論文3:訳 河田昌東
クロイツフェルト・ヤコブ病の妊婦の組織中に伝達性因子を証明
Demonstration of the Transmissible Agent in
Tissue from a Pregnant Woman with Creutzfeldt-Jakob Dissease
New England Journal of Medicine vol.327,No9,p649(1992)
Yoichi Tamai,M.D.,Hisao Kojima,Ph.D.,Rie
Kitajima,B.S., Fumikaki Taguchi,Ph.D.,Sadanori Miura,M.D., and Masaki Sato,MdD.
(北里大学医学部)Yoshihiro Ishihara,M.D.(東京都神経科学研究所)
編集者へ:
過去に、妊婦のクロイツフェルト・ヤコブ病の例は一例しかない。我々はクロイツフェルト・ヤコブ病にかかった妊婦の患者のサンプルに伝達性因子が存在することを発見したので報告する。
38歳の女性は妊娠20週目で視覚障害、言語障害になり、歩行障害が急速に進行して一種の無動的緘黙症になった。30週目に帝王切開が行われた。新生児(男児)の状態は良好だったが、母乳では育てなかった。彼は正常に成長し6歳になっている。患者は3年間の治療後に死亡した。死体解剖では、彼女の脳はたった800グラムの重さしかなかった。神経病理学的検査の結果、神経細胞の重篤な喪失と海綿状態、大脳と小脳の双方に髄鞘脱落が明らかになった。歴史的経緯からみて、このケースは偶発性クロイツフェルト・ヤコブ病と考えられた。患者の組織のプリオン蛋白質の分析は進行中である。
分娩時に患者の血液、胎盤、羊膜液、臍帯血の試料が採取され、分娩4日目に患者の母乳(初乳)が集められた。これら患者からの試料は、前述の論文に記載の方法でBALB/cマウスの脳内に注入された。患者の脳からの組織は感染性を持ち、このケースが伝達性であることを示している(表1)胎盤と臍帯血白血球も感染性をもっていた。
表1 妊婦患者の血液、組織のクロイツフェルト・ヤコブ病の病原体の分布。BALB/cマウスでの試験による。
試料 |
第1次接種 |
第2次接種 |
|
感染マウス数/接種マウス数 |
|
脳 |
3/10(235±10) |
6/15(144±8) |
血液 赤血球 白血球 血漿(*) |
0/10 0/10 3/8(243±26) |
− − ― |
臍帯血 赤血球 白血球 血漿 |
0/8 1/10(546) 0/20 |
− 4/5(246±4) − |
羊膜液 |
0/20 |
− |
胎盤 |
5/8(253±10) |
― |
初乳 |
2/10(611±0) |
5/10(202±32)** |
表注釈:
マウスは試料接種後、最低600日間観察した。括弧内の数字は発症までの日数の標準偏差を示す。
* 血漿を3分の1又はそれ以下の容量に濃縮した場合にのみ感染性がみられた。
** 第3次接種ではすべてが感染した(21匹感染/21匹接種)。発症までの日数は131日。
母親の赤血球は胎児に伝えられる。この事実と、胎盤及び臍帯血試料に伝達性病原体が存在するという我々の証明は、胎児がクロイツフェルト・ヤコブ病の病原体に暴露されたことを意味する。母親の初乳もまた感染性であることがわかった。患者の初乳を接種したマウスの脳の組織学的変化は、大脳と小脳の双方の皮質と白質部に、反応性大グリア細胞症をもつ様々な度合いの海綿状変化を含んでいた。しかしながら、健康な母親の母乳を接種した対照マウスには海綿状脳症の徴候は見られなかった。
これまで、疫学的調査でも実験的研究でもこの病気の母子感染は証明されていない。しかし、我々の知見は我々がこの病気にかんして、出産前も出産後も感染のリスクについて注意しなければならず、リスクを持つ子どもの追跡調査が必要なことを示している。
(引用文献は省略)