BSEの生体検査に関する論文2編 (訳 河田昌東)

(1)第3眼瞼のリンパ組織の免疫組織化学的検査によるスクレーピーの発症前診断

Preclinical Diagnosis of Scrapie by Immunohistochemistry of Third Eyelid Lymphoid Tissue

 

Journal of Clinical Microbiology, vol.38,No9,p3254-3259 (Sept.2000)

K.I.O’ROUKE,T.V.BASZLER,T.E.BESSER,J.M.MILLIER,R.C.CUTIP,G.A.H.WELLS,S.J.RYDER,S.M.PARISH,A.N.HAMIR,n.E.COCKETT,a.JENNY,and D.P.KNOWLES

 

要約

羊のスクレーピーは感染性海綿状脳漿(TESs)の一種であり、神経組織内に糖蛋白質の1つである異常プリオン(PrP-Sc)の蓄積を特徴とする、一群の致死的な神経障害の仲間である。異常プリオンは感染した羊が発症する数ヶ月から数年前にリンパ組織から検出可能である。リンパ組織での異常プリオンの検出は生体検査の基礎になる。この研究で、我々は瞬膜(第3眼瞼)のリンパ組織を、モノクローン抗体を使った免疫化学的方法で検査し、羊のスクレーピーの発症前診断の実施の可能性を調べた。瞬膜の免疫化学的検査の結果は、スクレーピーに感染した42匹の羊のうち41匹で羊のスクレーピーを検出し、感染していない175匹で174匹に検出しなかった。瞬膜の試料で、臨床的には正常だが脳組織の免疫学的検査では陽性の41匹のうち37匹で陽性であったが、そのうち27匹は脳の生体組織検査(バイオプシー)が陽性で、生体検査から3〜20ヶ月後には完全なスクレーピーに進行した。検査には、羊プリオン蛋白質の142〜145番目のアミノ酸に結合するモノクローン抗体MAbF89/160.1.5を使った。この抗体は220〜225番目のアミノ酸免疫化学的検査に結合するMabF99/97.6.と混合して使うことも出来る。このモノクローン抗体は、これまで自然発症のTSEsが報告されている大半の哺乳類のプリオンを認識する。これまで、通常リンパ組織のフォルマリン標本で行われてきた免疫化学的検査を、特異的モノクローン抗体のカクテルで行うことは実際的であり、生きている動物で容易に行うことが出来、羊のスクレーピーの発症前検査に応用できる。

 

 

(2)プリオン病の動物と人間の尿に蛋白質分解酵素抵抗性プリオンが存在する

 

A Protease Resistant PrP Isoform is Present in Urine of Animals and Humans Affected with

Prion Diseases.

 

Journal of Biological Chemistry ; Vol.276,p31479-31482 (June 2001)

Gideon M. Shaked, Yuval Shaked, Zehavit Kariv, Michele Halimi, Inbal Avraham and Ruth Gabizon

 

要約

PrPSc(訳注:いわゆる異常プリオン)はプリオン病にかかった動物や人間の脳にだけ存在する、唯一知られているプリオン成分である。 我々はTSEsに罹ったハムスター、牛、人間の尿の中にも蛋白質分解酵素抵抗性のPrPScを検出できることをこの論文で示す。最も大事なことは、この尿中異常プリオン(UPrPSc)は、異常プリオンを接種したハムスターが発病の徴候をあらわすよりはるか前からその尿中にも見出される、ということである。興味深いことに、UPrPScを脳に接種したハムスターは、270日経ってもプリオン病の臨床症状を示さず、脳のPrPScとは病理学的性質が異なることを示唆している。尿中異常プリオンの検出が、生体内での異常プリオンの代謝に関する我々の理解を深めるだけでなく、プリオン病を発症前の人間や動物の診断に利用できることを提案する。

 

 

訳注:河田昌東

この2編の論文は、何れも異常プリオンの検出が、動物を殺して脳組織を取り出さなくても可能であると主張している。現在、国内のBSE対策として行われている、いわゆる全頭検査は全ての牛を屠殺して脳組織を取り出した後でなければ出来ないことから、大きな問題を抱えている。動物を生きたまま感度良く検査できれば、農家の負担や検査費用も大幅に改善できよう。そうした意味で、この二つの論文は今後注目される。

 

論文(1)は部分麻酔した羊の第3眼瞼(瞬膜)のリンパ組織をわずかにとれば、検査できることを示した。発症前の羊の検出率は42匹中41匹で1匹が陰性、非感染の羊でも175匹中1匹が陽性(擬陽性)と出るなど、まだ精度に工夫の可能性があるが、今の方法に比べれば大幅な進歩である。

 

論文(2)は、さらに進んでプリオン病に感染した動物や人間の尿で検出可能と言うもので、被検動物には全く負担をかけなくてすむ。この実験で使った試料はハムスターの尿が10ml、人間が15ml、牛が15mlである。採取した尿を低速遠心分離(3000回転5分)と透析、更に高速遠心分離(100000g、1時間)、その後に蛋白質分解酵素処理、その後にモノクローン抗体Mab3F4と6H4によるイムノブロット、など現在のイライザ法に比べて機材と手間は若干かかる。検出精度は、対照の人間(15人)、ハムスター(10匹)、牛(15頭)が何れも陰性であった。感染動物では、人間(CJD患者8人)とスクレーピー感染ハムスター(20匹)について全て陽性、牛12頭のうち10頭が陽性、2頭は陰性(弱い陽性)である。更に多くの検体での検証が待たれる。

 

実験段階とはいえ尿検査で診断が可能となれば、人間の病気の診断だけでなく、家畜の生体検査による安全と安心の確保の面からも意義は大きいと思われる。実験では、尿だけでなく比較のために脳組織や腎臓なども調べている。脳は勿論検出できるが、興味深いことに感染動物で尿に検出できても腎臓には検出できないことである。尿は腎臓で作られるのであり、尿に検出できれば当然腎臓にも異常プリオンはあると考えられるが、実験結果は異なる。それで、論文の著者らは、尿の異常プリオンは腎臓から来たのではなく、他の器官からかも知れないとしているが、それ以上は不明である。

異常プリオンを脳や腹腔内に接種したハムスターについて、時間を追って尿中の異常プリオン濃度を調べた実験も行った。その結果は、接種後17日目まではわずかに検出されたが、その後35日目まで検出できなくなり、それ以降に再び増加し発症まで続いた。こうした実験から、著者らは、次のようなメカニズムを考えている。接種直後に尿中に出てくるのは、生体の防御反応で体外に排出しようとする結果であり、その後潜伏期間には体内増殖し、次第に脳内濃度が上がってくると脳組織が破壊され、脳関門が機能しなくなって再び血流に入りこみ、尿に検出されるようになる、というモデルである。こうした経過は脳内接種でも腹腔内接種でも同じであった。

もし、尿中に異常プリオンがあるなら、尿で汚染したものも感染源になりうる。こうした懸念から、著者らは尿から分離した異常プリオンの脳内接種を試みた。対照として、脳から分離した異常プリオンの接種も行った。当然ながら、脳からとった異常プリオンを接種したハムスターは、80日後に発病した。しかし、尿から分離した異常プリオンを接種したハムスターは、60日以降になると尿中に異常プリオンが検出されたにも関わらず、270日経っても発病しなかった。こうしたことから、著者らは、脳内の異常プリオンと尿に分泌された異常プリオンは立体構造に違いがあるのではないかと考えている。プリオン病の発病メカニズムについてはまだまだ分らないことが多い。

 

 

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