アメリカの牛に独自のBSE株が広まっているらしい

――――予言されていたアメリカの「非定型」狂牛病の脅威――――

http://www.prwatch.org/node/4883

 

ジョン・ストウバー

メディアと民主主義・センター

2006年6月14日

訳 小森冬彦

 

プリオン研究者達、すなわち狂牛病やヒトのクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)などの伝達性海綿状脳症(TSE)を研究する科学者達の狭い世界は今、騒然としている。テキサス州とアラバマ州で確認されたアメリカの狂牛病の2例が、英国のBSE株と異なる「非定型」の株だと判明したからだ。しかしこれは全然騒ぐようなことではない。1997年に筆者とシェルドン・ランプトンが報告したように、アメリカの牧牛の間に「非定型」のTSEが存在するという非常に有力な証拠が1985年のリチャード・マーシュ博士の研究によって既に提示されていたからだ。私たちはMad Cow USA(邦題「隠されている狂牛病」)を出版したが、それは博士に捧げる意味の出版でもあった。マーシュ博士は英国で狂牛病が最初に確認されるよりも前に、ある類似の病気を研究していた。そしてウィスコンシン州の乳牛にたどりつき、1960年代からアメリカの研究者の間でささやかれていた疑惑、すなわち、ミンクの致死的TSE(ミンク海綿状脳症:TME)の原因は、ミンクが乳牛の肉を食べたことにあるのではないかという疑惑を裏付けたのである。

 

マーシュ博士は1985年にウィスコンシン州ステットソンビルのミンク牧場で発生したTMEについて研究した。1997年出版の我々の著書Mad Cow USA(どこの図書館でも無料で借りられるし、書店で普通に入手が可能である)から、マーシュ博士がアメリカ牛の非定型BSEを発見した経緯を報告した部分を以下に引用する(Mad Cow USA, by Sheldon Rampton and John Stauber,の154〜156頁)。

 

(以下は引用部分)

以上述べてきた病気(ミンク海綿状脳症:TME)の発生事例の全てに共通する要素といえば「ウシ」であり、それ以外は「わからない」としか言いようがなかった。もちろん他のシナリオを考えることもできただろうが、マーシュ博士が思ったのは、少なくともアメリカの牛の間に狂牛病に似たTSEが既に存在するという強力な状況証拠がここにあるじゃないか、ということだった。博士は次のように語っている。「ミンクの病気の原因をたどって餌に行き着くまでは実に簡単でした。でも謎が残りました。いったい餌の中に含まれる何がミンクに病気をもたらしたのか?そしてわかったのは、へたり牛が共通のつながりだということでした。別に天才でなくとも答えが出せることでした」

 

獣医学の分野で「へたり牛症候群」は、いわば「ゴミ箱」として機能するカテゴリーだった。自分の足で立っていられなくなって24時間以上経過して死亡したり、屠殺を余儀なくされたりした動物に対して、公式の診断名として「へたり牛症候群」の診断名が十把ひとからげに使用されていたのである。こうした「へたり牛」には、麻痺、関節炎、草食性テタニー、ケトン症、骨折、「乳熱」として知られる低カルシウム血症の一種などに冒されたウシが含まれていた。ほとんどのへたり牛は海綿状脳症と無関係に死んでいったが、このような病気の区分のしかたでは、けっこうな数のウシがTSEに罹っていても、それとは知られずこれら他の病気のウシの中に紛れ込んだかもしれなかった。

 

ミンク海綿状脳症とへたり牛のつながりを完璧に証明することは事実上不可能だった。ミンクに病気が発生したときには、病気の原因になったかもしれないウシはどれも地上から消えており、試験に用いようにもウシの組織は入手不可能だった。そこで自らの仮説を検証するために博士は次善の策をとり、ステットソンビルのTME発生によって死亡したミンクの脳を用いて一連の実験を行った。ミンクの脳をミキサーにかけてクリーム状にし、均質化したその液を注射器で被験動物に注射したのだ。動物は健康なミンク14頭、フェレット8頭、リスザル2頭、ハムスター12頭、マウス45頭、そしてウシ(オスのホルスタイン種)が2頭だった。

 

注目すべきはマウスの結果で、全て健常状態を維持したが、その他の動物種はどれも病気に対する感受性を示した。まずミンクが接種から4ヶ月後に発症した。サルがその次で、それぞれ9ヶ月目と13ヶ月目に神経症状を発現した。ハムスターは12頭のうち2頭が生き残ったものの、残る10頭は15〜16ヶ月で死亡した。2頭のウシは18ヶ月目と19ヶ月目に発症した。フェレットが発症まで最も長期間を要したが、結局1頭を除いた全てのフェレットが28〜38ヶ月の潜伏期間を経て症状を発現した。こうした種の壁の効果は、以前のTME発生の際の実験結果とよく一致していた。

 

