EUのGMO新規承認モラトリアム解除とGMOをめぐる欧州の状況(中)

農業情報研究所 

Report

04.6.2

EUのGMO新規承認モラトリアム解除とGMOをめぐる欧州の状況(上)

 

GM作物の商用栽培は進むのか

 前節で述べたように、GM作物の栽培問題、とくに商用栽培の導入は、EUにおける喫緊にして、最も重要な争点となってきた。これをめぐる争いは、モラトリアム解除を契機に一層燃え上がるだろう。そこで以下、この問題に焦点を当てることにする。

 (1)GM作物栽培を妨げる反GM運動と世論

 GMOへのわが国国民の関心は、長い間、食品としての安全性の問題に注がれてきた。最近でこそ様相は変わりつつあるが、ヨーロッパでは、早くから食品としての安全性と同等か、それ以上の関心・懸念が「遺伝子汚染」による生態系撹乱・破壊の問題に注がれてきた。環境意識の相違のせいだろうか。環境保護運動も活発で、環境保護団体が唱えるGMO反対は、次第に政治家や政府も動かす力をつけてきた。

 この流れを決定的にしたのが、Btトウモロコシの花粉をかけたトウワタの葉を食べた美しい渡り蝶・オオカバマダラの幼虫が死亡、生残った幼虫も弱っていたというコーネル大学の研究だった。これは、環境保護団体が強調してきた不安に一気に現実感を与えた。99年5月20日、この研究が「ネイチャー」誌に発表されると、欧州委員会は、直ちにGMトウモロコシ承認手続を停止した。フランスでは5月25日、当時のドミニク・ヴォワネ国土整備・環境相が環境団体を前に、GMO販売の新規承認停止と既承認GM製品の見直しを政府に要求すると言明、翌26日には、グラバニー農相が国民議会(フランス下院)で、GM植物への「予防原則」の拡張適用を宣言した。この動きが、EUレベルのGMO新規承認のモラトリアムを確立させることになる。

 GM作物による「遺伝子汚染」の脅威は、GM食品の安全性への疑念からくる消費者の反発への恐れと相まち、一部小農民団体(例えばフランスの農民同盟)や有機農民を環境保護団体のGM作物反対運動に合流させることにもなった。もとより消費者団体も加えたこれら団体の活動は、ヨーロッパにおけるGM反対の圧倒的世論の確立に貢献した。それを示唆する一つの例は、GM作物破壊の直接闘争を繰り返したフランス農民同盟(現在は、国際小農民組織であるヴィア・カンペシーナに転出)のジョゼ・ボベへのフランス人の支持が不断に拡大していることである。今年2月26−27日に行われた18歳以上のフランス人1,018人に対する電話世論調査では、51%がボベを最善の農業防衛者と考えている。2000年には39%、01年には43%、02年には46%だった[i]。ジョゼ・ボベへの支持が直ちにGM反対への支持を示すものではないが、フランス人がジョゼ・ボベの名で連想するのは何よりも反GM闘争であろうから、この数字がGMに対する態度と無関係でないことは確かと思われる。

 このようにして形成された世論がヨーロッパにおけるGM作物栽培を封じ込めてきたと考えることができる。

 (2)商用栽培許可済みGM作物は未開封

 GMO新規承認のモラトリアムが始まる前、EUでは10種のGM作物の商用栽培が許可されていた。しかし、現在商用栽培が見られるのはスペインだけである。スペインでは98年以来、GMトウモロコシが栽培されており、昨年はBtトウモロコシ栽培が3万2,000haに達したとされている。だが、GM作物栽培が他の国に広がることはなかった。フランス農業省は98年2月5日、GMトウモロコシの商用栽培を承認、同年フランス全体で2,000haに作付けられたが、9月5日にはグリーンピースの訴えを受けたコンセーユ・デタ(フランスの行政最高裁判所) が販売停止を命じ、収穫物は販売されずに廃棄される運命となった。以後、いかなるGM作物の商用栽培もない。農業バイテク企業を主要なスポンサーとするGM作物普及国際団体・ISAAAは、2003年の世界のGM作物栽培状況に関する報告で、「ドイツは小面積でのGMトウモロコシ栽培を継続した」と述べているが[ii]、それが真の商用栽培かどうかは不明である。

