翻訳二題

Bt遺伝子と炭疽菌

市民科学大学

訳 山田勝巳

バイオ農薬と生物兵器の類縁関係

バイオ農薬として使われるバシラス・チューリンゲンシス(Bt)と、今問題になっている炭疽菌種で生物兵器のバシラス・アンスラシス(Ba)は、類縁関係にある。 

 

ジョー・カミンズ教授の報告

 

 炭疽菌中毒の原因菌バシラス・アンスラシス(Ba)は、テロ兵器として使われているため重大な脅威となっている。バシラス・チューリンゲンシス(Bt)は主要な農薬であると同時に、GM作物に昆虫毒性を生成する遺伝子源でもある。第3のバクテリア、バシラス・セレウスは、一般的土壌菌で食中毒を起こす。これら3種のバクテリアは、互いに近縁種で違いは主にプラスミドにある。(プラスミドは丸いDNA分子で、染色体とは独立して独自に複製する遺伝子を持っている。)この3種のプラスミドは、互いに簡単にやりとりできる[1]。毒性遺伝子は3種ともプラスミドの中にあり、集合して(island)を作る傾向がある。 このは溶原性の細菌性ウィルス(バクテリアのゲノムやバクテリアのプラスミドにプロファージとして組み込まれるバクテリオファージ)によって移動することがある。これら3種間で毒性遺伝子を持つプラスミドを容易に交換する性質は、不安をもたらしている。[2]

 

 Baの毒性は二つの大きなプラスミドの存在で変わり、どちらのプラスミド株が欠けても毒性はなくなる。 X02プラスミドは、グルタミン酸(蛋白質を作る20種のアミノ酸の一つ)の重合体を作る遺伝子を持っている。このグルタミン酸重合体は細胞の表面にあって、バクテリアを取り込んで消化する食細胞から守っている。X01プラスミドは、水腫因子(edema factor)、致死因子、保護抗原を暗号化する3つの毒性遺伝子を持っている[3]。

 

 Bt菌の殺虫性は、このバクテリア[5]の持っているプラスミド(最大17コ)の一つである毒性遺伝子[4]の固まり(島:island)の存在による。 Bt・ソレバ・イスラエレンシス(sorevar israelensis)株は、プラスミドによって運ばれるプロファージを持っており、この株がBtやBc(B.cereus)[6]のファージ不感性株と合体すると増殖するようになる。

 

 Bt菌の毒素エンドトキシンは、バクテリア胞子の中に不活性な結晶で存在し、昆虫の内臓で活性化して消化管の細胞に穴をあけ、細胞内に水が侵入して細胞が破裂する。Baが合体してBt菌にプラスミドを移動すると、炭疽菌と殺虫毒を持つプラスミドを作る組み換えが起こりうる。予測不能な特性を持つBaの新株が出来得るのだ。

 

 Bt毒遺伝子は、作物の遺伝子組み換えに使われている。現在、Baと栽培植物のエンドトキシン遺伝子との組み換えが野外で起こる可能性についての調査は、殆どというか全くなされていない。このような遺伝子のやりとりが、土壌中ではGM作物の破片とバクテリアの間で起こり得る。また、ワクチンや生物兵器の目的で炭疽遺伝子を持つGM作物が栽培されることもあり得る。

 

 細菌戦争のための資材はこれまで広く使われてきており、近頃では細菌テロが問題になってきている。 1991年の湾岸戦争後、大規模な細菌戦争計画がイラクで発覚している。崩壊したソビエト連邦でも秘密計画が暴露され、大きな話題になった。 ラジニーシーと呼ばれるインドの宗教カルトは、1984年にオレゴン州のレストランでサラダバーをサルモネラ・チフィムリアム菌で汚染し、751名の市民が被害を受けた。 このカルトは、地元の選挙に際してダラスとワスコ郡の政治的支配を確立するため、市民が投票出来なくしようとしたものだ。

 

 ラリー・ウエイン・ハリスは、イラクの生物戦争の脅威をアメリカ人に警告し、米国内に白人の独立国家建設をもくろんでいた。彼は、白人至上主義グループであるクリスチャン・アイデンティティとアーリア人国家という団体に関わっていて、右翼の「愛国」団体を代表して連邦職員へ脅迫めいたことをしていた。Baワクチン株とエルシニア・ペスティス(疫病菌)の他様々な細菌を入手して、生物戦争資材を空散飛行機などを使ってばらまく事を検討していた。ハリスは、政府職員に対する脅迫と生物戦争テロを大っぴらに話した罪で1998年に逮捕されている[7]。

 

 生物学の進展で従来の生物兵器の威力を格段に向上することが可能になり、遺伝子工学の訓練を通して沢山の人がバイオテロ兵器を作れるような環境が出来ている。

 

  1.. Helgason E, AndreasOkstadt O, Caugant D, Johannsen H, Fouet A, Mock M,Hegna I, and Kolsto A. Bacillus anthracis, Bacillus cereus and Bacillusthuringiensis One species on the basis of genetic evidence. Applied andEnviromental Microbiology(応用環境微生物学) 2000, 66, 2627-30

 

  2.. "Bacillus identity crisis(バチルス識別危機)" By A. Bouchie, NatureBiotech( 自然生物工学)2000, 18, 813.