ウシを被験動物として使うなどずいぶんぜいたくな話だが、マーシュ博士の実験は、ミンク海綿状脳症に対してウシが感受性を持つかどうかを試験する世界初の実験だった。博士の実験結果によってウシがミンクの病気に冒されることが証明されたが、その一方で予想外の新しい問題が持ち上がった。マーシュ博士は語っている。「この実験で本当に驚いたのは、ウシの示した臨床症状が英国で見られたものとずいぶん違っていたことです。これでアメリカのBSEサーベイランスに対する我々の見方が変わったのです。アメリカで見つかるBSEは英国のBSEに近いものになるだろうと我々は考えていました。つまりウシの行動が変化して攻撃的になり、狂犬病にそっくりなことがウシでも起きるような、いわゆる狂牛病の症状を予想していました」

 

マーシュ博士の実験に用いられたオスのウシ達は、英国で病気初期に現れた警戒すべき兆候である異常で「狂った」行動を全く示さなかった。博士は報文に次のように書いている。「接種から18ヶ月後、1頭は飼育室の中であっさり崩れ落ちて座り込み、その後立つことができなくなった。それまでこのウシはなんら行動の変化も体調の悪化も示していなかった・・・・2頭目は接種後19ヶ月目まで正常で、ある日突然崩れ落ちて座り込んだ」

 

まさにこの実験に用いられたウシ達は、ステットソンビルのミンク牧場の経営者達がミンクに飼料として与えていたウシと、すなわち「へたり牛」と全く同じ挙動を示したのだ。「この実験中の観察事項でいちばんやっかいなのは、ウシ達の脳に海綿状の病斑がごく少ししか発見されなかったことです」と、マーシュ博士は語っている。過去にミンクを用いて実施した実験で、脳内のスポンジ様の空胞は病気による二次的な結果であって、常に顕著に表れるわけではないことを博士は示している。ミンクの系統によっては、TMEに冒され、通常見られるあらゆる臨床症状を呈しながら、死後に解剖してみると脳内のスポンジ様の変性が非常に少ない場合もあった。そして今やウシでも、見てすぐわかって診断に役立つような脳内の病変がなくても、TSEの症状のひとつを呈する場合があるとわかったのだ。このような場合のウシの症状は「へたり牛症候群」によく似ているだろうし、脳の検死解剖によっても異常な所見は得られないかもしれない。

 

「脳内の病変をあてにできないなら、感染を診断する最良の手段は脳内のタンパクをつかまえることです。しかしこの国でそのタンパクを検出できる研究室はごく少数にすぎません。これは地方の獣医学者にできるようなことではありませんし、ほとんどの州立の検査室でもできないでしょう。きわめて高度な検査法を習得している必要があります。こうした状況なので、我々はこの国のBSE検査やサーベイに努力を傾注していますが、非常に前途多難なのです」と、マーシュ博士は語っている。

 

博士の実験のウシの組織病理学的検査と免疫組織化学的検査から、この2頭は海綿状脳症が原因で死亡したことが裏付けられた。そしてそのBSEの株は、当時英国でウシを死に至らしめていた株とは異なる株だった。症状も英国で見られる症状と大きく異なっていた。英国の場合、BSEに罹ったウシの脳組織を投与されたマウスは死んだが、ハムスターは免疫性があるように見受けられた。ステットソンビルのTMEから抽出した脳組織を用いたマーシュ博士の実験ではパターンがまるで逆だった。すなわち、マウスは生存し続け、ハムスターは死んだのだ。

 

ステットソンビルのTMEの病原体の性質が、ウシを通した継代接種によって変化するかどうかを確認する目的で、マーシュ博士はこの2頭のウシの脳組織をまず45頭のマウスに接種した。ミンクの脳組織を接種されたマウスの場合と同様に、これらのマウスはずっと健康なままだった。ミンクの海綿状脳症がウシに伝播し得るという事実だけなら特筆すべきことでもなく、格別驚くには当たらない。そもそも先人達の実験でTMEが広範囲の種類の動物に伝達されることはわかっていたからだ。特筆すべきは、次にマーシュ博士が健康なミンクを対象に、死んだウシの脳を用いて行った実験の結果である。逆継代的に接種されたウシの脳は、病気のミンクの脳と全く同じ効果を示したのだ。すなわち、健康だったミンクは脳内接種を受けてから4ヶ月後にTMEの症状を発現し、経口投与を受けた場合は7ヶ月後に発症したのである。

 

