危険なトランスポゾン・ピギーバック
I-SISレポート
Joe Cummins 教授
3月15日
訳 山田勝巳
遺伝子組み換え昆虫が今年の夏アメリカで放たれる。J. Cummins教授が、これにまつわる遺伝学の基礎とその危険性を紹介します。初めて放たれようとしているGM昆虫は、簡単に追跡できるようにマーカーをつけて組み換えられている。最終的にはGM昆虫に雌性致死特性を持たせ、GM昆虫と交尾することによって害虫を根絶することを目指している。今回のGM昆虫は、トランスポゾンという移動性の遺伝因子(mobile
genetic elements) を使って組み換えをしている。この移動性の遺伝因子は、雑草や害虫をコントロールする方法として積極的に使われている。しかし、害虫を根絶するために移動性の遺伝因子を用いることの危険性を認識して検討しなければならない。この技術で金儲けをする輩のばかげた勲章にしてしまってはいけない。
ピギーバック・トランスポゾンは、蛾、蠅、蚊などの害虫に転移できるので、害虫の遺伝子工学で使われている。昆虫での遺伝子転移は80年代初めにミバエのPトランスポゾンで始められた。このトランスポゾンは、最初、一代交配雑種の発育不全という現象の原因として見いだされた。ミバエの種間交配の中に、子孫の遺伝子をひどく損傷するものがあって、かなりの遺伝子の突然変異や染色体の再配列が起こり個体を弱めたり、不妊になったりした。
その雑種の発育不全の原因を探って行くと、影響を受けた個体の染色体の中にPトランスポゾンがあちこちに分散して挿入されていることが分かった。Pトランスポゾンは、黄色ショウジョウバエ属の遺伝子転移では重要なものだったが、他の昆虫では活性がなかった。
ピギーバック・トランスポゾンは、キャベツ尺取り虫という蛾の幼虫の細胞培養の過程で見つかった。尺取り虫の細胞は、昆虫のバキュロウイルス(bacurovirus,Fraser et
al 1985)に広範な突然変異をもたらした。トランスポゾンは、色々な関係のない昆虫に遺伝子伝達ベクターとして広く使われている。トランスポゾンはウイルスの一種だが、ビリオンと呼ばれるウイルスのカプセルに納まらない性質がある。
ピギーバック・トランスポゾンは、DNAの両端に短い逆転反復配列があり、これが染色体のTTAA配列を目標にするトランスポザーゼと呼ばれる酵素の働きによって、昆虫の染色体に再生不能の組み込みを開始する。遺伝子配列にトランスポゾンが入ると突然変異を起こしたり、トランスポゾンが再結合部となって染色体の中でDNAの複製や欠失が起きる。
トランスポゾンは通常バクテリアのプラスミドに挿入、増殖される。トランスポゾンを持つプラスミドは、昆虫の初期段階の胚に注入され、胚細胞のゲノムに入り込んで胚細胞から派生する系統細胞の中に保持されるものも出てくる。胚に注入されるプラスミドには、移動遺伝子を持つトランスポゾンはあるが、トランスポザーゼが欠けているため勝手に動き回れないし活性化もされない。トランスポザーゼの機能は、トランスポザーゼの遺伝子持つトランスポゾンを組み込んだヘルパー・プラスミドによって行われる。しかし、このヘルパー・トランスポゾンは末端の短い反復配列が欠けていて機能しないため染色体には組み込まれない。
ピギーバックのトランスポゾンはミバエや黄熱蚊やキャベツ尺取り虫などの改造に使われてきている。綿の害虫である桃色ボールワーム同様カイコの改造にもピギーバックが使われている。
GM桃色ボールワームの圃場試験
アメリカ農務省APHISは、GM害虫の桃色ボールワームを圃場に放つことを認めた。2001年の7月15日から2002年7月14日にかけて、約2350匹の成虫が放たれる。場所はアメリカ・アリゾナ州フェニックスにある植物保護センターの栽培施設から5マイル離れた3エーカーの小さな綿の圃場である。
申請は2001年1月17日に出されている。GM昆虫はクラゲからの緑色蛍光蛋白(GFP)が組み込まれている。GFPはミバエのヒートショック蛋白質遺伝子のプロモーター(hspプロモーター)で制御されている。ボールワームは染色体のTTAA配列に挿入するピギーバック・トランスポゾンを使って遺伝子組み換えされている。組み換えに使われるトランスポゾンは短い末端反復配列を持つが、染色体の挿入を行うのに必要なトランスポザーゼ遺伝子はない。解放実験は害虫ボールワーム駆除の評価に使う放射線照射した雄(注:不稔性)にGFPマーカーを使う予備的なもので、ボールワーム害虫を根絶するための雌性致死遺伝システムの開発に導くためのものだ。
圃場試験の提案は研究者達のピギーバック遺伝子挿入が安定であるという信仰に基づいている。しかし、研究所内では安定であるということを直接証明するものは出ていない。また、ピギーバックは、昆虫のバキュロウイルスで運ばれるし、そのようなウイルスはトランスポゾンを持った遺伝子を移動できるトランスポザーゼを間違いなく作り出せる。ウイルスは色々な昆虫へ組み換えトランスポゾンを急速に拡散できるベクターともなる。
提案ではこの圃場試験による人間への健康被害は全くないとして、「lepidoptera(鱗翅類)は一般に人間の健康や福祉を脅かすものではない。従って今後もこれらの遺伝子操作をする際の人間への影響評価の標準原則となるものだ。」と論じている。原則はそれなりに必要だろうが、人間の黄熱病シマ蚊の病原菌での遺伝子伝達にはピギーバック・トランスポゾンも使われている。
更に重要なことは、昆虫のバキュロウイルスはピギーバック・トランスポゾンを運ぶことで知られていて、昆虫のウイルスは人間の遺伝子治療に使われている。ピギーバックの拡散で身の回りの緑が蛍光を発するとなれば農務省が小躍りするのかもしれないが、挿入されたトランスポゾンは、癌と関わりのある退行性腫瘍遺伝子等に突然変異を効率的に作り出すものだ。
圃場実験の提案は、トランスポゾンの安定性、およびトランスジーンを持つが不活なトランスポゾンを動かせるウイルス性とプロウイルス性ヘルパーの働きが分かる適正なラボ実験が終わるまで保留しなければならない。
次の論文で害虫を根絶するための昆虫の雌性致死遺伝子の構造と使い方を述べる。