遺伝子操作でエコシステムに危機?

マーク・カウフマン、

ワシントン・ポスト(2001年6月4日)

訳 山田勝己

 

ジャガーは夕暮れに狩りをし、何千年もかかって発達したその斑点は獲物から身を隠す。赤ちゃんワニは生まれてすぐ飛び交う虫に飛びついて食べる。死んで浮いたのや川底に沈みゆくものは食べない。

 

これまで、ダーウインの適者生存で説明されてきたこの適応が、今、遺伝子組み換えの登場で遺伝子の構造と生物の生態系の関係が問題になっている。 ジャガーやワニや他の生物が環境に適応して遺伝的変化を生じるということに加えて、動物、植物、昆虫の遺伝子自体が環境に複雑な形で影響を与えているのではないか?

 

農業バイテク論争が国際的に熱を帯びてきているなか、この理論的疑問には緊急に回答が必要だ。 動植物の組み換え遺伝子によって環境が変えられるプロセスがにわかに議論の的となり、全ての方面の研究者が議論に加わってきている。 人間のゲノムが予想より遥かに小さかったので、人間の特徴や行動を説明するには、遺伝子自体はさほど多様性が必要ないのではないか、と考えられるようになってきた。 むしろ、遺伝子は環境と相互作用しなければ、人間がチンパンジーやミミズと違ったり、また一人一人の個性に違いが出てこないのではないか、と。

 

生物のゲノムは、それ自体が複雑で躍動する環境である。 組み換え遺伝子が環境にどんな影響があるかを分析するには、これまでの「外部」環境との相互作用と、新たに認識されてきている「生体内部」の遺伝子環境を考慮しなければいけないと言う科学者もいる。

 

環境問題研究家に重要な哲学的進歩として受け止められているタコマ・パーク・エネルギー環境研究所のアージュン・マキジャニの論文は、これらの争点をまとめて遺伝子工学の一斉攻撃を開始している。 彼は、生体の遺伝物質とその生存環境は密接で変化しやすい関係にあり、遺伝子をいじくり回すことは、これまで考えられていたよりも、もっと複雑で大規模に環境とその中の動植物に混乱もたらすという。 

 

「私の仮説は、ゲノムはエコシステムの内部表現であって、それぞれのゲノム構造がエコシステムと緊密に連携しているとすれば、ゲノムをいじくれば、エコシステム全体に影響があるということになる。」とマキジャニは話す。 彼は、昆虫を殺すような組み換えコーン(本来虫を殺すバクテリアの遺伝子をコーンの中に追加するようなプロセス)は、在来のコーンよりも周辺環境にとって本質的に危険だと結論する。

 

影響の軽微なものもあるだろうが、マキジャニは最近オーストラリアで行われた、作物をネズミの害から守るために行ったマウスポックス・ウイルスの遺伝子組み換えが危険性を示すよい例だと話す。雌ネズミの免疫反応をウイルスによって高めることで自分の卵細胞を異物と認知させようとしたが、逆に免疫機能を抑制してしまった。実験では新たなスーパーウイルスを作ってしまい、もし環境に放出されていたら、連鎖的に破壊的変化が起きたことも考えられる。(訳注:当ホームページのニュース1月25日致死性ウイルスはパンドラの箱を開けたのか?参照)

 

 カリフォルニア大学・バークレー校の名誉生物学教授リチャード・ストローマンは、同じような論理を追求しており、バイテク作物の全般的環境リスクは十分に検証されていないと考えている。 彼はペンシルベニア大学の生命倫理センターで組み換え作物の倫理問題を研究している。 「これまで遺伝子がどんな特性を持つかということに焦点が当てられてきたが、より複雑な問題である、環境中で適者生存によってどのように遺伝子が変わってきたのか、又それが組み換えによってどのような影響を受けるのかは、殆ど議論されてこなかった。」

 

科学アカデミーの全米調査委員会(National research council)はこれまで遺伝子工学に理解を示していたが、昨年、長期的環境評価が必要だと報告している。 人間は育種で作物をこれまで変えてきていて、環境を大きく変えてきている。 米国には今の作物で土着の物はほとんど皆無に近く、それも交配によって大幅に変わっている。

 

最近の植物生理学誌(Plant Physiology)に掲載した論文で、Tuskegee大学植物生命工学研究センターのChannapatna S. Prakash は、「コーンなど組み換え作物から遺伝子が流出するというのは無理もない懸念だが 、コーンなど本来米国に無かったものが7500万エーカーで栽培されていることに比べれば、環境への害は殆ど無視できる。それに組み換えコーンでは、50,000ある遺伝子の1つか2つが変わっているだけだ。組み換え作物と野生の類縁種との交雑で生まれた植物は、あまり無いし、あっても生き残れないだろう。 組み換え作物の遺伝子が非組み換え作物の遺伝子流出よりもっと危険だという実際の証拠は見あたらない。」と話す。 

 

バイテク産業団体のVal Giddingsは、現在行われているひとつの生命体から別の生命体への遺伝子の移動に問題はない。 そうやって今ある全ての生命体が現存している。 バイテクは、突然変異を現存する種に導入出来るようにしたもので、その変化がこれまで以上に予測でき、かつ、コントロールできるものだという。

 

リバーサイドのカリフォルニア大学遺伝学教授Norman Ellstrandは、ラディッシュやソルゴーといった作物で遺伝子流出の程度とその影響を研究してきたが、野生の類縁種との意図しない交雑は、これまで考えられていた以上に頻繁に起こり、世界の最も重要な作物13種の中7種がより強力な雑草の進化に関わっていることが分かった。 

「組み換え作物が伝統的に改良された作物と違うかって?違わないですね。必ずしも良いことではないが。遺伝子流出で問題が起こる可能性は極めて低い事は確かです。しかし、もし問題が起きたらとてつもないことになるでしょうね。」

 

実は、科学者達がある種の特性を組み込むと、近くの作物や雑草に何が起こるか分からないのでやらないと決めたケースが少なくとも3つあるとエルストランドは書いている。

 

農業バイテクの環境影響では、殺虫バクテリアBtのタンパク質を持つ組み換えコーンとオオカバマダラが大きな話題になった。 1999年のネーチャー誌が、ラボ・テストに基づく可能性としてオオカバマダラの幼虫がトウワタに降りかかるBtコーンの花粉で害を受けると発表した。 この報告は科学的な関心を呼んだが、その後の調査では、オオカバマダラの幼虫が生息する中西部のコーン地帯で全体的な実害は最低限に押さえられた。

 

熱核融合制御の科学者で原子力産業の批判者だったマキジャニが、バイテクと環境を研究するきっかけになったのは、封じ込めの問題だった。 彼は「どちらもとてつもない可能性を秘めていると同時に切っても切れない危険性がある。 どちらも自然に対し、取り消すことも、元に戻すこともできない変化をもたらしてしまう。」と話す。

 

 

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