  ]ブロモキシニル(除草剤)耐性タバコ、グルホシネート・アンモニウム(除草剤)耐性雄性不稔ナタネ(MS1、RF1、育種用)、グルホシネート・アンモニウム耐性雄性不稔ナタネ(MS1、RF2、育種用)、グルホシネート・アンモニウム耐性雄性不稔チコリ(育種用)、カーネーション3種、グルホシネート・アンモニウム耐性Btトウモロコシ(Bt-176)、グルホシネート・アンモニウム耐性トウモロコシ(T25)、Bt crylA(b)遺伝子発現トウモロコシ(MON810)。

 ヨーロッパにおけるGM作物栽培は、基本的には実験栽培に限られてきた。しかし、それさえも、ここ数年相次ぐ環境団体・GM反対農民団体の直接破壊行動により、企業や公的研究機関の開発研究者が他所に逃げ出すほどの困難に出会っている。「地球の友」によれば、バイテク企業の屋外実験申請件数は、97年の264件から02年には56件に激減した[iii]。ただし、国中で2ヵ所でしか屋外実験が行われていないと言われていたドイツで、最近、29ヵ所に秘密実験サイトがあることが暴露された[iv]。旧東ドイツ・サクソニー・アンホルト州で400uの実験GM小麦が何ものかに根扱ぎにされたことがきっかけだった。これに怒った州政府がこれを暴露した。州経済相は、他の5州でも家畜飼料用のGMトウモロコシが栽培されていると明かした。その総面積は300haに達する。緑の党は、この規模の栽培は実験とは考えられない、商用栽培をしているのだと言う。先のISAAAの指摘は、このような「実験」のことを指しているのかもしれない。実験の名に隠れた商用栽培はあり得よう。だが、EUレベルで承認された作物は、基本的には「封印」状態、あるいは「未開封」状態にあると見ることはできる。

 先に述べた圧倒的な反GMの世論が、この未開封状態をもたらしていると考えられる。

 (3)各国の「セーフガード」措置

 GM作物の栽培がEUレベルで一度承認されれば、商用栽培を阻止する権限は、基本的には誰にもない。ただ一つの例外は、EUレベルでの承認後に国レベルで取ることが認められた「セーフガード」措置である。これは、新たな重大なリスクが承認後に発見された場合には、各国は、その利用や販売を一時的に制限または禁止できるというEU指令の条項に基づく。この場合、各国が提出する証拠を基にEUレベルでのリスクの再評価が行われ、その結果に応じてEUレベルで制限または禁止されるか、各国のセーフガード措置が廃止されることになる。

 指令90/220/EECのセーフガード条項に基づき、5ヵ国がこれを発動、この条項が廃止されたのだから(現在は指令 2001/18/ECが定める条項に置き換えられている)中止せよという欧州委員会の要請にもかかわらず、なお続けている。これは、米国等によるWTO提訴の対象もなしている。発動国と対象となる栽培許可GM作物は次のとおりである。


オーストリア:グルホシネート・アンモニウム耐性Btトウモロコシ(Bt-176)、グルホシネート・アンモニウム耐性トウモロコシ(T25)。

フランス:グルホシネート・アンモニウム耐性雄性不稔ナタネ(MS1、RF1、育種用)。

ドイツ:グルホシネート・アンモニウム耐性Btトウモロコシ(Bt-176)

ルクセンブルグ:グルホシネート・アンモニウム耐性Btトウモロコシ(Bt-176)

英国:グルホシネート・アンモニウム耐性トウモロコシ(T25)。

 この措置は、対象は限定されるし、新たなリスクの立証のハードルも高く、GM作物商用栽培の拡大防止のためには極めて限定された手段でしかない。それでも、承認されたGM作物の数が少ない現在は、相当な有効性を持ち得よう。だが、EUレベルのリスク評価手続が強化され、承認作物も増えるだろう今後は、その有効性は次第に薄れていくであろう。未開封状態の維持は、世論がもたらす農民の「自制」に頼るほかなくなるだろう。それは、未開封状態が現在まで保たれる基本的要因であった。