マーシュ博士は次のように意見を述べている。「このウシの脳の病原体が脱適応して、ウシで継代していないミンクの脳(TME病原体)と同じように、ミンクに伝達されるようになったという証拠は何もない。この結果が示しているのは、ステットソンビルで発生したTMEの病原に関しては、ウシとミンクの間に種の壁の作用が働いていないということだ」つまり、TMEの起源がウシであることを指し示すもうひとつの証拠である。「ステットソンビルのミンク牧場のミンクが、病気に感染したウシを食べることでTMEに曝露されたとすると、アメリカのウシの間に、まだ認知されていないスクレイピーのような病気があるに違いない」そしてマーシュ博士は以下のように結論づけている。「これが本当だとすれば、非常にまれにしか見られない病気であると言える。TMEの発生頻度が低いことと、ステットソンビルのミンク牧場では35年もの間、ミンクの餌として、立てないウシや病気のウシの体の一部を与えてきたという事実を考え合わせると、ウシがこの病気に罹っている率は非常に低いと考えられる」

 

だが、この病気がまれにしか見られないからといって、いっさい脅威がないということにはならない。それどころか、全く逆である。かつてはかの英国においても、狂牛病はまれにしか見られない病気だった。珍しい病気であるという事実と潜伏期間の長いことが重なったせいで、英国では数万頭のウシが感染するまでこの病気の危険性が認識されないという結果になったのだ。ただし、それでも英国の人々には有利な側面があったわけで、残念ながらアメリカの牧場主達にはそれが望めないだろう。つまり英国のBSE株の場合は、ウシが奇妙な行動をとり始めたら、かなり短い期間内にBSEとして報告させることができたのだ。もしアメリカのウシに英国とは違うBSEの株が、すなわち、ウシはマーシュ博士の試験のようにただ座り込むだけで狂ったような行動は示さない、そういうBSE株が存在するとすれば、病気はおそらくずっと認知されないままで、膨大な数のアメリカのへたり牛の中に隠れて見えなくなってしまうことになるだろう。

 

毎年数十万頭が「へたり牛」として分別される。マーシュ博士はこの数十万頭全てがBSEのキャリア−だと示唆したのではない。博士が心配したのは、へたり牛症候群という分類のせいで畜牛の間にTSEが発生していることが隠され、病気が誰にも知られず蔓延するままに放置され、いつしか危険なレベルにまで広まってしまう可能性があることだ。英国がそうだったように、レンダリング工場が病気のウシを肉骨粉にして、それが餌としてウシに与えられることで感染のリサイクルの輪が回れば、病気はアメリカでも蔓延してしまうだろう。だから、狂牛病が畜牛の間で流行するのを防ぐ唯一の確実な方法は、英国が既に採用を余儀なくされている手段をアメリカでも採用することだ。それは、ウシやその他の反芻動物をレンダリングして得られる産物を、同じ種の動物に餌として与えるのを禁止することである。

(以上で引用終わり)

 

今日ではBSEの株を試験する方法は非常に進歩し、例えば日本では全てのウシが食品の流通経路に入る前に、いわゆる迅速試験法で検査されている。現状のアメリカはどうかといえば、狂牛病が広まっているのにそれが隠されていると筆者は言い続けている。なぜなら、アメリカ政府は年間数百万頭のウシを検査しなくてはならず、検査についてはその内容が透明かつ検証され得る体制でなくてはならないのに、そうなっていないからだ。それだけではない。政府や畜産業界は安全を保証する間違った宣伝をしているが、アメリカには狂牛病の流行を完全に抑えるファイアー・ウォールとしての飼料規制、すなわち肉骨粉の使用を禁止する規制がないのである。

 

現在アメリカでは、ウシの蛋白質が混入したウシの脂肪やウシの血液、ウシの蛋白質が混入した鶏糞や鶏舎の廃棄物をウシに食べさせることは合法で広く行われている。さらに、屠殺場で出るウシ由来の廃棄物はブタの餌になり、その一方でブタ由来の廃棄物はウシの餌になっている。

 

今やアメリカに「非定型」のBSEが存在することがわかり、少なくとも過去10年の間、ウシを餌としてウシに与えるやりかたを通じてこのBSEがおそらく広まってきているだろうと、農務省でさえ認めている。それでも共食い的な給餌の習慣は続いているし、アメリカ政府のばかげたBSE検査プログラムはそのままだ。

 

ディック・マーシュ博士は1997年に、我々の本が出版されるのを待たずに亡くなった。マーシュ博士は綿密な科学者で、予防原則を理解し、休むことなく研究に打ち込んでいた。そして、アメリカ国内に以前から独自の狂牛病が存在し、共食い的な給餌という危険な習慣を止めなければ病気がウシに蔓延し、ひいては人間の健康への脅威になるだろうと、先見的な警告を発し続けた。そのため博士はずいぶんひどく個人攻撃された。現在の農務省とFDAは、屠殺場の廃棄物を安価な飼料に転換して共食い的に動物に与えるという畜産業界の慣習を保護し、結果として家畜と人間の安全を脅かしている。もしマーシュ博士が10年前に癌で亡くなっていなければ、あるいは博士の力強い訴えが、農務省とFDAがとっている危険な政策をあらためさせていたのかもしれない。

 

 

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