Btコーンの標的外昆虫への影響について

 

 

1)        1999年アメリカ・コーネル大学のJ.E.Loseyらによって、Btコーン(Novartis 社 N4640Bt(Bt11系統))の花粉が、標的外昆虫であるオオカバマダラ蝶(Danaus plexippus)の幼虫を殺す、という実験結果が発表(Nature:1999年5月20日、399巻)され、大きなセンセーションを巻き起こした。これを期に、世界各地で遺伝子組み換え作物による環境への影響に関する懸念が広がり、反対運動がヨーロッパからアメリカにも広がった。オオカバマダラは北米各地に分布する一般になじみの深い蝶であるところから、生物多様性への脅威ととらえられた。

 

2)        これを期に、昆虫学専門家や遺伝子組み換え企業も巻き込んだ論争が起こり、コーネル大の実験の追試や様々な角度からの検証が各地で行われるようになった。例えば1999年11月2日にはイリノイ州でアメリカ農務省や遺伝子組み換えの大手企業各社(アグレボ社、モンサント社、ノヴァルチス社、パイオニア・ハイブレッド社など)がスポンサーになった「オオカバマダラ研究シンポジウム」が開かれ、これら各社の専門家を含む大学研究者、民間の昆虫研究者ら20数名が参加して、様々な角度から、コーネル大学の研究への批判が行われた。その主なものは、コーネル大の実験は実験室であり、コーン畑の現実を反映したものではない、というものである。2000年度にはさらにこうした角度からの研究が行われると見られる。

実は、シンポジウム開催前にマスコミ各社に対して「討論の結果、Btは環境に影響がない」という見解が事前に配布されていたことが発覚した。このシンポジウムでアメリカ農務省の研究者Rick Hellmich とアイオワ州立大学の研究者は、ノヴァルチス社のBt176系統の花粉はオオカバマダラ幼虫に対して大きな毒性を持つが、モンサント社のMON810とアグレボ社のCBH-351は毒性が少ない、ことを発表した。また、アイオワ州立大学のL.Hansen はコーネル大学の研究を追試し、オオカバマダラの幼虫の死亡を確認した。他の研究者からは、オオカバマダラと違う蝶への影響が2件発表され、ノバルチス社のBt176系統の花粉は低濃度でBlack Swallowtail(キアゲハの一種)の幼虫を殺すが、モンサントのMON810とノバルチス社のBt11の花粉は影響がない事が報告された。

 

3)        カナダ政府(Canadian Food Inspection Agency: CFIA仮に「カナダ食糧検査庁」と訳す)の依頼を受けた、カナダ・ゲルフ大学環境生物学部のM.K.Searsらは、コーネル大学の実験を1999年に追試し、予備的な研究結果を2000年3月に発表した(Preliminary Report on the Ecological Impact of Bt Corn Pollun on the  Monarch Butterfly in Ontario)。使用したBtコーンはNovartis社のMAX357

Ciba-GeigyとMycogen開発のBt176系統)である。この実験では、コーネル大学と同様、オオカバマダラ蝶の幼虫は花粉(花粉密度541個/cm2)で70%以上死亡する結果が得られた。花粉中のBt毒素濃度はCFIAの組み換え体審査資料によれば1137〜2348ng/gである。

 

4)        2000年3月14日、日本の農水省(農林水産技術会議事務局)は記者会見で、Btトウモロコシの花粉がモンシロチョウとヤマトシジミの幼虫に生存率低下や成長阻害が認められる、と発表した。Bt花粉の付着した食草、又はBt花粉自体を与えた実験で、ヤマトシジミの生存率は56〜80%であった。花粉密度(モンシロチョウ:3100個/cm2以上、ヤマトシジミ:4000個/cm2以上)。この条件下でモンシロチョウの生存率には有為差がなく、種による違いが考えられた。使用したBtコーンはコーネル大学と同じBt11株由来である。この花粉中のBt毒素の濃度は検出限界以下であった。

 