 (4)世論が強制する生産者の自制

 農民は、狂牛病(BSE)の経験から、市民・消費者の要求に応えられない農業は自滅するしかないことを知った。例えば、「生産性至上主義」の放棄は自滅への道と信じてやまないフランスの主流派農民組合・農業経営者連盟(FNSEA)は、GM作物には生産費抑制・環境と農業者の健康への好影響・収穫の安定と高収量・新製品供給などの多大なメリットがあると認めている。それはGM作物を決して拒否しようとはしていない。だが、やはり99年6月には、この新たな技術を消費者と農業者へのサービスの「切り札」にするためには、これを統制せねばならないと慎重姿勢に転じざるを得なかった[v]。その姿勢は、欧州委員会やフランス農業省と基本的には同じである。GM作物導入のためには、ケース・バイ・ケースで厳重なリスク評価を行い、消費者選択の自由を確保し、トレーサビリティーを確立しなければならないということだ。いまや、GM作物商用栽培にいつ踏み切ってもおかしくない立場であるが、現実には反GMの世論は一向に和らぐ様子がない。GM作物栽培には危険がないことを立証するための屋外栽培実験の拡充、これがFNSEAの目下の最優先課題である。だが、この実験自体が頻々と起こる破壊行動で窮地に立っている。

 このような実験が進んだとしても、思惑通りの結果となるかどうか分からない。同様な目的で行われた英国政府による大規模実験は、商用栽培許可は一層慎重でなければならないことを確認する結果となった。この実験の結果、英国政府は、トウモロコシについては、アトラジンを使う除草体系による非GMトウモロコシ栽培よりも生物多様性(昆虫、野生植物、小鳥など)への悪影響が少ないと、その商用栽培を認めたが、非GM作物栽培よりも生物多様性への悪影響が大きいと評価されたGMビートとGMナタネの商用栽培は認めることができなかった。その上、GMトウモロコシ栽培についても、@このトウモロコシが英国の実験で行われたと同様に、あるいは環境に悪影響をもたらさないような条件下で栽培され、管理されるように、EUの許可の条件が修正される、Aアトラジンの使用が06年にEUレベルで禁止されるために、このトウモロコシの栽培許可保有者は非GMトウモロコシ栽培における除草剤使用の変化を監視するための一層の科学的分析を行い、06年の期限切れの際に許可の更新を求めるならば、新たな証拠を提出しなければならない、という条件も付けることになった[vi]。このために、開発者のバイエル・クロップサイエンス社自身が、こんな条件では経済収益がなくなると、このトウモロコシの栽培を断念するというおまけまでついた[vii]

 生産者の「自制」は当分続くだろう。だが、生産者の自制だけに頼る「未開封」がいつまでも続く保証はない。

 []生産性至上主義(または「生産至上主義」、productivisme):この言葉は十分に定義されているわけではない。1970年代、人口流出による農村社会の崩壊、環境破壊など、戦後農業の否定的影響が顕著になるにつれて、とくに批判者たちが、戦後フランス農業を主導した農業思想をこう呼ぶようになった。一研究者は、「余りに議論を急ぐために、この問題にかかわる戦いの主役たちが定義することを忘れてしまった新語である」、「生産の発展に与えられる優先権・・・だけでは、この概念を定義するには十分でない」と言う(J.C.Tirel,Le débat sur productivisme,Economie rural,No.155,mai-juin,1983,p.23)。だが、それが「生産」または「生産性」を増加させるという目標に関連していることは確かである。廃墟のなかで国家・経済の再建に取り組まなければならなかった戦後フランスの優先目標は、世界市場で競争できる工業を建設することにおかれた。そのために、農業は工業発展のための労働力を解放し、食糧の国内・輸出需要を満たし、生産費と価格を引き下げる使命を与えられた(モネ・プラン)。このためには労働生産性を、また土地に限りがあるかぎり土地生産性も極限にまで高める必要があった。社会地位を貶められてきた農民は、この要請に応えることで「農業者=企業的農民」となり・社会的地位を向上させようとした。その結果が「生産性至上主義農業」であった。この使命に応じようと全農民の結集を図ったのが「農業経営者連盟(FNSEA)」である。社会的状況がすっかり変わった今も、FNSEAのこの基本思想は微動だにしていない。そのために、「農民的農業」を主唱する「農民同盟」や家族農業防衛を目標とする「家族経営擁護運動(MODEF、共産党系)」などの少数派農民組合との対立が先鋭化している。

