米国疾病管理センター(CDC)報告書

(スターリンク・コーンはアレルギーと無関係)の問題点

 

河田昌東(名古屋大学理学部)

 

はじめに

昨年来遺伝子組換えコーン「スターリンク」は世界的に大きな波紋を投げかけてきた。アヴェンテイス社が開発したこの殺虫遺伝子(Bt)を含むコーンの作るたんぱく質(Cry9C)が人間にアレルギーを起こす可能性がアメリカEPA(環境保護庁)の専門家パネルで指摘されて食用には認可されない一方で、アメリカ国内だけでなく日本や韓国でもアメリカから輸入したコーン製品からスターリンク混入が検出され、健康への不安が高まったからである。

そうした状況を受けて、アメリカFDAは改めてスターリンク・コーンが人間の健康への影響、特にアレルギー誘発性に関して再チェックする事になった。CDCが2001年6月11日付けで発表した報告書は、FDAの要請を受けて、CDCが作成したものである。アメリカでスターリンク事件が発生して以来、FDAにはコーン製品(タコスなど)を食べてアレルギー症状を生じたという訴えが相次いだ。今回の報告書は、これらの人々の血清がCry9Cに対する抗体を含むかどうかを確認したものである。

報告書の結論は「症状を訴えた人々のアレルギー症状はCry9Cたんぱく質とは無関係である」としている。

しかし、この結論には以下に述べるような実験上の様ざまな問題があり、こうした結論を導き出すことには無理がある。

 

 

実験の概要

調査は2000年7月1日から11月30日の間にFDAに訴えのあった51名について行われた。訴えの症状から、このうち23名はCDCのアレルギー症状の定義に合わない、として除外された。その定義は(1)コーン製品を食べて1時間以内にアナフィラキシー・ショック(目がくらむ、不快感などを含む)を起こしたか。(2)コーン製品摂取後12時間以内に皮膚症状や口腔咽頭部に症状が出たか(蕁麻疹、発疹、かゆみ、のどの腫れやひりひりなど)。(3)摂取後12時間以内に胃腸など消化器官に何らかの症状が出たか(膨慢、下痢、吐き気、痙攣など)、である。結局28名が該当者と認められたが、CDCによる面接、電話アンケートなどを受けたのは24名であった。年齢分布は5歳〜74歳(平均36歳)、男13名、女11名。各人の居住地は15の州にわたり、同一居住地の人はいない。このうち血清を提供したのは17名であった。この報告書はこの17名の血清の分析結果に基づく。

分析は抗体検出法(ELISA法)で行われ、Cry9C抗体検出法はFDAが開発した。

分析試料は3群用意された。(A)今回の患者の血清(17名分)、(B)猫や植物、ピーナッツなど既知のアレルギーを持つ人の血清、これはアレルゲンに敏感な人のグループの代表的試料で、Cry9Cによらない非特異的抗体反応と分析方法の感度自体のチェックのためである(6名分)、(C)スターリンク・コーンが市場に出回る前の人の保存血清(1996年以前に採血)。これはA群に対するネガテイブ・コントロールである(21名分)。その他、精製したCry9Cたんぱく質を注射して人為的に抗体陽性とした山羊の血清。これはA群に対するポジテイブ・コントロールである。

実験は3回繰り返して行われた。その結果、いずれもA群の17名の血清は、Cry9C抗原との反応性がB群と変わらず、C群対照よりも低かった。陽性抗体を持つ山羊の血清はCry9Cと強く反応し、分析システム自体の感度は保証された、と述べられている。

 

 

 

問題点(1)

3回の実験結果を見るとデータのばらつきが大きく再現性に乏しい。反応後のプレートの吸光度(450nm)はC群の平均値がそれぞれ0.098、0.078、0.171とばらつきが大きく、A群、B群についても同様に回毎の平均値が一定しない。これは分析方法自体の安定性を疑わせるものであり、結果の信頼性に欠ける。

 

問題点(2)

データの中で、もっとも異常なのは、ネガテイブ・コントロールのはずのC群の血清の反応性が21個の試料すべてでA群、B群のどれよりも大きく(平均値で20%以上)、この結果だけを信頼すれば、スターリンク登場以前の人々の血清に、最近アレルギーを訴えた患者よりもCry9C抗体が多い、という妙なことになる。CDCもさすがにこれは困ったらしく、96年以前の血清は長期間凍結保存されていたもので、新鮮血のものとは違う場合がある、と弁明している。にもかかわらず、Cry9Cとの有意味な反応性の基準としてCDCはC群の吸光度の平均値の2.5倍以上を設定し、これを超えなければCry9Cたんぱく質との固有の反応性は無いものとした。

これは明らかに、ネガテイブ・コントロールのとり方の間違いである。本来なら、スターリンク・コーン製品を摂取した可能性の無い現在のアメリカ人の新鮮血を対照に使わなければならないはずである。凍結保存血清を使ったとしても、データがバックグランドレベルを示しているならともかく、検体試料よりも反応性の高いネガテイブ・コントロールは採用すべきでない。こうしたずさんな実験は、レフェリーの検閲を受ける科学論文ではありえない。

 

問題点(3)Cry9C抗原に疑惑あり。

CDC報告書とは別に発表されたFDAの報告書によれば、この実験で抗原として使ったCry9Cたんぱく質はスターリンク・コーンから分離精製したものではなく、大腸菌内でBt菌の遺伝子を含むプラスミドを使って合成した代替たんぱく質である。これはアヴェンテイス社から提供を受けたものである。この事実はこの実験でもっとも致命的な欠陥である。

アヴェンテイス社の安全審査申請書を審査したEPAの専門家パネルの報告書(2000年12月1日:SAP Report No.2000-06)によれば、コーンで作られているCry9Cたんぱく質は、本来の細菌(B.t)内で作られているものとは分子の大きさが違っていて、分解しにくい構造になっており、糖鎖が結合している疑いがある。これは細菌などの原核生物の遺伝子を植物などの真核生物内で発現させると良く起こる現象である。しかも糖鎖はたんぱく質の抗原性を強化することが知られている。したがって、実験で使われた抗原が大腸菌で作らせたCry9Cたんぱく質ならば、糖鎖のない細菌タイプのたんぱく質であり、血清との反応が無くても不思議ではない。一方、ポジテイブ・コントロールとして使われた抗体陽性の山羊は同様に大腸菌から分離精製したCry9Cたんぱく質で感作させられており、それに対する抗体をもっていても何ら不思議ではない。このように如何にも科学的な装いをしながら、本来比較できないデータ同士を比較するやり方は、我々が遺伝子組換え大豆の安全審査申請書のチェックの中でもたびたび経験してきたところである。

この実験が大腸菌で作られたCry9Cたんぱく質を抗体として使っている限り、実験全体は無意味であり、被害を受けた人々のアレルギー症状がスターリンク摂取と無関係とは言えない。

 

 

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