5)   2000年6月6日、アメリカ・イリノイ大学の研究者(M.R.Berenbaumら)はBtコーンの花粉はフィールドではBlack swallowtail(キアゲハの一種)の幼虫に全く影響がない、というタイトルの論文を発表した(アメリカ科学アカデミー機関誌PNAS最新号に掲載予定)。欧米ではマスコミで大きく取り上げられ、コーネル大学の研究を打ち消す結果と受けとめる論評も表れた(日本では農業新聞6月8日)。

使用したコーンはパイオニア社34R07株(MON810系統)である。実験はコーン畑近傍での蝶の食草上の花粉密度と幼虫死亡率を比較した。コーネル大学の実験に対し、畑の現場での実験である点が強調された。

しかし、論文を詳細に検討すると、この34R07株は花粉中のBt毒素濃度がきわめて低い事が明らかである(2.125ng/g、カナダ・ゲルフ大学実験の500分の1)。

なお、この論文には、別のBt 株(ノバルチス社MAX454)による実験室実験では、80%以上の幼虫の死亡が示されているが、この花粉中のBt毒素濃度は90.5ng/gである。従って、このイリノイ大学の結果で蝶の幼虫死亡率に変化が無いのは、花粉中のBt毒素濃度がきわめて低いことが原因なのは明らかである。しかし、この論文はあたかもBt組み換え体自体に問題が無いかのような記述で、作意が感じられる。34R07株の花粉には毒素濃度が低いことを知っての実験とも見受けられる。コーネル大学の実験では花粉中の毒素濃度が記されていないが、N4640Bt株はBt11由来であることから、カナダ食品検査庁の審査資料によれば50ng/g以下と考えられる。

 

(注) 花粉中のBt毒素濃度が、開発企業の株ごとに違うのは、毒素遺伝子に結合されたプロモーターの違いによる。Bt11(ノバルチス社)やMON810(モンサント社)、 CBH351(アグレボ社)、DBT418(デカルプ社)のBt遺伝子組み換え体では、コーンの全生育期間中にBt遺伝子を発現させるためにカリフラワー・モザイク・ウイルスのプロモーター(CaMV 35S)を使っている。これらは、コーンの各組織でBt毒素を発現しているが、発現の強さは組織毎に違い、葉や茎に比べて花粉では相対的に発現量が低い。176系統(ノバルチス社)は成熟期のコーンの緑色組織に優先的にBt遺伝子の発現を促すために、コーン由来の組織特異的プロモーターと花粉特異的プロモーターを組み込んでいる。そのため176系統のBtコーンは開花期前後に最も毒素濃度が高く、次第に発現が少なくなる。

 

6)        Bt毒素の標的外昆虫への影響については、違った角度からの研究も表れた。スイス連邦農業及び農業生態学研究所のAngelika Helbeckらはノバルチス社のBtコーンを食べたオオカバマダラの幼虫を食べたクサカゲロウの幼虫(オオカバマダラの天敵で益虫)の死亡率が有意に上昇する、との論文を発表した(Environmental Entomology .vol27,48,1998.及びNew Scientist 99年2月27日号)。同研究によれば、クサカゲロウ幼虫はBt毒素の直接のターゲットではなく、Bt毒素を直接与えても死亡することは無かった。原因の科学的解明はこれからだが、HelbeckはBt毒素の化学構造が、それを食べた幼虫の体内で変化した可能性がある、と述べている。

この発見は、これまでBt作物開発企業が行ってきた標的外昆虫への影響実験に大きな変更を迫るものである。すなわち、これまではBt 毒素を標的外昆虫に直接与える実験で安全性をたしかめるだけだったからである。

 

 

Bt遺伝子の環境に与える影響については、現在盛んに研究が進行中であり、今後ますます

その実態が明らかになるだろう。こうした研究が出る前に、Bt作物の栽培が先行するのは

危険である。いったん野外に放たれた人工的な遺伝子は、独立した自己複製能力によって、

既存の生態系に割り込み、予期しない影響を与える可能性があるからである。

 

 

2000.6.14

 

河田昌東

名古屋大学理学部生命理学科

 

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