 (5)残された問題

 しかし、GM作物の商用栽培をめぐっては、EUの規制強化にもかかわらずなお残された問題がある。GM農業・非GM農業・有機農業のいわゆる「共存問題」である。この問題が解決しないかぎり、生産者も大手を振ってGM農業に進むことはできない。欧州委員会が各国に委ねた具体的「共存」措置は、ほとんどの国がなお策定途上にある。数少ない策定済みの国・ドイツ(先月、議会が最終承認)の共存措置は、GM作物栽培農民の国家データベースへの登録を義務付け、非GM農業汚染を防止するための規制を侵犯したGM作物栽培者に5万ユーロ(約700万円)までの罰金か、5年以下の懲役刑を科すという厳しいものだ。責任は完全に農民に帰せられ、保険会社はGM作物を栽培する誰とも契約しないだろう[viii]。ほとんど「禁止的」といってよい。

 だが、「共存」措置は商用栽培を完封するものではないし、実験栽培による汚染もあり得る。GM作物栽培者に補償義務が生じるような瑕疵がなくても、GM作物栽培が広がれば、「偶然」の汚染の機会も増え、汚染を完全に防ぐ手段はない。GMOゼロを基準とするかぎり、有機農業は存続できないだろう。さらに、野生動物・植物に回復不能な悪影響を与える恐れもある。国が禁止できないならばと、実験栽培も含めたGMO・GM作物の導入を「地域」ぐるみでシャット・アウトしようとする動きが広がっている(「GMフリー地域」の創設)。だが、欧州委員会は、「共存」は全農業者がGM・非GM・有機農業を自由に選べることを意味するとしており、GM農業の選択を強制的に排除するこのような「GMフリー」地域の設定は認めない。「地域」には、「GMフリー」地域を決め、執行する法的権限もない。欧州委員会はもとより、それでは一切の進歩が止まってしまうと、この流れに強く反対する国や開発・研究者も多い。GMOの導入・GM作物栽培は、環境と食品安全にかかわる基本的にして最も解決が難しい問題、「予防原則」の問題を提起している。

 フランス議会は今、憲法に盛り込まれる「環境憲章」を審議中である。これは02年の大統領選挙を前にシラク大統領が提唱したもので、環境権を憲法に盛り込もうとするものだ。6月1日に採択された国民議会(下院)案は、憲法前文に「2004年の環境憲章に定められた権利と義務」という文言を付け加えた。これは、環境権が1789年の人権宣言で定められた権利や1946年に追加された経済的・社会的権利と同等の基本権となることを意味する。法案第2条には、これらの権利と義務を定める10ヵ条からなる環境憲章が規定された。これらの権利と義務の中で最も論議を呼んだのが「予防原則」(第5条)にほかならない。

 多くの研究者・科学者が、科学・技術、社会・経済の進歩を阻害すると、この条項の採択に猛反対した。大統領を支える中道右派議員の多くも反対を表明していた。結局はこれら議員が賛成に回ったのだが、その採択によって問題が決着したわけではない。下院採択憲章案の第5条は、「科学的認識が不確実であっても損害の現実化が環境に重大かつ回復不能な影響を与える可能性があるときには、損害の現実化を避けるために、公権力は予防原則の適用により、またその権限の範囲内で、リスク評価の手続の実施と暫定的で釣り合いの取れた措置の採択に不断に気を配る」(下線部は国民議会が原案に追加したもの)と定める。だが、GMOについて既に実施されている規制と手続、室内・屋外実験は、憲章が定める「リスク評価の手続」や「暫定的で釣り合いの取れた措置」に相当するのかしないのか、意見は分裂したままであろう。

 これらの残された問題については、近々掲載を予定している(下)で扱うことにする。


[i]Agrisalon(04.2.28),Sondage - Pour les Français, José Bové reste le meilleur défenseur des agriculteurs.

[ii]農業情報研究所(04.1.15)、世界のGM作物栽培、7千万haに迫る―03年の世界での栽培状況、04.1.15。

[iii] Friends of the Earth International(2004),The Failure of Genetically Modified Foods and Crops in Europe.

[iv] DW-World(04.5.5),GM Crop Trials Underway Thorouout Germany;Guardian(04.5.7),Secret Germen GM crop trials revealed.

[v] FNSEA(99.6),OGM & agriculture - Analyse et propositions de la FNSEA.

[vi]農業情報研究所(04.3.10)、英国、GMトウモロコシ商用栽培許可へ、批判轟々

[vii]農業情報研究所(04.3.31)、バイエル社、英国政府が承認したGMトウモロコシは英国では栽培しない

[viii] DW-World(04.5.15),German parliament Approves Gene-Food Law.

 

 

 

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