 

  3.. Okinaka R, Cloud K, Hampton O, et al. Sequence and organization of X01), the large Bacillus anthracis plasmid harbouring the anthrax toxingenes.(炭疽毒遺伝子を持つ大きなバチルス・アンスラシス・プラスミドX01の配列と組成 )J Bacteriol 1999, 181, 6509-15

 

  4.. BenDov E, Nissan G, Pelleg N, Manasherab R, Bousiba S and Zaritsky A.Refined circular restriction map of the Bacillus thuingiensissubspisrealensis plasmid carrying the mosquito larvicidal genes. Plasmid1999, 42, 186-93

 

  5.. Andrus L, Damgaard J, Wasserman K, Boe L, Madsen S, and Hansen F.Complete nucleotide sequence of the Bacillus thuringiensis subsp isrealensisplasmid pTX14-3 and its correlation with biological properties. Plasmid1994, 72-88

 

  6.. Kanda K, Takada Y, Kawasaki F, Kato F and Murata A.Mating in Bacillusthuringiensis can induce plasmid integrative prophage J7W-1. ActaVirol 2000,44, 189-92

 

  7.. Hawley R and Eitzen M. Biological weapons a primer formicrobiologists. Ann Rev. Microbiol 2001, 55, 235-53.

 

 

 

 

偽の文書に対するジョー・カミンズ教授の回答

 

 最近、市民科学大学(Institute of Science in Society)からとされる署名のない偽の手紙が、産業推進派の研究グループへ送られ、次の意見が述べられていた。「我々市民のための科学大学は、予防原則に添って、Bt農薬の散布を慣行農業と有機農業で使用することを至急禁止するよう求める。」

 

 この意見は、私のバシラス・チューリンゲンシス(Bt)とバシラス・アンスラシス(Ba)間の交配と遺伝子移動によって起こる毒性遺伝子を持つプラスミドの交換に関する議論に基づいている。 この種の遺伝子移動は自然の状態で原核生物間ではよく起こることで、流動遺伝子(mob:訳者注 トランスポゾン)によるものである。 この2種のバクテリアは、人間の干渉がなければ、棲息環境が違い共存することは滅多にない。 炭疽菌が異常に増えて、多数の犠牲が出たと分かっている所へのBtの散布は避けるべきだということはあるが、遺伝子を交換するという事実だけで、慣行であれ有機農業であれBt菌自体を使ってはいけないと言う理由にはならない。 問題のある場所については農業技術者が熟知している場合が多く、その場所も表示した地図が一般に公開されている。 

ところが、ブリティッシュ・コロンビアとワシントン州では、Bt菌を市街地に空中散布していて、その間、炭疽菌やかつて動物飼育施設があったところに注意が払われていない。 今後空散計画によってBtとBaが接触しないようにするのが賢明といえる。

 

 こういう配慮の他に、Bt毒がアレルゲンであるという証拠が積み上げられてきており、農場労働者や散布要員は、この点をまず第一に用心すべきである。 また、消費者が散布直後の農産物に触れないようにすることも大事だ。

 

 BtとかBaの毒性遺伝子が別の菌種に導入されることもあるので事態は複雑になる。 例えば、米国環境省は、カプセルに入ったBtを承認しており、この場合は土壌菌の蛍光シュードモナスに組み込んで培養したが、殺菌剤としてBtを散布する前に培養菌は死に絶えている。 この薬剤は果樹の害虫駆除に用いられるケースが多く、日光耐性が強く市販のBt農薬よりも強い毒性を持っている。

http://www.epa.gov/pesticides/biopesticides/factsheets/fs006457e.htm)

 

 バクテリアは殺菌された 死後も交配(sex)しうることも重要な点だ。 微生物種間で適当な受容菌があれば、染色体とプラスミドの遺伝子が共に移行する可能性がある。 殺されたバクテリアは土壌菌に特許遺伝子が定着するのを防ぐかも知れないが、土壌菌への遺伝子の移行は、僅かであれ防ぎきれない。

 

 最後に、バイオテロの脅威は非常に深刻だ。 遺伝子工学は、故意であろうとなかろうと、これまで危害のなかった細菌に有害な遺伝子を、組み込める技術であり、そうならないように注意する必要がある。

 

1.    Bernstein I, Bernstein J, Miller M, Tiewzieva S, Bernstein D, Lummus Z,Selgrade M, Doerfler D and Seligy V. Bt薬剤に曝された農場労働者の免疫反応 

2.    Environ Health Perspect 1999, 107, 575-82

 

 

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