである。

 

2の事件は、スターリンクCry9C遺伝子(タコベル社のタコスの皮の騒動をもたらした)が恐らく非遺伝子組換えコーンの品種に見つかった、という報告である (Callahan, 2000)。輸送や保管中の意図しない種子の混合で在来種への汚染を説明出来るかもしれないが、種子生産畑間での品種間交配もまさにあり得ることだからである。このニュースは、もし正しければ、組換え遺伝子がいかに容易に道を踏み外すか、ということを示すがゆえに重大である。慎重なチェックがなければ、この遺伝子が品種から品種へと渡り歩く機会が膨大に存在する。 医薬品その他の工業化学薬品を作るために栽培される「第3世代」の遺伝子組換え植物が環境に放出されるようになれば、もし我々がこれらの科学薬品が人間の食糧供給システムに入りこむことを好まないなら、封じ込めのために特別な手段が必要になるだろう。

 

植物の品種改良の結果に絶対安全なものはない。我々は遺伝子組換え作物もまた絶対安全と予想することはできないのである。こうした事実の認識は、我々が今何かが出来るからそれを作り出すことは、新しいテクノロジーを受け入れる理由としては不適切だと言うことを示唆している。もし、我々が新しい農業生産物を作り出すための最新の手段を持つなら、我々は生態学や集団遺伝学から得られた最新の知識を、社会科学や人文科学から得られた知識と同じように、人類や環境のために最も良い物を如何にして作り出すかを心をこめて選択するために使うべきである。

 

謝辞: この論文は私がアメリカ農務省の援助を受けている間に書かれた。(grant no. 00-33120-9801)。原稿に対して思慮深いコメントをくれたMs.トレーシー・カーンと終止励ましてくれたMr.マールテン・クリスピールスに感謝する。

 

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